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大魔道士アリスと死者の迷宮

作者:藤孝剛志
以前読まれた方もおられると思いますが、設定を少し変更して、前後編だったものを短編にまとめ直しました。
 千切れ飛んだ腕が、血をまき散らしながらくるくると回っている。
 私は目の前を通り過ぎていくそれを見て、これは右腕なのか、それとも左腕なのか? そんなことを考えていた。
 そりゃ右腕か左腕かぐらいちょっと見りゃわかるよ? けどくるくる回ってる腕がどっち側かなんてそんなにすぐわかるかな?
 あ、ごめん。すぐわかることだね。
 私はその腕の持ち主を見てみた。
 ガチムチの戦士っぽい人が右手で左肘のあたりを抑えてる。
 しゃがみこんで絶叫してるのはまぁおいとくとして、だからこのくるくると飛んでいった腕は左腕だ。
 で、その左腕はどうなったかというと、べちゃんと迷宮の壁にあたってごろんと床に落ちていた。
 筋肉質で立派な左腕。美術館にでも飾っておけば芸術品として通用しそうな……ごめん、言い過ぎた。きもいわ、やっぱ。
 その戦士っぽい人は歴戦の勇士っぽいので腕が取れたぐらいではへこたれないんだろうね。すぐに立ち上がって、こっちにやってきた。
 すると他のメンバーがかばうように前衛に出ていく。スイッチングっていうんだっけ? なんか説明受けた気もするけど。
 出て行ったのは後衛に控えていた……えーと誰だっけ? 人多すぎで名前なんて覚えてらえないんだよね。悪いけど。
 確か剣士と魔闘士って言ってたと思うんだけど、その人達が腕がいっぱい生えてる骸骨みたいなのに立ち向かっていった。
 一人減って二人増えて今その骸骨と戦っているのは十人。
 骸骨はやたら多い手にそれぞれ武器を持ってるのでこの人数を相手にしても全然平気っぽい。
 見た感じこの人達じゃ勝てそうにないなぁと思う。
 だってちょっと見てる間に私の横を首が三つ飛んでったんだよ? もうダメダメじゃん。十人でだめなのに七人になってどーすんのよ。
 こんな調子じゃ前衛が崩れるのは時間の問題なんじゃないかな。と、一応後衛担当の私は思うんだけど、さてどうしたものやら。
 後衛といえば僧侶っぽい女の人が何やらぶつぶつと呪文を唱えながら戦士っぽい人の腕に手を当てている。
 なんだろ回復魔法? え、もしかして腕生えてくるの?
 それは是非見てみたい。がんばれ、僧侶っぽい女の人!
 だけど僧侶っぽい女の人は、これみよがしにでかい胸の前で両手を合わせて天井を見上げ始めた。

「神よ!」

 あ、なんかだめっぽい。てか、その胸くれ。僧侶がそれで男惑わしてちゃだめでしょ。戦士っぽい人なんて腕を無くすような重症なのに胸ガン見してるし。
 さてそんなことしてるうちに前衛のぐだぐだした感じの戦いはどうなったかなと見てみると、さっき勇ましく出て行った二人がまとめてこちらにふっとばされてきているところだった。
 私は三歩後退する。
 計算通り! 二人はちょうど私の足元にごろりと転がってきた。
 あー、うごいたわー。三歩もうごいたわー。疲れたわー。
 そう思っていると大勢の視線を一身に浴びていることに気付いた。
 今絶賛戦闘中の人たち以外、けが人やら後衛やら荷物運びの人たちが一斉に私を見つめている。
 え? なに?

「わ、私の魔法じゃどうしようもありません! 傷口から毒が回っていて再生を阻害するのです。なんとかなりませんか!」

 僧侶っぽい女の人が必死な顔で私を見上げてくる。

「補助魔法をくれ! なんでもいい。素の実力じゃあいつにかなわん!」

 と剣士っぽい人が身を起こしながら私を見つめる。こちらも必死。

「つーかお前、大魔道士なんだろーが! あんなの極大魔法とかでやっつけろよ!」

 魔闘士っぽい人はなんか偉そうだ。むかつく。
 うーん、そう言われてもね。
 私はさっきからずっと隣に立っているレギンを見てみた。口をぱくぱくとさせている。

「え? なんだって?」

 小声で返すとすごい顔で睨まれた。けどそんな小声じゃ聞こえないし。
 まぁこの状況から考えるにどうやら何か言えといっているらしい。
 何か。
 それは私の今の立場、役割から想定されることをそれっぽく言えということなんだろう。
 よし、やってやろうじゃないの。それが私の仕事だってのなら見事に勤め上げてやろうじゃないの。

「はーはっはっは! 知るか! お前らごときクズが俺様を頼るなど百年早いわ! この程度の雑魚も倒せないようならこの場で死ね! 臓物をまきちらして派手に死んでみせろ! いいか? 俺はこんな階層の魔物相手に戦うつもりなどこれっぽっちもない。俺を戦わせたいならもっと強力な敵のところまでいくんだな! ここはお前らだけでどうにかしてみせろ!」

 すがるような目で私を見つめる聴衆にそう言ってみた。
 もちろん腕を組んで傲然と見下すように、せせら笑うようにするのも忘れていない。
 うーん、お兄ちゃんはこんな口調じゃなかったような気もする。
 てか、確実に違う。後で怒られそうな気がする
 だから今のうちにあやまっておこう。
 ごめんね! おにいちゃん!
 よし、大丈夫。妹がこんなに可愛くあやまっていたと知ればきっと許してくれる。
 けどさ、他にどう言い訳していいのやらさっぱりだしこう言うほかないんじゃないかな。だって私、魔法なんてこれっぽっちも使えないわけだし。
 腹痛で魔法の調子が……!
 とか言う手もあったけど、それだとずっとお腹痛いふりしてないといけないし、何よりかっこ悪い。
 ほら、これならさ、ほんとは強いんだけどまだ戦わないよ? って言ってるだけだから闘わなくても不自然じゃないじゃん。まぁ後々こまるかもしれないけどその時はその時だ。
 さて、これでどう? 百点とはいかなくても八十点ぐらいの対応でしょ?
 そう思いレギンを見るととてもさわやかな笑顔を浮かべていた。
 あ、やばい。なんか怒ってる。

「打ち合わせと違うでしょう?」

 ゆっくりとさとすような口調でレギンは囁いた。

「えーそうだっけ? なんか適当にごまかしながらお兄ちゃんがくるまで場をつなぐって話じゃなかったっけ?」

 小声で返す。
 けどこんなことをしている場合なんだろうか。腕お化けがすぐにでも襲い掛かってくるような。
 そう思い骸骨の化け物を見てみると迷宮の通路はなにやらガラスのようなものでふさがれていた。骸骨お化けはそのガラスをガンガンと叩いている。
 クリスタルウォールとかいう魔法だっけか。確か私が使えることになってるってことで説明を受けたような気がする。
 そのガラスの幅は十メリルほど。いや、こんなもんを突然出せるって魔法ってすごいね。

「あれ、どうしたの?」
「私が出しておきました。あなたが出したことにしておいてください」

 レギンはまだ笑っている。

「え? いつのまに? もしかして無詠唱ってやつ? すごいじゃん!」
「これ以上、ロイ様を貶めるような真似はやめてくださいね? アリス様」

 って言われてもなぁ。こっちもやりたくてやってるわけじゃないし、そこまで真面目にやるつもりもさらさらない。

「私を無理やり担ぎだしたのはレギンなんだし、お兄ちゃんのしりぬぐいをする私のしりぬぐいをするぐらいでちょうどいいんじゃないの?」

 私もレギンに負けないぐらいのさわやかな笑顔でそう言ってみた。
 あ、さすがにレギンの顔もひきつりはじめてる。
 レギンはさらに小言を言おうとしたのかもしれないけどもすぐにそんな暇はなくなった。

 パリン!

 魔法で出来たガラス、クリスタルウォールが見た目通りに、ガラスのように砕け散ったのだ。
 しかも気づけば一体だったはずの敵は五体に増えている。
 あー、なんというのか、せき止めていたら溜まっちゃった? て感じだ。
 さすが死者の迷宮というべきか出てくるのは骸骨やら腐りかけの死体だとかそんなのばっか。

「た、助けてください! ロイ様!」

 みんなの視線がまたもや私に集中する。
 えー? そんなこと言われてもなぁ。私、お兄ちゃんのふりをしてるだけだし。
 というか大魔道士がいるからってなんでもかんでも頼ろうとするってあんたたち情けなくない?

「はぁ」

 私はため息を吐いた。
 仕方ね―なーって雰囲気を出しながら、見下げ果てたわって感じで。

「おい、レギン。俺が出るまでもない。ちゃっちゃと片付けろ」

 レギンが一瞬すごい顔で睨んできたような気がしたけど、さすがというかなんというかすぐに自制心を発揮していつものすました顔へと戻っている。
 レギンが前へと出て行く。まぁこれぐらいどうにかするでしょ。

 しっかしなんでこんなことになっちゃってるんだろう。
 なんの力もないうら若き乙女をこんなところに連れてくるなんて、やっぱ頭おかしいんじゃないの?
 本当に嫌になる。
 私は三日前のことを思い出し始めた。そう、こんな事態に巻き込まれるはめになったあの日のことを。

  ※※※※※

 朝、ベッドの中でこれ以上ないぐらいにぐだぐだと過ごしているとお兄ちゃんがすぐそばに立っていた。
 えーと、妹の部屋に勝手に入ってくる兄ってどうなんだろう?
 とは思うもののまぁお兄ちゃんがいつのまにかそばにいるのはいつものことだし今更文句を言う気にもなれない。
 お兄ちゃんのロイ。私の自慢の兄だ。
 とにかくかっこよくて……っとまぁ見た目の自慢はいいか。
 あんまりやりすぎると自画自賛になっちゃうし私もそこまで厚顔無恥というわけでもない。そう、兄妹だから私とお兄ちゃんの見た目はよく似てるんだよね。
 お兄ちゃんは世間では大魔道師だとか、救国の英雄だとか言われていてそれはもう凄い魔法が使えるらしい。まぁ私は見たことないんだけど。
 そんな高スペックなお兄ちゃんのことだから彼女とかいたり結婚とかしててもおかしくはないんだけど、いつも私につきまとってべたべたしている。
 いい加減に妹離れをしろともいいたくなるんだけど、まぁ、その、まんざらでもない。いっしょにいると落ち着くし、私も彼氏がどうとかあまり考えない方だから今のところはこれはこれでいいか、なんて思ってる。

「なーにぃ? 言っとくけどまだ起きる気はないからねー」
「ってお前……今何時だと思ってるんだ? 学校はどうした?」
「明るくはなってるね。学校なら逃げはしないしいいんじゃない?」
「……まぁいい。俺はしばらく旅に出ることになった。留守を頼む」

 あ、少し呆れられた気がする。まぁそれもいつも通りという気もするけど。

「OK! まかせといてー」
「……何も聞かないのか?」
「まぁ留守を守るっていっても、別に私がすることは特にないしねー。家の事はみんなメイドの子たちがやってくれるしー」

 私の家は裕福だし、そこのお嬢様である私が家事だとかの家のことをするなんてのはめったにない。
 あれ、ごめん。一回もしたことない。けどまぁ、お嬢様なんてのはそんなもんでしょ。

「で、なに? 言いたいなら言ってくれてもいいけど」
「あ、あぁ。夢竜大帝討伐に行くことになった。少してこずりそうな予感もあるから時間がかかるかもしれない」
「むりゅー? 聞いたことないなぁ」

 お兄ちゃんはいろんな化け物をやっつけているらしい。有名無名問わず人に迷惑をかける魔物やらなにやらを片っ端から退治している。
 なんというのかそう、正義の味方というのがしっくりくる感じ。

「まぁそうだろうな。けど今回の敵はなかなかにやっかいそうだ。一つ間違えれば世界が滅ぶ……おい、聞いてるのか」

 なんだか眠くなってきた。
 お兄ちゃんの声がどこか遠くから聞こえてくるような気がする。

「はわぁ……なんだかしらないけど……大丈夫……なんでしょ?」

 あくびをしながら私は言う。
 そうお兄ちゃんなら大丈夫。何が相手でも絶対に勝てる。
 今までだってそうだった。なら今回だってきっと大丈夫。

「あぁ。必ず帰ってくる」

 力強いお兄ちゃんの声を聴きながら私は再び眠りについた。

  ※※※※※

 学校についたのは午後になってからだった。
 午前中の授業はすべてすっぽかしたことになるけど別にたいした勉強をするわけでもないしいいんじゃないかなと思う。
 学校でする勉強が何かの役に立つとはどうにも思えないしさ、結局のところ女の子なんてものは蝶よ花よとちやほやされるのが仕事みたいなものなんだし、教養だとかなんだとかそんなもの求められてなんかいないんじゃないの?
 そう思う私がわざわざ学校なんかに行くのは、単に友達に会うためだ。こればっかりは学校に行かないとどうしようもないからね。
 教室に入り自分の席に着くと前の席のフローが声をかけてくる。

「遅かったな、アリス。今日はもうこないのかと思っていた」

 フローレンス・ドラクレア。龍位貴族の長女で愛称はフロー。私なんかとは違う本物のお嬢様だ。
 うちは、フローの家みたいに建国から関わってるような大貴族様ってわけじゃない。お兄ちゃんの一芸だけで、黒位貴族におさまってるだけだし。
 フローはなんというのか、男前だ。
 美少女ではあるのだけど、髪は短いし、さっぱりとした割り切りのいい性格をしているので、一緒にいててわずらわしいことがほとんどない。

「眠かったからねー、二度寝したらこんな時間だよ」
「随分と豪快な寝坊だな」

 フローの落ち着いた声が心地いい。
 あぁ、なんかまた眠くなってきたような気がする。

「午後ってあと一時限だけだっけ?」
「次は理論物理だな」
「げー。苦手なんだよなー」

 得意な科目なんてないんだけどね。
 まぁ眠くなってきたことだしまた寝てればいいや。そう思ったところで教室のドアが勢いよく開いた。
 一応、上流階級の子女が集まるこの学校だ。そんなに荒々しくドアを開けるような無作法な人間はいないわけで、何事かと皆がドアを注目する。
 私はというと机にうつぶせになろうとしたところで無理やり顔をあげるような形になって、で、そのドアを開けた男と目が合った。

「アリス・マクガイバー! 緊急の用件がある。こい!」

 私は露骨にいやそーな顔をしたと思う。
 ぜったいにろくな用事じゃないことが簡単に想像できてしまったから。

「はーい。今いきまーす」

 しぶしぶ手を上げる。
 なぜならその男には見覚えがあってここで寝たふりとかしたって何も状況はかわらないってことがまぁ、これも簡単に想像できちゃったんだよね。
 私は本当に嫌そうに、重い荷物でも背負っているかのようにゆっくり立ち上がるとその男のところへと歩いて行った。


 そいつの名前はレギン。
 ちょくちょくうちにやってくるので顔と名前ぐらいは覚えてた。
 国のえらいさんらしい。
 若くてイケメンで国の重要人物だそうだ。なんとなく腹が立つ。
 談話室に連れて行かれた私はどかりとソファに座った。
 レギンもその向かい側へと座る。
 お茶は出ないらしい。なんとゆーのか気が利かない男だ。

「一応聞いておこうか。ロイ様はどこだ?」
「なんで私に聞くのよ。お兄ちゃんの仕事の事ならあんたたちの方がよっぽどくわしいでしょうに」
「あぁ、連絡はあった。だが緊急事態だ。連れ戻す必要がある」
「そんなこと言われてもどこいったかなんて知らないし。むにゅっ、だか、もにゅっだか言ってたけど」

 もしかしたら行先も言ってたのかもしれないけど眠かったからなぁ。よく覚えてない。

「ロイ様ー!」

 突然レギンが立ち上がって叫ぶ。なんだろう、馬鹿なんだろうか?

「馬鹿なの?」

 あ、言っちゃった。

「う、うるさい! もしかしてと思っただけだ。あの方はお前のそばにいることが多いからな。今もこっそりとここの様子をのぞいているのかもしれない。そう思っただけだ」

 レギンが顔を真っ赤にして言い返してくる。だったらやらなきゃいいのに。

「え? そんな魔法とかあるの?」

 お兄ちゃんがシスコンだってのはよくわかってるけど、四六時中妹を監視してるとかはちょっと勘弁してもらいたい。

「遠隔視の魔法か。あるにはある。誰にでも使えるようなものではないがロイ様なら造作もないことだろう」
「うえぇ。それはどうなの? ちょっと問題あるんじゃないの?」
「まぁ、たとえロイ様がシスコンのどうしようもない変態だとしてもだ、その価値は変わらない。その程度のことで満足しておられるならよしとするべきだろう」
「いやいやいや、私は全然よくないから!」

 お兄ちゃんが帰ってきたら問い詰めてやめさせないと。
 いや、そんなことしてないと信じたいんだけど、どうにも信じきれない部分がある。普段の行いが行いだけに。

「で、それはそうと要件はそれだけ? だったら教室に戻ってもいい? 寝るところ……じゃなくて授業があるんだけど」

 とっとと帰って寝よう。そう思って立ち上がるとレギンが手のひらを突き出してきた。待てってことらしい。
 まぁ無視してもよかったんだけどあとあとめんどうそうなので私は腰をおろした。

「なに?」
「ロイ様がどこにいったのか、いつ帰ってくるのかがわからないのはわかった。ただどうしてもロイ様に来てもらう必要がある。そこでだ。お前に身代りになってもらおうと思う」
「はぁ?」

 意味がわからない。
 お兄ちゃんの身代り? こいつなに言ってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?
 自慢じゃないが私はこの可愛い顔以外にはなんの取り柄もない。
 ましてや魔法なんて使えるわけもないんだからお兄ちゃんの代わりなんてまったく出来るわけがないのだ。

「幸いなことにだ。お前はロイ様に非常に似ている。背格好もほぼ同じだ。衣服を整えればなんとかなる」

 お兄ちゃんは男にしては若干背が低く、私は女の子としては多少背が高い。嫌なことに体型もそう変わりはない。

「なに? お兄ちゃんの、男のふりをしろってこと? いやいや、無理でしょ? どうやったって私の女としての魅力があふれ出しちゃうでしょ?」
「そんなものは何もないから安心しろ。胸もなにかまきつければ大丈夫――」

 私はテーブルの上においてあったガラス製の灰皿を投げつけた。
 レギンはそれを首を振るだけでかわした。
 ……ちくしょー。私にもっと力があれば……。
 なにか怒りで覚醒するようなイベント発生しない? ……ま、胸をけなされて真の力に目覚めるとかそれはそれでいやだけど。

「――だろう。後は魔法だがそれは私がサポートしてやる」

 平然と続きを話し続けるレギン。

「え? てかさ、よくしらないんだけど、あんた国の偉いひとだよね?」
「……」

 馬鹿を見る目ってこんな感じなんだろうか。半目で見てくるレギンの視線がなにか痛い。

「まぁいい。お前には説明する気も失せるが偉いな。かなり偉い。その俺が付きっきりだ。ありがたく思え」
「てかさ、さっきから話が見えないんだけど。その偉いあんたは忙しいでしょうに、なんだってこんなことやってんの?」
「あぁ、その説明がまだだったな。まぁ知ろうが知るまいがお前がこれからしばらく俺と一緒に行動するのは決定事項だ。国の一大事だ。否やは言わせん」

 否や、か。言いたいね。
 言いたいけど、この覚悟決めちゃってる感じのレギンには何を言っても無駄なんだろうね。

「わかった。じゃあちゃっちゃっと話してよ」
「いいだろう。まずは冥界の深淵だ。これは知っているよな?」

 当然だろうとばかりに聞いてくる。

「え?」
「は?」

 まさか知らないとは思っていなかったのかレギンは間抜けな顔をした。
 うん、なんか一矢報いたって気になってくる。気持ちいい。

「冗談だって。さすがにそれぐらいは知ってるって。おじいちゃんの葬式で行ったことあるし」
「お前な……こいつなら知らなくてもおかしくないかとか一瞬思ってしまったよ……」

 冥界の深淵。
 それは山の上にあいているでっかい穴だ。
 その山はなんて名前だったかは憶えてないんだけど霊峰らしい。信仰の対象にもなってて拝んでる人とかもいるね。
 その山の、普通なら火口にでもなってそうなところにぽっかりと巨大な穴があいててそれが冥界の深淵って呼ばれてるわけ。
 どこまで続いているのか底なんてまるで見えないその穴は、冥界に続いてるって言われてる。
 この国では昔っから死んだ人はそこに投げ入れることになってて、人が死ぬたびにみんなでえっちらおっちらその山を登って、棺桶を放り入れる。
 それを見守るのが葬式。つまり死んだ人を冥界に送るってのを文字通り、そのまんまダイレクトにやっちゃおうってわけだ。
 余談だけどその山登りが結構大変で、年寄りが死んだ場合だとその友達もこの葬式でばたばたと死んで行ったりして、大変なさわぎになったりもする。
 まぁ昔ながらの風習はいまさら変えられないんだろうね。
 ほら、どっかの国には毎回人が死ぬような危ない祭りとかあったりするけど、だからってやめないでしょ? それと同じような感じかな。
 なのでこの国には他国にあるような墓を作る風習がない。
 死んだ人間はごみ箱……もとい冥界の穴に捨てる。
 合理的だよね。
 でもそれだと死んだ人を思い返すよすがになるものがないってことなのか、なんとかいう神聖な感じの石を二つに割って加工して一つは棺桶に、一つは遺族が持つってことになってる。

「で、その穴がどう関係あるの」
「……その深淵に葬られた人間の数がわかるか?」
「? 話がみえないんだけど……えーと、たくさん?」

 そんなのわかるわけないでしょ。こいつは私の頭の悪さをなめているのか?

「冥界送りは、この国が建国される以前からこの一帯で行われている土着の風習だ。なので大雑把に考えても千年以上は続いているな。とりあえず千年として我が国の平均年間死亡者数は一万人。単純すぎる計算だがとりあえず一千万人が葬られているとしよう」
「はぁ……そー考えるとすごいね。あの穴の底に一千万人の人が山のように積みあがってるんだー」

 闇の底に棺桶やら死体やらが山のように積みあがっている絵が思い浮かぶ。大半はぼろぼろなんだろうけど、それでもそれはもうすごい光景なんだろうね。

「どうやらその一千万人がいっせいに息を吹き返したらしい」
「はぁ?」

 もうまったくもって意味がわからない。レギンを穴が空くほど見つめてみる。
 どうやら本気で言っているみたいだった。
 よその国の宗教ではそんなのをうたっているのもあるらしい。
 そーゆー国では死んだ人はいつだかわかんないような遠い未来に生き返るってことになってて地面に埋めてるわけだ。
 で、んなわけねーじゃん! て国は燃やしたり、動物に食べさせたり、うちみたいに穴に捨てたりするわけね。
 まぁ、そんな底なしの穴なんてのがどこにでもあるわけじゃないから、穴に捨てるなんてことになったのはうちの国ぐらいのもんらしいんだけど。
 死者の復活かぁ。
 穴に捨ててるうちでそんなことになってるのに、よその国の話では聞いたことないよね。

「と、言ってもだ。生前の姿のままに戻ってくるというわけじゃない。いわゆるアンデッドと呼ばれる状態になっている」

 アンデッド。
 なんだろ、スケルトンとかゾンビとかそんなやつ?
 一千万の骨軍団がカタカタと動いている所を想像してみる。ちょと楽しそうだ。
 けど、そんな想像を楽しんでいて妙なことに気付いた。

「ねぇ? その生き返ったとかってなんでわかったの? 穴の底で生き返ってようがそんなのわかんないじゃん」

 穴の底は真っ暗で何も見えないし、穴の縁はつるつるでなんの手がかりもないから生き返った人たちが登ってくるなんてことはないはず。
 じゃあなんでそんなことがわかったの?

「深淵がどこにあるか知ってるか?」
「なんでさっきから質問形式なわけ? 私を試したってなんの意味もないでしょ? まぁそれぐらいわかるけど。こっから西のほう。国の端っこじゃん。そんなの子供でも知ってるし」
「そうだ。国境ぎりぎりの位置にある。死の山を含む西の連峰自体が国境の役割を担っていて西側の国、オーエンとの境なわけだが……そのオーエンに死者があふれでた。あちらの国には死者の迷宮とよばれる遺跡があるんだがそこから大量のアンデッドが湧いて出たとのことだ」
「……ねぇ? それってうちとなんか関係があんの? よその国でアンデッドとやらが湧いた所でうちとは関係ないんじゃ?」
「確かにな。ただアンデッドが大量に出た。それだけならうちとは関係がない。……が、死紋は知っているか?」

 質問口調にいちいちつっかかるのはめんどくさくなったのでスルー。
 まぁ、むこうとしてもいちいちそんなの知らないとか、あれ何? それってどういう意味とか聞かれるのがめんどくさいので予防線を張ってるんだろうけど。

「えーと、なんか石割って棺桶に入れとくってやつ?」
「そうだ。それぞれの家を現す紋を刻み装飾品として死者に身に着けさせる。これは我が国独自の風習だ」
「……てことは、そのアンデッドとやらがその死紋をつけてた……ってこと?」

 さすがの私でもそれぐらいの察しはつく。

「そうだ。今更発覚した事実だがどうやら深淵と死者の迷宮はつながっているらしい。まぁそれでもだ。そこまでなら、死んだ後の死体がなにやってようとしったことか。で押し通せたはずだ。まぁ、さすがに無視もできないから十分な援助と応援を送る。ぐらいのところで手打ちにできたはずなんだが……そのアンデッド軍団を率いているのがワイトキングを名乗るジョージ十五世様だから話はややこしくなった」
「?」

 誰? 私は首をかしげた。

「……おい……おまえ、まさか国王様のお名前を……」

 信じられない。
 そんな目でレギンが見つめてくる。

「え? あぁ! そうそう、ジョージちゃんだよね!」

 そう言われればそんな気がしてきた。
 うん、たぶんそう。
 ジョージちゃん。甘いもの大好きジョージちゃん、お風呂が大好きジョージちゃんだ。多分。

「不敬罪の適用条件を満たしていたとしても今のお前を罰するわけにもいかんというのが実に歯がゆいな。ジョージ十五世。つまり前国王、現国王の父君だ。その方が死者の迷宮から現れてオーエンに宣戦布告した」
「……あちゃー、それはさすがの私もとんでもないなーって思うよ」
「そうか。わかってくれたか、さすがのお前にもわかったか」
「あ、でもさ。もしかしてジョージちゃんはさ、うちらのためを思ってやってくれてんじゃないの? 領土を増やすために」
「領土の前に余計な軋轢が増えるわ! それにだ。ジョージ十五世、ややこしいからワイトキングと呼ぶがやつの目的は死者の帝国をこの地上に築くことらしい。つまり我々のことなど一切考えていない」
「そっかぁ。息子のためにとかじゃないのかぁ」

 ちょっといい話かと思ったのに。残念。

「仲のいい隣国などないというが、うちとオーエンの間には峻厳な山々があって直接の利害関係にはない。そのため昔から友好的な関係を構築出来ていたのだが……さすがにこの事態には激怒していてな」
「そりゃそうだろうね」
「とにかくワイトキングをどうにかしろということになった。あずかり知らぬこととはいえ自分の父親が隣国に迷惑をかけている。国王としても最大限の誠意をしめすほかはない。そこで我が国最強の戦力であるロイ様を派遣することになったのだ」
「あぁ! そこでよーやくお兄ちゃんが出てくるわけか……っておい! それで私にどーしろってのよ! え? お兄ちゃんの代わりなんてできるわけないでしょ!」
「わかっている! そんなことは百も承知だ! だがことは急を要する。ロイ様がどこかにいったまま行方がわかりません。というわけにはいかんのだ! 早急に形だけでもロイ様を派遣していることにする必要がある!」
「ねぇ? それ意味あるの? 私が恰好だけお兄ちゃんのふりしてさ、で、レギンがサポートしてくれたとしてよ? それでどーにかなるわけ?」
「正直なところわからん。ワイトキングがどの程度のものかはわからんし、死者の迷宮の全容も把握しきれていないしな。だが急ぐ必要がある。なんとかごまかしながら死者の迷宮を進み、後はロイ様が帰ってきて合流してくれるのを期待するしか……」

 うっわぁ。
 まさかとは思ったけど何も考えていやがらない。びっくりだ。

「ねぇ? 素直にお兄ちゃん帰ってくるの待った方が……」

 そーいやなんかてこずりそうで時間かかるかも。とか言ってたような気がする。
 だったら駄目か。

「えーと、だったら、アインお兄ちゃんは? 見た目だけの問題ならそっちの方がいいんじゃない? 男だし」
「駄目だ! お前の一族はロイ様以外はろくなものじゃない! 口惜しいことだが、お前が一番ましなんだよ! 事情はわかったな? いくぞ!」

 そう言うとレギンは立ち上がった。
 えーと、私は一応は勉強しに学校に来てるんだけど……。

「この件が終るまでお前は休学だ。なに、成績に影響がないようには取り計らっておく」
「ちょっと! 勝手に決めないでくれる! ってなに、ここからこのままいくの? オーエンまで行くんでしょ? 旅行の準備とか……」
「そーいったものはこちらで手配済みだ。お前はそのまま来るだけでいい!」

    *****

 で、そこからはあっという間。
 大魔道士っぽい服を着せられて、オーエンに向かう道中にどうやってお兄ちゃんのふりをすればいいのかをいろいろとたたき込まれたんだけど、まぁ私の今の言動を見りゃ誰にでもわかるだろうけどまーったく覚えてない。
 言われてみれば、そんなのもあったなぁ、と思い出すぐらいだ。
 まぁ真剣味が足りなかったんだろうね。

「ライトニングブレード!」

 レギンがそう叫んで光の剣を振るう。
 皆をあんなに苦しめた骸骨たちはあっさりと水平に両断されていた。
 五体いた骸骨達が一斉に横にずれていって、ガチャンと骨らしい音を立てて崩れる。
 おー、かっこいい!
 あれ私もやってみたいなぁ。使えることになってる魔法リストに入ってたっけ?

「おぉ! さすがは大魔道士のお弟子様!」
「なんというあざやかな体裁き! いやお見事です!」

 皆がレギンを褒め称える。

「おいおい、そんな雑魚にどんだけ時間かけてんだよ」

 レギンが褒められるのが癪に障った私はとりあえずけなしてみることにした。


 それからしばらくが経ち。
 私たちは幾多の困難を乗り越えて最下層にたどりついた。
 ほとんどレギンまかせだったんだけどね。私はほら、結局何もできないわけだから。

「レギン! そんな程度の雑魚に何てこずってやがる!」
「おい! 危ないだろうが! 一匹こっちに来そうになってたぞ! ふざけんな!」
「退屈だな。おい、なにか芸をして俺を楽しませてみろ!」
「なに怪我してやがるんだよ? なっさけねーの。あぁ? なに睨んでんだよ。よわっちぃお前が悪いんだろうが!」
「死ね! 俺を笑わせるためだけに死ね!」

 なんて感じで適当にお兄ちゃんのふりをしていただけだった。
 あれ? お兄ちゃんこんなんだったっけ?
 まぁ前に心の中で謝っといたからいいよね!
 だんだんとレギンのストレスが半端ない感じになってきてはいたけど、結局私を無理やり担ぎ出したこともあってか、歯をギシギシと砕かんばかりにかみ合わせるのが関の山で、手をあげるなんてことは出来ない。
 いやぁ、絶対に歯向かってこない相手をいじるのは実に楽しいね。
 そんなこんなでやってきたのが死者の迷宮の最奥だった。
 死者の迷宮の地上部は人間が建てたものだった。
 そこから地下に行くと元々そこにあった洞窟につながっていて、そのまま潜って最奥まで行くとまた人工的な通路や部屋が現れる。
 ただしこんな地下深くに人間が建物を作るなんてかなり難しいわけで、やはりというかなんというか、ここを作ったのは死者たちなんだろう。
 材料は骨。別に来た奴らを脅すためにじゃないんだろうけど、雰囲気は出てる。
 まぁ骨を使ってる理由は簡単にわかる。多分ここで使えそうな材料がそれしかなかったからだ。
 最奥にある、いかにもな部屋は細長い広間だった。
 黄ばんだ骨を敷き詰めた床に、骨を寄せ集めた柱。壁や天井ももちろん骨で出来ていて、一番奥にある白い玉座っぽいものも当然骨なんだろう。
 柱や壁にはドクロがぽつんぽつんと飾られていて、ぽかりとあいている目の穴には謎の明かりが灯っている。
 玉座にはスケルトンっぽいのが座ってるけれど、この距離からだと小さすぎてよく見えない。ってどんだけこの部屋細長いの?
 まぁあれが今回の問題を引き起こしたジョージちゃんのはずだ。あれでなんかの気まぐれでちょっと座ってみただけの、通りすがりのスケルトンだったりするとそれはそれで困る。
 さて、問題なのはここが一番奥で、ボスっぽいのもいるというのに、まだお兄ちゃんは来ていないということだ。

「一番奥まで来ちゃったけどどうすんの? お兄ちゃん間に合わなかったみたいだけど?」

 いつも通りに隣にいるレギンに小声で話しかける。
 ちなみに、ここにくるまでに約半数、五十名からの犠牲者が出てるんだけど、お飾りの私にはどうしようもなかった。
 生き残りの半死半生の人達は私たちの背後にぞろぞろと控えているわけだ。

「ワイトキングを倒すしかないだろう。推定一千万はいる死者すべてを相手になどしてはいられないからな」

 あ、倒せる気でいるんだ。威勢いいなぁ。
 まぁレギンの実力はここまでの道中で何度も見せてもらったし、自信があるのもわかるよ。うん。

「あのさ。結局お兄ちゃんいなくてもなんとかなってるじゃん。私が来る必要あったわけ?」
「それは最初に言っただろう! 誠意の問題だ! 迅速に問題を解決しようという姿勢を見せる必要があったのだ!」

 この部屋にいるのはジョージちゃんらしきスケルトンだけだった。
 ボスにもいろんなタイプがあるんだろうけど一人で待ち構えてるあたり正統派なんだろう。

「ねぇ、あれってずっと座ってるのかな? それとも私たちが来るのを見計らってやってきたのかな?」
「どうでもいい! もっと気をひきしめろ!」

 レギンがジョージちゃんを睨み付けて身構える。
 ジョージちゃんがゆっくりと玉座から立ち上がり、一歩前へと踏み出した。

 ずしん!

 ん? なんか思ってもいなかったような音が……。
 もう一歩。

 ずしん!

 ジョージちゃんが歩く度に骨の宮殿がみしみしと揺れる。粉っぽいものが天上からふってくる。
 これ骨の粉?
 うわ、ちょっとやだ!
 私は髪の毛にかかる粉を必死になって払う。
 その間にもジョージちゃんは近づいてきていた。
 王冠を頭に載せ、真っ赤なマントに身を包んだたスケルトンだ。

「……ねぇ? ジョージちゃんてもしかしてすごく背が高かったの?」
「あほか! こんなにでかい人間がいるわけがなかろうが!」

 レギンの腰は完全に引けていた。さっきまでの威勢はなんだったの? とは思うものの、これは仕方がないよなぁ。
 うん、ジョージちゃんはでかかった。
 目の前にやってきたジョージちゃんの頭は、二階建ての家の屋根ぐらいの場所にあった。

「よくここまでやってこられたものだ」

 カタカタと動くドクロが喋りかけてきた。
 中腰だ。でっかい顔を私たちに見せつけるように下げている。
 うん、やっぱりこんなでっかい人間はどこにもいない気がするんだけど、死んでから育ったのかな?

「ふむ。また、オーエンの奴らかと思えばロータスの者達か。生きているロータスの者を見るのも久しぶりだ」

 珍しい者でも見かけたような反応だ。
 あ、ロータスってのがうちらの国の名前ね。
 ジョージちゃんはロータス王国の前国王らしいのよ。らしいってのは私はジョージちゃんが王様やってる時に見たことがないってことなんだけど。
 ま、もし見てたとしても、骨を見て生前の姿を思い浮かべられるかといえば、無理だよね。それもこんなに巨大化とかしてると。

「ジョージ十五世よ! 一体何を血迷われたのか! 馬鹿なことはやめて再び眠りについていただきたい!」

 元国王に対してその話し方はどうなのよ? とは思うもののまぁ、今のジョージちゃんはどっから見ても化物だからなぁ。

「なぁ? 俺らがロータスから来たってなんでわかった?」

 ちょっと疑問に思えたので聞いてみた。

「馬鹿か!」

 レギンが私をちらりとも見ずに文句を言う。

「紋章を見ればわかる。そこの男はグレイブ家のものだろう? お前の紋章は記憶にはないが、意匠に蓮が含まれている。後ろの雑兵どももロータス軍の正規装備のものが多い」
「へぇ。そりゃ知らなかったな。紋章でいろいろわかるもんなんだ」

 無視されるかと思えば、ジョージちゃんは結構素直に答えてくれた。
 ちなみに私の紋章はローブの胸元にでかでかと刺繍してあったりするので簡単にわかるはずだ。

「で? お前らは一体何をしにやってきた? 先ほど馬鹿なことを言っていたようだが? 眠りにつけだと?」
「あぁそうだ! あなたがどういう思惑なのかは知らないが、あなたの行いは祖国に多大な迷惑をかけているのだ! 現国王であるジョージ十六世様もあなたの所行には随分と心を痛めておられるのだ!」
「ほう? あやつに痛めるような心があると申すか? ……実の父親を毒殺して玉座を簒奪するような外道にか?」
「なに!?」

 寝耳に水っていうのか、レギンはものすごく驚いていた。
 私? まぁもうちょっと昔の話だったら歴史の裏話的なの聞けて面白いなぁ、とか思ったけどさ。さすがに現国王の醜聞を聞かされるのはちょっとなぁ。
 もしかして、この場にいる私たち全員消されちゃうような話なんじゃ無いの?

「私は死の淵で復讐を誓ったのだよ! そしてそれに冥府の神、アルナカルナが応えてくれたのだ!」
「ねぇ……ジョージちゃん死んだのいつの話だっけ?」

 レギンに小声で聞く。少なくとも私には王様が変わった記憶がないから随分昔のことだと思う。

「なぜそんなことも知らんのだ!? 二十年前だろうが!」
「いや、さすがに私産まれてないしさ」
「お前貴族だろうが! 近代史も知らずにどうやって社交界を渡っていくつもりだ!」
「えー、私、基本的にひきもりだしさぁ」
「えーい、お前の馬鹿さかげんはいまさらどうでもいい! 今の問題は、ジョージ十五世が復讐心から行動を起こしているというなら交渉の余地はないということだ!」
「なぁ? なんで今なんだ? 二十年も何してたんだよ?」

 私はジョージちゃんに聞いてみた。復讐なら死んですぐにはじめりゃいーじゃない?

「力を蓄えていたのだよ!」
「あー、だから大きくなったのか」

 なんとなくそう思う。たまりにたまった復讐の気持ちが膨れあがってこんな姿に……あ、やっぱり無理がある気が。

「とにかくここでこいつを倒さないと、我が国の立場は非常にまずくなる! くらえ! エアハンマー!」

 レギンがジョージちゃんの顔面に掌を向けた。
 エアハンマー。空気を押し固めてそれを敵にぶつける魔法だ。
 ジョージちゃんみたいな骨で出来てるような敵には効果的!
 と、私が使えることになってる魔法リストの解説の際に聞かされた気がする。

 ゴウゥン!

 派手な音を立てて空気のハンマーはジョージちゃんの顔面に炸裂。
 炸裂して……えーと、それだけだった。
 ジョージちゃんはまったくの無傷だったのだ。

 ぺちん!

 レギンが驚いてかたまってるところに、ジョージちゃんの張り手が真上からふってきた。

「レギン?」

 ジョージちゃんが手をどける。
 レギンは大の字になって倒れていた。
 返事がない。
 あ、これまずい。もしかして死んじゃった? レギンが死んだら私何もできないんだけど?

「あぁ! レギン様が!」
「も、もう終わりだ!」
「はっ。なに言ってんだよ。こっちにはまだロイ様がいるじゃねーか! 地上最強の大魔道士様がよ!」
「あぁっ! そうだよ! レギン様には申し訳ないが、ロイ様さえいれば!」
「ロイ様! お願いします!」
「ワイトキングを倒して下さい!」
「我らを! 祖国をお救いください!」

 後ろに控えていた、雑魚っぽい、有象無象の人達が一斉に声を上げる。
 最初は悲痛に、だが次第に希望に満ちた声になっていく。
 私は後ろを振り向くことができなかった。
 見なくてもわかる。期待に満ち満ちた目で私を見つめているに決まっているのだ。
 さて、私はどうしたものやら。
 考えるまでも無かった。ここで出来ることはただ一つ。
 私は両手を挙げた。

「降参だ!」

 こんな敵陣奥深くから逃げ切るのは無理。
 戦おうにも私にはひとかけらも戦うための力なんてない。
 だったら降参するしかないじゃない。

「そんな!」
「ロイ様!」
「いったいなぜ!」

 絶望と嘆きに満ちた叫びが死者の迷宮にこだまする。

「ここでワイトキングと戦い打ち倒すのは可能だ! まぁ簡単ではないがな。だがそれは! 黙示録的な! 世界を揺るがすような死闘と化すだろう! ここでそんな戦いを繰り広げればどうなる? 俺はいいが、お前らみたいな雑魚は一瞬で蒸発しちまうぜ! 出来ればそんな事態は避けたいんだよ!」

 だったらなんで私がそもそもこんな迷宮の奥底までワイトキングを退治しにのこのこやってきてんだよ!
 と、ツッコまれたならば笑ってごまかすしかない。
 だが、彼らは単純だった。

「ロ、ロイ様……」
「な、なんとお優しい……」
「この道中、幾度となく随分とえげつない方だと思わされたものだが……こんなにも我々のことを考えていただいていたとは……」

 あ、なんかすっごい後ろめたい。
 自分で言っといてなんだけど。

「ふむ。そんな死闘になるとはとても思えぬがな?」

 あ、ジョージちゃんが疑いの眼で私を見ている! 眼はないんだけど!

「ほう? そのローブ。アカデミーを首席で卒業したのか。そうは見えないがな……」

 鋭いよ! ジョージちゃん! そのとおりだよ! 私にはなんの力もないよ!

「まぁいい。このような姿に身をやつすまでに堕ちた私だが、降伏した相手を殺そうとまでは思わぬ。おい! こいつらを拘束しておけ」

 ジョージちゃんが命令すると、ぞろぞろとスケルトンがあらわれた。
 どこにいたのかと思えば、ここには床やら壁やら柱やらに骨はいくらでもある。そこからぱらぱらと骨が組み上がったのだ。
 私たちはあっさりとスケルトン達に捕まってしまった。

  *****

 太ももの骨を連結して格子状にしたような箱に私たちは閉じ込められた。
 牢屋ってことなんだろう。
 叩いてみる。
 カンカンととても硬そうな音がした。
 うん、とても骨で出来ているとは思えない。
 というか、これあいつらの体で出来てるってことなんだよね? どうやって出させたんだろう? 誰だって、

「おい、お前の体の骨ちょっと貸してくれよ。牢屋作るからさ!」

 って言われても嫌だろうにと思うわけよ。なんだろね、じゃんけんとかで決めたのかな? それともこいつらにも序列みたいなのがあって、

「お前の骨は俺のもの!」

 見たいに強制的に奪われるんだろうか?

「ライトニングブレード!」

 レギンが張り切って魔法でどうにかしようとしてるけど、さっきからずっとやってるのに傷一つ付いてないあたりどう考えても無駄っぽい。
 そうそう、レギンはちゃんと生きてました。なんか無駄に頑丈らしく大した怪我はしていないみたい。
 けれど、なんとなくレギンの手から出てる光刃の輝きが鈍いので、この牢屋には魔法の威力を抑える効果があるのかもしれない。
 と、いうかまずそんなところだろう。どう見たって魔道士な私たちだけがここに閉じ込められてるんだから。
 そういや私の格好って説明してなかったっけ?
 まぁいわゆる魔道士ルックなわけ。黒いローブを着て、首からはでかでかとアミュレットをぶら下げてる。
 指には指輪。全部の指に指輪。ごっつい宝石のついた指輪。
 むちゃくちゃあほっぽい。こんな奴街で見かけたら確実に馬鹿にされると思う。私ならする。
 けどこれは一つ一つがものすごい魔法のアイテムらしい。
 一応私を守るために最高級の魔道具が用意されているのだ。
 手には、これも大きくて高そうな宝石が付いてる杖を持ってる。
 魔力を増幅するとかいう凄い杖らしいけど、私にどうしろと? 0を何倍したって0でしょ? 宝の持ち腐れだよね。私が持ってても殴るのにしか使えないと思う。
 レギンはというと、こっちは見た目は質素だけど、貴族っぽさも忘れてないようなそんな格好だ。
 なんだろね。偉いくせに庶民派気取ってるみたいな感じがむかつく。
 武器の類いは何も持ってなくて、体術と魔法を組み合わせて戦うスタイルらしい。魔闘士ってジャンルのはずだ。

「ロイ様! 何をのんびりと骨を叩いてリズムにのってるんですか!」

 カン、カンカン、カン!
 あ、なんか叩いてるうちについ。

「別に他には誰もいないんだし、お兄ちゃんのふりする必要もないんじゃない?」
「だったら言わせてもらうがアリス! お前はこの状況を理解しているのか!」
「うん。どう考えても絶望的なことはわかってるけど? だったらどうしろってのよ? 元々私はこんな状況でどうにかできるような力なんて持ってないんだからさ、何したって無駄じゃない。どうにかするならレギンがやってよ」
「さっきからやっている! だがどうにも力がうまく出せんのだ!」
「じゃあもう諦めようよ」
「ふざけるな! 私は最後の最後まで諦めはせん!」

 そういうとレギンはどうせ効かない魔法を、手を変え品を変えて試し始めた。
 ま、見張りもいないのに放置されてるってことはこの牢屋の頑丈さにはよほどの自信があるんだろうし、やっぱり無駄だと思うけどね。

「くそっ! 考えもなしにつかまりやがって! こうなってはどうしようもないではないか!」

 諦めないと言ったそばからこれだった。無駄な抵抗だということをわかってくれたのだろう。

「えー! 機転を利かせたつもりだったんだけど? おかげでこうやって生き延びてるじゃん!」
「捕まって先延ばしにしただけだろうが! この後一体どうするというんだ!」
「ほら! ここはやっぱりお兄ちゃんがやってくるのを待つしか!」
「その戦略が有効なのは! 確実に! いつまでにくるかがわかっている場合だけだろ! こんな地の底で、いつ援軍がくるかもわからない状態で先延ばしにしてどうするんだ!」
「それでも私はお兄ちゃんを信じる!」

 私は目を輝かせ、拳を握りしめて天に突き上げた。

「ごまかしてるだけだろ……」

 ごまかしきれなかった。
 それでも私は天に拳を上げ続ける。
 すると、それが原因てことはないだろうけど、牢屋の格子ごしに見える天井が開いていくのが見えた。
 まぶしい。
 まさか、太陽?

「まさか……」

 レギンが驚愕に目を見開いた。

「なにかわかるの?」
「ここは、冥界の深淵の真下のなのか?」
「えぇ? ここが?」

 冥界の深淵。死の山の山頂に開いている、冥界につながっていると言われる大穴だ。
 今回の事件のそもそもの発端。死者を放り捨てるための穴なんだけど、どうやらここが、捨てられた死者達がたどりつくまさにその場所らしい。

「お前達にも見せてやろう」

 天井に気を取られているといつの間にかジョージちゃんがやって来ていた。

「ロータスの終焉をな!」

 ジョージちゃんが白く大きな翼を広げた。
 もちろんというか、それも骨で出来ている。まぁさすがに全部骨だと飛べないんじゃないかと見てみれば骨の間には膜が張られていた。簡単にいえばコウモリの翼みたいな感じだ。
 ジョージちゃんの足下にいるスケルトン軍団も同じように背中に翼を生やしている。

 みしり。

 と牢屋が揺れたので上を見てみれば、翼の生えたスケルトンが数体牢屋を掴んでる。
 えーと、これってもしかして。
 私の嫌な予感は的中。
 私とレギンを閉じ込めている骨で出来た牢屋は、宙に浮き始めたのだった。

  *****

 バサバサとスケルトンの軍団が飛んでいく。
 冥府の穴をさかのぼり、太陽に向かって羽ばたいていく。
 ものすごい数だった。一千万だっけ? まぁ建材になってる人もいたわけだし、全部が全部じゃないんだろうけど。
 夕方の鳩っぽい。ほら、あいつら夕方になると一斉に巣に帰るじゃん。
 私たちの牢屋も軽々と運ばれていて、鳩みたいなスケルトン軍団の後を追っていた。

「いや、これはもうどうしたもんだろうね」
「知るか!」

 レギンはやけくそだった。
 もう魔法を試すのも諦めたみたい。
 あぐらをかいて不貞腐れていた。

「意外に根性が無いなー」
「おい! さっきからちくちく私に文句を言っているのは何なんだ!」
「心の声ってやつじゃないかな?」
「お前の心はどれだけ開かれてるというんだ!」
「裏表のない聖女のごとき私の心は公正名大で常に開かれてるのよ」
「思ったことを垂れ流しているだけだろうが!」
「けど、これってなんなんだろうね? こっから飛び出す意味ってあるの? こいつら普通に死者の迷宮を通ってオーエンに攻め込んでたんでしょ?」

 もしや、なんとなくかっこいいから、とか?
 ジョージちゃんはなんとなく芝居がかってる気もしたし。
 そんなことを考えているうちに私達は、死の山の山頂を通り抜け空へ飛び出していた。

「おおー、すごいなぁ。ねぇ? これすごくない?」

 遠く、どこまでも大地が続いている。
 こんな高さから世界を見渡すのはもちろんはじめてのことで、私は素直に感激してしまっていた。
 下を見てみれば死の山を含む連峰がオーエンとロータスを区切っているのが実によくわかる。

「最期に素晴らしい光景を見ることができてよかったな」

 とはジョージちゃん。
 その巨大な手は牢を鷲掴みにしていた。
 あれ? なんかさらに巨大化してない?

「えーと?」

 とぼけてみた。けどあんまり意味はなさそう。

「お前はいつまで生きながらえることが出来ると思っていたのだ? 余の気まぐれで多少の猶予があったにすぎん。最終的には始末するに決まっているだろう?」
「ですよねー」

 うん、世の中そんなに甘くはなかった。

「お前たちの死をもって開戦の狼煙としようではないか!」
「わわっ!」

 牢屋がひっくり返り、私は必死で格子にしがみついた。
 レギンはそのまんま、あちこちぶつけて痛みに呻いている。
 ジョージちゃんが、牢屋を持ったまま振りかぶっていた。

「な、なにをするつもりなのかなー」

 もうお兄ちゃんの振りをするなんてことはどこかに吹っ飛んでいる。
 そんなことやってる余裕なんかないし。

「お前たちはローエンからの使者と考えられるな。そして使者の首を送り返すことで返事とするなど、よくあることだろう? まぁわざわざ首をとるようなことはせん……このまま王城に送り返してやろう」
「って! ちょっと待って! 他にやりようなんていくらでもあるじゃない!」

 けど、ジョージちゃんは全然待ってはくれなかった。

 ぶおん!

「ぎゃああああああ!」

 格子に押し付けられる、レギンの体がぶつかってくる。
 ぐるぐると回転する牢屋に張り付けられて見動き一つ出来なくなる。
 投げられた。
 しかも王城目掛けて。
 もうわけわかんない。
 空が、地上が。目に入る光景が目まぐるしく変わる。

「助けて! お兄ちゃん!」

 叫ぶ。
 最期にできることなんていくつもない。
 でも私はその中から、お兄ちゃんを呼ぶことを選んだ。
 当たり前じゃない。
 ここで可愛い妹を助けにやってこないような、お兄ちゃんは、お兄ちゃんじゃない!

 ばちん!

 強烈な光に目がくらむ。
 またもや牢屋はがくんと揺れに揺れて、中にいる私達をシャッフルした。
 頭がクラクラとする。
 そっと目を開けた。
 止まっているように見える。
 きょろきょろとあたりを見回す。
 牢屋はぼんやりとした光に包まれていて、そして空中で完全に静止していた。

「お兄ちゃん……」

 これはお兄ちゃんの魔法に違いない。やっぱり助けにきてくれたんだ。
 私は安堵のせいか気が遠くなっていった。

   ※※※※※

「ロイ様! 遅いですよ! なにやってたんですか!」
「いや、ごめん。様子はモニターしてたんだけどギリギリまでかかってしまった」

 感涙に咽ぶレギンに僕は頭を下げた。
 本当にギリギリだった。危ない目にあわせてしまったと思う。

「けど……アリスは一体僕をなんだと思ってるんだ? 僕はあんな暴君じゃないはずだけど……」

 アリスが僕の振りをしている際の、レギンや仲間たちへの態度はどうにも納得がいかない。
 僕は自分の事を聖人君子だなんて思ってはいないけどあれはないんじゃないだろうか?
 今後ひどい誤解を招きそうで頭が痛い。

「さて、現状はどうなっているんだろう?」
「モニターされていたのでは?」
「激戦だったからね。細かい事情は実はよくわかってないんだ。どうして、アリスがこんな目にあっているのか、とかね?」

 ちくりと嫌味を混ぜる。
 レギンは大慌てで自らの正当性を主張しはじめた。
 それを聞き流しながら周囲を観察する。
 骨の牢屋の中だ。
 空には天使めいた姿の、翼を生やしたスケルトンの軍勢。馬鹿みたいな数が、蚊柱のように密集している。
 レギンの言い訳とあわせると大体の事情は把握できた。

「ジョージ十五世か……まったくめんどうなことを。まぁとりあえずこの牢からは出ようか」
「いや、しかしこの牢は魔法を受け付けず、ものすごく頑丈に――」
「だったら魔法を使わなければいいだけじゃないか」

 僕は骨で出来た格子を握り締めた。手の中で骨はボロボロと崩れ去る。

「カルシウムが足りないんじゃないか? これ?」
「あの、そんなことが出来るのはロイ様だけです……」
「それに魔法が一切使えないってことはないよ。今も現に使えてるわけだし」

 この牢を宙に浮かせているのは魔法の力だ。
 確かにこの牢屋は魔法の力を打ち消そうとはしているが、この手の仕掛けへの対応は単純だ。
 延々と力を送り続ければいい。そうすればいずれ飽和する。
 だがそうは言っても今の僕の魔力量ではそんなことを長時間続けてはいられない。
 僕は適当に手をふるって、人一人が出られるぐらいの開口部を作った。

「そういえば、ロイ様が戦っていた相手はどうなったのでしょう? そちらはそちらで世界の危機だとアリスが言っていたのですが」
「夢竜大帝か。三桁台だからね。かなりてこずった」
「三桁……それはロイ様一人で大丈夫だったのですか?」
「三桁といっても九百五十六位の人格だから実質四桁だね。まぁてこずりはしても僕一人でどうにかなると踏んでいたんだけれど、結構接戦になってしまった」
「それは後回しには出来なかったのですか? こちらはこちらで国の一大事だったのですが!」
「レギンも知ってるだろう? 四桁以下がアリスの表に出てくれば世界滅亡の危機だよ」

 レギンとしても胃の痛いことではあったのだろうが、国と世界なら僕は世界を優先するほかはない。
 レギンの手を取って牢屋を出る。
 牢屋は死の山、冥府の穴にほうり捨てた。そこなら何を捨てても大した被害はないだろう。

「で、今問題なのはアリスに呼ばれてつい本気をだしてしまったということだ。魔力を全開で放出して大帝を撃破したのはいいんだけど、実は今魔力はほぼ0に近い」

 レギンの顔が蒼白になる。
 僕はゆっくりと地上に降り始めた。

「こうやって浮いてるのも結構ギリギリなんだよな、はははっ」
「はははっ、じゃないですよ! どうするんですか!?」
「まぁ一旦降りようか」

 もう浮くというよりは落下の速度を落としているだけという状況だ。
 なんとか魔力が完全に0になる前に死の山の中腹あたりに僕たちは降り立った。

「ま、たかがスケルトンだ。魔法なんかなくたってどうとでもなる」

 辺りを見回す。ここは山の中だ。武器になりそうなものはいくらでも転がっている。
 僕は手近な木の幹に指をめり込ませた。
 そのまま軽く上空めがけて手を振り切る。

 キュン!

 まっすぐに飛んでいった木はスケルトン数体を粉々にした。
 発生した衝撃波が、ついでにように周囲のスケルトンも粉砕する。
 空にはぽっかりと穴が空いたようになっていた。

「ほら、あいつら物理的攻撃に弱いんだよ。骨だからね。簡単にくだける」
「いや……骨とかどうとかじゃなくて、何が相手でもあんなのくらったら……」

 僕は手当たり次第にそこらの石や岩や木々を放り投げた。
 この角度だとスケルトンを撃破した飛び道具がオーエン国内に降り注ぐ気もするけど、それはもう仕方がないと諦めてもらおう。
 よその国の前に、まず自分の国を。アリスがいる国を守る必要がある。

「レギンも手伝ってくれよ。結構数が多い」
「いえ、何投げたって届きすらしませんよ……」

 ほぼ全てのスケルトンを片付けたところで、ひときわ巨大なスケルトンが落ちてきた。
 山を揺らしながら着地する。
 ワイトキングを自称するジョージ十五世というのがこれだろう。

「きさま! さきほどの小娘ではないな! 何者だ!」

 スケルトンは激高していた。

「さすがに前国王を前に適当なことを言うわけにもいかないか。僕の名前はロイ。アリスの不思議な王国アリス・オブ・ワンダーランドの国民の一人。原初(はじまり)の魔法使い、大魔道士アリスとは僕のことだ」
「ふざけるな!」

 なるほど。まったく信じてはもらえなかったらしい。
 だけど、どうしても信じてもらいたいわけじゃない。

「馬鹿力が自慢のようだな! だがもう投げるものなど残ってはいないぞ!」

 僕が一歩ふみだすと、ワイトキングは大げさなぐらいに後退した。
 なるほど。彼が言うところの馬鹿力を警戒しているらしい。
 手ごろなものは投げまくってしまったので、ここら一帯は禿山のようになってしまっていた。
 これも少し申し訳ないと思うが、仕方ないのだろう。
 どうやらワイトキングは投げるものがなくまで必死に上空でよけていたようだった。
 それはそれで想像すると滑稽なものがある。

「ロイ様! お気をつけ下さい! きっとワイトキングにも遠距離攻撃手段が!」

 びしっ。

 音がしてワイトキングのどくろに亀裂が走る。
 僕がやった。

「な」

 信じられないというような声をワイトキングが上げる。
 表情がないのでわからないけど驚いているんだろう。

「エアハンマー……」

 ロイがつぶやく。確か彼のエアハンマーはまるで通用しなかったと聞いた。

「え? 違う違う。ただ空気を押しただけだよ。これぐらいの距離なら十分通用する」

 僕がしたのは指をはじいただけだ。それにより空気の流れに指向性を作ったのだ。

「行こう、レギン。ここからは歩きだ。魔法が使えないとめんどくさいな。かなり距離があるみたいでうんざりするよ」
「え? あの、ワイトキングは?」
「もう死んでるよ。あ、死んでるってのはおかしいのかな? もう動けないっていうか」

 額から始まった亀裂がワイトキングの全身に広がっていく。
 僕はちらりとそれを確認すると山を降り始めた。

   ※※※※※

 目が覚めると私は自分の部屋にいた。
 えーっと、何がどうなったんだっけ?
 一瞬わけがわからなくなった私は覚えていることを順番に思い返した。
 ……うん。よくわかんないけど生きてて、家にいるってことは助かったんだろう。
 きっとお兄ちゃんがどうにかしてくれたんだ。
 ジョージちゃんに投げつけられて、もう駄目だ! って時にお兄ちゃんの声が聞こえてきた気がするし。
 けどなんだろうね。妙に体がだるいんだけど。
 思ってた以上に体を酷使してたのかな?

「お嬢様。レギン様がおいでなのですが」

 使用人の子が呼びにきたので、だるい体をひきずりながら応接室へと移動した。
 本当はめんどくさいなー、とか思ったんだけどあの後どうなったのかちょっとは気になるし。

「おー! 元気そうじゃん。レギンは大丈夫だった?」

 そう言いながらソファに座る。

「あぁ。ロイ様のおかげでな」
「やっぱりお兄ちゃん来たんだ。うんうん。やっぱりね。かわいい妹の危機にこないはずがないよね……なに? その目は?」

 なんというか微妙な目つきでレギンが私を見ている。
 何? 私に惚れたとか?

「いや、なんでもない。お前が気絶している間にどうなったのか。聞きたいかと思ってな。ま、そうは言ったところで大して語ることもない。ロイ様がやってきて、ワイトキングの軍勢を殲滅。ジョージ十五世も再び眠りについた。というぐらいのことなのだが」
「ふーん。まぁお兄ちゃんが来たらそんなものかな。けど、ワイトキングって冥府の神とかいうのが蘇らせたんでしょ?」

 もしかしたらまた復活するのでは?
 そう思ってしまう。もともと死んでたのが動き出したわけだし、また動きだしたって不思議じゃない。

「それも問題ないとのことだ。ロイ様が話をつけにいくとおっしゃってたんでな」
「え? なに? お兄ちゃんそんなのと知り合いだったりするの?」
「ルートはあるそうだ。あの方の人脈はよくわからん」

 そう言ってレギンはまた私を見る。
 なに? 気持ち悪い。

「あ。そういや私の機転で助かった、一緒に迷宮に潜った人たちは?」

 ちょっと気になる。あんな何も無いようなところにほっとかれたら不味いはずだ。

「大丈夫だ。お前の機転はともかくとして、すでに救出されている」
「じゃあ問題は解決か。ねぇ。もう学校に行ってもいいんでしょ」
「そうだな。復学の手続きをしておこう。結局一週間ほど休んだだけだったな」

 本当に用事はそれだけだったのか、レギンは帰っていった。

「アリス、勉強は大丈夫なのか?」

 いつの間にか後ろにいたおにいちゃんが話しかけてくる。
 本当にお兄ちゃんは神出鬼没でちょっと怖い。
 ま、私もお兄ちゃんがいつの間にかいることにはすっかり馴れてしまってるのだけど、このストーカー気質が少し心配になってくる。こんなんじゃ彼女とか出来ないと思う。

「うーん。まぁ一週間分は全部授業に出たことにしてくれるんじゃないの?」

 かなりさぼり気味なわけだし、普段よりも出席したことになってるのではないだろうか?

「アリス……お前な……」
「そういやお兄ちゃんはどうだったの? むにゅっとかもにゅっとか言うの退治しに行ってたんでしょ?」
「あぁ。なんとかなった。それはご飯でも食べながら話すよ」

 お兄ちゃんが、正義のために何かをやっつけに行って帰ってくる。
 私はそのお兄ちゃんの活躍を聞くのが大好きなのだ。
 そういや、そろそろお昼なのかな。
 私はお兄ちゃんの話を聞くために、食堂に行くことにした。
ゼロから始める武術修行 ~悪役令嬢ですが、武術を極めて運命をぶち壊すことにしました!~( http://ncode.syosetu.com/n9835cu/ )
こちらの話と多少リンクする設定があります。よければご覧ください。

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