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違法使いの夜

作者: てこ/ひかり

「サリー。君は違法使いじゃ」

 「ええっ!?」


 突然現れた白髭の老人にそう告げられ、サリーは動転した。このおじいさん、いきなり現れて、一体何を言っているのかしら? クラスでも地味で目立たない私が…何使いですって?


 「違法じゃよサリー。違法使い。君が無意識で行っておるまっこと不思議な現象…それはみな、違法の力じゃ。我々の世界ではそう呼んでおる」

 「まさか…」


 サリーは不安になって辺りを見回した。ここは彼女の部屋で、突然煙のように出現した見知らぬ老人を除けば、サリーしかいない。彼女の頭の上で、就寝用に橙色に染まったランプがゆらゆらと揺れていた。その仄かな灯りに合わせて、二人の影が部屋の中で怪しく蠢いていた。サリーは見知らぬ老人に目を戻すと、勇気を振り絞って声を掛けた。


 「私が違法使いですって? 何かの勘違いじゃないかしら。だって私は…」

 「聞きなさい、サリー」


 老人は白い髭を撫でながら、優しく彼女を制した。そしてマントの中から杖を取り出すと…違法の杖だろうか…何故か机の上に置かれていた空のコップに興味を示しだした。老人はしげしげと空のコップを眺めたあと、取り出した杖でコップのふちを叩きながら、何やら呪文を唱え始めた。


 「マジック=マッシュルーム!」

 「えっ!?」


 次の瞬間、コップの中は虹色の液体が満たされていた。サリーは目を見開いた。今のは一体何…マジックか何かかしら。まさかこのおじいさん、本当に…? サリーが驚きのあまり声を出せないでいると、老人はそのコップを手に取り、彼女に差し出してにっこりと笑った。


 「さあ、飲みなさいサリー。これを飲むと気分がその…落ち着くから」

 「いえ…結構です」


 サリーは色の渦巻く謎の液体を見つめながら、精一杯の愛想笑いで断った。無闇に他人から貰ったものを食べちゃダメ、と母親からきつく言われていたし…なにより不味そうだった。


 「そうかい。じゃあワシが頂くとするかの」

 

 そういって老人はコップの中身を一気に飲み干した。途端に老人は顔の色が虹色になり、視線を何故か天井のほうに吊り上げ薄ら笑いを浮かべ始めた。

 

 「ふぃ~。やっぱり違法の飲み物は格別じゃの!一度知ったら、病み付きになる!」

 「ハハ…」

 

 違法の飲み物。確かに老人はそういった。どんなものか少し気になるが、老人の様子を見るに、飲まなくて正解だったかもしれない。サリーが苦笑いを浮かべていると、老人が突然真顔になってしゃべり始めた。

 

 「聞け、サリーよ。ワシはな、違法学校で校長をしておる。こうして夜な夜な、違法な力を宿した者を、スカウトしておるのじゃよ」

 「違法学校…」

 「そうじゃ。学校にいけば、君はその偉大な力を、さらに強大なものにできるじゃろう。それに、学校には仲間もおる。みんな違法じゃ!違法使いなんじゃ!」

 「仲間…」


 笑い続ける老人を前に、サリーは困惑した。確かにサリーの周りには、昔から人には説明できない何か「不思議」な現象が起こることが多かった。電話で母親から頼まれ、入院費を三百万振り込んだはずなのに、後日聞いてみると「全くそんなことは知らない、入院もしていない」と言われたり…友人から「買うだけで効果があるから」と言われ貯金全額払って買った壷が、仲間内で何故か私にだけ効果がなかったり…。もしかしてあの出来事は、違法…だったのだろうか。だとしたら私は…まさか本当に、違法を使っていた…?


 「サリー。どうじゃ。心当たりがあるんじゃろ。君もワシと一緒に、違法の世界へ旅立とうではないか!」

 「でも…」


 相変わらず過ぎた笑顔で、老人はしわしわの手をサリーに差し出した。サリーは俯いた。


 「…ダメよ。おじいさん。私、九月で今の学校に入ったばっかりなの。今更転校なんてできないわ…」

 「大丈夫じゃ。サリー、そこは違法の力で何とかなる」

 「まぁ…違法ってすごいのね」


 虹色の液体を口の端から零しながら、老人がサリーの腕を取った。何故だか分からないが、異様なほど力を込めて握ってくるのでサリーは腕が痛くなった。老人はそっと袖を捲し上げると、マントの中から、今度は小さな注射器を取り出した。また違法の道具だろうか…老人はゆっくり撫でるようにサリーの二の腕にアルコールを塗りたくった。


 「さあサリー、まずは洗礼じゃ。この違法の薬で…君は違世界の扉を開ける事になるじゃろう…」

 「おじいさん…なんだか怖いわ私」

 「大丈夫じゃ…ぶっ飛ぶぞぉ…」


 老人の目が怪しく光り、より一層唇の端を吊り上げた。サリーはドキドキしながら自分の腕を見つめた。サリーの美しい、白い陶磁器のような肌に浮き出た血管に、違法の針が入り込もうとしていた。

 

 「そこまでだ!」


 と、突然サリーの部屋のドアが開かれ、ひとつ年上のジョージが飛び込んできた。


 「ジョージ!どうしたの!?ここは女子寮よ!」

 「サリー!下がれ!貴様…!」


 ジョージが怒りを顕にし、老人に飛び掛らんとする間に、ドアの向こうから大勢の機動隊が彼女の部屋に突入してきた。あっという間に機動隊はサリーから老人を引っぺがし、床にたたき付けた。ヘルメットの向こうから、一人が老人に鋭く叫んだ。


 「ミスター=マッシュルーム!貴様を公務執行妨害で現行犯逮捕する!」





 「大丈夫だったかい?サリー?」

 「ジョージ!一体どういうことなの?あのおじいさんは誰?」


 突然騒がしくなった部屋の片隅で、サリーは何が起こっているのかわからずただただ呆然と目の前の出来事を眺めていた。大勢の機動隊、鳴り響くサイレン、そして手錠をかけられた違法使い…。そんな彼女のそばに、ジョージが駆け寄って彼女にそっと毛布を掛けた。


 「あいつは麻薬の密売人さ。馬鹿なことに、自分でも売り物に手を出してああなっちまったんだ」


 ジョージがはき捨てるようにいった。


 「よりによって、警察学校に忍び込んで新入生を誑かそうとするなんて…とんだクソ野郎だ」

 「まあ…そんな…危ない人だったのね」


 サリーは息を飲んだ。ジョージが来てくれなかったら、今頃大変なことになっていたわ。今更震えだすサリーに、ジョージは優しく髪を撫でてやった。サリーはふと疑問に思い、ジョージに問いかけた。


 「でもジョージ、一体なんで私が危ない目に遭ってるってわかったの?」

 「それは…僕には魔法が使えるんだよ」

 「ええ…?」

 

 笑ってウインクをするジョージに、思わずサリーも吹き出した。現場検証で慌しくなるサリーの部屋の片隅で、二人は静かに見つめあい、そして魔法を掛け合うのだった。


 

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