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短編【文学】【童話】【ファンタジー】集(2)

山ざるのばけもの

作者:蠍座の黒猫
 むかぁしむかぁしの話。

 ある山奥の村に、太吉というこどもが、おっとうとおっかあと貧しくとも暖かに暮らしておったと。
 そりゃあ仲良く暮らしておったけんど、ある日、おっとうが山へ行ったきり帰ってこなくなった。村のひとたちは、
「山ざるのばけものに食われたにちがいねえ。」
と、うわさしたんだと。太吉は、おっとうを探しに山へ行きたかったけんども、怖くなってやめてしもうた。

 しばらくして、太吉のおっかあが寝込んだ。おっとうがおらんようになってからの無理がたたったんじゃろうか。長いこと寝込んだ後、太吉を枕元に読んで言うた。

「太吉。よく聞きなさい。私はもうすぐ死ぬでしょう。」
「ええっ。そうなのか……」
 太吉は、困ってしもうた。このとき、太吉はまだ十と三つじゃった。

「おっかあ。おら、これからどうすればいい。」
「太吉。おまえはやさしい子だ。みんなの言うことをよく聞きなさい。」
「おっかあ。おら、これからどうすればいい。」
「みんなの中で暮らしなさい。」
「おっかあ。おらには分からねえことだらけだ。」
「むねに手を当てておっかあに聞きなさい。」
「おっかあ。それでも分からんときは。」
「みんなに聞きなさい。」
「おっかあ。それでも分からんときは。」
「それでも分からないことがあったら……山で一人で思いなさい。」
「いやじゃ。山にはばけもんがおる。」
「太吉。なんでもじぶんで見なさい。それから思いなさい。」

それきり、太吉のおっかあはなんもいわんようになった。そうしてしばらくして目を瞑り静かに死んでしもうた。
 おっかあの葬式をなんとか済ませた後、村のもんは誰も太吉を引き取ろうとせんかった。太吉は身体が大きかったし、よう食うけんども、ちっとも働こうとせんかったからじゃ。

 それで、太吉は困ってしもうた。少しばかりの食い物は村のもんが恵んでくれるけんども、それでは腹が減って仕方ないから、兎やら狸やらを罠かけて捕まえるようになった。罠はおっとうと一緒に作っておったもんじゃったから、まあまあ捕れることは捕れたんだけれども、そうして腹はふくれても、やっぱり一人はさみしかったと。

 太吉は、むねに手を当てておっかあに聞いた。
「なんでみんな相手にしてくれねえだ……」何度も何度も太吉はおっかあに聞いた。それでも一度も、おっかあは答えてはくれんかった。いつの間にか太吉はむねに聞くことを諦めてしもうた。けんども、太吉はみんなには決して何んにも聞くことはなかった。

 いつしか太吉は、村におるよりも村と山の間におることのほうが多くなった。春から夏になって、秋が過ぎたころ、もう太吉はすっかりと村におるのが嫌になってしもうた。これからはまったく山ん中で生きていこうと思うた。太吉は、もしかしたらおっとうに会えるかも知れんとでも思うたのかも知れんかった。

 太吉は、冬の山へ入っていった。誰も踏んどらんふわふわした雪掻き分けて、杉木立ちの間を抜けて、どんどんと山の奥へ奥へと入っていく。ときどき雪の中転がり落ちながら、斜面に這いつくばって、木の幹やら枝やらに掴まりながら、雪まみれになってもぐいぐい登っていった。

 やがて尾根へ出て、そのまま尾根伝いに足元の危ねえ中、一つ二つと山を越えて行った。いつの間にかもう暗くなってきて、ようやくに太吉にも疲れが出てきたから、いいところで雪を掘って、寝ることした。

 太吉は夢を見た。
 何だか白い猿のようなものがやってきて、太吉の背中をさすりおって、それが心地良うてたまらんかったと。
 朝になって、目が覚めた太吉は、昨日の疲れが嘘のように取れっておった。それはよかったけんども、進もうとしたら吹雪いてきた。辺り一面真っ白になってしまう猛吹雪じゃった。

 吹雪の中で太吉は叫んだ。
「なんでじゃ。なんでこうなるんじゃ。」
吹雪は答えんかった。さらにもっと白く吹雪いた。でもまた太吉は叫ぶ。
「どうしてじゃ。どうして村のみんなは冷てえのじゃ。」
ごうごうと吹雪く雪は太吉の口の中まで入ってくる。息も苦しいほどに、顔どころか体全部を雪が覆ってくる。それでも太吉はまだ叫ぶ。
「おっかあはなんで死んだんじゃ。わしがわるかったんか。」横殴りの吹雪は目を明いているのか閉じているのか分からんほどに吹き荒れている。それでも太吉はまだ叫ぶ。
「おっとうはどこいったんじゃ。今もこの山ン中おるんか。」そのとき、一際強く吹いた風で、太吉は横倒しにされてしもうた。這いつくばって見上げる尾根に、一瞬なにやら大きな白い影が見えたように思うた。
「なんじゃぁ。おっとうかあ。山ざるかあ。」大きな影はそれには答えんと、向こう側へいってしもうた。あとは吹雪の白で何も見えんようになった。

 暫くすると、風も止んだ。太吉は尾根へ登った。こちら側のまだ影になっている青暗い斜面を登りきると、尾根の向こう側にはすっかり日が当たっておって、いきなり眩しかった。渓谷のこちら側も明るく照らされておったが、あちら側の尾根に遮られた渓谷の内側にはまだ夜の名残があった。太吉が目を細めながら渓谷に挟まれたあちら側の尾根をみると、何か動くものがおった。

「おおい。」太吉は思わず大きな声で呼んだ。
そいつは振り向いたようじゃった。遠目で良く見えないけれども、どうやらそいつは人ではないようじゃった。白い毛におおわれた大きな熊ほどもあるものじゃった。
「山ざるのばけもの……」太吉は思わず呟いた。おっとうのかたきなのか。それとも。

 太吉は、そいつが遠ざかるのをみながら飯を食うた。そうしてからしょんべんをして、また尾根沿いに歩いて行った。
 太吉は、山の奥へ奥へと進みながら、時々吠えた。何に吠えとるのかは分からんかったが、吠えずにおられんかった。

 やがて、とっぷりと暗い夜が来た。雪洞の中で火も使わずに身体を丸めて寝転ぶだけで獣のように夜を明かす。太吉にはそれを苦痛と感じれんようになっておった。

 夜の明ける前に起きだして、深い雪を潜るように暗闇の中で兎の穴を襲い、兎の子を生きたまま引き裂いて食った。白い雪の上には赤い血がぼたぼたと滴っておった。血まみれの顔のまま、それを見る者のない闇の中で、いつしか太吉は己の名も忘れておった。体には白く長いごわごわとした獣毛が生えてきて、腰と尻は張り出してきて、脚は太く短く湾曲してきた。肩と背は大きく盛り上がり腕は逞しく長くなり、両のまなこは朱に爛々と輝き、ぐいっと長い犬歯が伸びておった。両腕の爪は鋭く伸びて湾曲し、カモシカでもひと裂きに出来そうなほどであった。

「おおおおーう。おおおおーう。」
茜さす渓谷の中腹で、白い獣が吠えておった。もう生きる意味も生まれた訳も、なんでじゃもすべて、雪山からの山びこが答えた。
「お前のおっかあはな。人の良さが過ぎて窮した。」
「お前のおっとうはな。生き急ぎ過ぎ窮した。」
「村の皆はな。小さく生きるのみ。窮さぬよう生きるのみ。」
「お前はな。命が強すぎて窮している。」
「そして、この声を聞けばもう戻れんのだ。」
 最後の白い雪山の答えを聞いたとき、太吉はすっかりと山ざるになってしもうた。掌は熊のようになり、言葉を忘れ、脳裏には暖かかったおっとうとおっかあとの思いでだけがこびりつくように残っておった。生きる本能だけが雪深い渓谷を染める朝日のように迷いなく輝いていた。

 いつしか、その山奥では二頭の白い山ざるのばけもんがおるという噂がひろまった。雪山で迷った猟師の話では、誰も足を踏み入れることのない真っ白などこまでもひろがる雪山の渓谷で、一頭の大きな山猿とまだ若い一頭の山猿が、仲良くじゃれ合うように斜面を駆け上っていく姿をみたいう。その猟師は恐ろしくなって、転げるように逃げて帰ってきてしまったということじゃ。

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