更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 1-⑤
「やっと…1人になれた………っ!」
土属性神術で壁を作って上から布を被せた即席のテントに入り、入り口を土壁で塞ぐや否や、私は分厚い布を重ねただけの寝床に飛び込んで、絞り出すようにそう言った。
「うああぁーーー落ち着くーーっ」
寝っ転がったままぐぐっと身体を伸ばし、長時間の乗馬で変に凝り固まってしまった筋肉を伸ばす。
その後一気に身体を弛緩させると、全身を心地いい疲労が包んだ。
「ああ……つっかれたぁ」
会ったばかりの男性5人に囲まれての旅は予想以上にストレスだった。
彼らがすごく職務に忠実で、無駄口叩くことなく黙々と仕事をこなしてくれていれば、まだ楽だったのかもしれない。
だが、彼らは予想以上にフレンドリーで、特にバッカスさんは1人アウェーな私を気遣ったのかしきりに話し掛けて来たので、その対応にすっかり疲れてしまった。
こう言っては本当に申し訳ないが、私を気遣ってのことならば、正直有難迷惑だった。だからと言って、バッカスさんに放っておいて下さいとか言える度胸が私にあるはずもなく…。
結局、ずっと人見知りモードを発動しながら会話し続けた結果、精神的に疲れたし、何だか顔の筋肉も変に疲れてしまった気がする。
顔の筋肉を両手でムニムニと揉み解しながら、先程の会話を思い出す。
(何て言うの?…男子校ノリ?男の人っていくつになってもああいう会話したがるんだなぁ)
前世の学校でもクラスの男子が、どの娘が可愛いだの、お前誰々のこと好きだろだの、本人がいることをあまり気にすることもなく話し合っていたのを思い出す。
別に話すのは勝手だが、それを聞かされるこっちの身にもなって欲しい。というかあそこで話を振らないでほしい。反応に困るわ!ぶっちゃけどうか?ぶっちゃけて言えば、「何て言えばいい!!」っていうのが本音ですけど!?
…はぁ、まあ悪い人たちでないことは分かるんだけどね。
むしろ、皆いい人たちなんだろう。単に、結構ぐいぐい来る感じが私と合わないだけで。
ハロルドなんかは、そこのところがすごく楽だった。
ハロルドは出会った頃から私のペースに合わせてくれた。それに人との距離感を測るのがすごく上手かったせいか、私もストレスなく喋れたし、自然と心を開くことが出来た。
今、彼はどうしているだろう。
ふと、そんなことを思った。
今頃ハロルドはナキアとの婚約を実現しようと奔走しているだろうか?もしかしたら実現した上で、それを維持しようと頑張っているのかもしれない。ならば私も、自分が雲隠れするという形で微力ながらその手伝いをしよう。
冷徹な実利主義の陛下は、聖女となった私を全力で王国に取り戻そうとするだろう。もしかしたら、私とハロルドの婚約を復活させるかもしれない。
そうなれば、当然ハロルドとナキアの仲は引き裂かれることになる。想い合う2人の仲を裂くなど、私も望むところではない。
ハロルドは私ではなくナキアを選び、私はハロルドではなく前世の家族を選んだのだ。ならば、このまま私が逃げ切った方がお互い幸せだ。
私が逃げ切れば陛下はがっかりするだろうが、陛下の失意とハロルドの幸せ、どちらを優先するかなど明白だ。
私の行方が一向に掴めなければ、陛下もそのうち諦めるだろう。
それが、ずっと迷惑を掛け続けたハロルドのために、そして私を陰ながら守ってくれていたという今世の妹のために、今の私が出来る唯一のことだ
やはり疲れていたのか、ぼんやりとそんなことを考えている内に、私は気付けば眠ってしまっていた。
* * * * * * *
― 翌日
私たちは昨日と変わらずに草原を馬で駆けていた。
幸いほとんど害獣と遭遇しなかったので、午前中の内に1つ目の遺跡に辿り着けた。
辿り着いた遺跡は、ほとんど崩れかけの廃墟だった。
屋根はおろか、外壁もほとんど残っていない。恐らく経年劣化で風化したのと、害獣によって荒らされたのとで、こんな有様になってしまったのだろう。
これは何も調べるところはないかと思ったのだが、ロイさん曰く、地下室があるらしい。
“紅”の皆さんに周囲の警戒をお願いして、私1人で遺跡の中に入る。
崩れかけの壁を跨いで中に入ると、確かに四角形の床の隅の方に金属製の扉があるのが見えた。
取っ手を掴んで持ち上げようとしたが、単純に重たいのと錆びてしまっているのとでなかなか持ち上がらない。
仕方なく聖属性中級神術“怪力”を使って筋力を強化すると、力尽くで扉を持ち上げた。
中には、石造りの階段が下に向かって伸びていた。
それを下りて行くと、ほどなく金属製の扉に行き当たる。
鍵は掛かっていなかったのでそのまま開けて中に入ると、室内は何かの研究室のような様相を呈していた。
左右の壁に木製の戸棚が並び、部屋の中央には実験台らしきもの、その天板には様々な術式が描かれていた。
ただ、今はその戸棚には何も乗っていなく、天板の上も術式以外には何もなかった。
恐らく、既にここに来た人間たちに持ち去られてしまったのだろう。
それから小1時間ほど掛けて室内を調べたが、特に収穫は何もなかった。
実験台の術式は様々な神術の発動を補助するためのもので目新しいものではなかったし、一応隠し扉のようなものがないか壁や床を調べてみたが、既に専門家が調べて上げて見付からなかったものを、素人の私が見付けられるはずもなかった。
結局、何も得ることなく遺跡の外に出る。
すると、周囲を警戒していたロイさんがこちらに気付いて声を掛けて来た。
「あっ、もう済みました?」
「はい、ありがとうございました。次に向かいましょう」
馬に乗り、再び隊列を組んで走り出すと、隣のバッカスさんが話し掛けて来た。
「何かあったんすか?」
「いえ、何も残っていませんでした。次の遺跡に期待ですね」
そう言うと、なぜかバッカスさんに苦笑されてしまった。
「あ~期待しているところ申し訳ないんすけど、次の遺跡は今のよりももっと何もない…というか、聖人が遺したものかどうかもよくわかんない代物なんすよね」
「そうなんですか?」
「まあ俺も聞いただけっすけど、一応人工的な建造物であることは確かみたいっす。でも、術式みたいなのが1つあるだけで、他にはな~んもないそうっすよ」
「そう、ですか」
これははずれだったかな?と思ったが、それでも調べない訳にはいかないと思い直し、私はまた馬を走らせた。
* * * * * * *
― 2日後の昼前
私たちは無事に森の入り口まで辿り着いていた。
「ここからは馬を降りて徒歩で進みます。当然森の中は害獣も多く生息しているので、言われるまでもないかと思いますが、くれぐれも気を付けて下さい」
馬を降りて、この森に生息している害獣について一通り説明を受ける。
そこで、ふと気になった。
「あの…馬はどうするんですか?」
「ああ、土属性神術で即席の馬小屋を作ってここで待機させます。リンデル頼んだ」
「はい」
リンデル君はポケットから何らかの鉱物を取り出すと、それを強く握り締めて目を閉じ、しばらく意識を集中してから一言唱える。
「土よ…」
すると、土がゆっくりと動き出し、コの字型に3枚の壁を作り出した。
そこに馬を移動させ、もう一度神術を使い、馬が出られないように4枚目の壁を作る。
この数日で何回か見たが、リンデル君が使う神術はかなり独特だ。いや、リンデル君がというより、“はぐれ神術師”が使う神術というべきか。
彼ら“はぐれ”が使う神術は、傭兵ギルドにおいて、貴族たちとは全く違う独自の発展を遂げていた。
驚いたことに、彼らは詠唱をほとんど使わない。代わりに、触媒をフルに使い、その替わりとしている。もしかしたら、こういったところが彼らが“呪術師”と呼ばれる所以なのかもしれない。
彼らの神術は長時間の集中を必要とするため、貴族たちが使うものよりも発動が遅いし、恐らくだが中級程度の神術までしか存在しない。
これは仕方がないだろう。数が少なく、庶民ゆえに学もない彼らが、多くの人間が長い歳月を掛けて研究に研究を重ねて来た、貴族流の神術と同レベルの神術体系を作り上げられるわけがない。
だが、神術が神に対する祈願を根本にしたものではないと知ってしまった今の私からすれば、彼ら“はぐれ”の神術の方が、より神術の本質に近付いているように思えた。
(双方で技術提供が行われれば、もっと優れた神術が生み出されるかもしれないのに…まあ貴族が“はぐれ”を迫害している以上無理だろうけど)
そんなことを考えてから、森の方に視線を向ける。
森は鬱蒼としていて、腰辺りまである長い下草には獣道すらない。
ロイさんによると、この森は樹上生活する害獣や飛行能力を持った害虫が多く、地上を歩く害獣がいないため、このようになっているらしい。
…正直言って、こんなところに分け入って行きたくない。
大まかな場所だけ聞いて、森の上を飛んで行ってしまいたい気持ちに駆られるが、これも経験だ。
むしろ、経験豊富な人間がいる状態で経験を積むことが出来ることに感謝するべきだろう。
私は1つ小さなため息を吐いて、覚悟を決めた。
そして改めて森の方を見て……見てしまった。
巨大な蜘蛛の巣と、その真ん中でわしゃわしゃと動く、私の頭ほどもありそうな毒々しい紫色の蜘蛛を。
…あっ、これ無理だ。
* * * * * * *
という訳で、今私たちは森の中に出来た一本道を並んで歩いている。
えっ?何で道があるのかって?私が焼き払ったからですけど?
大丈夫大丈夫、ちゃんと火事にならないようにすぐ水属性神術で消火したし。
まあ、それを見てたロイさんたちは顎が外れそうになってたし、リンデル君に至っては若干白眼剥いちゃってたけど、気にしない気にしない。
えっ?さっきまでの殊勝な心掛けはどこ行ったのかって?ちょっと何言ってるか分からないです。
まあ流石に目的地まで森を焼くのは止められたので、今は風属性神術で下草だけ刈って道を作っている。
先頭に弓の代わりに短剣を持ったニックさん、その後ろに大盾とメイスを持ったデリクさん、その後ろに円盾と片手剣を持ったロイさん、その後ろに私、その後ろにリンデル君が続き、殿を円盾と片手剣を持ったバッカスさんが務める。
と、しばらく進んだところでニックさんが叫んだ。
「右前方羽音3つ!接敵まで8秒!」
「任せろ!」
素早くデリクさんがニックさんの前に躍り出て、右前方へ大盾を構える。
そしてその3秒後、木立の中から70㎝くらいありそうな大型の甲虫が飛んで来た。
思わず喉の奥でひぐっ、という音を出してしまうが、“紅”の皆さんは動揺することなく、素早く対応する。
「バイレン種だ!顎に気を付けろ!」
ニックさんがそう叫ぶ。そう言われてみればたしかに顎が大きく発達している。噛み付かれたらただでは済まないだろう。
そう思っている間に、バイレンがデリクさんの目の前まで飛んで来た。
「ふん!」
デリクさんは右側の1匹をメイスの振り下ろしで叩き潰すと、左側の1匹を盾で正面から殴った。
そして、振り下ろした右手のメイスを反転させて振り上げ、墜落しかかっているバイレンの腹を下からぶち抜いた。
デリクさんの頭上を通り抜けた1匹は、いつの間にかロイさんに真っ二つにされていた。
「うぐぅ」
意図せずに、また喉の奥から変な音が出てしまった。
(エグイ、グロイ、キモイ、無理!!)
いくら結界があるからと言って、これは無理だ。
あんなものに飛び付かれたらそれだけで気絶するかもしれない。
背側はまだいいが、腹側で脚がうぞうぞ動いているのがホントに無理!慣れるとかそういう問題じゃない!
たまらず、前にいるロイさんに話し掛ける。
「あの…ロイさん」
「どうしましたか?少し顔色が悪いようですが…」
「皆さんの仕事を奪うことになってしまうのは重々承知の上でお願いします。この森の害虫は私に任せてもらえませんか?」
「えっ?私共でも十分対応できますが…?」
「いや、もう、ホント無理なんで。あの虫が動いてるのを視界に入れたくないんで。ホントお願いします」
「あ、ハイ」
必死に頼み込むと、私が本当に限界なのが伝わったのか、ロイさんは若干引きつつも了承してくれた。
という訳で、周囲の虫を一掃したいと思います。
イメージは殺虫スプレー、人体に悪影響の無いタイプで。
そっと目を閉じ、意識を集中させる。
そして、イメージが固まったと思った瞬間、広範囲に一気に神力を解放する。
すると次の瞬間、神力を広げた範囲に白い霧が発生した。
「うお!なんだこりゃ!」
「大丈夫です。虫に致死性の効果がある霧を発生させました。しばらくしたら拡散して晴れてくると思うので、それまで待機しましょう」
それからしばらくすると、霧は徐々に薄れて消えた。
また歩き出すと、少ししてからニックさんが言った。
「虫の羽音が全く聞こえねぇ。本当に全滅しちまったのか?」
「たぶん、土の中にいるような虫でなければ死んでいると思います。でももしかしたら、耐えて生き延びているのがいるかもしれないので、警戒はしておいて下さい」
結局、それからは生きている虫とは遭遇しなかった。
あちこちで仰向けになって死んでいる虫の死体が見付かったが、そちらはなるべく見ないようにして進んだ。
神力を広範囲に渡って解放したせいか、害獣の多くも警戒して逃げてしまったらしく、目的地に着くまでには2回ほど猿型の害獣と遭遇しただけだった。
結果、私たちは予定よりも大幅に速く、森に入って僅か1時間程で目的地まで辿り着いた。
突然森が開け、大きな湖が視界に広がった。
「お疲れ様です。あれが目的地ですよ」
ロイさんが指差す方を見ると、湖の中心に、緑溢れる小島があるのが分かった。
「あそこまではどうやって行くんですか?」
「そこら辺の木を切り倒して小船を造ります。かなり厄介な害獣がいるので、泳いで渡る訳にはいきません」
「かなり厄介な害獣とは?」
「ザーレー種です。湖の底にわんさかいて、水面を通ると下から鋏で狙ってくるんですよ」
ザーレー種は、たしかザリガニ型の害獣だった気がする。
腕がものすごく長く伸びて、水際にいる動物とかを水中に引きずり込むんだとか。
「そんな害獣がたくさんいるのに、よくあんなところに行こうとした人がいますね?」
「それはお嬢、あれっすよ。あの島の植物よく見てみ?」
バッカスさんに言われるまま目を凝らすと、島の上に群生している植物の正体に気付いた。
「あれ…まさか全部ジルフィアですか?」
「そそ、ちなみに実はあれ全部生垣で、その中に遺跡があるらしいっすよ」
ジルフィアはその美しい青色の花弁が特徴で、単純な花としても非常に人気がある。
だが重要なのは、その胚珠が光属性神術の発動を補助する最高級の触媒として使われているところだ。
人工栽培が困難なので、基本的に自然に生えているものを取って来るしかないが、あそこまで群生しているところなど聞いたことがない。
「たしかに、あんなお宝があれば取りに行こうという人がいてもおかしくありませんね」
あれ全部で一体いくらになるのか。少なくとも一般庶民4人家族が一生働かないで暮らせる金額になるのは間違いないだろう。
「まあ、大抵が欲かいて死んだみたいっすけどね。この湖渡るのは俺らでも一苦労なんで」
「ばか!依頼人を不安にさせるようなことを言うな!」
肩を竦めながらそう言うバッカスさんに、ロイさんが叱責を飛ばす。
しかし、私はそれを聞いて1つの考えが浮かんでいた。
「あの…でしたら皆さんはここで待っていて頂けますか?島には私1人で行きますので」
そう言うと“紅”の皆さんが一斉にこっちを向いて、えっ?という顔をした。
「いや、それは危険ですよ」
「大丈夫です。上空を飛んでいけば問題ないでしょうし。あっ、ジルフィアはきちんと皆さんにもお分けしますよ?」
「いえ、そうではなく。まあたしかに水面から遠く離れていれば問題ないでしょうが…」
「なら問題ないですね。私ならこの程度の距離なら軽く飛び越えられます」
そう言うと、リンデル君が口をあんぐりと開けてしまったが、そちらは気にしない。
私は1人でゆっくり探索出来るし、悩んでいたお金の問題も少し解決する。
“紅”の皆さんだって、無駄な時間と労力を割くことなく、危険地帯に踏み込む必要もなくなるのだから、win-winだ。
それでもロイさんはしばらく渋っていたが、私が粘り強く説得し、実際に飛ぶところを見せると、ようやく納得してくれた。
というか、もう諦められたと言う方が近いかもしれない。
ニックさんとかは「もう何でもアリかよ…」とか言ってたし、デリクさんも「本当に道案内だけでよかったんだな…」って言ってた。リンデル君はなんか遠い目してた。私が神術使う度にそんな感じだからもう慣れた。
という訳で早速湖を飛び越える。
水面から5m以上離れて飛んだおかげで、水面から鋏が飛び出してくることもなかった。
そのまま小島に近付くと、バッカスさんが言っていたことがよく分かった。
小島は円形にジルフィアの生垣があり、その内側に白い石畳で出来た床があった。
そのまま生垣を飛び越え、遺跡らしきものの上で滞空する。
それは一辺10mはありそうな正方形の床だった。その上に巨大な術式が描かれている。
その床の角4か所に床と同じ材質の白い石造りの柱、恐らく神具があり、これが何らかの儀式場であることが分かった。
かなり高級な触媒を使っているのか、儀式場全体に神力が満ちているのが感じられた。しかし、その神術がどういったものなのかは分からない。まあ一切風化や劣化している様子が見られないので、遺跡の保存を目的とした神術だろう。
ともかく、一回降りて調べてみようと思い、儀式場の適当なところへ降下する。
そして、石畳の上に着地しようとして……
足が床をすり抜けた。
「うわぁ!!」
慌てて再浮上し、上空から床を見る。
…特に怪しいところは見当たらない。
もう一度ゆっくりと降下し、床に足を着けようとして……やっぱりすり抜けた。
「ひゃわぁ!」
変な叫び声を上げながら足を抜くと、少し横に移動して着地しようとする。
すると、ちゃんと足が着いた。
「何これどゆこと?」
“飛行”を解き、先程の場所に慎重に歩いて行くが……なぜか落ちることはなかった。
「んん?ん~~」
少し考えて、ようやくタネが分かった。
先程着地しようとした床の一部が、巧妙に床に偽装した対物障壁だったのだ。
私の“飛行”は対物障壁を無効化するので、偶然そこに足を着けようとした結果、足が通り抜けてしまったのだろう。
実際に手で触ってみると、床の一部だけ石の感触じゃない部分があった。
それにしてもよく出来ている。
床全体に神力が宿っているから、ここだけ別の神術が使われていることに全く気付かなかった。というか、分かった上で見ても見抜けない。気付けたのは完全に偶然だ。
さて、気付いた以上、この下を調べない訳にはいかないだろう。
私はもう一度“飛行”を使うと、床に這い蹲った。そして、一度深呼吸をしてから、意を決して顔だけ偽装された床に突っ込んだ。
中は完全な暗闇だったので、光属性下級神術“光球”を発動し、暗闇を照らす。
すると、そこが石造りの縦穴であることが分かった。
口は四角形をしており、一方の壁に梯子が取り付けられている。本来はこれで上り下りするようだ。
…どうやら図らずも隠し通路を発見してしまったらしい。
私は一回顔を抜くと、その場に立ち上がる。
「よし!」
目を閉じて小さく気合を入れると、私は迷いなくその縦穴に飛び込んだ。
梨沙は聖女である自分の影響力を甘く見過ぎです。
次回更新は明日か明後日になります。