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やりすぎな彼女と乙女みたいな俺 作者:ジュゲ
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第六話 キス

「信じられん!」

 知らず声に出た。
「なになにどうしたの?」
 メソは今日も家にいる。
 彼女は神出鬼没で、何時間もいる日もあれば十分ぐらい帰ることもある。
 まるで忙しいサラリーマンが立ち食いそば屋やコーヒーショップに寄るような感じだ。
「これだよこれ」
 彼女は本を読むのを止め俺がタブレットを手渡すと目を通した。
 IT機器にけして弱いわけでもないのに彼女は紙の本を読む。
 俺は究極的に暇な時、検索サイトのヒャッハー!で質問箱を読むことがある。
 ほとんどが嘘みたいな嘘ばかりで、下手なもの読むよりバカバカしくて笑えるからだ。
「世も末だよな!小学生の癖にだよ、『彼とは何時ごろキスした方がいいんでしょうか?』って質問。小五だぞ!ふざけんなよマジで。多分いたずらだと思うんだけどさ、本当に信じちゃう子がいたらどうするんだ。一生のルートが変わっちまうんだぞ。最近のドラマや漫画、ゲームは性的な表現が多すぎるんだよ。その影響に違いない。全くな!二億六千万年早いよ」
 どうでもいい話のつもりだった。
 心のどこかで、きっと彼女なら「もうやだ~」で俺が「あははは」で終わると思っていた。
「そうなんだ」
 彼女は堅い声で応えた。
「え・・・お前・・・」
「ん?」
 何時もと違う顔で俺を見るメソ。
「なんか・・・傷ついた?」
「そんなことないよ」
 本当だろうか。でも彼女は嘘や体裁で応えない・・・と思う。
「可愛い質問ね」
 俺は危うく「お前はいつからそういうキスをしたんだ?」と聞きそうになったが寸でのところで呑み込んだ。
「じゃ、帰るね」
「お、おう」
 すっくと立ち上がると、まるでモデルのような堅さで足早に玄関に向かう。
「じゃあ、またな、気をつけるんだぞ最近は物騒だから」
 何時もかけないような声をかけてしまう。
「ありがと」
 彼女は振り返るも俺の目を見ず帰っていった。
*
「俺なんか間違ったこと行ったかな!?」
 落ち込んだ。
 メソの帰った後に即サチコに電話を入れ仕事帰りに会うことになる。
「・・・」
 女の問題は女に聞くに限る。
 といってもサチコは見た目は女だが心は男みたいなもんだ。
「やっぱ地雷踏んだんじゃない?」
「そうか・・・」
「メソのことだからさ、その頃にはもうヤッテたんじゃないの?」
 既に千人斬りは達成している。
「逆算するとありえるか・・・」
「もう家に来ないかもね」
「マジで!」
「彼女って・・・。チーだから言うけど、よくわからないよね」
「やっぱり?」
「いい子なんだけどさ。時々何を考えているんだろうって思うことがある」
「お前でも?」
「いや、それコッチのセリフ。チーなら何でもわかると思ってた」
「いや俺もさ時々ヤツが遠い目をしている時に、何考えているんだろうなって。あとさ、絶妙に話が噛み合わないことがあるんだけど、ヤツは解ってて噛み合わないようにさせているって感じる時があるんだよ。誤解させたままで済まそうとしているような」
 サチコはクスリと笑う。
「なに?」
「チーってほんとメソ大好きだよね」
「ていうか、メソを嫌いなヤツいる?女ならともかく」
「ま~ね。女でもそういないよ。アイツが男だったら私抱かれたいもん。男なら抱きたいよ」
「マジか」
「大マジ。・・・ユリカって憶えてる?」
「うん。・・・え、まさか?」
「そのまさか」
「え?どういう意味」
 サチコは吹き出しそうになった。
「何よ、わかってて言ったんじゃないの?」
「いや、だから、レズなんだろ?」
「なんだ、知ってたんだ」
「有名だろ」
「だよね~・・・。じゃあ、メソに告ったの知ってる」
「え!」
 サチコと見つめ合うと、コクリと頷いた。
「ガチ勢だったのか」
「それで・・・やったのか?」
「いや、振られたって。誰にも言うなよ」
「それは当然として、そっか・・・そういや言ってたなアイツ。そっちのケはないって」
「なに、そんなことまで話しているんだ」
「話すも何もヤツから言うから」
「にしてもさ、そこまで好きなのに、なんで抱いてやらないの?ついてないの、そっちなの?」
「おま~な~」
「冗談だよ冗談」
「・・・解ってるけど、この前ユウジにも言われたから」
「なにそれウケル。ユウちゃんも言ってたんだ」
「そうなんだよ。お前ら俺を仙人ってアダ名つけてたんだって?」
「あ、聞いたんだ」
「全くな~。仙人に失礼だよ。仙人ならメソで抜かねーだろ」
「抜いてんだ」
「当たり前だろ。抜きっぱなしジャーマンだよ」
「なにそれイミフ。でもさ・・・」
 彼女は言葉区切ると一瞬戸惑いを見せる。
「悪いけど、今のチーって娘が家出して帰ってこない父親みたいな感じ」
「マジで?」
「マジ、マジ」
 俺はコーヒーを一呑する。
(自分でいれた方がウメー)
 そんな場違いな感覚を抱きつつサチコの言った言葉を噛み締めた。
 今日の夜空は星がよく見える。
 そんな俺をサチコはじっと見ている。 
「あのさ・・・」
「ん?」
「発端になった質問なんだけど、キスっていつぐらいにするもんなんだ?」
 改めて考えてみると童貞の俺には質問の意味は他人事じゃなかった。
「何よ突然」
「だってそうだろ」
「・・・私は中二だったかな。よく覚えていないけど」
「なんだよそれ、羨ましいな」
「そう?年齢なんて関係ないでしょ」
「それは済んだ人間のみに許された発言だな」
「大袈裟ね~。だって、アイちゃんなんか初婚の旦那が初よ」
「超意外」
「ま~そのあと結構狂っちゃったけど」
「離婚したんだっけ?」
「そそ」
「人生わかんねーもんだな~スイッチ入っちゃったんだな。・・・でさ、いつぐらいにするもん?」
 彼女は咳き込んだ。
「そんなに聞きたいの?」
「聞きたい」
 俺の顔を見ると少し照れくさそうにし、目を反らした。
(なんで目をそらす)
「・・・雰囲気かな」
「ふ、ふ、雰囲気ぃ~?」
「ちょっと何よ、ガチで応えたのに。恥ずかしいじゃない」
「いやさ、その雰囲気がわからないから聞いているんだよ」
「はっは~・・・なるほど」
「なんだよ」
 言おうか言うまいかという雰囲気で俺を見る。
「それって多分ね、プライド高すぎなんだと思う」 
*
 二時間ほど話しサチコと別れた。
 考えてみるとヤツも彼氏いる癖によく俺と会うもんだな。
 いつも考えなしにかけているのだが、応じてくれるからつい甘えてしまう。
(プライドか・・・ま~わからん) 
 あの後、結局それ以上の言葉は聞けなかった。
 彼女の仕事上の愚痴を聞きつつ、馬鹿上司を罵りつつ、最終的に笑いながら別れる。
 彼女はすっかり社会人になっている。
 俺はなんなんだ。
 俺はまだなりきっていないのかもしれない。
 何か空気感の差を感じた。
 あの頃とは違うどこか寂しい感覚が過る。
 彼女には何か背負っているものを感じるけど、俺はどうなんだ。
(キスか・・・どんな感じなんだろう)
 メソの潤ったプルプルした唇が浮かぶ。
 二十三でこんなことを考えている俺、どうなんだ?
「関係ないよ」
 サチコの声がこだまする。
「人生色々か・・・」

 鍵を取り出す際に、窓から光が漏れていないことに気づく。
 メソはいないようだ。
 俺が帰る時に灯りが漏れていないのは久しぶりなような。
 メソは何が気に食わなかったんだろうか・・・。
 そもそもメソは帰ってくるんだろうか・・・。

(まさか・・・もう二度と来ないなんてこと・・・)

 震えた。
 ノブを持ったまま動けない。

(そん時はそん時だ・・・)

 ノブを回す手が震えている。
(オイオイまじかよ)
「ただいま~」
 習慣で思わず声が出る。
「おっと・・・誰もいなんだったな」
 フォローする自分が恥ずかしい。
「ん?」
 玄関に洒落たパンプスが脱ぎ揃えられている。
 メソの靴が何足か家にあったけど、こんなのあったっけ?
 電灯をつけず、キーホルダーにつけたLEDライトをつけ中に入る。
(あ~・・・・)
 声にならない声が漏れる。
 メソがリビングのソファーベッドで寝ていた。
 俺は布団派だが、客用にソファーベッドにした。
 寝息もほとんどたてず、胎児のように丸まり横になっている。

 妙にドキドキする。

 ライトを消し、薄暗い中、足音をたてず彼女に歩み寄り、顔の前で跪いた。
 今日は月明かりが強い。
 こんなに間近で彼女を見るのは初めてかもしれない。
(可愛いな~・・・本当に罪深いよ・・・どれだけ多くの男がお前に虜になったことか。女もそうらしいぞ・・・)
 微かに寝息が聞こえる。
 微動だにしない。
 顔を近づける。
「雰囲気じゃない?」
 サチコの言葉を思い出す。
 少しだけ、もう少しだけ近づけたら届きそうだ。
(なんてね。んな、卑怯なことはしませんよ。てめーだけ雰囲気だしてどうする)
 何故か涙が流れた。
(なんだ?)
 自分でもわからない。
 そっと立ち上がる。
 ちゃぶ台の上にあるチラシの裏に口紅でこう書かれている。

 おなか減った~。

(可愛い)
 声が漏れそうになった。
 慌てて手で口を抑える。
(俺はお前のオカンか)
 キッチンに立ち、薄暗い中で料理を準備しだす。
 心が軽い。
 本当に今日は月が綺麗だな。
(ひょっとして俺はメソの胃袋を掴んだのか?サチコは俺をメソのオトンとか言ったけど、俺はオカンなんじゃないのか?)
 そんな思いが浮かぶ。
(いや、掴めるほどの料理かよ)
 我ながら特に料理が上手なわけでないと思う。
 メソは俺に何を見ているのか。
 何を望んでいるのか。
 何がいいのか。

(キスか・・・俺もメソとキスしたら色々目覚めちゃいそうだな)

 安心して子供のように寝息をたてている。
 玉ねぎが目にしみる。
 ポロポロと涙が出てきた。
(なんで玉ねぎってこうも目にくるのか)
「良かった」
 声が出た。
(良かった?・・・そうか、帰ってきた。良かった)
 でも彼女は寝る前に必ず家に帰っていく。
 家に泊まったことは一度もない。
 終電を逃してもタクシーで帰っていく。
 手が止まった。

(どうして泊まらないんだ?)    

 泊まってもええんやで。
 振り返る。
 メソが寝ている。
 間違いなくいる。
 これは俺の妄想ではない。
 いちを自分の頬をつねってみる。
(結構痛いもんだな)
 メソの寝顔を見るのは初めてなんだ。
 気づかなかった。
 そう思うと妙な感慨が湧いてくる。
 全身が暖かいもので満たされていく。

(メソお前はどうしたいんだ?)

「ヤリタイ」
 彼女の言葉が流れた。
 どうしてお前はヤリタイんだ。
 ヤッテどうするんだ。
 ヤッタからどうだというんだ。
 そもそも俺はお前に何を望んでいる。
 そうだ、メソどうこうじゃなくて俺自身どうなんだ。
(俺は・・・メソに居て欲しいんだろう)
 今日わかった。
 帰ってこないかもしれないと思った時の寒さ。
 今は彼女がいる。
 それだけで嬉しい。
 気が合うんだ。
(気が合うならなんでわからないんだ?)
 こんな状態じゃ、もし彼女に何かあったら俺はどうなるんだ。

 吐き気がした。

 俺は彼女に依存しすぎだろ。
 メソ依存症かもしれない。
 それに比べサチコと来たら。
 まるっきり大人になっていた。
(待てよ、俺は何を作る気だ?)
 ん~・・・カレーにしようか。
 スパイスの香りで起きちゃうかな?

「わーーーっ!」

 後ろを振り返ると、メソがソファーからコッチを見ている。
「ビックリしたー!」
「俺こそビックリしたわ。心臓が止まるかと思ったぞ・・いつ目を覚ましたんだ」
 メソは飛ぶようにこっちに来る。
「何作ってるの?」
「あ~カレーにしようかと思って」
「やった!日本のカレー、チーちゃんのカレー大好き!」
「そうだ、前菜に軽く焼肉ご飯にしよう」
「それって前菜なの?」
「だってお腹へってるだろ」
「そうだった」
 お腹をおさえる。
 にしてもデカイな。
「ま~カレーは明日でもいいし」
「食べるよ」
「でももう十時過ぎてるぞ」
「食べる」
「なんだお前、今日は何時までいるんだ?」
「ん~・・・わかんない」
「全くな~お前は~」
「へへへ」

 くっそ、くっそ。

「泣いてるの?」
「泣いてねーわ。玉ねぎって目に沁みるんだぞ」
 自分でもわからない。
 これは玉ねぎのせいなのか。
「そうだった」
 キッチンタオルで目を拭う。
 それを彼女は黙ってみている。
「お前さ・・・別に帰らなくてもいんだぞ」
 玉ねぎを刻みつつ聞いた。
「やりたくなった?」
「またそれかよ!」
「なによー」
「いいけど・・・」
「だってやるなら朝までになるから泊まるでしょ?」

「ファーーーッ!」

 俺は雄叫びを上げた。
「何よ!どうしたの?」
「なんでもねーよ」
「え、私なんか悪いこと言った?」
「言ってないですぅ~」
「ゴメンね、本当にゴメンなさい」
「だから言ってないって。じゃれつくな手元が狂うから。危ない」
「あ、ゴメンね・・・」
「あ~悪い、怒ってないから」
「なら良かった」

 笑顔だけど凹んでいるメソ。
 お前はどうしたいんだ?
 ヤリタイのは知っているけど。
 ヤッテどうするんだ。
 ヤッタ後、お前はいなくなるのか?
 ああこんな感じかと。
 チーとのセックスはこうだったと手帳にでも書いて。
 それで終わりか。
 良かったらまた来てくれるのか。
 もし悪かったらどうするんだ。
 仮に良かったとして飽きたらどうするんだ?
 サヨウナラかお前のことだから。
 駄目だ哀しくなってきた。
 いっそやっちまってお互いサッパリした方がいいのかもしれない。
 腹の奥底から得たいの知れない恐怖が這い上がってきた。
(吐き気がする)
 俺はお前を留めて起きたいがために手を出さないのかもしれない。
 でもいつかは来る。
 ヤラないままでも彼女は去るだろう。
 そもそも女の方がヤラないと去っていく。
 それが理由で振られたことがあった。
 だったらやっぱりヤッといた方がいいかもしれない。
 でもやったらやったで・・・堂々巡りか。
「俺さ、お前が寝ている間に危うくキスするところだったぞ」
「・・・ヤッたの?」
「だから、危うくだって」
「なんだ」
「したい時は言って」
「俺はいつだってしたいよ」
「だったよね」
 今日の彼女は答えがいつもと違った。
 俺は手を止め、横で俺の調理を見ている彼女に言った。
「なんかさ、今日のお前ちょっと冷たくない?」
「え、ゴメン・・・」
「いや・・・なんかあった?」
「うん」
「え、何が・・・どうした?」
「大したことじゃないんだけど」
「いいから」
「お気に入りのドレスをさっき取りに行ったんだけど、シミが抜けてなかった」



「・・・くだらねーーーっ!」



「ちょっと酷い!すっごい好きだったんだから」
「・・・お前ひょっとして今朝からずっとそれ気にしていた?」
「うん」
「ははは・・・」
「どうしたの?」
「なんでもない」
「言ってよ~」
「良かったよ」
「なにが?」
「なんでも」
「だから言ってって」
「ドレス・・・残念だったな」
「うん・・・」
「さー出来た。食べよ」
「やったやった!」

 子供のように俺の焼肉定食を貪る彼女。
 なんとも嬉しい。
 なんだかなぁ、俺はやっぱりオトンというよりオカンだよな。
 彼女は俺を男としてではなく人間として好きなのかもしれない。
 兄のように思っているのかも。
 じゃないと好きな男の前ではこんなガキみたいな食べたかはしないだろう。
 少し寂しいような、嬉しいような、なんとも形容し難い気分に満たされる。
 ”伊豆の踊子”という小説を思い出した。
 今ならあの書生の気持がよく分かる。
 勝手に恋心を抱いてみたら単にガキだったって話しだ。
 この肩透かし感ったら無いだろう。
 でもメソは子供じゃない。
 メソはどうなんだろう。
 お前は・・・なんなんだ。
 お前は俺のことどう思っている?
 昔で言うところのメッシー君か、俺は。
(いや違う)
 寧ろそれなら話しは早いんだが。
 それでお前が喜ぶんなら俺は幾らでも作ってやりたい。
「カレーの香りが凄いね。もう食べられるかな?」
「なんぼなんでも早いわ」
「少しルーが欲しい」
「全くな~、ちょっと待ってろ」
 子犬が「遊んで遊んで」みたいな顔で俺を見るな。
 抗えないだろ。
「俺はお前をご飯にかけて食べたいわ」
「え、なに?」
「なんでもない。ほら」
 小皿を手渡すとすぐに口をつける。
「熱いぞ」
「少し薄いね」
「そりゃそうだろ」
「でも美味しい」
「お前の方が美味しそうだけどな」
「なにそれ」
「冷めないうちに食べよ」
「うん」

 あーなんだか無性に泣きてー。
 伊豆の踊子の書生と飲み明かしてー。
 メソは〇時前に帰っていった。
 

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