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一部 第四十八話
「ロゼ!」

 僕が巨人の体を目安に走ってロゼの下にたどり着いたとき、ロゼはすでに息も絶え絶えな満身創痍になっていた。

「エクセ……遅いですわよ……。まったく……」

 距離を取って戦うことを心がけていたのか、傷自体は枝や葉っぱがかすめたようなかすり傷が多かったが、息の荒さからして相当消耗していることは確かだ。

「いや、本当にごめん。でもありがとう。おかげでだいぶ回復した」

 万全とまではいかないが、魔法を行使できる程度には思考もスッキリしている。

 ロゼを抱え上げている僕に気付いたのか、雪の巨人(スノウジャイアント)が拳を振り下ろしてきた。

「邪魔だよ」

 僕はそれを魔力放出のみで薙ぎ払い、放出した魔力を手のひらに収束させる。

「エクセ……? それができるのなら、最初から……」

「うん、あらかじめ魔力を腕に集中させておく必要があるから、奇襲をかけられた時とかは使いにくいんだよ」

 先ほどまでは魔力を練る暇すら与えられなかったからボロボロにさせられてしまったが、もうここからは僕のターンだ。

「ロゼのおかげで応急処置もできたし、魔力も練ることができた。もう寝ててもいいくらいだよ」

「……口惜しいですけど、そうさせてもらいますわね。少し……休みます」

 ロゼは僕に少しだけ微笑みかけてから意識を落とした。ちゃんと呼吸が行われていることを確認してから、ローブを脱いで上にかけておく。

「……本当にありがとう。ロゼ」

 ロゼが来てくれなかったら僕はとうに巨人の胃の中に収まっていただろう。感謝してもし切れない。

「さて、僕たちは少し静かにしようか。ロゼを起こすのも忍びない」

 《風撃(ウインド)》を発動させて巨人の体を少しだけ揺らす。そしてその隙を逃さず、力の抜けた膝を強化を施した蹴りで破壊する。

『グオオオオオォォッッ!?』

「シッ……!!」

 苦悶の声を上げる巨人に対し、僕は杖の全体にクリスタルの刃を纏わせてその巨体を駆け上る。

「はぁ……っ!」

 肩のあたりまで一息に駆け上った僕は両手に握ったクリスタルの刃を全力で首に叩き付ける。巨人と言えど、人間に近い姿形をしていることに変わりはない。ならば首の辺りには動脈が存在するはず――!

 案の定、傷つけた箇所から血が噴水のように吹き出た。僕は返り血を浴びることを避けるために、杖から手を離して、足を乗せている肩を蹴って上へ飛ぶ。

「これで――終わりだ!!」

 《加重(グラビテーション)》を今まで練りに練った魔力全てを注ぎ込んで放つ。

 休憩していた時間も含め、術式から魔力の練り込みまで隅々まで目を向け、全力をかけた魔法だ。効果は推して知るべし。

 紫色の重力球が巨人の体を包み込み、球体の中心へと向かって圧力をかけていく。

 当然、それに耐えられるはずもない巨人は徐々に収縮していき、最後には小さな赤い球になって地面に転がった。

「……体って、ここまで小さくなるものなんだな」

 行使した自分が言うのもなんだが、恐ろしい威力だ。うかつには使えそうもない。

「……あ、杖」

 しまった。あいつの首に叩きつけた後、素早く抜けそうになかったから放置してきたんだ。

 ……どうなっているか、なんて聞くまでもない気がする。

「せめて発動媒体だけは……!」

 オパールさえ無事であるなら、あとはどうでもいい。杖なんて適当に木の枝から作ってしまえる。

 僕はもしかしたら訪れるかもしれない財政危機を乗り越えるべく、必死に小さな赤い塊に手を伸ばした。





「エクセ……、寝起きのわたくしに見せる最初の姿がそれですの?」

 僕が必死に肉の塊相手にオパールを探していたら、後ろからロゼの呆れて物も言えないような声が聞こえた。ん? 物が言えないなら声も出せないのではないか?

「まっ、気にすることじゃないか」

「あら? 何か仰いました?」

「何でもないよ。ロゼこそ体はもう平気?」

 それと僕のローブを返してほしい。さも自分の物であるように羽織るな。

「ええ。実を言うと、ずいぶんと前から意識はありましたのよ? ただ、回復に少し時間がかかりましたけど……」

「ローブの上からだから、さすがに傷の具合なんて見えないしね。あと、僕のローブいい加減返して。それないと寒い」

 今まで必死になっていたから忘れていたけど、今は結構どころか非常に寒い。このまま忘れていたら凍死していてもおかしくなかった。

「……ちっ」

「今舌打ちしたでしょ、ねえ? それ、僕のなんだから返さないと訴えるよ? もしくはアリアにロゼが君との婚約話を受ける気になったって伝える――」

「申し訳ありませんでした今すぐ返しますからそれだけはお許しくださいまし!」

 何かに追われているかのような焦りっぷりでローブを脱いで僕に投げ渡すロゼ。

 ……今後何かあったら、この方法を使わせてもらおう。

「……こ、こほん! 話を戻しますが、エクセはいったい何をしていたのです? まさか死体あさりとかではないでしょう?」

 まさかと言っているセリフが限りなく正解に近いため、答えるのがためらわれる。本当のことを言ったら軽蔑されること間違いなしだ。

「………………この辺りじゃまず見かけないモンスターだったからね。ちょっと調査をしていたんだよ」

「なぜ間が空いたのかわたくしの目を見て説明なさい。……ところでエクセ、杖はどうしました?」

 心臓が嫌な高鳴りをした。どうしてこういう時に限ってロゼの勘は冴え渡るんだ。いや、いつも冴え渡っている気がしなくもないけど。

「……さっきの巨人との戦いで折れちゃったんだ。激しい戦いだったからね」

「その割には周囲の木々が折れておらず、荒れた形跡もありませんが?」

 さっきからロゼの言うことが的確過ぎて困る。もうすでに彼女は答えを知っていて、僕のあがくさまを見て楽しんでいるのではないかと錯覚してしまうほどだ。

 ……あれ? じゃあさっさと吐いちゃった方が何かと楽?

「あのー……ロゼ、さん……? 僕がこれ、実はモンスターを倒した時に杖も一緒に巻き添えにしちゃって、せめて魔法媒体であるオパールだけでも取り出そうとした……なんて言ったらどうします?」

「とりあえずわたくしの健やかな目覚めを邪魔した罰として殴ります。……今謝れば許さないこともありませんが」

「ごめんなさい実はロゼの言うとおりのことをやってました」

「やっと本当のことを言いましたわねエクセ! さっさと言えばよかったのですわ!」

 そう言ってロゼは拳を固め始めた。

「ちょっ!? 何で!? 僕正直に言ったよ! 謝ったじゃん!」

 回復したとはいえ、消耗しているのは事実なので殴られるとあまりよろしくない事態になってしまう。ついでに言うと右腕の骨折は治り切っていない。

「さっきから血塗れの姿になって必死に探し物をしている姿を見て、驚かない人がいますか! いえ、いません! すごく驚いたんですのよ! あなたがひどい怪我を負ったのではないかと思って!」

「あ、それは悪かったかもしれないけど、だからって殴るのはやめて。傷に響く――」

 言葉を最後まで言わせてもらえず、僕の腹部にロゼの鋭く体重の乗った拳が打ち込まれた。





「ひどい……」

 僕は鳩尾に拳が入ったとき特有の気持ち悪さに耐えながら、ロゼの方を恨みがましい目で見る。さすがに殴るのはひどいのではないだろうか。

「そんなことよりも、さっきのモンスター。わたくしたちが見かけない奴でしたわね」

 僕の恨みはそんなこと程度なのだろうか。そりゃ、心配をかけたのは悪いと思うけど……。

「……まあ、確かにね。たぶんこれはもっと北の方で見かけるモンスターだよ」

 たぶんどころか十中八九そうだろう。ティアマトは大陸の真ん中辺りに位置しているため、生息しているモンスターもそこまで暑さ寒さの対策がなされていない。

 しかしここに寒さに対して極端な対策を施されたモンスターがいた。

「異常気象……で片付けるには難しいよね。これは……」

「ええ。近辺魔力の枯渇に異常気象……。ここまで揃うと何かの凶兆のように思えますわね」

 おそらくロゼの言葉が正しい。僕もこれは嫌な予感がする。

「……とにかく、これの肉片を持って帰ろう。収穫はこれで十分なはずだ」

「賛成ですわ。これと同じレベルのモンスターがもう一度現れた時、わたくしたちだけでどうにかできるとは思えませんから」

 ロゼの言葉にうなずき、僕は転がっていた丸い肉片を広い、空き瓶の中に入れた。

「戻ろう。僕の怪我もちゃんとした治療が必要だし、ロゼも怪我は治り切ってないでしょ」

「……よくわかりましたわね」

「自分で言ってたじゃない。自分の回復魔法にはそれほどの精度がない、って」

 それに一見するとかすり傷ばかりだったが、巨人と対峙していたのだ。あの中にもひょっとしたら重傷と呼べる傷があったのかもしれない。

「あ、そうだ。ポーションありがとうね。おかげで命拾いしたよ」

 怪我の話で思い出したポーションのお礼を言っておく。あれは相当珍しい植物でも使わなければ出せない効果だからね。

「別に構いませんわ。ポーションは人の命を助けるために存在するものですわ。あなたの命をあれで救えたのでしたら、浮かばれるでしょう」

「……ん、まあそうだけどさ。あんなに効果があったんだから、結構珍しい材料使ったんじゃないの? ソウルフルの実とか」

「使いましたわ。もっとも、偶然家から届けられた物を使ったので、本当にわたくしが全て作ったとは言いがたいものですけど」

 ソウルフルの実がどうして実家から届けられるのか聞きたかったが、ロゼの家だからという理由で自分を納得させておく。きっとお金持ちだからだよ。うん。

「ほら、帰りましょう? エクセは特に中途半端にくっついてしまった骨の再結合が必要になりますから、急がないとマズイですわよ」

「あ、しまったそうだった。ロゼ、急いで帰るよ!」

 冗談ではない。一度くっつきかけている骨と骨をまた引っぺがすのがどれだけの痛みを伴うのか知ってて言っているのかロゼは。

「ええ。わかってますわよ。あと――」

 焦っている僕を見て、ロゼは何かがおかしかったのか楽しそうに笑い、僕のそばまで駆け寄ってきた。



 ――ありがとうございますわ。助けていただいて。



 そんな言葉をささやき、ロゼは先を歩き始める。

(……僕の方が最初に助けられたんだから、気にすることないのになあ)

 律儀な奴だ、と僕は感心しながら彼女の隣に並んだ。





 ――そして、この日を境に僕を取り巻く日々は終わりに向けて歩き始めた。





 そう、僕がティアマトで巻き込まれた中でも最大の事件に巻き込まれることで、それは表面化した。


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