外四話 総理の改革
ついに福富総理登場。
部屋の中に、ひとりの見た目は若い男がいた。
名をキセル。冒険者ギルドの総ギルドマスターである。
このように待たされるのは、高木警部と会談したのを数えると、この世界にきて二回目だった。
高木警部との会談の後、彼は精霊の声を頼りに、冒険者ギルドの職員や冒険者を探し、かき集めた。
十日もすれば、その数は百人にもなった。
彼らは新しく冒険者を再建し、かつ転移してきた異世界人を確認するため、各地を走り回った。
その際、警視庁の人に自動車という鉄の塊、いな乗り物に乗せてもらったのだが、その時冒険者達がはしゃいでしまったのはしょうがないことだ。
高木警部との会談から1ヶ月がたった。転移してきた異世界人は七割ほどが見つかったが、精霊の声は100%正しいというわけではない。
精霊の声ではまだ三割ほど探し切れていないとのことだが、精霊の声が間違っているのか、あるいは盗賊や山賊といった、身元を証明するに怪しい者がいるのか。
キセル自身は両方の理由があると思っている。
どちらにせよ、これ以上捜索しても無意味だろう。
そうして、自らの仕事をおよそ全うしたキセルは、警視庁とはまた別の建物に招待された。
しかし今回は急ぎではなく、どうやら食事まで用意されているらしい。
相手の役職は、見たことも聞いたこともないため分からなかったが、トップクラスの地位である人間だと思わせるほど、招待された建物といい待遇といい、荘厳な物であった。
ほんのしばらく待たされた後、キセルは別の部屋へと案内された。
会談用のその部屋には、食事のためのテーブルがあり、そして数人のボディガードが後ろに控える中、キセルを迎える人物が立っていた。
「こちらから招待しておきながら、待たせてしまい申し訳ない。私は福富 重蔵ともうします。この日本の、内閣総理大臣を、つとめています。」
「キセル・ベーカーです。王都冒険者ギルドのギルドマスターであり、冒険者ギルドの総ギルドマスターでもあります。」
冷静に答え、握手を求めてくる手に応じながら、キセルは内心衝撃を受けていた。
目の前の、為政者としては比較的若い男(見た目はキセルの方が若いのだが)は、何か分からない、人を引きつける力を持っていた。
その雰囲気は、国王と似た、あるいはそれ以上の、威圧とも言えぬ美しいものであった。
彼は目立った美貌を持っているわけではない。
30代後半と思われる顔は、比較的若いながらも最盛期のハリを無くしており、年相応の寂れた物であった。
黒髪は目立って艶があるというわけではなく、軽くウェーブがかかり、肩の手前までおろされていた。
容姿ではない。
しかしなぜか、キセルはこの男に心を許した。
あるいは自分がギルドマスターという立場でなければ、仕えようとさえ思ったかもしれない。
自分自身その理由が分からないのに?
理由が不明なことは、キセルに恐怖を抱かせなかった。むしろ一種の快楽とさえ言えたのかもしれない。
これらの感情の一切を表情に出さず、冷静に質問できたキセルは、やはり長命の長なのだろう。
「私はこの世界の官職という物を知りません。ナイカクソウリダイジン?というのはどのような役職でしょうか?」
「そうですね。内政におけるトップと言ったところでしょうか。」
「それは…国王とはなにが違うのでしょう?」
「私は内政のトップでありながら、一国民にすぎないのです。また内政に関してはトップですが、この国の全権を持っているというわけではありません。……まあ、この国の政治事情は後にお話ししましょう。立ち話も何ですから…」
福富総理はキセルに席を勧めた。
その通りにつくと、シェフが準備を進める。
「まずは、異世界人の調査をお受けいただき、また遂げられた事を感謝いたします。」
「いえ、こちらから提案したことですから、仕事を終えるのは当然です。」
「ええ。しかし、内政を安定化させるのにはまだまだ一歩として踏み出せていないのが現状でしょう。異世界人、日本国民を我らで治めるためには、冒険者ギルドの協力が不可欠だと考えます。」
「同意します。今は混乱によって、まとまった暴動が起きていないだけでしょうから。」
福富総理がワインを飲んだのを見てから、キセルは出されたワインを一口飲む。透き通った白ワインの美味しさに、思わず舌を巻く。
「そのためには、あくまでも対等に、協力関係を敷くことが重要だと考えます。」
「我々としては嬉しい限りですが、よろしいのですか?冒険者ギルドを下部組織に置かなくても。」
「冒険者ギルドは本来、国家と独立し、対等な組織だと存じております。冒険者ギルドの組織としても、そして異世界人全体としても、対等な組織であるべきです。」
オードブルとして出された料理は、暖かいサラダだった。
サラダを構成する野菜は、キセルの見たことがない物も多い。
さすがに植物魔物は使われていないようだった。
今度はキセルが先に料理に手をつけた。
この場は取引ではない。
キセルはそう考えた。
駆け引きなど存在しない、おままごとと馬鹿にされてもしょうがないほど、正直な腹の見せあいだ。
こんなものが二人の間に成立した理由は2つ程ある。
一つは、異世界人と日本人の利益の不均等が、双方にとって自滅の道であったこと。
二つ目は、キセルが福富に心を許し、そして福富がキセルに心を許しているだろうという確信によるものだった。
「まずは、国王、そして軍の現状を知りたいです。」
「国王様はこの世界に転移していないことが分かりました。軍は元のおよそ半分が転移してきておりますが、将軍職につく者が少なく、統率のとれていない状況です。」
「軍に関してはそちらで何とか出来ますか?」
「軍に関する対応はお任せください。私達の世界の人間が対処した方がよいでしょうし、私も少々名のある武人ですから。」
「ありがたいです。軍の扱いに関しては、まず統制をとれてから考えましょう。」
「こちらに軍という組織は存在しないのですか?」
「われわれは治安を維持する程度の武力しか持ち合わせておりません。他国と戦争できるほどの組織はありません。これにつながる話なのですが、冒険者ギルドに、指導が可能な者はいらっしゃいますか?」
冒険者ギルド職員の中には、昇格試験のために監視員、指導員がいた。
「指導員がいます。」
「では、その方々に、魔物との戦い方を我々の治安維持組織に指導していただきたい。」
「構いません。しかし、そちらには銃という我々の知らない武器があったはずです。それを有効利用するためにも、戦い方と技術を提供していただきませんか?」
その後、会談は順調に進んだ。
城壁に囲まれた中は、日本の警察が、そして外は冒険者ギルドが治安を担当することとなった。
しかし冒険者ギルドを治安維持組織として機能させるため、ある程度の教育と精神的なテストが、冒険者ランクの昇格に必要になった。またランクの振り直しのために、既にランクを保持している物も簡単な試験を受けることとなる。
街中でモンスターが出現する可能性もあり、それに備えて警視庁及び自衛隊員には魔物との戦いを想定した訓練が、冒険者ギルドのもと行われることとなる。
魔法、そして銃火器といった、お互いに未知である戦力、戦略の摺り合わせを行い、さらなる技術革新を行うこととなる。
それは武力のみにとどまらず、農業、工業、あるいは医療といった、あらゆる分野において、両世界の技術を提供し、より向上させる事が約束された。
異世界人の村人といった、都会になれない人間は、城壁外であたらしく村を作ることになる。
土地がすでに開かれているため、開墾よりも手間は少ないが、村の設営には自衛隊員が協力する。
また農作業に関する技術提供を日本国政府が行い、代わりに魔除けの技術を異世界人が提供することとなった。
これらの農村では、政府指定の作物を栽培することで、大幅に税が免除される。
付け加えるが、異世界人はあくまでも日本国民として扱われることとなる。それに付随する奴隷制度といった制度の違いは、現状どうしようもないので、見送られる形となった。
異世界には魔力炉と呼ばれる機関があり、転移した技術者によって再現が可能となる。これを用いた電力供給技術の開発が最優先とされた。
魔物の肉は、食用として用いられる物に限り、保存し持ち帰ることが義務とされた。
転移前は、持ち帰るまでに腐るかしてしまうため、現地で処理を行っていたが、この問題は冷蔵輸送技術により解決される。
あらゆる両世界人の意見交換がなされ、その会談は遅くまで行われた。
「総理、かなり充実した会談となりましたね。」
福富総理の秘書官の1人が、総理に話しかける。
本人よろしく、彼の周りの人間は若手が比較的多かった。
「いや、今回の会談は、ただ意見を交換したに過ぎない。つまり制度をより深く詰める会談ではなく、言うなれば妄想を語り合っただけだ。」
総理のあまりの言葉に秘書官は絶句するが、福富総理は廊下を歩き、前を向きながら続けた。
「改革の最初の一手は、次だ。何もこの1ヶ月、私達が何も動いていなかったわけではない。」
翌日、日本国中に号外が飛ぶこととなる。
内容は一様に、福富内閣が憲法改正案を提出したことである。
日本国憲法第96条及びそれに付随する法律改正案。
日本国憲法第96条 ───
──── 憲法改正の手段を定める条文である。
この話はフィクションです。
実際の法律、条例、組織とは差異があります。
次の話も外話だと思います。多分。