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乖離する
作:なんがー


 「宇宙の始原とは何であろうか」。
 どうもこれは人類の飽くなき探究心の重要なテーマの一つであるようで、「男神と女神の密着した体が離れ、その空間が人間の住む世界」だとか、「原始の巨人の死体を使って創造された」とか言われた事もあったらしい。
 もちろん「(ヤーウェ)が世界を創造して7日目に休んだ」とか言う話も忘れてはいけない。

 

 だが、現代の科学が行き着いた先哲の苦心惨憺の結果をぶち壊すような結論によれば、

 「初めに“無”ありき」

 という事なのだそうだ。
 僕はその方面に詳しいわけではないからよくは分からないが、まず初めに生物や大地や水や空気や光や、「空間」「時間」といった概念すら存在し得ない時代があった。
 これが「無」だ。「虚無」だ。
 
 存在しない時間が幾分か流れたあるとき、ポツンと一個の「点」が生じた。その「点」は見る見るうちに膨れ上がり、大爆発(ビッグ・バン)を起こした……これが宇宙の誕生だ。
 今から大体、150億年ほど前の出来事らしい。




 さて。
 我々はこうして宇宙の誕生を想像した訳だが、その始原よりももっともっと前、すなわち「無」とは何かについて思索を巡らした経験は無いだろうか?

 少なくとも僕はそうした経験がある。もうずっと子供の頃の事だが、電気を消して潜り込んだ布団の中で、仰向けになって黒い空間を見詰めていた。そのまま腕を振り回せば実体の無い闇が掴めそうな感覚すら感じながら、僕は考えた。

 果たして「無」とは何か?
 果たして「無」とはいかなる物か?
 「無」が自らの周囲に展開されていたと仮定すると、人間はそれをどのように認識するか?
 それとも認識し得ないのだろうか?


 それは決して存在しない「無」を手で掴もうとするかの如く、まるでまとまりの無い疑問の羅列でしかなかったが、思考を働かせるのは何とはなしに楽しいものだった。
 しかし、あるときに急にその思索を中断せざるを得ない感情が湧き起こったのだ。
 それは「恐怖」だった。

 捉え所の無い「無」を考えていたら、まるで自分が広大な砂漠に置き去りにされたような、陸の見えない沖合いに流されたような、そんな抽象的な恐怖を感じた。途轍もなく怖ろしい。不安だった。
 その不安を掻き消すために、僕は眠ってしまう事にした。



 
 結局「無」とは何かについて、僕は何一つ理解してはいない。理解してはいないが、考えざる終えない状況なのだ。
 目の前で「僕」という人間が眠っている。僕はその様をベッドの横に立って見下ろしている。

 「無」とは何だ。いま僕には「肉体」が無い。しかし、ここに確かに僕は存在している。目の前にも「僕」がいる。眠っている。
 僕に肉体は無い。だが意識はある。僕に肉体は無い。だが目の前の物事は確かに見えている。
 肉体が無いという事は眼球も無い。視神経も網膜も無い。眼球に映った光景を認識する脳さえないのに、僕には目の前の光景が見える。

 「全く不可解だ!」

 一体どういう事だろう? 
 肉体だけベッドに置き忘れてきたか?僕の意識が「魂」という形で現れたか?ならば目の前で寝ている「僕」はただの抜け殻か?

 その時、「僕」が不意に目を覚まして起き上がった。そのまま部屋を出て行く。試しに付いて行って見るとトイレに入った。用足しだった。



 ここで僕は二つの事実を発見した。
 一つ。「僕」は動いたじゃないか。僕は断じて魂なんかではない。
 二つ。僕は肉体が無いはずなのに、確かに歩いた感覚があった。何が起こった。

 「全く不可解だ!」

 叫びたいと思ったが、咽頭(ノド)が無いのでそれも出来ない。そもそも肉体が無いという事は脳も存在しないという事だろう。
 それなのに僕はどうして意識を保っていられるのだろう?

 憂鬱な気分になって、部屋の中の鏡を見る。僕だ。僕が映っている。紛う事無き僕の顔。ベッドにのんきに寝ている「僕」と全く同じじゃないか。僕は、在る。幻じゃない

 鏡に触れたくなって無い手を伸ばしたが、指先が鏡面に触れる事は無かった。





 朝になると「僕」は気だるげに起き上がって着替え歯を磨いて、トーストで焼いたパンにバターを塗って食べ始める。
 僕は「僕」のすぐ近くでその様子を眺めていたが、肉体が無いから胃袋も無い。だから空腹感は起きなかった。食事に煩わされない分では便利とも思うが、舌の快楽を味わえないというのは少しばかり辛い。

 やがて食事を終えた「僕」は、スーツを着て会社に出かけた。駅の改札を通って電車へ。電車を降りて駅から出、会社へと向かう。
 僕が見慣れた道だった。
 
 「僕」が歩く後ろを、僕も一生懸命に歩く。


 パソコンに向かい、会議に出席し……いつも通りの日常だった。僕が日々繰り返してきた日常で、それ以上でもそれ以下でもない。
 夜になってから退社して家に帰り、寝た。やはりいつもと変わりは無かった。僕は「僕」のベッドの隣に座って、時計の針が動くコチコチという音を聞きながら何をするでもなく、ずっと床を見詰めていた。






 一体これはどういう事だろうか。僕の意識は確かにここに存在しているのに、「僕」という肉体だけが独立して活動しているのだ。
 乖離(かいり)している、と思った。

 僕の意識と「僕」の肉体はまさしく離れている。乖離している。肉に中身……心、つまり意識が宿っていないのに、いかなる理由で「僕」は存在しているというのか。
 
 「存在」とは認識されなければならない。肉体の無い意識、それも世界に対して何の干渉も不可能なら、それは「無」と同じではないか。そう、僕は「虚無」だ。空っぽだ。

 それは気が触れてしまいそうなぐらいに怖ろしい結論だった。自らの存在を認識してるのは自分だけで、鏡に映る自分を見る事は出来ても触れる事はできない。
 今この瞬間に、子供の頃の思考の結論が出たような気がした。

 「無」とは自分だ。
 「無」は「有」に干渉できないから、誰かに認識される事もない。その存在を知るのはただ自分のみなのだ。
  肉体が無いから眠くならない。空腹も無い。呼吸も要らない。自らの覚醒している意識だけが在る。
 いや、そもそもこの意識でさえ実在の物なのだろうか?他人に決して認識されない、いわんや「僕」自身にさえ認識されないようなちっぽけな存在が。もしかたしたら誰かが見ている夢の中の出来事に過ぎないのではないだろうか?


 それはある意味、時間も空間も無い、無の概念に近いような気がした。何だか急に寂しさを覚えて体を横たえようと思った。しかし、横たえる体さえ無いのだった。





 「僕」を僕が見詰め続けてから三週間ほどが経った。「僕」はいつもの通りに出勤し、僕はそれにくっ付いていくのが習慣になっていた。

 「僕」がいつも利用している駅の手前には、大きな横断歩道がある。普段は何の障害も無く信号が青になるのを待って渡る。ごく普通の事だ。今日もそうしていた。その時までは。


 凄まじい音と共に金属の塊が突進し、「僕」の体はあっさりと跳ね飛ばされた。
 金属の塊はすぐに動きを止め、中から運転手が困惑した顔で現れる。その時には「僕」は地面に叩きつけられて気を失っているらしかった。
 頭が割れて夥しい量の血液が噴き出している。その体はピクリとも動かない。周囲に人が集まってきた。


 ああ、この瞬間に「僕」は終わった。「僕」に死という形で「無」が訪れたのだ。そして僕も例外ではないのだ。

 「何て事をしてくれたんだ!お前が死んだら僕まで……僕が消える……」


 
 僕は「僕」の意識だ。「僕」が存在したからこそ僕も存在した。「僕」に起因する僕は一体どうなる。
 もはや「僕」の意識ではない、誰の意識でも無くなった僕という存在は!


 僕が「僕」の意識ではなくなった以上、今や世界との接点は完全に断絶されてしまったのだ。


 
 僕という意識の存在は世界から乖離された。もはや僕は「僕」ではなく、誰でもない意識のみだ。誰にも認識されず、自らが何であるかも見当がつかなくなった。
 今度こそ本当の「無」が訪れた。どんな海よりも砂漠よりも比較にならないほどに広大な、ただ虚しいばかりの世界……。

 
 僕は「無」だ。完璧な「虚無」の中へ……いや、僕自身が「虚無」そのものなのかもしれなかった。

 もう、鏡にすら映らない。




 


久々にホラー書いた気がします。
楽しかったです、ええ。













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