第十二話 妹の訪問
更新遅れてすみません!!
およそ一時間前
「よう……やく、着きましたね……。」
「長かったな……」
明日香が思わず呟いた言葉に、羽根はため息をつきながら肯定する。
すでに東京を出発してから、十数日が経っているのだ。
「いや、こんなに長くなったのは、あなたのせいでしょうがー。誰がオーク相手に降伏勧告するんですかー。」
東京から出て、中部の山道を車で走っていたとき、明日香達はオークに襲われた。
車の走行速度に、明日香のマップの作成がついていけなかったため、察知できなかったのだ。
オークに囲まれた明日香達は、撃退するため車外に出たのだが、羽根刑事は拳銃をオークに向け、「手を挙げろ」と降伏勧告したのだ。
その間に車はオークの棍棒を受け、ボコボコに破壊されてしまった。
「魔物相手にそんなことするバカがどこにいるんですかねー。…あー、バカならここにいましたね。」
「またバカバカバカバカと…。オークが魔物だったとしても、会話が出来た場合は無闇に殺すわけにはいかないだろ。」
「うわー、すごい正義バカ。」
呆れを含んだ目で羽根を睨む。
車を破壊された後、二人はヒッチハイクをして乗せてもらったり、歩いたり走ったりして四国までたどり着いたのだ。
「まあオークを倒した経験値で上がったレベルで、身体能力が強化されたのは良かったな。お陰でかなり楽が出来た。」
「あの程度の戦闘で、20もレベルが上がるのが可笑しいんですよー。ほんとにチートですねー。」
実際、明日香は未だに8レベルだ。十分な身体能力とは言えず、かなり疲弊している。
「まあ疲れてますけどー、さっさとやっちゃいましょうか。幸いにここは人口が少ないので、すぐに終わっちゃいます。」
そう言って明日香はパソコンを取り出し、道脇に座り込んで脳内にマップを広げ、キーボードを叩き始める。
前回の車の中のように安全な場所ではないため、襲ってくる魔物を羽根は警戒している。
唐突に、明日香のキーボードを叩く手が止まった。
いくら人口が少ないと言っても、終わるには早すぎる。
羽根は明日香を注視したが、すぐにまた明日香が手を動かし始めたので、警戒に戻った。
五分ほどした後、明日香は息をついてパソコンを閉じた。
「終わったのか?かなり早いな。」
「あー、まあ終わったことには終わったんですけどー…」
明日香が言いよどんだのを見て、羽根は怪訝な顔をして尋ねる。
「なんかあったのか?」
「んー、なんか、空白の場所があったんですよー…」
「空白?………そう言うことは今までもあったのか?」
「まあ、移動中にも何度か見かけたんですけど……」
羽根刑事はしばし思案した後、明日香に聞いた。
「今から行って調査するか、一度本部に報告して保留にするか、どっちが良いと思う?」
「それなんですけど……その空白の部分が、私の実家なんですよー……」
「実家?……ああ、兄を探すんだったか。」
羽根刑事はここにくるまでに、明日香がなぜこの地域を担当すると決めたのかを聞いていた。
「心配なので、行きますね?」
「俺の意志は無視か……まあ、行方不明者の捜索の一環だ。」
「………お前の実家はまだなのか……?」
「もうちょっとで着きますよー。」
羽根刑事はさすがにうんざりしていた。
見渡す限り、荒れ果てた畑である。景色を見るのもあきるというものだ。
「しかし、何でこんな辺鄙なところに実家があるんだ?不便にも程があるだろ……」
「元は、ちょっとした集落があったんですけど、私の母が子供の時に、過疎化して無くなっちゃったんですよー。」
「…なおさら何でここに実家があるんだ?」
「母が、生まれた地をはなれたくなかったみたいですねー。」
それでも異常だろうが、他家庭の事情に深く首をつっこむべきではないと、言葉を飲み込んだ。
「あ……、見えてきましたよー……ってあれ?」
「……む?」
二人は同時に、別のことに驚いた。
明日香は家の外装の違和感に、羽根は走ってくる女性に向けてである。
「ネコミミ?」
「ほんとだ、ネコミミですねー。」
明日香はようやくネコミミ娘に気づいたようだ。
「ということは、異世界人か。」
「あの耳、構造はどうなってるんでしょー。」
感想が全く違う二人である。
「……す、すいませ~~ん!おとうさんを助けてください~~!!」
ネコミミ娘は慌てた様子で、泣きながらこちらに走ってきた。
「落ち着きましたか?取りあえず名前と状況を教えてください。」
「は、はい……。」
羽根刑事が事務的な口調で尋ねる。
慣れたものだ。さすがに刑事の仕事をしていることはある。
「うわー、さすがに耳が4つあるとかではないんですねー。」
「いやちゃんと話を聞けよ。」
興味津々にネルの頭を触っている明日香を、呆れたように諭す羽根刑事。
なんだかんだ噛み合っている二人である。
「…私の名前はネルと言います。」
そう言ってから、ネルは二人に、父親とダンジョンに入ったこと、父親が落とし穴に落ちたこと、父親を助けてほしいことを伝えた。
「やっぱりダンジョンとかあるんですかー。空白だったのはそのせいですかねー。」
「すみませんが、我々は異世界のことには詳しくないのです。もちろん、ダンジョンというのも初めて知りました。力になれるかは分かりませんが、できる限り助力しようとは思います。」
「もともと調べる予定でしたからねー。」
「あ、ありがとうございます。助けを呼ぶ宛も無かったので……」
二人の快諾に、ネルは涙を流して感謝した。
明日香は二週間ぶりの実家を眺めて、呟いた。
「やっぱり、ちょっと外装がちがいます。うちにはあんなレンガはありませんでしたからー。」
「それもダンジョンとやらの影響なのかもな。ネルさん、人の住宅が、ダンジョンになるというのはあり得るのですか?」
「初めて聞きました。……というか私はダンジョンに潜った経験も余りないのですが……」
ネコミミがしょんぼりする。
明日香が興味津々に注視しているのを、羽根刑事は無理やり中へ連れて行った。
家の内装は、部屋などではなく、レンガで出来た部屋と階段だった。
「まさにダンジョンって感じですねー。」
「降りて良いものか……。マップはやはり使えないのか?」
「外とは使い勝手が違いますねー。マッピングしてるって感じですー。」
「マッピング?」
羽根はゲームに疎い。そのため、ニュアンスの違いが分からず、明日香に聞き返した。
「えーっとー、外は完成している地図を見ている感じなんですが、ダンジョンの中は、自分で地図を作っている感じなんです。詳しく言うとー、自分の周り半径三メートルくらいが記録されてる感じですー。」
「全体図はつかめないってことか。」
「三メートル以内の索敵は出来そうですねー。階段の下は特に危険が無いようなので、さっさと降りましょう。」
そう言って明日香が先導し、ズンズンと進んでいく。
降りた後、たまに動く骸骨のモンスターが襲ってきたが、羽根が殴っただけで霧散し、危なげなく進んだ。
あったことと言えば…
「……ネルさん?」
「はひっ?」
「怖いの苦手なんですか?」
「うー……」
ネルは階段を降りてから、ずっと羽根の背中にしがみついていた。
ネルは身長が高く、羽根と目線が近いので、不思議な光景である。
「主人公はいいですよねー。無条件にもてて。」
「なんの主人公だ。」
もう軽口を言い合うほど順調に進んでいたが、突然明日香が進行を制した。
「どうした?」
「なんでしょう?敵…とは違いますねー。」
そう言って明日香は地面に近づく。
「もしかしてー、これがネルのお父さんが落ちた、落とし穴じゃないですかー?」
「あっ、そうです。ここですここ!」
ネルは興奮したのか、羽根の背中から飛び出す。
「俺には違いが見えないが、罠の場所まで分かるとは、マップは凄いな。」
「自分でもびっくりですー。で、どうします?中を確かめますか?」
「そうするべきだろ。」
「じゃあ、羽根の上着でも落としてみましょうか。」
「いやまてなんでだ」
「罠を起動させるにはー、何か物を置かないとダメじゃないですかー。」
全くバカですねー、とため息をはく明日香に、納得できない視線を向けながら、仕方なく羽織っていたコートを落とし穴の上に投げる。
しかし落とし穴はいっこうに起動する気配がない。
「…罠なんてないんじゃないか?」
「いえー、重量の問題か、生き物が乗らなきゃいけないのかですねー。ファンタジーですし。ということでネル、ちょっと踏んでくれませんか?」
「え?ええ!?」
当惑するネルに、明日香は機械的に話をする。
「とりあえずネルが、一度踏んで大丈夫だったことから、三人の中で一番確実なんですよー。」
「……それもそうですね。わかりました。」
「いやまて、ネルさんって何レベルですか?」
制止した羽根がネルに問いかける。
「えーっと、あのステータスってやつですか?…レベル12みたいですが…」
「なら身体能力的には俺が上かもしれません。俺がやった方がいいでしょう。」
「うわー、自己犠牲の精神素晴らしいですー。」
棒読みでコメントする明日香を尻目に、羽根は落とし穴に踏み出し、そしてすぐに跳び下がった。
開いた大穴に、ネルと明日香が顔を出して覗き込む。
「いない、ですねー。」
「おとうさん……」
ネルが寂しげにつぶやく。
その後、落ちた罠が違う可能性を考慮して、一行は進んだ。
落とし穴の底に、血の一滴も無かったことが不自然だったからだ。
しかし一行は、その後針が出るといった凶悪な罠に阻まれる。
危なげに回避した後、羽根が口を開いた。
「ネルさん、申し訳ないが、ここで引き返そう。進むにはあまりにも準備不足だ。また準備を整えてここにこよう。」
「……はい……」
足早に引き返す中、明日香は小さめの声で、羽根に言った。
「…このままつっこむのかと思ってましたー。」
「引き際は心得ているつもりだ。……生きている可能性のある人間を見捨てるのは心苦しいが……。今の俺たちでは力不足だ。」
「はあ、ひたすらにまっすぐですねー。」
「……結局、お前の兄とやらも見つからなかったな。」
「やっぱりあっちの世界に行っちゃったのかもですねー。このダンジョンの中にいる可能性も微レ存ですがー。」
「それはないだろ……」
その後、明日香達二人はネルを近くの町に送り、そこでネルと別れた。
「いやいや、マップって反則技だろ!」
いやあれはずるい。罠の場所も、敵の位置もすべて分かっちゃうんだもん。
『ですが、全体図を見ることは出来ないようですね。』
「まあそりゃそうだろ。助かったよ。」
落とし穴に入らず、その先の罠デンジャラスゾーンに行ったのが理由だ。
ルドルフや俺の位置も分かるって言うなら、落とし穴の中に入るか、少なくとも行き止まりで罠と敵だらけのデンジャラスゾーンには進まないからだ。
「マッピングって感じなのかね。外ではどうか知らんが。」
「いや、それよりお前さんいいのか?妹なんだろ?」
ルドルフが心配そうに俺に聞いてくる。
「いや、むしろこのまま行方不明になっちまったほうが、引きこもるのには好都合だ。あいつなら俺がいなくとも何とかなるだろうし。……それよりお前こそ良いのかよ。ネル、だっけ?娘が迎えに来たって言うのに。」
ルドルフは沈黙し下を向きながら言った。
「あいつは、ずっと俺に着いてきてな、反抗期なんて無かった、いい子なんだが。しかしそろそろ親離れしないといけねえよ。こんな形になっちまったのは不本意だが。…それに今回の結果は俺の責任だ。戒めとして、受け入れるさ。つか、お前さんも元々帰す気ねえだろ。」
「まあそりゃあな。元も取れてないし。」
とりあえずダンジョンに二十日以上居てくれなければ、殺さなかった意味がない。
それもそうなのだが、落ち込んでいるおっさんが家にいるのはいたたまれないものだ。雰囲気的に。
「おっさん、酒でも飲むか?」
「おっさんじゃなくてルドルフだってんだ。」
今回のあらすじ
妹、来て帰る。(雑)
兄との再会は無し!
そして良い話っぽくまとめているが、全然そんなことはない。
酒と住まいの誘惑に負けたおっさん。