第2章
ただ、ママの浮気が確定して以来、ひとつだけ心の軽くなることがあったのも事実だ。
それはどういうことかというと、ママがパートに出かける時間を見計らって、どこかびくびくと怯えた気持ちで家へ戻らなくてもいいということだった。
テーブルの上には、<マリちゃんへ。冷蔵庫におやつのパイが入っています。電子レンジでチンして食べてね>といった、いつものお決まりの置き手紙がある。前までは、この文字を見るたびに深い罪悪感が心を捉え、おやつがうまく喉を通らないこともあったけれど――今はもう、すべてが平気だ。もしかしたら、慣れてしまったのかもしれない。
ママだって、不正なことをしているのだから、わたしだって同じことをしてなんの咎めを受けねばならないのだ?といったような、開き直りの境地に達しているといっていい。
そこでわたしは、二階の自分の部屋で、お気に入りのDVDを見ながらアップルパイを食べ、インターネットで自分のブログをいつものように更新することにした。
最近、わたしは小説を書きはじめた。サガンのように、十八歳までにあんな素晴らしい文章を書けるようになりたいと思い、目下、悪戦苦闘中だった。
主人公は、不登校になっている可哀想な少女で、両親にも見捨てられている、ひとりっ子の女の子……ほとんどそのまま、自分のことだった。
でもいつも、わたしの文章はあるひとつの部分で躓いてしまう。つまり、主人公が自分の不幸な境遇をただつらつらと並べ立てているというだけで――そこには<ドラマ>というものが存在しないのだ。
「やっぱりこう、サガンのようになるためには、わたしの場合、人生経験が不足してるんだろうな……」
わたしは出口のないこの苦しみのために、ふたつのことをしている。
ひとつ目は、海に出かけていって、浜辺でぼんやり過ごすということ、ふたつ目は、<マリー・ド・サガン>という喫茶店へ出かけていって、その喫茶店に置いてある客の日記帳を読むということだった。