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一部 第十一話
 まず断っておきたいのだが、僕は魔法が一切使えないような落ちこぼれではない。

 以前言ったように僕は普通の魔法がほとんど使えない。魔力の収束に関する能力が悪い方向に向いているのと、一度に放出する魔力が多過ぎるからだ。

 僕の魔力放出量は普通の魔導士よりはるかに多い。もともとクリスタルを作るように特化された体だ。最低値でもクリスタルが作れるようになっている。

 その魔力で普通の魔法を発動させるということは、コップ一杯の水で済むところに大鍋の水をぶちまけるのと同じなのだ。

 だから僕は普通の魔法が使えない。放出が大味な分、どうしても術式構築が雑になってしまうのだ。

 まあ、今はまだ未熟だから使えないのだと思いたい。僕だって魔導士の端くれ。使える魔法がまさか――



 ――戦術級の極大魔法と究極魔法の類しか使えないのでは格好がつかない。



 炎のクリスタルを中心に編み込まれた術式が効果を表し始め、僕の背中に炎で形作られた翼が現れる。一定以上の魔力の放出は体に毒なため、こうして表面積を増やすことで体への負担を極力減らすのだ。

 今回使う魔法は炎属性の究極魔法《熾天使の裁き(セラフィレイズ)》である。究極魔法なんて仰々しい名前が付けられているが、実際のところは発動させるのに必要な魔力さえ調達できれば僕みたいな駆け出しでも使える魔法だ。

 ……普通の魔導士はその魔力調達のあたりで苦労するらしいけど。自分の魔力以外をよそから持ってくるのは非常に面倒――というかクリスタル生成の時と同じく複数で集まって放つのが定石だ。だからこそ、戦術級魔法なんて名前がつけられている。

 僕の全身から抑え切れない熱があふれ、周囲の草を影も残さず蒸発させ始める。もちろん、全て自分の魔力で行っている現象だから僕は無傷。

 僕から発せられる熱にひるんだのか、レッサードラゴンは血を蒸発させながら一歩後ずさった。

 ここで撤退すれば何もしない、と言えたらどんなに気が楽になるだろうか。たとえ殺すことになったとしても、降りかかるであろう罪悪感は軽減される。

 だけど、ここまで準備の整った魔法を今さらやめることはできない。もうこれは導火線のついた爆弾だ。あとは僕の任意で発動させるだけ。

「……どうこう言うつもりはない」

 僕は溜まりに溜まった魔力を右腕のクリスタルに集中させ、小型の太陽のような輝きを放つ球体を作り出す。

「だから――死んでくれ」

 そして、僕は右手に収束された光を解き放った。

「《熾天使の裁き(セラフィレイズ)》!!」

 右手の球体から熱線が発射され、射線上の存在を全て焼き尽くす。

 何もかもを蹂躙して叩き潰し、灰燼へと返すその炎を前にレッサードラゴン程度のモンスターが耐え切れるはずもない。

 僕が魔法の発動をやめると、目の前に広がる光景は森の木々からただの黒い線に変わっていた。

「やれやれ……骨も残さないか」

 僕は久しぶりに魔法を使ったことへの満足感と、クリスタルを作るのとはまた違う倦怠感に身を任せながら先ほど放った魔法の検証をする。

 実のところ、さっきのあれは熱線を照射するような魔法ではない。炎の球体を相手に直接ぶつけて、周囲ごと焼き払うものなのだ。

 それがあんな形になってしまったということは……、僕の体が意識せずに魔力を収束してしまったのだろう。

「戦術級には程遠いな……」

 おかげで射程も狭まり、範囲も小さいものになってしまった。その分威力は高まっているけど、レッサードラゴン相手には必要のない威力だ。むしろこれだけの威力なら、デーモンクラスでも傷を負わせられる。倒せはしないだろうけど。

 僕は意味もなく肩を回して疲れたポーズを取ってから、遥か後ろにいるロゼの方を見た。

「……ん?」

 何やら一つの方向を熱心に指差してこちらを見ている。それと口も動いている。何だろう。

 首をかしげながら向かうと、まず最初に張り手が来た。

「危なっ! 何するんだよ!?」

 それを避けた僕に対し、さらにロゼから説教をかまされる。

「ドラゴンの角や牙がどれだけ貴重な物かわかってまして!? あれは霊薬の材料にもなるんですわよ!」

「命あっての代物だろ!? 第一、僕の使える魔法に死体を残せるような小さい(、、、)威力の物はないよ!」

 あれだって一応、周囲の環境に配慮したんだぞ。水属性は周囲に水がないから使えないし、光とか闇属性の魔法は範囲も威力も大き過ぎて、この辺一帯を焦土にしてしまう。

 僕がそれを正直に伝えると、ロゼはさすがに罰が悪そうに顔を背けた。

「う……。そ、それに、心配したんですわよ! あなた、一人であんなモンスターに立ち向かうなんて……」

「うん、あれは僕も寿命が縮むかと思った」

 いや、冗談抜きに。やっぱり、自分よりも遥かに大きい人外に向かっていくのってすごく怖い。

「……次から、あんな無茶はしませんと誓いますか?」

 ロゼが涙目でこちらを見上げ、そんなことを聞いてくる。普通の男性や女性なら何も考えずにうなずいているところだろう。

 だが思い出してほしい。僕がこのような修羅場をくぐったのは彼女が人の話を聞かないで奥へ行こうとしたからであると。

「そっちが無茶しなければ考えるよ。……それに、僕の見積もりもちょっと甘かった。だからこの話はお終い。それより、ロゼはさっきから何を指差してるの?」

「あ、そうでしたわ。これ、これを見なさい!」

 ロゼが再び熱心にある方向を指差す。そこにはやや青みがかった緑の果物が蔓にぶら下がっている光景があった。

「うわ、うわ、うわぁ……」

 これにはさすがの僕も目をひん剥いて驚いた。だってこれはレア中のレア。見つけること自体が奇跡の領域にある果物だ。



「アンブロシアじゃないか……。それも群生地」



 アンブロシア。通称神の果物。食べたことはないが、一度食べると普通の果物には戻れないくらいの美味しさらしい。

 そして何よりも素晴らしいのはその薬効だ。これを使って作った薬は万物の霊薬(エリクシル)と呼ばれるほどの効果を発揮する。魔力、体力ともに果てしなく回復し、さらにありとあらゆる病気に効果のあるというまさしく万能薬だ。

 ……まあ、これだけの説明があればわかるだろうが、これは非常に採取が難しい。おまけに人工栽培は今のところ成功していない。

「これだけの群生地、見つかったのは天の采配としか言えませんわ……。これ、どうします?」

「持って帰るに決まってるでしょ。絶対にこの場所を秘密にして」

 僕が魔法を発動した場所とはそこそこ離れているし、この場所はロゼが偶然見つけなければ素通りするような場所だ。隠していてもバレないだろう。

「そ、そうですわね。ああ、まさかわたくしたちがこのような発見をするとは……」

 ロゼは自分たちが信じられない発見をしてしまったことに恍惚とした表情をしていた。僕もきっと似たような顔をしているのだろう。

 これだけのアンブロシアがあれば、万物の霊薬(エリクシル)をどれくらい作れるだろう? そしてそれがあればどれだけみんなの役に立てるだろう?

 ……そして、どれだけのお金になるだろう。

「……よし、持ち帰れる限界まで採るよ」

「ええ、そんなの当たり前で……す、わ……」

 僕が腕まくりをしてやる気を見せたところ、またもやロゼがある方向を見て固まる。

「今度はどうした……の……」

 僕もそちらに視線を向けて、同時に固まった。



 ――レッサードラゴンとは比べ物にならないほど大きな竜がそこにいたからだ。



「あ……、あ……」

 これはヤバい。レッサードラゴンなんて下級の竜じゃない。エンシェントドラゴンクラスだ。

 僕たちは目も合わせず、悲鳴も上げずに同じ方向へ駆け出した。





「はっ、はっ、はっ……。何なんだよあれ……」

 僕たちは三十分ほど死ぬ気で走り抜き、ようやく後ろに気配がないことを感じて一息ついていた。

「ぜぇっ、ぜぇっ、ぜぇっ……。そ、そんなの、わ、わたくしが聞きたいですわ……」

 ロゼは僕以上に息を切らして――というか半分死に掛けの顔で酸素を求めて喘いでいた。

 たっぷり三分ほど、お互いに黙ったまま呼吸を整える。それでようやく落ち着いた僕たちは走った道を振り返りながら、先ほど起こったことを省みる。

「……どう考えても『見逃された』が妥当だろうね。僕たちじゃ逆立ちしたってあいつには勝てないだろうし」

「そう、ですわね……。あれは……生きる神話クラスですわ」

 神話の時代から生きているドラゴンゆえにエンシェントドラゴン。彼らには人よりも遥かに優れた理性があるため、人里に下りることなどまずあり得ない。僕たちが勝手に彼らの住処に足を踏み入れてしまったんだろう。

「竜の巣穴にいたんだね、僕たちは……」

 我ながら生きているのが信じられない。だが、右手にあるアンブロシアの重みが現実であると証明していた。

「……もう無茶はしませんわ」

「それがいいと思うよ。僕だってあれには度肝が抜かれた」

 久しぶりだ。あんなにハッキリと死の恐怖を感じたのは。僕もそれなりには強い部類に入ると思っていたからなおさらにキツかった。

「まあ、一つでも手に入れば御の字だよね。早く帰ろう。あんなのが出てきた以上、もうみんな帰り出すだろうし」

 エンシェントドラゴンの全長は軽く十メルはあった。あの大きさなら、今まではどこかの洞窟に潜んでいたのを僕たちが起こしてしまい、それが人々の目に付いたと考えるのが妥当だろう。

 もしかしたら討伐隊が組まれるかもしれないが、まずあり得ない仮定だ。エンシェントドラゴンに楯突くような奴は古来から英雄と相場が決まっている。一般人程度なら、下手に刺激しない道を選ぶはずだ。

「それもそうですわね……。なんだか、エクセと一緒にいると何かと災難が増える気がしますわ」

「いや、持ってきてるの君だから。僕はひたすら巻き込まれているだけだから」

 それだけは譲れない。ロゼが厄介事を持ってきているのは明白だ。

「う……、そうかもしれません」

「ロゼが認めた……!? ちょっと熱測ろうか」

 ちょっと錯乱した僕はロゼの額に手を当てようとするが、ロゼはそれをサッと避けてしまう。

「あまり人をバカにしないで下さる? ……まあ、今回のことがあなたに対して多大な貸しになっているのは否定しませんけど」

「しばらくご飯くださいそれで充分ですというかそれ以外認めません」

 今日は乗り切れたけど、それが今後も続くとはとてもではないが思えない。ここでロゼが言った貸し発言はまさしく渡りに船だった。

「まあ、エクセがそう言うなら構いませんけど……。本当にそれでいいんですの? それこそあなたはわたくしの体を所望しても問題ないほどのことをしてますわよ?」

 ロゼは顔を赤く染めながらそんなことを言うが、あいにくと今の僕は色気より食い気だ。性欲は発散されなくても死にはしないが、食欲が満たされないと死ぬ。どっちを重要視するべきかなど聞くまでもない。

「そんなもんどうでもいい――ゴッ!?」

 というわけで正直な気持ちを言おうとしたのだが、途中でロゼに拳に遮られた。腰の入った見事な拳が僕の側頭部を綺麗に打ち抜く。

 あまりに綺麗に入ったため、急速に意識が闇に覆われ始める。

「ちょっとエクセ!? エクセ!? しっかりしなさいエクセーーーー!?」

 そんな悲鳴を最後に、僕の意識はサックリ落ちた。





 僕が目覚めた時にはすでに学院に戻っており、ロゼがここまで引きずってくれたらしい。だがお礼は言わん。原因もあいつだから。

 そして僕の枕もとには爽やかな緑色で、思わず飲み干してしまいそうな液体の入った瓶に手紙があった。

 ロゼもいきなり僕を殴って気絶させたのは悪いと思ったらしく、手紙での謝罪と万物の霊薬(エリクシル)を作って来てくれたようだ。さすがに自分の分まで渡すつもりがないあたり、彼女も魔導士であるとしみじみ思う。

 ちなみに手紙の内容は上流階級らしい格式ばった物で、僕には半分ほど言葉の意味が理解できなかった。

 かろうじて読めた部分を意訳すると、『先ほどはごめんなさい。今度お詫びにあなたの言うことを聞きます』となった。少しばかり腹にたまる食事でもおごってもらおうと心に決める。

 何はともあれ、僕は保健室のベッドでこの薬の扱いについて考えていた。

「……売るか、手元に置いておくか」

 売れば僕は学院生活でお金に困ることはなくなるだろう。だが、これはそんなお金のために手放していいものだろうか?

 そんな疑問が頭の中を延々とめぐり続ける。

 僕はむむむ、とうなりながら考えること体感時間で二時間、現実時間で十分ほど。決断した僕は薬瓶を手に取り――



 それを懐に入れた。



「……まあ、お金ならいくらでも手に入るさ」

 何だかんだ言って面倒見の良いロゼもいてくれる。死ぬことはないだろう。

 それにここにいるのだって兄さんやニーナの負担を少しでも減らすために言い出したことだ。その僕が自分のために二人をないがしろにするなんて選択肢を選べるわけがない。

 それよりロゼにこの落とし前はどう付けさせようか、とウキウキしながら僕は身軽な足取りでベッドから降り、保健室のドアを開けた。


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