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一部 第八話
 ロゼと一緒に死霊術師の事件を解決して四週間が経過した。

 ロゼは相も変わらず僕の姿を見るなり勝負を吹っかけてくるし、ガウスはガウスでレポート評価最低になったのを僕の所為だと言ってくる。

 うん、今までと変わりない日々だ。自分がいかに面倒事の起こりやすい場所にいるかを理解して鬱になりたくなるけど。

 そんな僕だが、今現在――



「お、お腹空いた……」



 全力で飢えていた。

 理由は簡単。金欠である。

 散々学食でのバイトやら何やらしてお金の工面はしていたのだが、とうとうその余裕すら消え失せてしまった。

 ……というか、学食のバイトでどうして賄いが出ない。僕はあれを最後の命綱に決めていたのに。最近変わったあのケチな料理長の所為だ。チクショウ。

 クリスタルも値上げしようと思った時に限って、研究が一段落したみたいで需要がない。需要がない物を売りつける以上、こちらが妥協して値下げするのは自明の理であり、おかげで借金ばかりが増えていく日々である。

 そのおかげで僕は一昨日から水だけしか口に含んでいないのさ。あっはっは。

「マズイ……なんか気が昂ぶってきた」

 これはあれではないだろうか。完徹した時とかに良くなるあの興奮状態。あれは確か一説では体の警報を脳が意図的に無視すべく作り出したものだとか。

 ……あれ、僕って結構危ない?

「こうなったら……雑草でもむしるか……」

 旅の生活を送っていた時はごくたまにやっていた。理由は主に食事当番であるニーナを怒らせたからなんだけど。

 僕がおぼつかない足取りで雑草を食べようと歩き始めたところ、肩を誰かに叩かれる。

 振り向くとそこには柔らかそうな肉があった。

「……食って良い?」

 ポツリとつぶやいた一言が不味かったのか、返答は拳だった。

「誰が肉ですか! 失礼極まりないですわ!」

 地面に転がって立ち上がる気力もなく、ただぼんやりと空を見上げていたら、そこに見慣れた顔が入ってきた。

「ああ……ロゼ……。久しぶりだね……」

「久しぶりと言っても、廊下などですれ違うのは何度かありますけどね。まあ、確かにこうして言葉を交わすのは久しぶりと言っても過言ではありませんわ」

「ごめん……長話は……やめて……」

 脳に養分が回ってないので、一定以上の長さの話は頭が理解してくれない。

「……本当にヤバそうですわね。食事を取ってないのですか?」

「……一昨日から、水しか飲んでない……」

 あ、ダメだ。視界がかすむ……。

「はぁ!? 一体どんな生活送ればそんな状態に――ってちょっと!? 目を覚ましなさい! 冗談じゃなく死にますわよ!」

「あはははは……ロゼ、見てごらんよ。見たこともない綺麗なお花畑が一面に広がってる……」

「本気でヤバい!? 誰か、誰かーー!!」





「助かりましたありがとうございますロゼリッタ様」

 僕が意識を取り戻したところは学院の保健室だった。

 隣にはロゼが心配そうな顔でこちらをのぞき込んでおり、僕の意識が戻った時の喜びようはなかった。きっと僕がおごると約束した夕食が無駄にならないのが嬉しいのだろう。

「ふ、ふん! あなたを見捨てて授業に行くのも後味が悪いからですわ! 勘違いしないでくださる!?」

「うんうん、わかったわかった」

「流してますわね!?」

 じゃあどんな反応しろと。というか、勘違いって何をだよ。

「とにかく、ご飯くれてありがとう。このご恩は死ぬまで忘れません」

 意識を取り戻した僕の前には学食のパンとスープがあった。ロゼが持ってきてくれたのだろう。感謝してもし切れない。

「別に良いですわ、このくらい。目の前であなたに餓死されるよりはマシでしょう」

「いやー、実のところこれを買うお金すらなくってさ。もう最終手段で雑草粥を作ろうかと思ってたくらいだよ」

 あはははは、と今では笑いながら話せる。

「とてもではありませんが、笑えなくてよ……。そこまで苦しいようなら、やはりわたくしが――」

「いいよ。これは僕が決めたことだからね。それより、そっちはフィールドワーク何か受けるの?」

 とうとう明日に迫ってきたフィールドワーク。僕だって何の準備もなしに行けるほど甘いものではない。

 外には盗賊や追い剥ぎ、さらにはモンスターも出る。ゴブリン程度でも三体以上現れるとそれだけで脅威になるし、グレムリンなどが出たら即退却だ。小さくても悪魔の名を持っているため、驚異的な身体能力を持っているのだ。

 僕も旅をしている時に相対したことは何度かあるが、あの時は兄さんもいた。しかし今回は一人で全て切り抜けなくてはいけないのだ。

「ええ、薬学の授業を取ってますので。エクセもでしょう?」

 ――守るべき人を後ろに抱えて。

 ハッキリ言えば不安の方が大きい。兄さんはいつもこんな不安と戦っていたのかと思うと本当に頭が下がる。

 自分の選択一つで他人の命が左右される。自分のミスへの代償は自分の命だけでなく、友の命になる可能性だってある。

「……うん。そうだね。新しい杖も用意したし、いつでも行けるよ」

 二ヶ月借金組んでようやく手に入れた。今回も安物を買ったため、宝石はオパールで杖のサイズも大きい。

 ……小さくて軽い杖が高いのはなぜだろう。あれの方が使ってる木材少ないのは明らかなのに。

「そうですか。では、明日は楽しみですわね」

 僕の言葉のどこに彼女の機嫌が良くなる部分があったのかはわからないが、ロゼは気分良くスキップまでしながら保健室を出ていった。

 僕はパンをかじりながらそれを見送り、スープを飲み干した。

「……っしゃあ力出た! これであと二日は戦える!」

 もうロゼに足向けて眠れないね。ガウスの野郎は全然おごってくれないからな。

 僕は意気揚々と保健室を出て、明日のフィールドワークに備えた。





 僕の見込みが甘かったとしか言えない。

「やっぱり、昨日食べただけでフィールドワーク行くのは無理があったか……」

 何とか現地には到着したものの、そこで体力が尽きた。

「まったく情けない、と言いたいところですが……本当にわたくしがあげた物以外食べてないのですか?」

「うん、お金ないし」

 実際、寮生活を送っているから出費自体は食費と学費ぐらいだし、学費にしたって奨学金制度を使って安くしてもらっている。

 しかし、奨学金制度があっても学費は高いし、食費だってバカにならない。特にロゼと一緒にいるとあっという間に消えてしまう。

「どこまで貧乏なのですか……。あなた、もしかして相当苦しんで生活しているのでは?」

「半年前からそう言ってるわ! 毎回毎回ハイハイで流したのはどこの誰だよ!」

 流されておごってしまう僕にも非はあるんだろうけど、それは置いておく。

「う……、まさかここまでひどいとは思ってなかったのですわ。というか、食事すらまともに取れない学生など前代未聞ですわ」

 知るか。魔法学院がお金持ち率高いからって貧乏人がいないわけじゃないんだぞ。僕だってできれば一日三食食べたいんだ。

「……あ、バラユの花だ」

 そんな僕の視界に薄い紫色の花が入る。花弁は朝露を重たそうに支え、なかなか見た目に綺麗だ。

 確かすり潰して出た汁を蒸留すると、微量ながら魔力が回復するんだっけ。そして一応食用。

「…………」

「だ、ダメですわ! あれは調合に使うのですわよ! 食べたら探すのが面倒になりますわ!」

 フラフラと近づく僕をロゼが必死に押しとどめる。女性の中では長身の部類に入るロゼと男性の中では中肉中背な部類に入る僕では身長差がほとんどないため、僕はいともたやすく押さえられてしまう。

「ええい……っ! 離せ! 僕はあれを食べなければ生きていけないんだ!」

「麻薬じゃないんですから、食べなくてもいいはずですわ! そんなに食べたければそこに生えているベラムでも食べればよろしいでしょう!?」

 ちなみにベラムとは鮮やかな黄色い四枚の花弁が特徴の毒花である。自然界で色鮮やかなものは大概が毒だ。

 毒性自体はさほど強くないが、麻痺毒なため身動きが取れなくなる。

 というか、この知識は旅人なら誰もが持っていることだ。兄さんだって知ってたし、ニーナだって覚えてる。むしろ毒のナイフを利用するニーナは僕より詳しいはずだ。

「それは嫌だ! 僕を麻痺させて殺す気か!?」

「あなたが麻痺程度で死ぬはずないでしょう!?」

「人間なんだから死ぬよ!」

 ロゼは僕のことをなんだと思っているのだろう。過大評価してもらっているのか、人間扱いされていないのか判断が付けづらい。

「こらー。そこ、周囲に迷惑かけないようになー。お前らと同じ目的で来てる人は大勢いるんだぞー」

 僕たちが騒ぎ過ぎてしまったため、薬学の引率に怒られてしまう。ちなみに彼が教授というわけではない。

 教授というのは往々にして学者肌であり、そんな彼らに他人を守れるような技量があるわけない。つまり、こうしてフィールドワークの引率は学院の警備をしている剣士の人がしてくれるのだ。

「まったく……エクセの所為で怒られてしまいましたわ!」

「いや、僕の所為? 全部僕の所為なの?」

 確かに空腹で暴れた僕にも責任がないとは言わないが、ロゼにだって少しはあるだろう。

「それより、早くフィールドワークを終わらせますわよ。もう少し森の奥に進んでバラユの群生地を探しますわよ」

 僕の意見を完璧に無視したロゼがどんどん森の奥に分け入ってしまう。

「あ、ロゼ! そっちは行かない方が良いって言われてるでしょ!」

 森の奥が危険でない場合なんてほとんどあり得ない。僕はロゼを止めようと腕を伸ばすが、ロゼは予想以上に力強い歩みで僕を引きずり始める。

「ちょ、そんなに早く終わらせたいの!? だったらバラユだけじゃなくてソウルフルの実とか探せばいいじゃん!」

 ソウルフルの実とは熟すと真っ赤になって美味しい果物のことだ。おまけにすりおろして煮詰めた汁を蒸留すると良質のポーションになる。

 ただし何事も上手い物はそうそうなく、これは非常に希少価値の高い果物だ。薬学的な価値が高過ぎるため、普通に食用として食べることは滅多にない。

 ……以前、旅の最中に美味い美味い言って群生地にあったソウルフルの実をほとんど食い荒らしたことがあるのだが、あれは黙っているべきことだろう。研究の鬼である教授方に聞かれたら八つ裂きにされてもおかしくない。

「ソウルフルの実があんな街道沿いの森にあるわけないでしょう!? あるとしたらもっと奥ですわ!」

 しまった。思い留まらせるように言ったのだが、裏目に出ている。

「ああもう……僕のバカ!」

 しかも僕の言葉が完全にロゼのスイッチを入れてしまったらしく、さらにペースを上げ始めた。

 色々と諦めた僕も大きなため息一つで自分の失敗を責め、ロゼの後ろを歩き出した。

 どうしてロゼと一緒にいるとこう面倒くさそうなことばかり……。

「やれやれ……」

 もう一つため息をついて、僕は空腹をごまかしながらロゼの隣へ並ぶべく駆け足で向かっていった。


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