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一部 第四話
「お、お帰り。首尾はどうだった?」

 僕が自室に戻ると、ガウスがベッドに寝転びながら読んでいた雑誌から目をこちらに向けてくる。

「うん。ロゼとは別々に探すことになった」

 すでにルームメイトであるガウスには色々と話してある。彼も僕が半年前からロゼに付きまとわれているのは知っているため、今ではすっかり憐憫の眼差しで見られるようになってしまった。

 ……憐れむなら助けてよ。

「マジか? ロゼに限ってそれはないと思うけどな……。まあ、これは俺の推測だけど」

「今回は僕が弱気なこと言い過ぎたからね。向こうが怒っても仕方ないさ」

 ガウスの推測もあながち外れておらず、僕は苦笑しながら頭をかいてごまかすしかなかった。

「お前が弱気? たかだか犯罪者相手にお前がビビるはずないだろ」

 うん、さすが入学以来の付き合いであるガウスだ。僕の性格をよくわかっている。というより、僕が犯罪者程度じゃビビりもしないことがバレている。

「まあ、ね……。今回の事件、結構有名だからガウスの耳にも入ってない? 行方不明事件の」

 事件に巻き込まれているのは話したけど、何の事件に関わっているかまでは話してない。

 幸い、そこは察しの良いガウス。僕の言葉ですぐに思い出したような顔をした。

「なるほど……。確か、あれの犯人は噂じゃ死霊術師だったな。俺も本で読みかじった程度しか知らないけど、対人魔法の専門家とか」

 対人魔法といっても治癒魔法とかではない。拷問魔法や精神攻撃魔法に殺人魔法まで存在する……らしい。

「うん。僕もそのくらいしか知らないから、迂闊な行動は慎むべきだって言ったんだけど……全然聞いてもらえなかったんだ」

「あー……」

 ガウスはようやく合点がいったように天井を見上げる。その表情は何やら呆れているようにも見えた。

「なるほどねえ……。ロゼ、正義感の塊みたいな性格してるからなあ……。お前の弱気な発言に耐えられなかったんだろ。特にお前は今まで何だかんだ言ってロゼの無茶振りに付き合ってきたからな」

 確かに言われてみると、僕は彼女に引きずられて色々と街の騒動に関わった気がする。そんな僕がいきなり弱気になったのが許せないのか。

「……よく見てるね、ガウス」

 納得できる部分はあるが、僕としてはそこまでロゼの心情を察せられるガウスが少し不思議だな。何でそんなに詳しいの?

「このくらいはな。それよりエクセはどうするんだ?」

 はぐらかされた感はあるが、追及したところで答えてくれるとは思えない。僕は渋々ガウスの質問に答えることにした。

「一応、ロゼを尾行して拠点らしき場所は見つけた。ロゼには悪いけど、先回りして終わらせる」

「衛兵には告げないのか?」

「少し見てみたけど、マジックトラップが仕掛けられてあった。僕が一人で向かった方が被害は減る」

 魔法でつくられたトラップなら僕にとっては無意味だ。解除魔法までは覚えてないけど、存在さえわかっていれば避けるのは簡単にできる。

「……あれ? お前、トラップ解除できたっけ? ……ってそうか。トラップの存在に気付いたんだから、避けられるか」

「そういうこと」

 僕がクリスタル生成すること以外、能のない奴に見られるのは心外極まりない。これでもちゃんと努力して魔法は修得しているんだ。

「んじゃ、明日は早いのか?」

「うん。ロゼより早く向かいたいし」

 準備は……長丁場を予想しての食料と水、あとは武器で充分だろう。

「武器、武器っと……」

 魔法学院に入学する際にヤマト兄さんからもらった小振りな守り刀を取り出し、ローブの中にしまう。

 守り刀は兄さんが住んでいた国の風習だと言っていた。その国の生まれではない僕にはピンと来ないけど、守り刀は武器として非常に重宝している。

 他にも丸い石を縛り付けた頑丈な糸を腰にぶら下げる。これの用途はその時になったら説明しよう。

「あとは……、これかな」

 魔導士御用達の品。発動補助体の宝石を埋め込んだ、僕の身長ほどの尺がある細長い杖を持ち出す。普通の魔導士ならまずこれを持ち出すべき武器だ。魔導士の生命線と言っても過言ではない。

「それ先に取り出せよ……。ってか、お前はあんまり杖を持ち歩かないよな? 何でだ?」

「その場その場でクリスタル作れば一時しのぎにはなるからね。もちろん、ちゃんとした宝石使って加工してある方が魔法使う時に楽だけど」

 棒術の使用も考えてこの形にしたのだが、実は意外に持ち運びに不便な形であると後で気付いた。でも全ては後の祭りで買い換えるお金もないため、こうして使い続けている。

 それにこれだって使い慣れれば意外に便利だ。持ち運びには適さないことこの上ないけど。

「ふーん……。まあ、頑張れよ。俺も一緒に行ってやろうか?」

 ガウスに来てもらっても戦力にはならないだろう。実戦経験――というより命のやり取りをしたことがないだろうしね。

「いや、いいよ。僕一人で行く。その方が身動きが取りやすいし」

 半分事実で半分ウソ。僕だって本職は魔導士だ。つまり後方支援が主の職業である。それが単独で戦うなどあってはならないことであり、普通はたくましい前衛が護衛につくものだ。

 稀に魔法剣士なんていう奴もいるけど……。剣の道と魔道。両方に手を出せば両方ともどっちつかずになってしまう。

 魔法も中途半端。剣も中途半端。そんな人間にはなりたくない。

 とはいえ僕一人で戦う以上、接近戦の心得もある程度は必要だ。ゆえに僕は複数の武器を持ち歩いて全距離に対応できるようにしている。

 ……ぶっちゃけてしまうと、僕の特殊体質にはとんでもない欠点があるからなんだけど。

「とにかく、今日はもう寝るね。明日も早いし」

 準備を終えた僕はさっさとベッドに潜り込み、目をつむる。

「お休みー。俺はしばらく出てくるわ」

 こちらの気遣ったのかどうかは定かではないが、ガウスは外へ出でくれた。

 静かになった部屋の中で、僕は意識を素早く落とした。旅人時代に覚えた技術は伊達じゃない。





 翌朝。僕は日も昇り切らない時間から下水道の前に立っていた。

 背中には荷物を詰め込んだ背負い袋。そして右手には燐光を放ち続ける魔法刻印の刻まれた宝石が埋め込まれている杖を。

 ……今まで言ってなかったけど、杖に仕込んである宝石はオパールだ。割と使いやすく、全属性への対応もできる汎用性の高い宝石として人気が高い。

 ただし、汎用性の高い代わりに掘り下げた内容まではカバーし切れないのが現状。というより、最初は入門編としてオパールを使い、自分の属性がわかってきたらその属性に特化した宝石を使うのが定石となっている。

 さらにマメ知識として一つ。宝石の中で最も魔法媒体として優れているのはダイヤモンドとされている。あれもオパールと同じで全属性への対応ができ、なおかつ掘り下げた魔法にも使えてまさしく万能の宝石だ。

 しかし高い。僕も本音ではダイヤモンドを使いたかったけど、予算の関係上オパールにせざるを得なかった。

「さて、行くか……」

 武装の確認を終えた僕は慎重に下水道への梯子を下りる。

「相変わらずクッサイなあ……」

 下水道の中に入った途端、ものすごい異臭が嗅覚を殺そうと襲いかかってきた。

 いつもなら鼻をつまんでいるところなのだが、嗅覚というのも戦闘では重要な要素となる。それに鼻をつまむために片手を塞ぐのもバカバカしい。いつ戦闘が起きるかわからない場所で片手を捨てるなど、戦闘者としてやってはならないことだ。

「それに……」

 あまり時間をかけ過ぎるとロゼが追いかけて来てしまう。それは死んでも避けたいところなので、僕は足を速めて奥へ向かうことにした。





「……この道で正解、かな」

 目の前に迫り来る動く死体を下水に叩き落としながら、僕は自分の歩いている道の正当性を確認していた。

 ちなみに道自体は罠のある方向に向かっていた。マジックトラップというのは大体が範囲指定で、その範囲内に一定以上の質量を持った奴が踏み込んだら発動する代物がほとんどであり、魔力の残滓が確認できる僕にかかればその程度の罠、ないも同然だ。

「それにしても……」

 先ほどから目にするのは肉の腐りかかった犬の動く死体やゾンビ、極めつけは生首だけ飛んでくるバケモノ。正直あれらをモンスターの分類に入れていいのか決めかねている。

「気持ち悪いなあ……」

 あまり強くはないし動きもトロいのだが、とにかく見た目がグロい。心臓の弱い方が見たらショック死するんじゃないかと疑ってしまうくらいだ。

 こいつらが暗がりの中に出てくる肝試しは僕でも遠慮願いたい。本心を言えば魔力消費なんて考えずに魔法をバンバンぶちかましたい。

 だが、それも諸事情によりできない。渋々僕は杖の石突きを使ってゾンビなどを薙ぎ払いながら進んでいる。

 訳のわからないうめき声がまた聞こえてきた。宝石部分を向けて燐光を照らし、その顔を把握して距離も掴む。

「……よっと!」

 いったん向こうの攻撃範囲に届く距離まで体を近づけ、攻撃を誘う。そこを大きく後ろに跳躍することで回避し、その勢いを利用した刺突をゾンビのわき腹部分目がけて放つ。

 ズブリ、と嫌な感触を手に与え、柔らかい腐肉がボタボタと地面に落ちる。

 身の毛のよだつ光景にさすがの僕も顔をしかめながら、刺さった杖を下水の方に力の限り振るう。ゾンビの体はなかなか重いが、何とかなる重さだ。

 こんな調子で一体一体下水に叩き落としながら進んでいる。理性のないバケモノ相手だから、簡単なフェイントにも引っ掛かるし、実に詰まらない。個人的にはもっと強い敵との戦いを望んでいるのだが。

「文句ばかり言っても仕方ない……なっ!」

 動く犬の死体に噛まれぬよう軽快なステップを踏みながら、首をへし折る勢いで蹴り飛ばす。腐りかかった死体をそのまま使っている以上、一撃たりとも喰らいたくない。病気的な意味もあるけど、精神的な安定も兼ねている。

「……ん? 声?」

 適度に出現するバケモノを相手にしていると、だんだんと別の声が混じってくるようになったのに今さらながら気付く。

「叫びたいから叫ぶ、って感じの声じゃないね……」

 どう聞いても苦痛の声だった。しかも心の底から鷲掴みにされたような寒々しい悲鳴だ。

「……急ぐか」

 すでに手遅れである可能性が高いと僕の理性は告げている。そしてそれはおそらく正解なのだろう。

 だけど、何もかも理性に従えるほど僕は器用な性格をしていない。

「だからこそ、今こうして下水道くんだりまで来てるんだけど……ねっ!」

 足を速め、道中に現れるゾンビたちは全て勢いに任せて蹴り飛ばしてしまう。次々にうめき声が後ろから聞こえてくるが、無視する。どうせ沈むゆく亡者の遺言程度だろうし。

 僕の感情に呼応して、周囲の空気に微量のクリスタルが舞うようになる。

「ってヤバい!」

 これはあまり良くない兆候だ。慌てて心を静め、クリスタルの生成を何とか止める。

「ふう……。困るよなあ……これ」

 地面にいくらか落ちた微粒子状のクリスタルを眺めて、僕はため息をつく。

 クリスタルの生成を一人で行える。僕はそういう特殊能力を持ち、同時にそれが弱点にもなる。

 クリスタル自体は呼吸をするかのように簡単に作れる。言い換えれば、それは特に意識をしなくてもクリスタルの生成が可能ということなる。

 つまり、僕の感情が大きく揺れるだけでもクリスタルが生成されてしまうのだ。特に感情が爆発した場合の暴走は……考えたくもない結果になるだろう。

 だからこそ僕は可能な限り冷静沈着な性格を演じているのだが……、成功しているのかどうか良くわからないのが欠点だ。

「何にせよ、灯りが見えた……!」

 こんな風に自分の欠点を自覚して鬱になるのもこれまで。とにかく、今は目の前の敵を倒してしまえば良い。

 さて……、少しは楽しませてくれよ?

 僕は心の中で相手がそこそこ強いことを祈りながら、灯りの漏れているドアを蹴破った。
小説の題名を根本からひっくり返すような発言がありますが、彼の転機はちゃんと後で訪れます。その時を楽しみにしてください。


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