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一部 第十四話
「こんな場所に道があるとは……思いもしませんでしたわ」

 ロゼは街を出て少ししたところにある横道に対し、ひどく驚いているようだった。

「まあね。僕だってこの場所をディアナから教えられた時にはビックリしたよ」

 現在の僕たちはティアマトの街から少し出た場所にある、草木に覆われた獣道のような場所を歩いていた。

「それにしても……暗いですわね。ちょっと油断したら足を滑らしそうですわ」

「大丈夫でしょ。こうして手も繋いでるんだし」

 森の横道に入っているため、月の光も届いておらず足元もほとんど見えない。僕一人だけなら慣れているから問題ないのだけど、今回はロゼも一緒だ。ロゼの安全確保のためにこうして手を繋いでいる。

「それにしても……」

 ロゼが不思議そうに僕の手をにぎにぎする。僕からすればロゼのすべすべした手が僕の手をなでるからたまったものじゃない。僕だって一応は男なんだけど。

「ずいぶんとゴツゴツしてますのね……。あなた、戦闘系の授業を入れてましたの?」

 なるほど。僕の魔導士にあるまじき手の固さに驚いていたのか。

「ううん。授業には入れてない。ただ、一人で体を動かすことはよくあるかな。他にも旅人時代に鍛えられたのかも」

「へぇ……。エクセは意外に鍛えてますのね」

 意外とは何だ意外とは。この学院で僕ほど目標をハッキリさせている人もいないだろう。

 僕はあと一年足らずで学院を去る。そして兄さんたちともう一度旅に出るのだ。その旅の終わりが見えない以上、可能な限りの備えはしておきたい。

「まあね。……おっと、抜けたみたい」

 月の光が目に入り、太陽ほどではないものの暗闇にいた目には厳しく、目を細める。ロゼも僕の隣に立って、手を目の上にかざして光を防いでいた。

「……っ、月が不気味なほどに綺麗な場所ですわね。ここですの?」

「うん。ディアナはもう到着してるはずだけど……。あ、いた」

 僕たちがいつも手合わせをする、小型のクレーターがいくつかできた高台にディアナはいた。

 先ほどからやけに近く感じる月を背景にし、何も言わず剣を持ってたたずむその姿は見慣れている僕でも背筋が粟立つほど神秘的だった。

「……エクセ、その人は?」

 ディアナはこちらに歩み寄りながら、僕へ追及の視線を投げかける。

「ロゼリッタ、って言えばわかるかな。ほら、女子の間で有名な」

「そんな紹介のし方やめてくださらない!? わたくしという人間が同性愛者のように思われるでしょう!?」

「……なるほど。あの有名なロゼ。理解した」

「そっちも納得しない! それと“あの”ってなんですの!?」

 ロゼがさっきから突っ込みに忙しそうだ。僕としてはそこまでおかしい紹介をした覚えはないのだが。

「……それで、どうしてここに?」

 ディアナはロゼが落ち着くのを見計らって僕に声をかけた。質問の内容は僕に向かって言っているわけではなく、ロゼに対して言っているのだろう。さすがにあんな反応をした手前、直接本人には聞きにくいようだ。

「うん。僕が今日、ディアナと組み手をするって説明したらロゼも来るって言い張って……。せめて一言言っておくべきだったかな?」

「……別にいい。おそらく、彼女がそう言ってきたのは私と別れた後だろうから」

 さすがディアナ。勘が良い。僕もあまり罪悪感を感じなくて良いから助かる。

「ありがと。……んじゃ、さっそく始める?」

 僕は背中に隠し持っていた守り刀を鞘ごと取り外して腰に持っていく。

「……ん」

 ディアナもそれに応えるように自分の剣を正眼に構える。

「……ロゼ、少し下がってて。これが終わったら説明するから」

 守り刀を抜刀せず、鞘に収めたまま僕はロゼに下がるよう言う。ロゼはやや混乱気味ながらもちゃんと下がってくれた。

 目の前には変わらずに月を背負ったディアナ。月の光から伸びる影が僕の顔を覆い、僕はそこから逃れるように横へ走り出した。

「……ふぅっ!」

 ディアナはそれを狙い澄ましたかのように僕へ兜割りの斬撃を振り下ろす。

「しっ!」

 僕はそれを鞘の反りを利用して受け流し、さらに懐まで潜り込もうとする。

「はぁっ!」

「くっ!」

 だが、ディアナはそれも予測していたのか、左手に持っていた鞘を横薙ぎにして僕を近寄らせない。

 そうして僕が攻めあぐねている間に体勢を立て直し、ディアナは僕からいったん距離を取る。そして体勢を低くして再び僕に向かって疾駆してくる。

 僕はそれに対して迎え討つため守り刀を左腰の部分に当て、柄に手をかける。

「……!!」

 僕の姿勢からどんな攻撃を繰り出すのかを今までの組み手経験で見抜いたのか、ディアナが勢いよくバックステップして距離を取った。

「上手く行けば狙えたのに……」

「……半年前の頃とは違う。あなたの手口はお見通し」

「お互い様だよ!」

 僕はすぐさま抜刀術の構えを解いて、もう一度ディアナに向かう。守り刀は大した長さではない。ディアナの持っているロングソードに比べれば二倍弱の差があると言っても過言ではないくらいだ。

 そのため、僕は必然的にディアナの懐に入らなければ決定打は与えられないことになる。だが、これが一番使い慣れているのだ。今さら慣れないロングソードに持ち替える事などできない。

 それに、この刀なら僕が兄さんから習っていたいくつかの技を使用することができる。

「負けない……っ!」

 ディアナが鞘と剣の二段構えで時間差攻撃を放つ。僕はそれを守り刀で一つ、しゃがむことでもう一つ避け、ようやくディアナの元へ肉薄する。

「一つ!」

「……っ!」

 右足から踏み込んで、左足を勢いよく跳ね上げる。その蹴りをディアナは背を反らすことによって避けて反撃しようとするが、体勢が崩れている状態で放てるわけがない。

「二つ!」

 蹴り上げに使った左足を地面に叩き付けるような感じで戻し、さらにそれで生まれた力をそのまま踏み込みに変え、逆袈裟の切り上げを行う。

「くっ!」

 ディアナはこれを左手に持っていた鞘で防ぐが、踏み込みの充分に乗った僕の斬撃を体勢の崩れた苦し紛れの防御で防ぎきれるはずもなく、鞘は大きく弧を描いて宙を舞った。

「トドメッ!」

 右足から一歩踏み込み、逆袈裟切りを放った時に振り上げた剣を大きく振りかぶり、袈裟懸けに切り下ろす。

 兄さんがよく使う技で名前は(つる)だ。本当なら蹴り上げで相手を浮かしたところをさらに逆袈裟切りで体制を崩し、本命は最後の袈裟切りなのだが……。

「防がれたみたいだね……」

 いくら鞘に覆われていたとはいえ、全力で打ち込んだ一撃だ。まともに受けていれば鎖骨は砕けていてもおかしくない。

「……二発目で鞘が吹き飛んだ時は焦った」

 だが、ディアナは平然とその場に立っていた。最後の攻撃はディアナが寸前で身をひねったため、ローブをかするだけにとどまっていた。

「……でも、今回はエクセの勝ち。本当の戦いで、なおかつエクセが刃を抜いていたら死んでいたのは私」

「いや、戦いに本当もウソもないよ。僕の攻撃は決定打にならず、避け切ったところをディアナが反撃したら僕は技後の硬直を突かれておしまい」

「……わかった」

 ディアナは納得した様子を見せてはいなかったが、僕が譲らないのを態度で察したのだろう。素直に退いてくれた。

「それじゃ、もう一回――」

 僕が一度仕切り直してもう一度始めようとすると、背中を誰かに思いっきり押されて前のめりにバランスを崩す。

「な、何するのさ!?」

 振り返るとそこには『わたくし怒ってますわ』というアピールを全身で行っているロゼがいた。

「ロ、ロゼさん……?」

 ロゼから発せられる雰囲気に呑まれてしまい、思わずさん付けしてしまう。だが、僕の腰が引けている程度で止まるロゼではない。

「二人とも、わたくしを完全に無視していましたわね……。そりゃあ最初は仕方ないかな、とも思ったんですのよ? わたくしが勝手に首を突っ込んだだけであって、お二人にしてみれば迷惑なことかもしれませんし」

 予想に反してロゼの口から殊勝な言葉が流れる。明日は雪が降るんじゃないだろうか。もうすぐ夏なのに。

「ですが……! エクセ、あなたから何かあってもよいのではなくて? せめて向こうでやってて、とでも言えばわたくしは納得しましたのよ!」

「えっと……。うん、僕が悪かったから機嫌直してくれない? というか、最初のあれは挨拶代わりなんだって」

 さすがにないがしろにし過ぎてしまった。確かに僕たちの組み手に付き合うと言い出したのはロゼだが、いくらなんでも放置はいけない。

「……エクセ、苦労してる」

 ディアナ、理解してもらえるなら助けてほしいと思うのは僕の我がままなのだろうか。

「まったく……。それで、これからはどうするのです? ちなみにわたくしの武器はこれですわ」

 ロゼはなめし皮で作られた長い縄のようなものを取り出す。これは……、

「鞭、だね」

 なかなかエグイものを選んだな。棘とかはついていないため、殺傷用ではなく捕縛用なのだろう。でも叩かれると死ぬほど痛い。

「ええ。昔からこれが一番手に馴染むのですわ」

「……手に馴染む武器の方が使いやすいのは事実。その点でロゼは間違っていない」

 ディアナまでロゼを擁護するような発言をする。まあ、僕も止めるつもりはないから別に構わないけど、鞭の矛先が僕に向くのだけはやめてほしいと切に願う。

「僕はあまり決まった武器って持たないなあ。その場その場でクリスタルを作って何とかしてるし」

「……でも、私との稽古では刀を使っている」

「一応、ね。兄さんから教わってたから、刀が一番使いやすい武器なんだ」

 だけど、才能がないとハッキリ言われたのも刀だ。兄さんは早いうちに教えた方が僕のためになると思って言ってくれたんだろうけど、あの一言で僕はずいぶんと傷ついたものだ。

「……全部当人が決めること。私が口を出すことではなかった。それより、練習を再開しよう」

 ディアナは剣をしまって屈伸運動を始めた。普段はある程度体を温めてから組み手を延々続けていたのだが、今回はロゼもいるから体力を測りたいのだろう。

「ロゼ、まずは走り込みだよ。準備運動しておいて」

「わかりましたわ。エクセもやるのですか?」

「当然。ほら、早く準備した方が良いよ」

 僕はこの中では唯一の男だ。ならば多少の意地は見せておきたいところであった。





「バカな……っ!? ディアナはともかく、ロゼにまで追従されるとは……!」

「どうしてそこまで驚くんですの!? わたくしだって体は鍛えておりますのよ!」

 三十分ほど走り、僕はロゼが普通について来ているのに戦慄を隠せなかった。僕だってこのペースについて行くのに一週間くらいかかったのに……。

「……これは私も予想外だった。けど、良い意味での予想外でもある。エクセと私は組み手を始めるから、混ざれると判断したら入って来て。ダメなようなら素振り。鞭に関して教えられることは私にもエクセにもない」

 普段は物静かなディアナだが、こと戦闘に関しては饒舌になる。実戦経験こそないが、彼女ほど戦闘の厳しさを理解している人はそうそういないのではないかと思う。

「わかりました。では、最初の方は見学させてもらいますわ」

 ロゼも戦闘者としては一日の長があるディアナの言葉には素直にうなずき、近くの木に腰掛ける。

 僕とディアナはそれを確認してから、再びお互いの武器を取り出して対峙する。

「……約束は変わらず。魔法使用禁止にエクセの場合はクリスタルも使用禁止。あれは危ないから」

 クリスタルは結晶であるため、生成される時も鋭角の部分が生まれやすい。それが皮膚を傷つけたりするため模擬戦ではとてもではないが使えない。

「わかってる。……んじゃ、始めようか!」

「望むところ……っ!」

 僕とディアナはいつもと同じように剣をぶつけ合い、途中からはロゼも交じっての混戦形式になって戦闘訓練を続けた。

 ……ロゼ。頼むから僕を鞭で狙うのはやめてほしい。皮膚が引き裂かれるように痛いから、それ。


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