特定秘密の自由研究
発表します。
ぼくと浦島くんの共同自由研究は「男が船に乗れないわけ」です。
元々ぼくのおじいちゃんは漁師だったらしいのですが、今は何もせず昼間から仲間達と集まってお酒を飲んでばかりです。
どうして働かないのと尋ねても、赤ら顔をもっと赤くして怒鳴りちらしたり急に黙り込んだりします。そしていつもただ一言、「男は船に乗れないんだ」と言うのです。
言われてみれば、確かにぼくは生まれて十一年、船に乗った覚えがありません。そこでこれを自由研究のテーマにしようと思いたったのです。
まずネットで検索すると、フィルターに引っ掛かって「特定秘密により閲覧禁止」と出るばかりでした。それらしいものは「男だけで船に乗って海に出たが、帰ってきたのは船だけだった。救難信号も争った形跡もなく食料はたっぷり残っていた」という有名な話だけでした。
次に、漁師をやっているおばあちゃん達に聞きました。
あの大戦の時から暗黙の了解で「男を船に乗せてはいけない」ということになった。白く染まった海を怖がった男達がそんな掟にしたんじゃないか、とのことでした。
大戦は、経験したはずのおばあちゃん達にも今だによくわからないことが多いです。
戦争が終わってすぐ政府から海が白くなったことの説明があり、「男性を使った生体兵器が……」「無効化のためにタンパク質……」「水産物の影響は……」といったことを言っていたらしいのですが、誰も理解できませんでした。
そうです、誰にもわからないのです。ぼくにも。
以上、研究終わり。
……というのでは自由研究にならないと思いました。
ぼくは夜のうちにおばあちゃんの漁船にこっそり忍び込むこむことにしました。
そこで「怖いものなんかない」といつも言っている浦島くんを誘いました。
ひときわ大きなその船には貨物室があり、楽々で隠れることができました。ぼくらはなんだか温かくて薄暗いその部屋で、漁の道具に囲まれて眠りました。
甲板がどたどたと騒がしくなり、辺りがまだ暗いうちに船は出発しました。どうやら仕掛けを取りに向かっているようでした。
浦島くんはそばのまるい窓を覗くと、サルみたいにはしゃぎ回りました。船が波を越え少し深く沈むと、窓は一面が白くなります。外側には温めた牛乳の膜みたいなものが張り付いてうまく見えなくなりました。
そのうち船が静かになって止まりました。薄ら白い窓越しに網が巻き上げられるのが見えます。
「ほほ。いらんのにまた掛かりおった。死にかけとるが」とおばあちゃんの声がして、ぼちゃんと音がしました。海に捨てられたものを見ると、男のような魚のようなぼろぼろの生き物でした。
それは全身の穴という穴を半透明の白いぶよぶよしたものに塞がれ、体液を搾られて静かに沈んでいきます。まるでうみにとり殺されたみたいでした。ただ、それはどうしてか気持ち良さそうに笑っているみたいでした。
沖まで出て、辺り一帯の白い海面がオレンジ色の夕焼けと混じり合う頃、おばあちゃん達は夜の漁に向けてひとねむりしました。
海はそこかしこに影ができて暗くなり、ざあざあとまるで大口を開けているようです。
その時、浦島くんは動き出しました。
ぼくが「行かない」というと彼は散々ぼくをけなした後、「そんなだから男がなめられるんだ」と言って一人で行ってしまいました。
……馬鹿にされそうな気がしてその時は言わなかったのですが、ぼくには行きたくない理由がありました。
部屋の高い窓から、甲板に魚を入れておく生け簀が少し見えるのですが、その縁からチラチラと細く白い指が見えていたのです。
ぼくは浦島くんを待っていましたが、あまりにも遅いので心配になって勇気をふりしぼって探しに出ました。
甲板には誰もいません。
げべべべべべ。
げべべべべべ。
おかしな声のする方を見ると、生け簀の傍に白い海水まみれで浦島くんが喘いでいました。
「どうして男が船に乗れないかわかった。俺はまだ子供だから助かったけど」
ぼくはドキドキしながら生け簀を覗き込もうとしましたが、彼に止められました。
「お前はやめとけ。子供でいた方が楽しいこともある」
急に大人びた言い方をして、彼は部屋へ帰っていきました。
朝になると船は元の岸についていて、ぼくらの他に誰もいませんでした。おばあちゃんにそれとなく聞いてみても、昨日は漁が休みだったから出ていないよと言われました。
結局なんだかよくわかりません。夢だったのかもしれません。浦島くんとあの時のことを話したくても、彼はずっと学校を休んだままですから。
しかし、ぼくはあの生け簀から離れる時、チラリと見た光景が忘れられません。
生け簀の白い海から大きな女の人が割れたりくっついたりしてヌチャグチャのからだを開いて見せ、呼んでいました。体の奥――肉色の口がよだれを垂らしてうねっていました。
あれこそがこの自由研究の答えだと思うのです。
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