ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
一部 第三十八話
「はぁ、はぁ、はぁ……」

 息が荒い。心臓が爆発しそうだ。どうしてこんな状況になっているのかわからない。理由は簡単だ。



「どうして僕ばっかり狙うのさみんなーー!?」



 現在残っている十五名ほど全てに追いかけ回されているからに他ならない。

『いい加減諦めろ! 少しは楽に死なせ――もとい、気絶させてやる!』

「死なせるって言った! こいつ絶対僕のこと殺すつもりだ!」

 いつの間に彼らの恨みを買ってしまったのだろう。一応、表面上は人畜無害を通しているはずなのに。

「エクセ! 早くやられてしまいなさい! そうすればわたくしの優勝は盤石となりますわ!」

「ロゼなの!? ロゼの差し金なの!?」

「何を仰いますか! わたくしがそのような卑怯なことをする輩に見えまして!?」

 だったら目をそらさずこちらを見て言ってほしい。

「そう、これは卑怯ではない……すなわち戦略! 脅威となりそうなものを先に潰すのは戦争の常識でしょう!?」

「これっていつから戦争になったの!? あと、落ち着いて考えれば僕が脅威にならないことだってわかるでしょ!? クリスタル使えないんだよ!?」

 厳密に言えば魔法を防ぐために使うことは許されているのだが、攻撃のためには殺傷力が高過ぎて使えないのだ。こればかりはどうしようもない。

「……それでもエクセはわたくしにとって最も脅威と認識されているのですわ! 客観的な事実ではなく、わたくしの意識がそうなっているのです!」

 ロゼの言い分はむちゃくちゃなように見えて一理あった。確かに一度あの人の方が上位だ、と思ってしまうとなかなかその人の前では実力を発揮できないなどという話はよく聞く。

 僕自身、小さな頃に猫に襲われてから猫に対して苦手意識を持ってしまっている。おそらくこれは一生治らないだろう。もっとも、ちょっと不快に感じる程度のものに緩和されているが。

「だからってこれはないでしょ! だいたい何でみんなこっちに来るのさ!? ガウスとディアナまで!」

 僕は左右の弧を描いて飛来してくる炎の弾を必死に避けながら叫ぶ。ちなみに発射主は言うまでもなくガウス。

「俺もっ、お前とは一度本気で戦ってみたかったんだよ! お前、いっつも手札を見せないからな!」

 いつもその場その場で出せる全力を出しているつもりなのだけど。ぶっちゃけた話、僕が後先考えずに魔法を使えば、ティアマトどころかこの大陸が消し飛ぶよ?

「……ガウスに同意。あなたは底が知れない。事実かどうかは置いておいて、それが私たちの認識」

 顎がくっつきそうなほど体を前に傾けたディアナが僕の死角から鋭い突きを繰り出してくる。

 身をひねることでそれを頬の皮膚一枚と引き換えに何とか避ける。浅く切り裂かれた傷口からうっすらと血がにじみ、ひりつくような痛みが走った。

「つっ……」

 さすがにこの三人を相手にしながら他の人間を相手にするのは分が悪いどころの話ではない。成す術もなく蹂躙される未来しか見えないくらいだ。

 ……もっとも、この状況を打破する方法はすでにあるのだが。



 答えは簡単。この場に立っている人間を八人にすればいい。



 この勝負自体は決勝に進む人間を選ぶための予選に過ぎない。だから、今現在フィールドに立っている僕含めて十七人。それが約半分になれば予選は終わりを告げる。

 だが、それは向こう側も承知しているようで、ロゼたち三人組以外はお互いにお互いを補助し合う形を取ってなかなか隙を見せない。いかに一人ひとりの力量が低くても、数さえ集めればそれなりの防御はできるようになるということだ。

 しかし、だからと言ってロゼたちを狙うのはあまりにも浅慮だ。率直に言って彼女たちの能力はこの中でも群を抜く。そんな連中を三人いっぺんに相手をするなど自殺行為も同然だ。

「でりゃぁっ!!」

 そこまで考えて、やはりロゼたち以外の人間を倒す方が手っ取り早いと判断した僕は、《身体強化(フィジカルチャージ)》に回している魔力量を増やす。と言っても、実践の時と同じようなあり得ないレベルではないが。

『ヤバい、目標が攻勢に転じた! 総員、防御姿勢用意!』

『応!!』

 一糸乱れぬ連携で彼らが《障壁(バリア)》を張り、同時にけん制の《魔力弾(フォースショット)》が何発も撃ち込まれる。

 ……そこまでして僕を倒したいのだろうか。

 ほんのわずか、胸に感じる寂寥感とも虚しさとも取れる感覚が胸を襲う。誰かに嫌われて傷つかないほど僕は図太くない。

『ぐああああぁぁっ!』

『おい! 右翼が崩れているぞ! ダメだ! もう総崩れに――うわああああぁぁぁっ!!』

『くっ、やはり我々に奴は倒せないのか……!』

 もっとも、手心を加えるつもりは毛頭ないが。何が悲しくて自分を嫌っている連中に慈悲を与えねばならない。そういうのは本物の聖人君子の仕事だ。

『――そこまで!! 今、ここに! 八人の決勝参加者が確定したぞーーーーっ!!』

 容赦なく僕を襲ってきた連中をせん滅していると、司会の声が耳に響いた。どうやらいつの間にか人数は八人に減っていたようだ。

『それでは明日、決勝戦が開催されます! 出場者の皆様方は決勝出場者であることを表す腕輪を受け取ってお帰りください!』

 司会はそう言うが、百人以上の人間が大乱闘を繰り広げている中で僕たちはずっと立って動いていたのだ。すぐに動けるようになるほど余裕のある人間はいない。

「はっ、はっ、はっ……。んじゃ、お先」

 その中で僕は《身体強化(フィジカルチャージ)》の効果が一番大きく、体力の回復速度も強化されていたためすぐに息が整う。周りのみんなに一応の声だけかけておいて、一番最初に出て行った。

 出場者用の控え室まで戻ると、僕とすれ違うように治癒魔導士の人たちが中に入っていく。倒れている人たちや動けないほどに体力を消耗した人たちの回復に向かったのだろう。

 その人たちが治癒魔法の淡い光を放つのを何となしに見てから、僕は闘技場の出口に向かう。

『決勝進出、おめでとうございます。こちらをお受け取りください』

 出口前のカウンターに立っている受付嬢らしいサッパリとした服を着た人が、うやうやしく腕輪を差し出してくる。燻して黒ずんだ銀で作られたなかなか価値のありそうな代物だった。

「あ、はい」

『なお、こちらは明日の大会が終わるまで外すことができませんので、ご了承ください』

「わかりました」

 説明を受け、ためらわずに腕輪をつける。装着すると僕の腕にピッタリはまる。どうやら大きさを持ち主に合わせる魔法もかけられているようだ。

「よし、帰って寝よう……」

 明日最初に戦う相手なんてわからないし、何より僕も疲れている。さっさと寝て明日に備えた方が建設的だ。

「あ、でもガウスと同じ部屋か……」

 明日は敵になる間柄だ。敵になることが確定している人間と一緒に寝るなんて真似はよほど精神の図太い奴しかできないだろう。

「まあ、気にしても無駄だよね」

 とはいえ、ガウスがそのようなことをしないのは僕が一番よく知っている。それにそんなことする勇気があるようにも思えないし。

 ということで割り切った僕はそそくさとベッドに潜り込み、サッサと寝てしまうことにした。

 やはり疲れていたらしく僕の意識は目を閉じた瞬間、翌日に移行していた。





「ん……、よく寝た……」

 昨日の戦いで体に異常が起こっていないかを確かめるべく、まずは体を伸ばす。

「……よし、痛むような箇所はなし、と」

 日頃から体を鍛えておいてよかったと思う瞬間だ。

「むぅ……んぁ?」

 僕の隣のベッドではガウスがやや寝づらそうに寝返りを打っていた。

「ガウス、そろそろ起きた方がいいよ。朝ご飯を食べる時間がなくなる」

 一応、体を揺すって起こす努力はする。しかし、ガウスが目を覚ます様子は一向にない。

「……置いていくか」

 さすがに一緒に遅刻してやるほど僕は慈愛にあふれてない。それもこれもこいつの自己責任だ。

「待てや! 置いてくなよ! 寂しいだろ!」

 そう考えて先に行こうとした瞬間、ガウスが体を起こして抗議してきた。いや、寂しいとか言われても反応に困るんだけど。

「起きてんなら最初から言ってよ。朝ご飯食べたらすぐに会場入りだよ。順番決めやら何やらで結構忙しいんだからね」

「……ん? 何でお前そんなに予定に詳しいんだ?」

 僕の説明にガウスが首をひねるが、その言葉に僕は驚いてしまう。何で、だって……?

「いや、昨日のうちに今日の予定が書かれた紙をもらったはずだけど。そっちはもらわなかったの?」

「そう言われてみれば、そんな記憶がおぼろげにあるような気が……。い、いや、だってさぁ! あんな疲れ切った時の記憶なんてハッキリするわけないだろ!? もう帰って寝ることしか考えてなかったし!」

 途中で僕のジト目に気付いたらしく、ガウスは言い訳がましいセリフを口にする。だが、確かにあれだけ疲れている中で小難しい説明とかされても、覚えているのは難しいだろう。

「今気付いたんだからまだマシでしょ。これで日付を間違えたら悲惨過ぎるよ」

「うへ……そうならなくてよかった」

 ありありと予想できたのだろう。ガウスが苦虫を噛み潰したような表情で首を横に振る。

「ご飯食べに行くよ。時間がないからテキパキいかないと」

「おう。……おっと、今日は負けないからな」

 言い忘れたようにガウスが僕の方に握り拳を突き出してくる。僕もそれに力強い笑みとともに自分の拳をぶつけてみせた。





「あら、エクセも今から会場に向かうのですか?」

 ガウスと闘技場に向かう道中、ロゼとディアナに出くわす。

「うん、そっちも?」

「当然でしょう。これが薬草採取に行く服に見えますか」

 ロゼとディアナはまったく見かけない革の軽鎧に身を包んだ姿で、誰がどう見ても決戦装束だ。間違っても薬草採取に行く服ではない。

「……エクセは何も着ないの?」

「その言い方だと僕が裸みたいじゃない。ちゃんと制服の下に胸当てを仕込んであるよ」

 と言っても、薄い革製の安物だが。僕の場合、体格がどうしても華奢なため重い鉄製の防具は付けられないのだ。鎖帷子で限界。それ以上は動きを阻害してしまう。

「……明日からの学院は大丈夫?」

 一張羅がボロボロになったら学院に行けないのでは? というディアナの気遣いだろう。うん、気を遣ってもらえるなんてあまりないから嬉しい。

「たとえズタボロになっても上からローブ羽織るから問題ないって」

 激しい動きを取らなければ裸でも大丈夫な優れものだ。この学院に入った時から愛用し続けている。

「その考えもどうかと思いますが……、まあわたくしからとやかく言うことではありませんわね。ほら、もう到着しますわよ」

 ロゼが僕に突っ込みを入れつつ、指をスッと上げる。その先には僕たちが戦う闘技場がそびえ立っていた。

『…………』

 僕含めた全員が闘技場を見上げながら固唾を呑む。緊張のせいか、闘技場の中に入るにも勇気が必要になりそうだった。

「……中に入ったらわたくしたちは敵同士。よろしいですわね?」

 そんな中でロゼが一人、確認を取ってくる。僕たちにそれを否定する理由はない。

『……応!』

 たった一言だけの返事をし、僕たちはバラバラに闘技場の中へ入った。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。