34話 堕勇戦、決着しましたが…
「グラァアアア!!」
ティラノサウルスが俺を睨みつけながら低く唸り鋭い眼光に、身がすくむ。
こいつは本当に勇者なのか?…勇者って転移者のことじゃないのか?…
『お教えしましょう。この世界の勇者は、いい加減な神が適当に生み出しているのです。ですので全てのものに、全ての勇者が存在する可能性があり、その一つに生物の能力を持った勇者が存在します。』
なんでもありってわけか…それにしても、もう少し知的な存在かと思ったが…どうも話し合いが通じる相手じゃなさそうだ。
アンドレスは冷静に刀を構えティラノサウルスの様子を見ながらサリバンに近づく。それに気がついた俺はティラノサウルスの視線がアンドレスに向かないように気をひくため拳を構える。ティラノサウルスも俺の殺気に反応し鼻息が荒くなっている。
「来いよ、バケモン。お前が恐竜なら俺は風龍だ」
挑発気味につぶやきながら、シャルルガから入手した風龍乃格闘術と移動術を衣服にそれぞれ付与する。それと同時にティラノサウルスが鋭く尖った牙が並んだ大きな口を広げ突っ込んでくる。
ギリギリまで引き寄せた俺は、牙の数センチ前で体を横に逸らし躱すと同時に『硬化』『拳術』『風龍乃戦闘術』を付与した手袋を装着した右手で強烈な裏拳を頬に叩きつける。しかし、そこはさすが勇者と言うべきか、叩きつけた裏拳は頬の鱗を数枚剥がれる程度だった。
「グアアアア!」
しかし、俺の一撃が意外と効いたのかティラノサウルスは大きな鳴き声を上げながら後退する。思いがけないチャンスに俺は追撃しようとしたが、ティラノサウルスは顔面を振り反撃してくる。まあ、今の移動速度は風龍と同じな俺に当たるわけもなく、すぐに懐に入った俺はティラノサウルスの下腹部に拳を叩きつける。これも効いたようで、若干巨体が宙に浮きティラノサウルスは苦悶の表情になる。すぐに尻尾の反撃が来るが、尻尾を掴み上げ両足をくぐらせて引っ張ると、体重が支えきれないように背中から地面に倒れる。
俺はそのまま尻尾を掴んだまま回転し始める。ジャイアントスイングだ。最初は地面を引きずっていた巨体だが、勢いがついてくると、その巨体は徐々に浮いてくる。必死の抵抗も強力な遠心力でそれも叶わない。
「…吹っ飛びやがれぇぇえええ!」
ギリギリまで勢いをつけるとティラノサウルスの尻尾を離す。巨体は放物線を描きながら城の城壁に勢い良くぶつかり、壁を破壊する。
俺は素早くサリバンとアンドレスの元に向かう。
「大丈夫か!サリバン!」
「あ、ああ…大丈夫だ!この盾とアンドレスの回復薬がなけりゃ、死んでたけどな!」
「それだけ喋れれば大丈夫か。盾を貸してみろ、」
俺は盾に軽く触れながらスキル『盾術』を付与する。盾は若干傷が付いている程度で、まだまだ使えそうだ。
なぜこれを先に付与しなかったのかというと、サリバン自身が同等のスキルを持っている状態で、このスキルを付与してあればスキルが強化されるだろう。サリバンは意外と頭が回る。きっと、持てばスキルが強化される盾を渡せば俺を怪しむだろう。現状況では高性能な盾という認識だと思うから、そのままでいさせたかった。そしてそんな高性能な盾を渡せるほどの、経済力を持った商人という設定にしておきたかったが…今更無理そうな話でもあるか…
「立てるか?」
「当たり前だ!あのクソ野郎をぶっとばしてやる」
サリバンに手を差し出し、立ち上がらせる。それを穏やかに見つめるアンドレス。
俺は拳を構え、後ろでサリバンとアンドレスも構えているのがわかる。連携なんてものはわからないが、戦闘初心者じゃない以上、二人は自分の役割を理解して臨機応変んいうごいてくれるだろう。
未だ土煙が起こっているティラノサウルスの方を見ると、すぐに大きな咆哮が響き、土煙を吹き飛ばす。全身に赤いラインが浮かび上がっている。本気モードのようなものか?…
ティラノサウルスは咆哮を上げながら突っ込んでくる。ギリギリまで引き寄せる。
「サリバン、やれるか?」
「やれるか?じゃねーだろう!やるしかねーんだ!任せとけ!」
サリバンの今の表情は見えないが、きっと笑っているのだろう。
ティラノサウルスを引き寄せると、俺とアンドレスは二手に分かれる。ティラノサウルスはそのままサリバンの盾にぶつかる。衝撃で巻き込んだ風が吹き荒れ、ぶつかった衝撃音が響く。サリバンは地面を引きずりながらもどうにかティラノサウルスの勢いを殺し終えたようで数秒のスキができたのを俺たちは逃さない。
俺は弱点であろう、膝と足首に拳の殴撃の連打で破壊する。アンドレスは刀で切り裂きながら、切り裂いた箇所に火魔法で焼き付けている。
ティラノサウルスは、あまりの痛みに身をよじる。その隙にサリバンも攻撃に参加する。
「『オーダー』! ライオットシールド!」
右手で、バリスティックシールドを持ちながら左手を掲げ、絵収納のからライオットシールドを取り出す。
両手に盾を持ったサリバンは目を見開きながら、スキルを発動させる。
「『シールズクラッシュ』!」
サリバンはティガレックスの両頬を挟む。勢い良く両側を叩きつけられたティラノサウルスは弱弱しくサリバンを睨む。サリバンはそっとティラノサウルスに顔を近づける。
「すまねぇな…」
サリバンの強烈な一撃に脳が揺れたのか、ティラノサウルスはゆっくりと白目をむくと力なく巨体を地面に倒した。サリバンは盾をくるくると回した後、『絵収納』に盾をしまう。
「終わったな。いやー疲れたぞ」
「だな…。 それにしても、今日はサリバンが大活躍だな」
「そうですね!私なんか何もしてませんから…」
「大活躍って、俺はふきとばされたじゃねーか…油断してたからな…」
「それもそうですね!でも、何で最初はあんな吹き飛んだのにさっきは耐え切れたんですか?」
「俺もわからねぇ…盾を持った瞬間わかったんだ。これはイケるって」
「不思議ですね。もしかしてボルトさんが何かしたんじゃないですか?」
「何もしちゃいないよ。てか、こいつはどうすればいいんだ?」
勘のいいアンドレスから逃げるように会話をそらす。俺はそっと横たわったティラノサウルスを見つめると、徐々に黄土色の鱗が剥がれ始める。先ほどの鱗の硬さが嘘のように風に飛ばされる木の葉のように剥がれ飛んでいく。完全に鱗が剥がれると、そこには一人の黒髪の少年が横たわっていた。両足はひしゃげ、顔面には大きなアザができている。
「元に戻ったみたいだな…勇者か。見た目はただのガキなんだがな」
「獣王国の勇者だな。それにしても古代種の勇者か…噂通り強すぎだろ」
「獣王国?古代種?」
「知らないんですか?獣王国は、ここから南下した国で獣人の多く住む国です。勇者で変化する能力者の場合は、獣王国に引き渡すんです。その代わり、獣王国で特殊能力の勇者が発見した場合は帝国に引き渡す盟約があります。それ以外にも、いろいろ盟約があるみたいなんですが、よく知らないんですよね」
「この国は勇者に関しては秘密が多いからな…古代種ってのは今のやつみたいな勇者の居た世界の古代に絶滅した生物のことだ。」
「恐竜とかじゃダメなのか?」
「何か、恐竜でしたっけ?勇者の世界では恐ろしい竜って書くみたいじゃないですか。それを知った竜人の人たちが、『恐ろしい竜などと勇者ごときがなのるとは何事だ!』ってことで、古代に住んでいたってところから古代種ってなったんです」
「メンドクセェな…竜人ってのもちっさいな」
「そう言うんじゃねーよ。竜人は竜人で、誇り高い種族なんだ。まあ、龍のやつらはどーでもいいとか言っていたがな」
「龍と龍人は全く違うのか?」
「龍人は龍の劣化能力…じゃなくて、少しだけ龍の力を使えるのと、見た目に龍の部分があります。翼があったり、鱗があったり。それで龍は全くの別物で、龍の持つ力は強大で勇者程度なら瞬殺レベルですよ!それと、龍は普段は人の姿をしているので見分けがつかないんですよ!」
「そうか…そういえば、ミツコが逃げる前に『逃げた龍を捉える』とか言ってたな…あれってもしかしてシャルルガ…」
「なんだと!?あのクソアマぁあああ!俺のシャルルガちゃんに手を出したら…ぶっ殺してやる!」
一人すごい剣幕で騒ぎ出すサリバンの頭をアンドレスが刀の鞘で叩きのめす…アンドレス、刀の扱い上手くなったな…
「ロリコンは黙らせました。それで、これからどうするので?」
「あ、ああ…とりあえず住人の洗脳を解かないとな」
「そうですね…」
俺とアンドレスがどうやって洗脳を解くか考えていると、突然後ろから気配がしたので、肘を打つ。
「うごっ…」
「何もんだ?」
「さ、さすが…新しい勇者…すでに能力…あ、少し待ってもらっていいですか…鳩尾に入りました…」
そこには、腹を押さえて真っ青な顔をした黒髪の少年がうずくまっていた。それと同時に、俺たちの周囲を取り囲むように気配が現われた。サリバンとアンドレスは俺に背を預けながら警戒し始める。
すると、一人の長い黒髪に、黒いスーツを着た女性が出てきた。メガネをかけているせいか知的に見える。
「ボルトさんですね。そして、サリバンさん。アンドレスさん。私はエリカと言います。Z班…対堕勇班到着しました」