第5章
高校二年の二学期といえば、高校生活最大のビッグイベントといってもいい、修学旅行がある。
とはいえ、当然のことながらわたしの気分はアンニュイだ。
今日の五時間目と六時間目は、修旅のための班作りと、自由行動の時の計画を練るという作業に当てられるらしく――わたしは四時間目あたりでエスケープしようかと考えていた。
これまで、何かのグループ作りの時には、どこかの班が必ずわたしにも声をかけてくれた。でも、修学旅行では仲のいい友達同士ががっちりグループになるはずなので、わたしのことを入れてくれそうな班はどこにも見当たりそうになかった。
『ママ。マリ、修学旅行は行かないことに決めたから!!』
そうママに言わなくちゃ言わなくちゃと思いながら、今日という日を迎え――わたしは三時間目が終わる頃には、胃がしくしくと痛くなってきて、四時間目が終わった後といわず、今すぐ学校から消えようかと思いはじめていた。
「ねえ、砂上さん。あたしたち、同じグループにならない?」
わたしがカバンの中に筆箱やノートをしまいかけていると、それまで一度も話したことのない、福士ユリカがそう話しかけてきた。
正直、わたしは最初に会った時から彼女とは、性格が合いそうにないと思っていて……この時もだから、どう答えていいかわからなかった。
「今まで一度も話したこともないのに、急に何って思うわよね。でも、あなたも知ってるでしょ?あたし今、仲野サユリと喧嘩してんのよ」
「ふうん」
わたしがぼんやりそう答えると、福士さんは長い髪をブラシで梳かしながら、「ちょっと」と、廊下へ出るようわたしを誘った。
四時間目は家庭科で、確か今日は<将来の家庭設計>についてどーたらとかいう、眠くなることが必死の授業だったと思う(というか、担当の女性教師が年配で、「女は女らしくあるべし」といったことを暗に語る、とても退屈な先生なのだ)。
「あなたってさ、実際勇気あるわよね」
廊下を歩いて学校の中央ロビーに出ると、その片隅で、福士さんはそんなことをわたしに言った。
「普通、二学期も半ばのこの時期までクラスに友達できなかったら……あたしだったら学校やめてるわよ、絶対」
「まあ、そんなこともたまに考えるけど……」
一体これはなんの風の吹きまわしだろうと思い、自然、わたしは物言いが慎重になった。福士ユリカはモデル並みに長身で、長い髪の綺麗な、色白の美人だった。
そして彼女とはまた別の意味ですごく可愛い仲野サユリ、このふたりはクラスの中心的な人物で、もしこのふたりの一方にでも目をつけられていたら――わたしは今ごろ、高校なんてとっくに辞めていたに違いない。
「まあねえ。高校生ともなると、多少クラスで浮いてるって程度じゃ、いじめたりまではしないもんね。話としては一応そういうのも聞くけど……砂上さんて、学校きてない時はどうしてるの?」
「なんかそのあたりをブラブラしたり、喫茶店で時間つぶしたり……あとは家で過ごすことが多いかも」
「ふう~ん。親はなんも言わないの?」
福士さんはブラシをポケットにしまうと、今度は枝毛探しをはじめ、時々小型のハサミでそれをちょきんと切っていた。
「うん。今のところはね……でも福士さん、修旅の班づくりの時、わたしどこのグループに入っていいかわかんないし、気の合わない同士で旅行しても、向こうに気を遣わせちゃって悪いかなって思うんだ。だから、わたし……」
「あ、鐘が鳴った。マリ、四時間目が終わったら速攻帰ったりしないでね。あたしもここのところクラスでひとりだから、あたしを昼休みに絶対ひとりにしないこと!わかった?」
「……………」
わたしはうんとも何も言わず、ただ福士さんに手を引かれるまま、二年B組の自分の席へ戻った。
彼女にマリ、と名前を呼ばれて、一瞬ドキッとした。それと同時に、なんとなく少し嬉しかった。高校へ通うようになって初めて、昼休みをひとりぽっちで過ごさなくてもいいんだっていうことが。