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三題噺「肉」「謎解き」「校庭」

作者:羽子茉礼志
以下からお題を頂きました。

三題噺お題ジェネレータ
http://three-theme.appspot.com/
「まさか、こんなところで見つかるなんて……」
 私は“それ”を呆然と見詰めながら呟く。白地のトレイに載せられたのは、白とピンクの彩りを持つ豚バラ肉。それを覆うビニールが、太陽の光に反射して眩い輝きを放っていた。
 夏も盛りの7月後半。真っ青な空の下、放課後の校庭のど真ん中という何とも不釣り合いなその場所に、私がスーパーの特売で買ったパック詰めの豚バラ肉が鎮座していた。

「状況を確認しましょうか」
 そう言ったのは、調理部副部長である彩夏だった。炎天下の下にあってもその涼しげな相貌は崩れず、冷静にその場に集った者達を見渡す。
 彩夏の言葉で気を取り直した私は、事件の始まりである放課後の出来事を思い返す。それは、つい先ほどのことだった。

「あれ?」
「霧衣、どうしたの?」
 冷蔵庫の中を確認していた私に声を掛けたのは彩夏だった。場所は調理準備室で現在は放課後。調理部の活動を開始するため、まずは食材の準備を行おうとしていた矢先だった。
「それが、豚バラ肉がないのよ」
 彩夏は怪訝な顔をして私に問う。
「お肉の準備は霧衣の役割だったわよね」
「うん。昨日学校帰りにスーパーで買って、今朝登校した時に冷蔵庫に入れたはずなんだけど……」
 彩夏が冷蔵庫の中を探るが、やはり豚バラ肉は存在しなかった。
「お肉、無くなっちゃったの?」
「それはおかしいわね」
 調理準備室に集まっていた残りの二人が反応する。一人は同じ調理部部員の三枝子と、もう一人は調理部顧問の時槻先生だった。三枝子は同級生である私や彩夏と比べても背が小さく、おっとりとしていて小動物的な可愛さのある子だった。時槻先生は他の教師に比べれば若目(20代後半ぐらい?)の優しくて取っ付きやすい女性教師である。ちなみに、部長は私だ。
「先生、何がおかしいのですか?」
 すかさず、時槻先生の発言に彩夏が問いを投げる。
彩夏はクールで頭も良く、容姿も整っていて、少々のことでは動じないその冷静さには、私よりもよっぽど部長らしさを感じた。
「皆がちゃんと食材を準備しているか、お昼休みに確認していたのよ。その時、確かに豚バラ肉はあったわ」
「なるほど。霧衣が準備し忘れたのをごまかしているわけではないようね」
「し、信用されてない……」
 見た目と違い、時折こちらを茶化してくるそのお茶目さが、彩夏のチャーミングな部分でもあった。
 そこからしばし豚バラ肉の捜索が行われ、調理準備室、そしてそのお隣にある調理室にまで捜索の範囲を広げたけれど、結局豚バラ肉が見つかることはなかった。
 そして、部活開始からかれこれ三十分が経過した頃。
「……見つからないねえ」
「そうね」
「今日は回鍋肉だったのになー。お肉抜きじゃ味気ないよ」
 私はため息をついた。食材の購入は生徒が行うが、その分のお金は部費で賄われるため、私の損になることはない。とはいえ、好みのメニューを作ることが出来ないのは地味にショックだった。
「タレが濃いめなんだし、野菜炒めでも十分に通用する味になるわよ」
「まあそうだけど……」
 珍しく彩夏が優し気に慰めてくれる。かと思えば三枝子に顔を向けて、
「三枝子も珍しく気合いを入れていたのに残念ね」
「だから、そういうのじゃないよー」
 と、三枝子を茶化す。控えめな抗議の声をあげる三枝子は料理には不釣り合いなジャージ姿である。授業終了後から放課後前のホームルームまでの間で行われる掃除の時間に、うっかりバケツの水を引っ繰り返して制服ごとずぶ濡れになってしまったのだという。私と彩夏は三枝子とクラスが違うので、放課後になって、ジャージにエプロン姿の三枝子を調理準備室で目にした時には驚いたものだ。
さて、そんな冗談を言っていた彩夏だが、次の瞬間にはきりりとした表情に移り変わる。
「とはいえ、見つからないとなると、これは盗まれたってことになるわよね」
「先生が昼休みに確認した時にはあったんだし、五、六限目で調理実習があったクラスの誰かが犯人とか?」
「それはないと思うわ」
 私の発言に対し、そう断言したのは時槻先生だった。
「皆も知っている通り、私は家庭科の教師よ。今日の五、六限目に調理実習がなかったことは、私が証明できるわ」
「先生がおっしゃるのであれば、証拠としては十分でしょう」
 そう言うと、彩夏は顎に手を当てて考え込む。
「……ただ、調理室と違って、調理準備室はいつも施錠されているわけではないですよね?」
「そうね、それも皆が知っての通りよ」
 彩夏の問いに先生が答える。
 調理準備室という名称こそついているが、実のところ調理器具などは全て調理室の方に保管されている。包丁などの危ない器具はもちろん、ガスコンロなども備え付けてあるため、使用時以外は施錠されているのだ。調理準備室にあるのは件の冷蔵庫と、家庭科の教材、後は机と椅子が幾つかで、広さも教室の半分程度しかない。調理実習に邪魔な荷物を一時的に退避する為に使われるほか、主に使用しているのは家庭科教師である時槻先生や調理部部員である私達のみだ。教材が必要な先生は頻繁に出入りするし、私達も調理以外の座学の活動時や、調理部特権(という名の先生の黙認)でペットボトル飲料を冷やすのに度々冷蔵庫を使っていたりする。
 つまるところ、授業では使われていないとしても、豚バラ肉が保管されていた冷蔵庫のある調理準備室には、誰でも出入りは可能だったということである。
「であれば、容疑者は生徒か先生、いえ、学校に出入りの出来る人間であれば誰でも犯人として疑うことが出来るということになるわね」
「えー、そんなの範囲が広すぎるよ」
 彩夏の推論に私はうんざりとした気分になった。
 そんな時、妙にそわそわと窓の外を気にする三枝子の姿が目に入った。窓の外は校庭に面しており、今の時間帯であれば運動部が汗水たらして部活動に励んでいる最中だろう。
 三枝子の視線を追って外を見やる。広い校庭の真ん中で、運動部部員であろう運動着姿の生徒たちが集まっている。少し気になったのは、その集まっている部員達が練習などを行っているわけではなく、一様にこちらを眺めているように見えたことだ。同じように外を見た彩夏が眉間に皺を寄せたのが視界の端に映った。直後、急に彩夏が教室を飛び出していく。
「ちょっと、彩夏どうしたの!?」
 三枝子と時槻先生と顔を見合わせる。突然の彩夏の行動に、皆困惑の表情を浮かべていた。私は溜息を一つ付いて、彩夏を追いかける為に教室を出た。
 まさかとは思ったが、下駄箱で靴を履き替えている彩夏を見たとき、彼女の目的地がどこなのかが分かった。
 予想に違わず、彩夏は校庭へ向かうと、運動部の部員達をかき分けてその中心へと向かう。やっと追いついた私は、彩夏が険しい顔で何かを見つめていることに気付く。
 そして、話は現在へと立ち返るのである――

「この豚バラ肉を見つけたのは、貴方達サッカー部で間違いないのよね」
「ああ、そうだけど」
 その場にいた男子の一人がそう答える。
 私はその場を見渡す。おそらく、彼だけではなく、ここに集まっているのは皆サッカー部員で間違いないのだろう。校庭を使用する運動部はサッカー部と野球部のみだ。ここにいる部員達は野球のユニフォーム姿ではないので、それは一目瞭然だ。
「これ、君達がここに置いていたの?」
「いいえ。調理準備室の冷蔵庫にしまっておいた筈なのに、部活の時間に冷蔵庫を確認すると無くなっていたの」
「そうなんだ。それにしても、よくこの場所だって気付いたね」
「そう、それだよ彩夏。何でここだって分かったの?」
 サッカー部員の疑問に便乗する方で私も彩夏に問いかける。
「貴方達、調理室の方を眺めていたでしょう。校庭と調理室のある校舎は隣り合っていて距離も近い。私達調理部とこの食品に関連性があるのではと考えたのではないかと思ってね」
「あ、ああ、その通りだよ。何せ距離が近いものだから、料理の匂いがこっちまで漂ってくることがよくあるんだ。あれ、中々辛いんだぜ。練習中にお腹が減って仕方が無くてさ」
 サッカー部員が驚きつつも苦笑しながらそう言う。他の部員達も口々に同意し合っていた。
「そ、それは申し訳ないことをしちゃっているなぁ……」
 サッカー部員達のことが気の毒になりつつも、意識はすぐに彩夏の方へ向く。調理部がそのようにサッカー部に意識されていたなんて、私は想像も付かなかった。彩夏がそこまで気付いていたかは定かではないけれど、実際に彼女の推論は正しかったのだ。
「それで、この豚バラ肉はどういった状況で見つけたのかしら」
「コーンを片付けていたら、そのコーンの中にあったんだ」
 サッカー部員がすぐ傍にあるコーンを指さす。それは赤一色のコーンで、近い場所から等間隔に設置してあった。そのコーンを眺めつつ、私の中にふとした疑問が浮かぶ。
「このコーンって、確か校庭の真ん中に並べてある奴だよね。それで、それを境界にしてサッカー部と野球部が活動しているんじゃなかったっけ」
 何せ、部活動中にふと窓の外を眺めればすぐそこに校庭があり、サッカー部と野球部が部活動を行っているのだ。毎日眺めていれば、そのくらいのことは何となく分かるのだった。
「そう、そしてまだ放課後になってから三十分ちょっとしか経過していない。コーンを片付けるにはまだ早い時間なのではないかしら」
 彩夏が、何となく私が感じていた違和感をしっかりとした形にしてくれた。しかし、周りを見渡した彩夏は、すぐにその疑問を解消する。
「野球部が誰もいないようね。今日は野球部が休みだったから、後からそれに気付いた貴方達は、準備したコーンをすぐに片づけて、校庭全面を使って部活を行おうとしていた。そういうことかしら?」
「ちょっと惜しいけど、ほぼほぼその通りだよ」
「ちょっと惜しい、とは?」
「それは――」
「おいおい、こんなところで集まってどうしたんだ」
 説明しようとする男子部員の声を遮って現れたのは、サッカー部の顧問、かつ体育科目の教師でもある男性だった。
「実はですね――」
 そう言って進み出たのは時槻先生。傍には三枝子の姿もある。二人とも、私にちょっと遅れる形でこの場に来て、それ以降ずっと話を聞いていたのだ。
「なるほどね、そんなことが……。ということは、六限目からこの豚バラ肉が隠してあった可能性もあるわけだな」
「六限目から……? 先生、それはどういうことでしょうか。コーンはいつも部活の開始前にこの校庭の真ん中へ並べ始めるわけではないのですか」
 男性教師の発言を聞いて、彩夏はすぐさま問いを投げる。先程の彩夏の推測によれば、サッカー部員達はコーンを並べ終わった後で野球部の休みに気付き、コーンを片付けようとしていたことになる。男性教師の話では、六限目から既にコーンが設置されていたというように取れるため、疑問に思うのは当然だろう。
「六限目は体育の授業だったんだよ。男女で別れてサッカーをやるつもりだったから、部活の時と同じように校庭の真ん中にコーンをおいて場所を二分したのさ。そして、授業終了後もコーンはそのままにしておいたんだ。どうせ、部活の時もコーンを設置するわけだからな。もちろん、野球部が今日休みだと知っていれば、ちゃんと片付けたんだがなあ」
「なるほど……。ということは、ちょっと惜しかった理由というのは、コーンは放課後に用意した訳ではなかったということなのね」
「ああ、そういうことだよ」
 男性教師とサッカー部員の話を聞き、彩夏は神妙に頷いた。
「豚バラ肉が盗まれたのは昼休み以降だから、冷蔵庫から豚バラ肉が盗まれたのと、盗まれた豚バラ肉がコーンに隠された一連の犯行に大きく時間の開きがないことが分かるわ」
 顎に手を当てて、一人考えをまとめる彩夏。そんな中、男性教師が驚いた声を上げた。
「……って、如月、お前なんて奇抜な恰好してるんだよ。暑いんじゃないか、それ」
 如月とは三枝子のことだ。事情を説明すると、男性教師は納得して頷く。
「なんだ、そういうことか。」
 そして、ふと思い出したように言う。
「そういえば、今日は体育当番だったよな、如月。コーンを並べたのは体育当番だったから、お前なら誰が怪しい行動を取っていたか、見ているんじゃないか?」
「え、いや、私は別に何も……」
 三枝子は気まずそうにそう言う。そんな三枝子を彩夏はじろりと見やった。その眼力に、三枝子は「ひえっ」と驚いて、私の後ろに隠れる。
「ちょっと彩夏……」
「だって霧衣、犯行を一番近くで見ることの出来る立場にいた三枝子は、逆に犯行を一番行いやすい立場にいたわけでもあるのよ」
「そうはいうけど……」
 私は並べられているコーンを見渡しながら彩夏に反論する。
「こういう授業の時ってさ、休憩中に男子は女子の、女子は男子の練習試合を眺めてたりするでしょ。こういった境界線になる場所からさ。この場所に近づくことは誰もが出来た。だから、必ずしも準備を行った人間が怪しいとは言えない筈だよ」
「では、調理部の私達しかその存在を知らないこの豚バラ肉が盗まれたのは何故?」
「別に何でもよかったんじゃないの? たまたま調理準備室の冷蔵庫を覗いて、そこにあった食品の内の一つを盗んだ。豚バラ肉である必要性がそもそも無かったのかもしれないよ」
 彩夏は私の反論を聞いてもなお、納得していない様子で私の後ろに隠れる三枝子をじろじろ眺めている。私はといえば、思わず三枝子を庇う発言をしてしまったものの、三枝子が犯人ではないという確証は掴めずにいた。
 私達はひとまず校庭の端っこへと移動した。サッカー部が練習の準備を再開したからだ。そこからはしばしの膠着状態が続く。彩夏も三枝子も時槻先生も、そして私も黙り込んでいた。
移動した場所には日影が無い。そのため、照り付ける日差しが眩しく、私は手でひさしを作って目を庇う。彩夏を見ると、一粒の汗が顔を伝い、襟の開いたワイシャツから除く首筋から、美しい稜線を描く鎖骨へ掛けて下って行くのが目に入った。すべすべとした真っ白な肌が、日差しに負けず劣らず眩い。思わずぼーっと眺めていると、こほんと咳払いが一つ。はっと視線を上げれば、鋭い視線が私を貫く。彩夏は襟元を寄せながら、びしっとこちらを指差して、堂々と言い放った。
「犯人は、やはり三枝子、貴女よ!」

 彩夏の顔は自信に満ちていた。この数分の間に推理が固まったのだろう。私は心して彩夏に問う。
「そういうからには、証拠があるんだよね」
「ええ。ヒントは三枝子の服装にある」
「服装?」
 彩夏の言葉を聞いた瞬間、私の背後に隠れた三枝子が強く私の制服を掴んだのが感触で分かった。
「三枝子、貴女は掃除の時間にバケツの水を被り、今はジャージ姿なのよね?」
「……うん」
 答える三枝子の声音は弱々しい。
「では、見せてもらえるかしら。その水に濡れた貴女の制服を」
「!」
「もしくは、貴女が水を被った瞬間を見た人を紹介してくれるのでもいいわよ」
「…………」
 三枝子は頑なに口を閉じたままだ。代わりに、私が彩夏に訊ねる。
「つまり、彩夏は三枝子が嘘を付いて、ジャージを着てきたといいたいの?」
「ええ、そうよ。そうしなければいけない理由があった」
 そう言うと、彩夏は改めてこちらに向き直る。
「初めに言っておくと、私は三枝子の動機までは分かっていない。でも、彼女が何をしようとしていたかは推理できたわ。三枝子は、最初から豚バラ肉を回収する手筈でいたの。その為に、運動着姿である必要があった」
「運動着姿であるのが、そんなに重要なことなの?」
「その前に」
 そう言うと、彩夏は校舎を指差した。
「暑いわ」

 私達は再び調理準備室へ戻り、各々水分補給を行って一息付いた。そうして、皆が落ち着いた段階で彩夏が話を再開した。
「運動着の話の前に、まずは犯行現場が校庭である理由を解き明かしましょう。豚バラ肉がそのまま放置されたとして、その後どうなるかしら? コーンは最終的には片付けられるのだから、その時になって事態は露見するわ。もし、豚バラ肉を盗むことだけが目的なのであれば、他に隠す場所は幾らでもあったはずよ。食品として活用したかったのであれば直のこと、あんな場所に保管しておけば何時間かで肉は傷んでしまう。ただ隠すことだけが目的であってもそれは同じことで、もっと隠しやすい場所は幾らでもあったはず。何故、炎天下の校庭のど真ん中、そのコーンの中でなければならなかったのか。それは、より悪い環境下で肉を傷ませ、料理に使うには相応しくない状態にしたかったから。そして、その上で肉を回収するつもりだったのでしょう。この回収段階で、運動着姿であることが重要になってくるの。豚バラ肉を傷ませるのにより適した環境を選択したことからも分かるように、三枝子はより短時間で肉を傷ませ、早いうちに肉を回収したかった。具体的には、部活動時間中。運動部がコーンを片付ける前ということね。さて、霧衣。部活動中の運動部がいる中、校庭のど真ん中へ向かうのに相応しい恰好は何でしょうね」
「それは……運動着だね。」
 そう答えながら、私の頭の中では、三枝子が何故最初からジャージ姿だったのかの理由も浮かびあってきていた。
「そうか、調理部の部活を抜け出す必要があるわけだから、その時間は最小に納めないと、私達に怪しまれてしまう。だから嘘を付いてまで、最初から着替えておく必要があったわけか」
「その通り。おそらく、トイレかどこかでたまたま見つけたと言って肉を持ってくるつもりだったのでしょう。そして、返ってきた肉は傷んでおり、とても料理に使えるような状態ではない……。つまり、三枝子の最終目的は今日の調理に置いて豚肉を使用出来なくすることだった、といえるわね」
 ほへーっと彩夏の推理を感心して聞いていると、それまで黙って話を聞いていた時槻先生が口を開いた。
「でも、実際にはそう上手く事が運ばなかったわけでしょう」
「ええ、そうです」
 頷くと、彩夏は校庭へと目を向ける。同じように校庭を見やると、サッカー部が校庭全面に広がっていた。二つのチームに分かれ、紅白試合を行っているようだ。
「三枝子は計画性を持ってことに当たっていたのでしょう。少なくとも、今朝の時点では覚悟を固めていたのではないかしら。まず、六限目の授業が始まる前に調理準備室へ豚バラ肉を取りに向かった。季節柄、最近は水分補給の為の飲料の持ち込みが授業中も許可されているわ。だから、クラスメイトへは表向き調理準備室の冷蔵庫で冷やしている飲み物を取りに行くと伝えておけば、いつものことかと誰も不思議に思うことは無い。豚バラ肉も、タオルで包んでいけば誰にも気付かれず簡単に持ち出すことが出来るはずよ。そして、六限目の授業へ向かった三枝子は、体育当番の立場を利用して、設置したコーンへ豚バラ肉を隠した。後はただ部活の時間まで待てばいい。放課後の部活動の為に授業終了後もコーンが放置されることは、以前の体育の授業で確認済みだったのでしょうね」
 眩しさに目を細めながら、彩夏は室内へと向き直る。その目は椅子に座り、俯きながら話を聞いている三枝子に向けられた。
「しかし、誤算だったのは、今日は野球部の部活が休みだったこと。体育の先生がそれを知らずにコーンをそのままにしてしまったことは、運が悪かったとしか言いようがないわね」
 彩夏の視線が私に移る。
「調理室で豚バラ肉を探していたとき、三枝子は妙にそわそわしながら校庭の方を見ていたでしょう」
 そう、確かにそうだった。それで、私もサッカー部員が校庭の真ん中に集まっていることに気付いたのだ。
「何故か野球部が活動をしておらず、サッカー部がコーンを片付け始めたのだから、気が気じゃなかったでしょうね」
 ちらと三枝子に視線をやるが、彼女は微動だにしていない。
 彩夏はふうと息をついた。
「なんだか、これじゃあ私が三枝子を追い詰めているみたいじゃない」
「いや、実際そうなのでは」
 彩夏がぎんと私を睨んでくる。怖い怖い。時槻先生は私達を見て小さく笑っていた。
 こほんと咳ばらいを一つして、彩夏が黙っていろという風に視線をよこす。
「ここでフォローしておくけど、三枝子は単なる嫌がらせでこんな事件を起こしたわけではないと私は思っている」
「その心は?」
「その根拠もまた、三枝子の服装に表れている」
 また服装。三枝子のジャージには、どれだけ謎が詰まっているのだろう。
「霧衣、貴女は不思議には思わなかった? 何故ジャージ姿なのかって」
「そりゃあ思ったけど、答えはさっき彩夏が話してたじゃない。校庭のど真ん中に居ても違和感が無いようにでしょ」
「そこではないわよ。この学校、冷房がついている教室はごく限られているわね。調理室も調理準備室も冷房は付いていない。窓を全開にしても暑いこの状況で、何故上下長袖のジャージを着ているのか」
「そういえば……」
「私達のクラスでは、体育の時はもう皆半袖シャツに短パンでしょう。ジャージは久しく学校に持ってきてはいないわ」
「そうなんだ。私、置きっぱにしてたよ」
「ずぼらな霧衣の話はいいとして」
 よくはないと思います。
「この暑さを考えれば、半袖短パンの体操着の方が格好としては適しているでしょう。校庭へ出る格好としてもクリアしている。では、何故ジャージでなければいけなかったのか」
 彩夏は改めて俯く三枝子を見つめる。
「それは、六限目の体育の授業を経て砂埃などが付いているであろう汚れた体操着が、調理には相応しくないと彼女が思ったからなんでしょう」
 私は、はっとして三枝子を見た。
「そうか、ただ活動をやりたくないだけなら、そこまで気を遣う必要もないよね」
「そう。豚バラ肉が無いなら無いで、野菜炒めへの路線変更が行われることを見越して、ちゃんと活動は行うつもりだった」
 彩夏は一転して優しい声音で三枝子へ問いかける。
「そうなのでしょう、三枝子」
 三枝子は申し訳なさそうな表情で、ゆっくりと頷いた。ここにきて、やっと三枝子はその犯行を認めたのだった。

 彩夏は椅子に座り、三枝子に視線を合わせて語りかける。
「最初に言った通り、私は貴女の動機までは分かっていない。話してくれるかしら」
 問われた三枝子は、彩夏のスリムな体躯を上から下まで見やった。そして、口を開く。
「彩夏ちゃんには分からないかもしれないけど、私にとっては重大なイベントなの」
「重大なイベント?」
「そう……明日の身体測定が」
「!!」
 身体測定。三枝子のその言葉に、私は目を見張った。そして、封印されていた忌まわしき記憶が浮上してくる。
 まだあと一ヶ月もあるし大丈夫。
 あと二週間もあれば十分だって。
 一週間もあればなんとかなるよ。
「うわああああああああああっ」
 嫌なことを頭の片隅に追いやって無視し続けた結果、私は何の対策を取ることもなくここまできてしまっていた。
 彩夏はふふと小さく笑うと、子供をあやすように三枝子の頭をぽんぽんと軽く叩く。
「全く、付け焼刃でダイエットなんてしたって意味は無いわよ。むしろ体に悪いわ。私達、成長期なんだから」
 そうして、私を指差す。
「あそこまで能天気でない分、貴女はまだ大丈夫よ」
 彩夏の言葉が容赦なく私の心を抉った。
「如月さん」
 時槻先生が三枝子の肩に手を置き、困ったように笑いながら言う。
「先生も気持ちは分かるけど、食品は部費で購入しているのだし、今度からは皆にちゃんと相談するなりしないといけないわ。まあ、今回は大目に見ますけど」
「すみません、先生。今回の料理決めの時、霧衣ちゃんが心底楽しそうに提案していたので、言い出しきれなくて」
 三枝子の言葉が追い打ちとなり、私は机に突っ伏した。
「次からはヘルシーさを考慮したレシピも考えていきましょうか。差し当たっては、霧衣」
 顔を上げた私に、悪魔の微笑みが迫る。
「明日の身体測定、楽しみね」

 その後、気を取り直して行われた野菜炒めの料理。私は、泣きながら野菜炒めを平らげ、絶賛したのだった。

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