外三話 ギルドマスター
ようやく初の異世界人です。
キセル・ベーカーはソファーに座り、待っていた。
その黒光りする革のソファーは、今まで座った中で最も快適なものであった。
(昨日から驚いてばかりですね。)
外を歩けば、巨大な鉄の塊が黒い石の道を駆け抜け、見上げれば目眩がするほど大きく、巨大な直方体が、こちらに倒れ込もうとばかりに並んでいる。
人が洪水のように流れこみ、各々の吐息が寒い空気に触れ、白くなる。
眉間が灰色になるような、よどんだ空気。白い空。
断続的に轟音が鳴り響き、地面が細かく揺れる。
キセルは昨日、突然そんな所に飛ばされた。
それは日本でも有数の大都会、渋谷のスクランブル交差点の中心だった。
異世界人の中でもこんなハズレくじを引いた者は居ないだろう。
それでもその圧倒的なカルチャーショックに倒れずにすんだのは、エルフとして長年生きてきた年の功という物かもしれない。
キセルは、見た目は秀麗な若者であった。
長髪はエメラルドグリーンと、日本ではコスプレとしか思えない色をしているが、地毛である故か、見るものにため息をつかせる程艶やかであった。
そして種族の最大の特徴ともいえる長い耳は僅かに垂れている。
白い肌は、女性も羨ましいほどきめ細かく若々しいが、これでも彼は1000年は生きている。
そして500年に渡り王都のギルドマスターを勤め、文武に非常に秀でていた。
とくに国王とは昔馴染みで、懇意の仲である。
国家とは独立し、それのみで国家並みの武力を持つと言われる冒険者ギルド、それを束ねる彼は、一国王と同等の存在であるといっても過言ではない。
転移後、彼は落ち着いて状況を理解し、「この国の治安維持組織は何か」「ケイサツとはどこにあるのか」など、道行くあらゆる人に聞き、ようやくここ、警視庁本部までたどり着いたのである。
目の前の、ニスでつやつやと光る、装飾の凝った木製のドアが開く。
入ってきたのは、この世界で幾度と無く見た執事服のような、しかしあっさりとした服に身を包んだ、頑強そうな男であった。
男は口に笑みを浮かべているが、雰囲気は柔らかくなかった。
むしろ常時警戒されているような錯覚を、キセルは覚えた。
「待たせてしまい申し訳ない。警視庁捜査一課の高木と言う。簡潔に言えば、この治安維持組織の中間管理職と言ったところだ。」
「王都ライランス冒険者ギルド本部、総合ギルドマスターのキセルと申します。治安維持組織とは少々異なりますが、私達の組織の総長を勤めております。そちらも忙しいのでしょうから、お気になさらず。」
(ふむ。これが噂の「翻訳機能」か。)
高木警部は内心で感心する。
異世界の言葉と日本語は全く違っていた。それでも、キセルが多くの日本人とコミュニケーションをとれたのは、この機能による物だった。
高木のもとに入った報告によると、この機能は現在日本にいる人間の全てに有るだろうとのこと。
全く違う言語を話しているはずなのに、その言葉のニュアンスにいたるまで、こと細かに理解できる感覚は、高木警部にとってかなり新鮮な物だった。
対してキセルは、多少驚いたものの、高木ほど新鮮味を感じていなかった。
長命ゆえの落ち着きもあるが、なによりこの機能に似たもの、「翻訳指輪」なるものを、元の世界で使用した覚えがあったからだ。
しかしこの指輪は異世界においても非常に稀少であり、国の重役に就かない限りは一生お目にかかれないどころか、存在すら知らない者も居たほどである。
「こちらには時間がない。また、そちらもその方が宜しいだろう。単刀直入にお聞きするが、どのような用件でいらしたのだろうか。」
「ええ。そのためにまず、冒険者とは何かをお教えします。冒険者とは、国、あるいは街の害となる魔物の討伐、そとへ出る商人の護衛、外の脅威、変化への調査を行っています。」
(……あるある、な冒険者だな。ファンタジーの。)
高木警部は心の中で愚痴る。
もう何度目かになるその愚痴は、吐く度に疲労感を増した。
「概要を言ってしまえば、街の『外』の治安部隊ということです。そして、こちらの用件なのですが、こちらの世界人、貴方の言う異世界人の調査を、我々に任せて頂けないでしょうか。」
予想通りの用件に、高木警部は一つ安心した。しかしすぐに気を引き締める。
「街の外の治安部隊ということは、街の中の治安部隊は何だろうか?」
「国家の有する『軍』です。しかし、この軍は国王の命令の下にしか動けない組織なのです。」
「なるほど、対してギルドマスターである貴方ならば、冒険者を動かせると。即時動く必要がある現状では、あなた方が適任と言うことだな。」
「全くその通りです。」
この提案は、高木警部にとって悪い話ではなかった。日本人の調査だけで手一杯で、異世界人に全く対応できていない今、異世界の勝手を知り、危険となった街の外に容易に出ることの出来る組織が味方になるのは、大きな戦力となる。
しかし、懸念が無いわけではなかった。
「まず、最初に確認させて頂きたい。貴方は自身の、その身分を証明する方法を持ち合わせておられるだろうか。さすがにこちらも先程の自己紹介だけでは信用できない。」
キセルは苦い顔をした。
異世界の、一切基準が違う人間に、ギルドマスターの地位を証明する事が非常にむずかしかったからだ。
キセルはポケットに手を突っ込むと、中から一枚のカードを取り出した。
金に輝く、金属製の固めのカードである。表面に彫られた文字が記載されている。
「冒険者ギルドの冒険者に配られる、ギルドカードという物です。ギルドの冒険者の身分を証明するもので、同時にギルドの職員には役職が記載されているのですが……」
キセルの声が尻すぼみになる。彼もわかっているのだ。
高木警部は首を振った。
「残念ながら、そのカードの内容と、カード自体が本物である保証がない。偽装か、まったくのデタラメだという可能性もあるからな。」
キセルは残念そうに目を細める。
「それでは、今すぐ保証する術がありません。後日、私達の世界の人間を連れてきて、私の身分を証明してもらうしか…」
「だろうな。おい、」
高木警部は頷くと、横に控えていた部下に振り向いた。
「連れてきてくれ。」
「わかりました。」
別室へ向かう部下の背中を見ながら、高木警部はため息をついた。
(全く。あの人は用意周到過ぎるというか…)
しばらくして連れてこられたのは、異世界人と思われる、多種多様な身なりをした10人だった。
なかには頭にケモミミがある者もいる。
どこのラノベだ、という何度目かもわからないツッコミをかみ殺して、高木警部はキセルに言った。
「こちらが無作為に選んだ、異世界人10人だ。彼らに貴方と、貴方のギルドカードとやらを見せて、貴方の身分を証明する。」
「これは……用意周到というかなんというか…」
驚くキセルに高木警部は苦笑する。
彼らを用意したのは、高木ではなく福富総理大臣だった。
総理はこの状況を、随分前から想定していたということだ。
「かなり丁重な待遇をしたから、そちらが心配することはない。時間がないので、早速一人一人に、名前、自分の身分か職業、目の前の男がギルドマスターか否かを聞いていく。」
そう言って高木警部はおもむろに席を立つ。
それに合わせて部下が壺を用意した。
高木警部はスーツの中から黒いL字に曲がった物を取り出すと、それを持ったまま、先を壺に当てた。
「耳を塞いでてくれ。」
ガアン!!
ガシャン
高木警部が引き金を引くと、鉄を木槌で思い切り叩いたような轟音とともに、壺が高い音を立てて砕け散った。
キセルは目を見開いたまま、高木警部に聞いた。
「高木さん。それは…?」
「あなた方の世界にはない、この世界の強力な武器だ。引き金を引くことで物を破壊できる。」
高木警部が部下に目配せをすると、部下は拳銃の銃口を、キセルと異世界人10人に当てた。
「理解してくれ。こちらにあなた方を害するつもりはないが、あなた方を完全に信用しているわけではない。例えば今、我々が気づかないような魔法を使い、身分証明を脅迫される可能性もある。」
そう。キセルが高木警部たちに気付かれないように魔法を使い、異世界人10人に無言の脅迫をすれば、高木警部達は騙されることになる。
現状、キセルか隠蔽度の高い魔法で脅迫する事は出来るが、彼らの世界にはない、未知の殺戮兵器が10人の眼前にあるという状況が重要だった。
少なくともこれで、異世界人10人が脅迫される可能性は減ったのである。
銃口を向けられた異世界人達は、見るからに脅えてはいるが、パニックにはなっていないようだった。
日本よりも命が軽い世界の住民だからこそだろう。
しかも、キセルはいっさい動じていなかった。むしろ、自分に向けられた武器を興味深く見つめていた。
「では右から聞いていこう。」
「は、はい。私はアリスと言いまして………」
「肯定が7、不明が3か。」
身分を証明するには十分な結果だった。
しかも10人の中に偶然ギルドの職員がいて、キセル本人だと証明されたのは僥倖だった。
そのギルド職員が持っていたのは、キセルとは違い銅色のカードだったが、良くあるように、冒険者としてのランクが関係するのだろうと高木はあたりをつけ、質問は後回しにした。
高木警部は部下に指示し、銃を下ろさせた。
「手荒な真似をしてすまなかった。この国はあなた方の世界より平和で、平和ボケしているのだ。その分私達が警戒しなければならなかった。了承していただきたい。」
頭を下げる高木警部に、キセルは笑って返した。
「何万人もの異国民が領土に現れたのですから、警戒するのは当然でしょう。それに私も、何事にも代え難い信頼を得られたので、よかったです。」
「そう言っていただけるとありがたい。」
頭を上げた高木警部は、異世界人たちにもう一度謝り、退室を命じた。
「それでは、ようやく本題に入るとしよう。次に聞きたいことは、調査方法だ。どのようにして異世界人の調査をされるつもりか。」
「それに関しては、私のエルフとしての特殊能力を用います。」
「それは、能力とは違うのか?」
「もともとは違ったのですが、この世界に来てから能力となったようです。」
「ふむ。」
高木警部は「ステータス」が異世界のものではないと知っていた。
というか、ネットで話題となっているのだ。
「まあそれはおいといて、その特殊能力とはどのような物なのだろうか。」
「精霊の声を聞く力です。エルフはほとんどがその力を先天的に持っています。特に私は精霊との親和性が高く、声をより明確に聞くことが出来るのです。まずは精霊に、各地に散らばった冒険者の居場所を探し、冒険者ギルドを再構成しようと思っています。」
エルフの「精霊の声を聞く」というのは、現実として考えればツッコミ所しかないが、ラノベや漫画やゲームとして考えれば、不自然ではなかった。
高木警部はその方法を信用に値すると考え、詳しく聞くことは今は避けた。
「では、よろしくお願いします。よければ、調査が終わった後も、警察と冒険者ギルドの関係は保っていきたいと考えている。」
「同意です。この状況下で、治安維持を目的とする者同士、協力し合うのは必然でしょう。」
二人は握手を交わして、それぞれの仕事を完遂するため別れた。
評価ポイントとかPVとかすごいことになってる……
頼んでも居ないのにレビューを書いてくれたジェネシスに祝福を!
『勇者ですか?いいえ。最強目指す凡人です。』
http://ncode.syosetu.com/n1396da/
ジェネシスの小説です。