リンデル視点
「ロイさん!皆さん!」
まだ上手く動かない身体で、よろめくように仲間たちの元へ向かう。
あの強大な神力を宿した存在が現れてしばらくしてから、北門で避難誘導をしていた兵士から連絡があり、アヴォロゲリアスの群れの討伐が報告された。
脅威が去った以上、いつまでも危険な壁外に留まっている理由もないので、避難者の一行は反転してカロントの町へ戻って来たのだ。
北門に辿り着くと、そこは互いの無事を喜ぶ家族や、脅威が去ったことに歓喜する人々で埋め尽くされていた。中には涙を流しながら天に向かって祈りを捧げる人たちもいた。
そういった人たちの集団を抜けた先に仲間たちが集まっているのを見付けて、僕は矢も盾もたまらず、仲間たちの元に駆け寄ったのだ。
「おう、思ったより元気そうじゃねーの」
こちらに気付いたニックさんが、にやっと笑って手を振った。
その仕草はいつもと変わらなかったが、その右腕と右足の服には穴が開き、かなりの血痕が付いていた。
「ニックさん!怪我を!?」
本人は平気そうにしているが、どう控えめに見ても重傷だ。
いや、ニックさんだけではない。
ロイさんもデリクさんもバッカスさんも、所々装備が壊れているし、全身血塗れだ。
仲間たちが経験したであろう修羅場を思い、自分がそこにいれなかったことに歯がゆい思いをしていると、ニックさんがその傷付いた右腕を上げ、ぽんぽんと頭を撫でてくれた。
「まあ安心しな。皆結構見た目やべぇ感じになってるけど、俺含め全員ピンピンしてるよ。…誰かさんのおかげでな」
「誰かさん…それは、あの西から飛んで来た神術師の方ですよね?あれはもしかして…」
そこで、ニックさんが茶目っ気たっぷりに人差し指を口の前に立てた。
そして、その視線がロイさんに向けられる。
「私たちの口からは何も言えない。秘密厳守だからな」
その視線を向けられたロイさんは、ロイさんにしては珍しいにやりとした笑いと共に、そう言った。
気付けば、他の皆も似たような顔をしていた。
その言葉を聞いて、僕は全てを悟った。
この町を救ったのが誰なのか。
周囲にいる人たちの会話に耳を傾けると、それがよく分かった。
「本当にすごかったんだよ!俺、あいつらに腹掻っ捌かれてたのに、あの人が手をかざした途端、あっという間に治っちまったんだ!」
「俺、もう駄目だと思って、もう逃げちまおうかって思ってたんだ…。でも、あの人が現れてから、信じられない力が湧きあがって来てさ…。ああ、あの人が見守っていてくれるならもう何も怖くねぇや、って思ってまた立ち上がれたんだ……」
「それより見たかよ、あの光!まさに神の裁きだよ!奴らを一瞬で薙ぎ払ったんだぜ?ありゃあ間違いなく伝説に語り継がれる聖女様だよ!」
「俺なんて、あいつらに押し倒されて食われるところだったんだ。でも、急にあいつの身体が俺から離れて飛んでったんだ。それを呆然と見送った先にいたんだよ!白銀の衣をまとい、眩い光を放つあの方は、まさに神の使いのようだった…。そしたら他の奴らも纏めてあの方に引き寄せられてさ。その後は一撃!一瞬で奴らを消し炭にしちまったんだ!」
「あぁ、すっげぇよな。でも、あれは誰だったんだ?俺、あの人をどこかで見た気がすんだよなぁ」
誰もが興奮してこの町を救った彼女のことを話していた。
そして、その救世主の正体を知りたがっていた。
でも、僕の仲間たちがその正体を口外することはないだろう。それは、先程のロイさんの言葉が証明していた。
(ありがとう、サラ様)
僕も口には出さず、心の中だけでそっとお礼を告げていると、ロイさんが切り替えるように言った。
「さて!リンデルの無事も確認したところだし、私たちも行くか!」
「えっ?どこに行くんですか…?」
突然の言葉にそう返すと、皆に「何言ってんだ?」という顔で見られてしまった。
「おいおい、当然あいつらの解体処理に決まってんだろ?あいつらをあのままにしとく訳にもいかないし、早くしねーと価値が下がっちまうしな」
「ああ、牙と爪は武器に、革は防具に。あれだけいるからな。他の処理は兵士に任せて、解体処理は慣れてる俺たちが早い内にやっておいた方がいいだろう」
「まあ、一部は復興資金に回されるだろうし、俺らの懐にどれだけ入るのかは疑問っすけどね」
「そう言うな。一番の功労者が無償で働いているんだぞ?これで文句を言ったら罰が当たるというものだ」
「はは、それもそうっすね」
ロイさんのその言葉に、僕たちは一様に頷いた。
それから、僕たちは一番の激戦地だった南門に向かった。
僕は休んだ方がいいのではないかと気遣われたけど、戦いが終わってまで仲間外れにされるのは御免だったので、もう平気な振りをして拒否した。
皆僕の強がりを見抜いていただろうけど、それ以上は何も言わずに同行を許してくれた。
南門に向かう途中で、顔見知りの傭兵たちが同じ方向に歩いて行くのが見えた。
その内の1人は僕と同じ“はぐれ”で、僕の数少ない友人の1人だった。
前を行く彼らの声に耳を傾けると、どうやらその友人が仲間たちと口論しているようだった。
「だから、そんなことはあり得ませんって!」
「でもよぉ俺らは確かに見たんだって、な?」
「ああ」
「おお」
「はぁ……あのですね、たしかに特殊な触媒を用いたり、僕も詳しくは知りませんが、複合詠唱とかいう特殊な詠唱を使えば、異なる神術を同時に発動することは出来ます。でも、その難易度は普通に神術を使う場合の比ではありません。言ってしまえば両手にペンを持って、同時に別々の文章を書くようなものですよ?しかもそれを、異なる属性でそれぞれ10発以上同時になんて…」
「でも、実際俺らは皆一斉に傷が治ったぜ?それに、あの光の数はどう見ても10どころじゃなかったしな」
「…それが本当だとしたら、どこかに仲間の神術師がいたんじゃないですか?2人以上で神術を使っていたのを1人でやっているように見せかけていたならまだ納得出来ます」
「う~ん、そんな感じはしなかったけどなぁ」
「あのですね!あなたが言っていることを1人でやるなんて絶対無理です!宙に浮いていたのは風属性神術だとして、傷を治したのは聖属性、光の攻撃は当然光属性になるから、全部で3属性同時行使?そんなの、誰かと会話しながら両手でそれぞれ10桁以上の計算問題解くようなものですよ?そんなことできる人間がいると思いますか?」
「いや、そりゃいねぇだろうけどよぉ」
「それだけ無茶ってことですよ。仮に出来たとして、神術師1人でそんなことやったらあっという間に神力が切れます」
「ふ~ん、そういうもんかねぇ」
彼らの会話を聞きながら、僕は顔が引き攣るのを止められなかった。
彼の言っていることは当たっている。だが、1週間サラ様と共に旅をし、その力の一端を目撃してしまった身としては、サラ様ならあるいは、という気になってしまう。
「あの、ロイさん…あの人たちが言ってることって…」
「ああ、私たちも見たぞ。あまりにも自然にやっていたが、やっぱりとんでもないことをやっていたんだな」
「あ、ホントなんですね…ははっ」
どうやら僕たちが縁を結んだ相手は予想以上にとんでもない方だったようだ。
その時、隣にいるニックさんが声を上げた。
「あれ?リーダー、あそこにいるの“浅黄”の連中じゃねぇか?」
「ん?ああ、本当だな。救援依頼を聞いてローデントから駆け付けてくれたのか。それにしても早いが」
「あいつらだけ先に来たんじゃないっすか?他の増援は見当たらないっすし」
「そうかもしれないな。とにかく挨拶しておくか」
そう言って駆けて行く仲間の後に付いて行きながら、僕はもう一度、サラ様と、彼女と巡り合せて下さった神様に感謝を捧げた。
この事件は、後に“カロントの奇跡”と呼ばれるようになる。
そして、カロントの町は“白銀の聖女”が最初に降臨した地として、歴史にその名を刻まれることとなる。
これで第1章、白銀の聖女誕生編は終了となります。
次回は設定資料集と人物紹介を入れたいと思います。
えっ?ただでさえ細かいのにまだ設定盛り込む気かって?
違います。逆です。細かいからこそ、ここで一回纏めておくんです。
どれだけ需要あるか知りませんが、活動報告や後書きに書き散らしたままというのもどうかと思いますしね。
という訳で、次回は設定資料集と人物紹介を連続投稿します。
次回更新は、金曜日までにやる予定です。