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更科梨沙(セリア・レーヴェン)視点 1-③

今回残酷な描写があります。

 ― 2日後の昼頃


 私は旅の準備をようやく整え終えていた。

 

 この2日間宿に閉じこもって神術の開発と装備の充実をはかった結果、とりあえず問題ないだろうと思えるくらいの準備を整えることが出来た。


 まず、なんといってもやはりこのローブだろう。

 防御用に、新たに2つの神術を込めた。


 1つ目は王宮でも使われている万能結界、正式名称“聖域結界”だ。

 正確には、それに少しアレンジを加えたものになる。


 “聖域結界”は火、雷、光、聖の複合属性で、あらゆる物理的干渉を無効化し、一定以上の熱量、冷気、電気、光を遮断する。

 まあ熱量や光を完全遮断したら、王宮は極寒の暗黒城と化してしまうので、このような設定となっているのだろう。


 私がアレンジを加えたのは、物理防御をあえて少し弱めて、一定以上の衝撃を無効化するように変更したのだ。

 結界は装着者の体表面を覆うように設定したのだが、こうしなければ誰かと握手することも出来ないし、自分で髪を弄ることすら出来なくなるのだ。なので、怪我をするような威力になったら結界が作動するようにした。


 2つ目は、聖属性上級神術の“浄化結界”だ。

 これは“聖域結界”では防げない毒や汚れ、それに魔属性神術対策だ。


 聖と魔の特殊属性は火や水の基本属性よりも難易度が高いので、魔属性神術の使い手などそうそういないし、敵対する予定もないが、洗脳や呪いに対して何も対策を取っていないのは不安なので、このチョイスにした。

 私の“浄化結界”ならば魔属性上級神術までなら無効化してくれるだろう。

 流石に最上級となると防げる自信はないが、魔属性最上級神術の使い手など数えるほどしか聞いたことないし、そんなのとは敵対した時点で逃げの一択なので、そこはもう気にしない。


 本当はもっと神術を込めたかったのだが、右ポケットを作った時の“空間拡張”と“重力遮断”にかなりのキャパシティを使ってしまったようで、これ以上の神術は込められなかった。


 しかし、このローブで私の安全度はかなり上がった。

 正直、今の私に傷を付けられる者などほぼ皆無と言っていいだろう。

 もはや歩く要塞、いや、圧倒的火力も考えれば歩く無敵艦隊と言ってもいいんじゃない?

 …あれ?無敵艦隊って負けてたっけ?まあいいや。



 実際の戦闘用の神術に関しては、既存の汎用神術を使うことにした。

 まあそれで十分事足りるし、奇をてらって新しい神術を作る必要もないだろう。


 だが、目立たないようにする神術に関しては、新しい神術を開発しなければならなかった。

 そこで作ったのが“隠密”だ(そのまんまとか言わないでネーミングセンスゼロなのですよ私)。

 効果は術者の存在感をなくすというもの。

 今世の学校でずっと影薄くしようと頑張っていたのが役に立った。


 …別に泣いてないよ?


 この神術は別に見えなくなるわけではない。

 精々視界に入っても意識に上らなくなる、気にならなくなるという程度の効果しかないが、目的が目立たなくするということなのだからこの程度で十分だろう。


 ただ、問題があるとすれば、この神術を込める触媒がなかったということ。

 神術の触媒は基本的に1つの属性に関して神術の保存が可能なのだが、この“隠密”は既存の属性に当て嵌まらないらしく、どの触媒にも馴染まなかった。

 例外は術者の血文字を使う呪符を使うことだが……神力を半分も込めない内にあっさり燃え尽きた。

 まあ呪符で保存できる神術は精々下級までだから仕方がない。


 という訳で、この“隠密”は町中では常に自前で掛けておくことにした。

 まあ私の神力量があれば1日中掛けていたって神力枯渇にはならない程度の消費量なので、問題はないだろう。


 本当は、光属性の“透明化”の神術を開発しようと思ったのだ。

 これなら光属性神術の触媒にも込められるのではないかと考えたのだ。

 ただ、これは完全に失敗だった。


 たぶん術自体は完成したし、成功したと思う。

 “たぶん”という言い方をしているのは、私がその結果を確認出来ていないからだ。

 というのも、神術を発動したと思った瞬間、目の前が真っ暗になって何も見えなくなってしまったのだ。

 軽くパニックになりながら慌てて術を解いて、冷静になってからようやく気付いた。


(そりゃ光が眼球も透過しちゃうんだから何も見えなくなるよね)


 結局、この“透明化”は完全な失敗作で、もう使うことはなさそうだ。



 それと、それ以外にいくつか神術の実験も行った。

 具体的には、“空間接続”を使った日本への帰還と、翻訳の神術の開発だ。


 宿のドアを少し改造して前世の自室をイメージしたのだが、やはりというべきか、帰還は不可能だった。

 いくらイメージを明確にしようとも、神術が発動する気配はなかった。

 恐らく、まだ条件が足りないということだろう。


 もう1つの翻訳の神術は、この先絶対に必要だ。

 前世持ちの遺した書物を見付けても、読めないのでは話にならない。


 そこで、単語自体は覚えているけど意味を忘れてしまった英単語を書き出して、それを訳せるようにしてみた。

 これにはかなり苦労したが、最終的に翻訳ソフトをイメージしたら、なんとか成功した。

 文字を見ると、その訳が頭の中に浮かび上がるのだ。これでとりあえず文字が読めないという問題は解決した。




 という訳で一通りの準備と実験を終え、現在私は“隠密”を発動した状態で街に出て来ている。


 街行く人の注目度はここに来た時とは全然違う。

 現在初級レベルの神力を込めて発動させているが、そこら辺の一般人と変わらない程度には存在感を消せているらしい。

 そのまま大通りを歩くが、道行く人は私を見ても自然に視線を逸らす。

 これならこの前みたいに犯罪者に目を付けられることもなさそう。


 そこで門まで辿り着いたので、一度最上級レベルの神力を込めて“隠密”を発動させてみる。

 あれ?なんか門番さんがそわそわし出した。

 でも私のことは気に留めていない?

 う~ん……あっ、これ神力の気配を察知しているのか。

 強力な神力は一般人にも何となく威圧感みたいなものを感じさせるらしいから、それかな?

 でも私の存在感が消えてるから、その気配と私を結び付けることが出来なくて混乱してるのか。

 なるほど、これはもしかしたら神術師相手ならあえて中級レベルくらいで止めておいた方がいいかも。神力の気配でかえって気付かれるかもだし。


 結局私は門番に見咎められることなく町を出ることが出来た。


(これ、入る時にやったら通行料払わなくて済むかな?いや、やらないけど)


 ちょっと興味はあるが、私の罪悪感が耐えられないのでそれはやめておく。


 それはともかく、なぜ私が町の外に出たかというと、端的に言えば戦闘訓練をするためだ。


 新調したローブの性能を試すというのもあるけれど、これから先害獣の領域に入る以上、害獣との戦闘を避けて通ることは出来ない。

 今の内にしておかなければならないだろう


 …命を奪う経験を。






 私は“隠密”全開で“飛行”を使うと、町からかなり離れた山に来ていた。

 上空から山を見下ろし、着地出来そうなところを探すと、山の中腹辺りに川があるのを見付けた。川辺が広範囲に渡って砂利になっているため、木が生えていなくて、上空から見るとそこだけ開けていた。

 川辺に降り立ち、“隠密”を解除する。


 とりあえず適当に森の中に分け入って害獣を探そうと思っていたのだが……。


「早速来たし…」


 小川を挟んだ対岸の森の中から、狼型の害獣が3体現れた。


 たしかゲリアス種とかいう狼型の害獣で、森や山に生息している。

 前世の狼と違う外見上の特徴は、体高1.5m以上はありそうな巨体と、口の中に三重に並ぶ牙か。最前列の牙が異常に長く鋭く、顎の外まで突き出しており、これで獲物を食い千切った上で内側の二列の牙で咀嚼そしゃくするらしい。

 ゲリアス種は異常に好戦的で群れで狩りを行う。異常というのは、こいつら一旦縄張りを定めると、群れの仲間以外の動物が全滅するまで狩りを行うらしい。そうしてその縄張りを狩り尽くすと、あっさりその縄張りを放棄して新たな縄張りを求めて移動する。

 稀にだが人間の町の付近を縄張りに定め、町に襲撃を仕掛けてくることもあるらしい。

 当然もっと強い害獣に反撃されることもあるが、その場合も逃げることなく、自分たちが全滅するまで戦い続けるという。はっきり言って戦闘狂以外の何物でもない。

 という訳で、こいつらは人間どころか他の全生物の敵と言える害獣の中の害獣なのだ。


(殺す上では問題はない…というかむしろ積極的に殺すべきなんだろうけど…もしかしてこのままだとこの山にいる群れ全てを相手にすることになるんじゃ?)


 そんな風に考えていると、様子を窺っていたらしいゲリアスたちが一斉に襲い掛かって来た。

 川の水を蹴立てて、三方向からこちらに突っ込んで来る。


(っ!!怖い!逃げたい!本当に結界効く!?もしかしたら何か失敗しているかも?ああでも逃げちゃ…ううあぁーーーーっ!!)


 大丈夫と頭では分かっていても、恐怖がそれを上書きする。

 反射的に背を向けて逃げ出したくなるが、必死にこらえる。

 全身がみっともなく震え、恐怖に顔が引き攣るが、なんとか私はその場に止まり、大口を開けて迫って来るゲリアスたちをじっと睨みつけていた。

 先頭のゲリアスが目の前に迫り、容赦なく私の頭を食い千切ろうとして来る。

 私は流石に耐え切れず、咄嗟とっさに両腕を上げて頭を庇った。

 ゲリアスは、そんなもの意に介さず丸ごと食い千切ってやるとばかりに、更に大きく口を開けて…


 あっさりと結界に阻まれた。


 目の前には、ゲリアスの口内があった。

 三重に並んだ牙が、私を食い破ろうと何度も開け閉めされる。


(こ、怖っ!!ていうか息臭い!うえぇ血の臭いするぅ…でも全然痛くないけど…)


 思わず息を止めてチラリと見てみると、残り2体も私の脚や胴体を食い千切ろうと何度も噛み付いていた。


 全く痛くはないが、とりあえず一旦こいつらを引き剥がすことにする。


 私は無詠唱で雷属性下級神術“電衝でんしょう”を使うと、自分も巻き添えにする形で電撃を放った。

 私自身に対する電撃は結界に阻まれるが、私に食い付いていたゲリアスたちは容赦なく電撃の餌食になった。


「「「ギャンッ!!」」」


 一斉に悲鳴を上げ、弾かれたように私の体から離れる。


 予想外の反撃にこちらを警戒している様子のゲリアスたちに、私は無詠唱で“縛風ばくふう”を放ち、3体とも拘束する。

 害獣相手にもいかんなくその威力を発揮した“縛風”は、ゲリアスたちの前足と後ろ足をそれぞれ拘束し、その口を強制的に閉じさせた。


 混乱した様子でその場に横倒しになり、完全に無力化されたゲリアスたちを横目に、私はほっと安堵の息を吐いた。


 ちなみに私が先程から詠唱を使わずにイメージだけで神術を使っているのは、これも訓練の一環だ。

 イメージだけで発動させると多少威力と精度が落ちるが、発動速度は詠唱するより断然速い。

 このローブの結界で詠唱をする時間は稼げるが、戦闘では神術の発動速度はなるべく速い方がいいだろうと考えたのだ。


 無力化されたゲリアスたちを前に、私は一度大きく深呼吸をする。

 決意はしたものの、実際にやるとなると私の中の弱気な部分が頭をもたげてくる。


 何も殺さなくても…訓練で命を奪うなんて…


 そんな声が自分の中から聞こえて来る。

 だが…


 私は大きく息を吸うと、自分に活を入れた。


「よし!やる!やるぞ!!」


 大声で宣言し、自分の中の怯懦きょうだを吹き飛ばす。

 そしてそのままゲリアスたちをキッと睨み付けると、ぎりっと歯を食いしばりながら右手を振り上げ、手の先に風属性中級神術“風斬ふうざん”を3つ発動させると…


「ごめんね」


 小さく囁いてから、右手を振り下ろした。






「う、うえぇ…」


 辺りに充満する血の臭いと、臓物から放たれる体液と排泄物の臭い。


 私は無残に切り裂かれた3体のゲリアスたちを前にして、その凄惨な光景と生々しい臭気、なにより自分の手で生き物を殺したという事実に、その場でうずくまって嘔吐していた。

 もうとっくに吐くものは全部吐き出してしまって胃液しか出ないのだが、それでも吐き気が収まらず、何度も嘔吐えずく。


 やがてようやく吐き気が収まると、私はふらふらと川まで歩いて行き、川の水で口をすすぐ。

 川の水面に映った私の顔は、まるで重病人のようにひどくげっそりとしていた。


 覚悟はしていたけれど、予想以上にきつかった。


 自分の放った風の刃がゲリアスたちの体を切り裂き、血を噴出させる光景が、その傷口からこぼれる臓物が、静かに光を失う目が、いつまで経っても頭から離れない。


 あれは害獣だ、人間だって見境なく襲う危険な生き物なんだ、と自分に言い聞かせても何の慰めにもならなかった。


 だが、慣れなくてはならない。

 心が殺しに慣れたいとは思わないが、せめて体は迷いなく動くようにしなければ、この先どんな危険な目に合うか分からない。

 もしかしたら害獣の中には、私の防御を突破するようなやつだっているかもしれないのだ。

 その時に殺しを躊躇っていては死ぬのは自分なのだから。




 正直まだ全然頭の中の整理は出来ていないのだが、どうやらこれ以上感傷に浸っている暇はなさそうだ。


 川の両側の森の中から、ゲリアスたちが次々と姿を現した。

 恐らく仲間の血の臭いに釣られたのだろう。


 心が追い付いていなくても関係ない。

 とにかく今は、無理矢理にでも体を動かすべきだ。


 前後から一斉に襲い掛かって来るゲリアスの群れを相手に、私は神力を一気に解放した。






「はあ、はあ…」


 周囲にはおびただしい量のゲリアスの死体が転がっていた。


 ゲリアスたちの襲撃は、夕方になる頃にようやく終息した。


 最初の方はゲリアスの命を奪う度にズキリとした胸の痛みを感じていたが、殺した数が100を超える頃には、もうそんな感情も麻痺してしまい、ただひたすら作業のように殺し続けた。


 しかし、こうして落ち着いてみると、自分のやったことに対する罪悪感に押し潰されそうになる。


 “浄化結界”のおかげで私は血の汚れも一切なくきれいなままだが、それでも何か自分がひどく汚れているように錯覚する。

 その感覚を振り払うために川の水で顔を洗おうとしたが、その川が血で真っ赤に染まっているのを見て諦めた。


「帰ろう…」


 私はもう飛ぶ気力もなく、とぼとぼとその場を離れると、ゆっくり山を下り始めた。


 日が沈む頃になってようやく気力が少し回復し、町まで一っ飛びすると、宿に戻って泥のように眠った。


 そして、翌朝目覚めると、重たい体を引きずってまた別の場所に行き、害獣相手に戦闘を繰り返した。




 ようやく私が害獣相手の戦闘に慣れたのは、それから5日後のことだった。


梨沙が開発した固有神術一覧


“飛行”   属性外最上級神術

“物質変形” 属性外最上級神術

“空間接続” 属性外超級神術

“記憶消去” 魔属性上級神術

“空間拡張” 属性外超級神術

“重力遮断” 属性外上級神術

“念動”   属性外中級神術

“隠密”   属性外中級神術

“透明化”  光属性上級神術(失敗作)

“翻訳”   属性外上級神術


※超級は最上級以上の難易度を指し、伝説に語られるような聖人たちの固有神術を便宜上そう呼んでいるだけのもので、一般的には使われていません。


次回はバルテル辺境伯領に入ります。

次回更新は金曜日までにする予定です。


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― 新着の感想 ―
透明化 > 周囲への光を屈折させれば………! 自分からは普通に見えるけど、周りからは暗闇に見える、のか? 駄目だ! 狼さんの死体は焼くなり埋めるなり売るなりしたんだろうか?
[一言] もしかして死骸放置してない?
[良い点] 魔法、じゃなかった、神術がカッコイイ 他の作品はファイヤーボールばっかり
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