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プロローグ
 燃えていた。

「あ、あぁ……」

 何もかも燃えるその光景に、誰かが喉の奥から絞り出すような声を出す。

 ……いや、ここにいる人は僕だけだ。ならばこの声はきっと僕が出したのだろう。

 つまり僕は自分の声が自分の声でないように感じるほど動揺しているという事になる。

「……けて」

「っ!?」

 天まで焦がしてしまうのではないだろうか、と錯覚してしまうほどの炎が煌々と燃え続ける。その中で微かな声が僕の耳朶を打った。

 何も考えてなかった。ただ、生き残りがいるという事実への歓喜に僕の胸は埋め尽くされていた。

 ゆえに、僕が村を焼き払った連中に見つかるのは必然だったんだろう。

 駆け出した足が意志に関わらず強制的に止められる。それに違和を感じる前に、僕はわき目も振らず火の中に飛び込んだ。

 熱い。当然だ。しかし、これならほぼ確実に気付かれない。気付かれて殺されるよりか、火傷で消えない傷を負っても生きる方がマシだ。

 炎の中を駆け抜け、別の場所から姿を出す。頭をかばった腕が非常に痛かったが、必死に涙を堪える。泣いて余計な水分を出してしまうよりか、体に溜めておいた方が良い。

「みんな……みんな!」

 生き残っている人がほとんどいないことは火の勢いからも明らかだった。それでも、僕は生き残りがいると信じて声を上げ続けた。見つからないようにしていた先ほどの努力をほとんど無にするくらいの声だった。

 まだまだ熱を持った瓦礫を素手で掴み、火傷するのにも構わず手を動かす。

 指の肉が焼け爛れ、痛みすらも消え失せる。そんな中、僕はようやく一つの手を掴み取る。

「……っ!」

 息が詰まるほどの喜びに胸を突き動かされ、腕が勝手に動いてさらに瓦礫を掘り出す。

 中から出てきたのは知り合いの女の子だった。瓦礫の埋もれ、綺麗だった銀色の髪はところどころ焦げている。

 見ていて痛々しさを誘う女の子を僕は瓦礫の下に手を差し込んで引きずり出そうとする。しかし、子供の手には女の子一人の重さでさえ満足に抱えられないのは当然のことだ。

 しかし、僕は自分でも信じられないような馬鹿力で女の子を引きずり出す。火事場の馬鹿力というやつだろう。

「大丈夫!? ねえ、大丈夫!?」

 その体を抱え、僕は必死に呼びかける。弱々しい風を頬に感じるため、かろうじて生きている事は分かった。

 でも、その呼吸は本当に弱々しく、今にも途切れてしまうのではないかと僕の不安を駆り立てた。

 医者とまではいかなくても、誰か大人がいればここまで取り乱すことはなかっただろう。しかし、この場にいるのは子供の僕だけで、そんな僕に取れる行動なんてたかが知れていた。

「……うん、しょっ!」

 掛け声とともに女の子を背負い、僕は歩き出した。

 当てはない。ただ、この地獄から逃れることだけを一心に考えて足を動かし続けた。

 顔を上げる余力もなく、地面を見ながら足を黙々と動かす。

「……え?」

 だから、足元に影ができたと思った時はすでに遅かった。

 顔を上げると、そこには影の具合で真っ黒になっている人影が剣を振りかぶっているところだった。

「あ……あ……」

 恐怖に全身が硬直する。目の前の敵が己に死を運んでくることはわかり切ったことであるのに、体がそれに反応しない。

 剣が振り下ろされる。僕はそれを茫然と見上げていたが、いつまで経っても切り裂かれた感触が体に訪れなかった。

 気付くと、僕の体は尻もちをついていた。どうやら、足がすくんでこけてしまったらしい。

 助かった、と思う前に後ろに背負っていた女の子の心配をしてしまう。

 だってあれだけの火傷を負っているのだ。ちょっとの振動もすごい痛みになるはずだ。

 僕は目の前にいる脅威にわずか足りとも気を払わず、後ろに目を向ける。

 そこにいた女の子は――僕の腕にいた命は――動かなくなっていた。

「え……?」

 いつの間にか首筋に感じていた吐息も消えていた。女の子は僕が見つけた時と同じ、眠るような顔で自分の人生に幕を下ろしていた。

「ニー、ナ……」

 僕はそれが認められず、口がある女の子の名前をつぶやく。同時にそれが切っ掛けで目の前の少女が、僕の幼馴染であることに今さらながら気付いた。

「ニーナ? ねえ、どうして返事しないの? ねえ、起きてよニーナ……」

 僕自身、何を口走っているのかわからなかった。ただ、何かに突き動かされるようにその物言わぬ骸を揺り動かし、声をかけ続ける。

 自分の頭上にできていた影がもう一度剣を振り上げた瞬間、僕は理解してしまった。



 ――目の前の少女はもう生きていない事に。



「あ、あぁ……、あ……!」

 訳の分からないグチャグチャな感情が心を塗り潰し、僕はその感情を抑え切れずに叫んでしまう。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!」

 僕の悲痛な叫びに呼応した魔力が、僕の足元からバキバキという音を立てて結晶に覆われていく。

 そして当たり前のことながら僕はまだ幼く、こんな膨大な魔力など制御し切れない。使いこなせない魔力から身を守るために背中から魔力で編まれた翼が現れ、そこからさらに魔力が噴出される。

 僕の前にいた脅威はとっくのとうに結晶で覆われ、身動き一つ取れない状態になっていた。

 それでもなお、僕の暴走は止まらない。

 村の人、それこそついさっき背負っていたニーナまで埋め尽くしながら、僕の魔力が村を覆い始める。

 僕はそれを霞んだ視界と頭で捉え、絶望をしていた。その絶望がさらに魔力の噴出を速める。悪循環の極みだったと思う。

 その時だった。

 視界の端でこちらに向かって駆けてくる一人の男性を捕捉する。

 ――来ちゃダメ!

 そう叫びたかったのだが、喉が動かない。もう、この暴走は僕一人の力じゃ止められない領域まで達していたのだ。

 男の人は僕の内心の叫びなど一切聞こえぬとばかりに結晶化しつつある地面を駆け、腰に差してある何だか見慣れない湾曲した剣を――



 ――神速で抜き放った。



「え……?」

 男の剣は僕の結晶をあっさり断ち切り、そして――



 僕の体も真っ二つにしていた。



 僕が驚いた声を出しているのはそのためだ。どうして僕は自分の下半身を見ている? どうして僕の視界は上下逆さまになっている?

 僕は――

 そこで僕の意識は途切れる。

 ただ、意識を失う直前に思ったことは、

(助かった……)

 であった。





「そんな夢を見たんだ」

「起きて開口一番に夢の話をするなとか、色々と突っ込みたいことはあるけど、それはこの際全部横に置いて言わせてもらうわ」

 僕が夢の内容をあらかた語り終えたところ、僕の頭上でお玉片手に料理をしていた銀髪の少女は頭を抱えた。

「あたしを勝手に殺してんじゃない!」

「あうっ!」

 叩かれた。しかも妙な入れ方をされたのか、頭全体がかき回されたように痛い。チクショウ、衝撃を浸透させたな。

「まったく……、あんたの寝ぼけ癖がここまでひどいとは、幼馴染続けて十五年のあたしだって思わなかったわよ……」

「ごめんなさい……」

 なぜ夢の話でここまで怒っているのか、僕には今一つ理解できなかったがうなずいておく。下手に反論すると僕の朝ごはんが雑草になる。

「それより、そろそろ兄さん呼んできてくれる? 朝ごはんできたよーって」

「わかった。顔洗うついでに行ってくる」

 ニーナの言葉に僕はうなずいて、寝具から体を出す。慣れた手つきで僕は寝具をしまい、立ち上がって大きく伸びをする。

「んっ……良い朝だ」

 少なくとも雨ではない。雨が降っている最中の移動は本当に辛いから、これは素晴らしいことだ。

 顔を洗うのに適した小川らしきものを探し、それのついでに兄さんも探す。

 ちなみに僕もニーナも兄さんと呼んでいる人は別に実の兄というわけではない。

 ちゃんと別に本名も存在するし、僕たちが勝手にそう呼んでいるだけだ。最初の頃は渋い顔をしていたけど、今はもう慣れているようだし。

 しばらく小川を求めて歩き続けると、風切り音が耳に入ってくる。

 音源の場所へ向かうと、そこには上半身裸で刀を振るう男の人がいた。

 遠目で見ても素晴らしく無駄のない剣捌き。剣と魔法では魔法の方が強い、なんて言われているけどこれを見たら絶対ウソだと思ってしまう。魔導士の端くれである僕でさえそう思ってしまうほど兄さんの剣は洗練され、無駄がなかった。

 それはさておき、僕は兄さんの鍛錬が一区切りついたところを見計らって声をかけた。

「ヤマト兄さん、朝ごはんできたよ。早く行かないとニーナが怒るよ。そしてきっと兄さんの命は……、ああっ、なんてかわいそうな……!」

 僕には見える。今より少し先の未来、兄さんがニーナの手にかかって餓死させられる姿が……。僕たち、ニーナに胃袋握られてるから弱いんだよね。

「妄想で人を憐れまないでくれるか……? ったく、相変わらずだな。エクセ」

 兄さんは刀を鞘にしまいながら、僕の方を呆れた目で見る。僕の行動、どこかおかしかっただろうか。一歩対応を間違えれば普通に訪れそうな未来を想像しただけなんだけど。

 エクセとは僕のあだ名である。本名はエクセルなのだが、ニーナも兄さんもエクセと呼ぶ。たった一文字くらい略さなくてもいいじゃないか、とは僕の内心。

「あはははは……。まあ、そろそろ行った方が良いよ。僕は顔洗ったあとで行くから」

「おう。顔洗えそうな小川は向こうの方にあるぞ」

 兄さんが指差した先には確かに小川があった。僕はありがとうとお礼を言ってから、顔を洗ってニーナのところに戻る。

 すでに朝ごはんはできており、先日狩った獣の肉のスープが実に美味しそうだった。

「ほら、さっさと食べなさい。食べたら出発するんだから」

「あ、ごめん」

 二人とも待っていてくれたらしいので、一言謝ってから僕も席に着く。

「んじゃ、いただきます」

『いただきます』

 兄さんの声に合わせて僕とニーナも両手を合わせる。何でも、兄さんの故郷での作法らしい。五年間も一緒に旅をしていればいい加減馴染むものだ。

「今日中に目的地には到着したいな……。エクセもその方が良いだろ?」

「僕は別に……」

 これまでは当てのない旅だった(兄さんには目的があるらしいけど、特に興味がないため聞いてない)僕たちだけど、今回は違う。

 目的地は魔法研究都市ティアマト。魔法研究や魔法の関わる学問にかけては、世界屈指どころか頭一つ抜いて頂点に立っているような都市だ。そこにあるティアマト魔法学院に入るということは魔道を極めんとする者にとっては最高の名誉なのだ。

 ……とまあ、本で見知った程度の知識を披露したが、ここで重要なのはそういったことではない。

 要するに、僕は魔法を扱う才能があるということだ。旅人歴が長くて見聞の広い兄さんの目から見ても断トツだと言われるほどに。

「そう言うなって。クリスタルを個人で生成できる奴なんてお前ぐらいだろうからな」

 クリスタルの説明は……面倒だから実際に作った時にさせてもらおう。実物あった方が説明もしやすいし。

「だからって……二年も離れるのは……」

 魔法学院ではこれといった卒業が特にない。基本的に魔導士は実力主義の世界であるため、実力を示しさえすればそれ相応の評価は得られるのだ。

 一応、学院と銘打ってあるため卒業資格は論文を提出し、一定の評価を取ることで得られる。実力主義ではあるが、学院としての体裁も重要らしい。

 ……とはいえ、僕は研究分野にはまるっきり興味がないため、卒業できるとはサラサラ思ってない。

「魔法を多く習得したいっつったのはお前だろうに……。とにかく、お前はもう選んでんだ。今さら尻込みはできないぞ」

「うん……」

 兄さんはこういうところが厳しい。自分で選んだことには最後まで責任を取る。当たり前のようで難しいことを僕たちに教えてくれる。

「それじゃ……行くか」

 食事の片づけも終え、雨露を防ぐ布をしまい、全員で荷物を背負う。

 こうして、僕たちは魔法研究都市ティアマトへの道程を急いだ。
どうも、お久しぶりです。アンサズです。

しばらく体調を崩していたため、投稿するのが若干遅くなりました。皆さんも風邪には気を付けてください。

それでは……新作のスタートです! 本作品は三部構成で、学園生活編は第一部に過ぎませんので、末永く読んでくださると嬉しいです!


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