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とある夫婦のももいろ日記 その2

作者: 石田 昌行

 十六才年下の俺の妻は、はっきり言って自慢のオンナだ。

 言葉にすると増長するので口に出してはやらないが、同棲を始めるはるか以前から、俺の中でその評価が揺らいだ試しは一度もない。

 若くて可愛いだけじゃなく、明るく元気で家事万能。

 根っからの頑張り屋で、思いの外にやりくり上手。

 物心ついた時から家族同然に暮らしてたせいか、俺の性格や行動パターンなんかも嫌らしいほどに熟知している。

 かゆいところを先読みしてかいてくれる相方というのは、もうそれだけでありがたい存在だと思う。

 しかもだ。

 これに加えて、「昼は恋人、夜は愛人」という、まあオンナにとっちゃ理不尽極まるオトコの願望って奴をなるだけ実践しようとしてくれてるわけなんだから、夫としてはおよそ文句の付けようがない。

 断言するが、同僚どもを歯軋りさせるには十分以上の女房だった。


 そんなデキた相方を労ってやるべく、今日、俺はサプライズで半休を取った。

 あいつには、普段から家事と育児を任せっきりにしている。

 だから、たまの息抜きとしてふたりっきりのデートでも企画してやろう、なんて柄にもないことを考えたってわけだ。

 去年生まれた娘の世話は、俺と妻の実家双方に押し付け……いや、任せる旨、密かに話は付いている。

 幸いにして、俺の実家はあいつの実家とは隣同士の関係だ。

 付き合いも妻が生まれる前から始まっている。

 まだ初孫フィーバーの冷めやらないジィジとバァバがふたりずついれば、面倒な赤ん坊の世話とて問題はあるまい。

 午前中で仕事を終えた俺は、予約してあったプレゼントを片手に、あいつにばれないようこっそりと帰宅した。

 奇襲効果を高めるため、足音を忍ばせつつ玄関を抜ける。

 だが次の瞬間、俺はびくりとその歩みを止めた。

 信じられないような情報が、いきなり耳の奥に飛び込んできたからだ。

 それは、なんともなまめかしいオンナの嬌声だった。

 行為に没頭している雌の放つ、雄に媚びるためのセクシーボイス。

 まさか──俺の後頭部を見えないハンマーが一撃した。

 まさか、浮気か!

 そんな莫迦な!

 しかしながら、もうひとりの俺が冷静さを要求する。

 いいや待て待て、壬生翔一郎。

 おまえの愛した女房は、果たして間男を自宅に引っ張り込むような尻軽オンナなのか?

 そしておまえは、そんなオンナを妻に迎えるようなボンクラオトコなのか? 

 落ち着いて頭を冷やして、もう一度よく現状を確認するんだ。

 行動を起こすのはそれからでも遅くはないだろ?。

 うむ。

 俺はその言い分に同意した。

 そいつは至極もっともだ。

 確かにあいつは、そんな不義理をするようなオンナじゃない。

 一瞬でも女房を疑った自分を恥じた俺は、深呼吸を二度三度。

 今度こそ、しかと気を落ち着かせつつ耳を澄ます。

 すると、隠されていた真実がたちまちのうちに明らかとなった。

 違う!

 あいつの声じゃない!

 毎日毎晩、耳元でたっぷりあの声を聞かされてるこの俺にはわかる!

 じゃあ、あの声の主はいったい誰だ?

 俺は恐る恐る歩を進め、声の出所であるリビングの中を隠れ見た。

 そして、我が目を疑った。

 そこで俺が見た光景──それは、愛する者の浮気現場とはまったく別の意味で、あまりにも衝撃的に過ぎるひとコマであった!

 リビングの中、ソファに座った俺の妻は、ひとりでテレビを眺めていた。

 もちろん、ただそれだけならば単なる日常のいち風景だ。

 なんら驚くには値しない。

 だが、そこに映っていた映像に関しては、そうも言っていられなかった。

 それが、裸で絡み合う一組の男女の姿だったからだ。

 ベッドに寝そべったオトコの上でオンナが淫らなダンスを踊る。

 あの声の出所は間違いなくこれだ。

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 一体全体どこからこんなものを手に入れてきたんだか……

 俺の妻は、いま食い入るようにしてそのシーンを眺めていた。

 それもなぜか、メモ帳を片手に、である。

 ペンを走らせながら紡がれる妻の呟きが、次々と俺の鼓膜を貫通する。


「そうかァ、ああいった感じで動いてあげるとオトコのひとは喜ぶのか~……って、こんな感じかな。んしょんしょ……よし、なんとなくコツは掴んだぞ! メモメモ」

 ……

「わッ! 動きながら相手攻めてる! 知らなかった。オトコのひともおっぱい感じるんだ。これはさっそく試さなきゃ。よ~し、新妻眞琴さん、今晩は頑張って旦那さんをいっぱい鳴かしちゃうぞ~、エヘヘッ!」

 ……

「うェェ~、顔に出してるゥゥ……あんなことして何が嬉しいんだろ? オトコのひとってわかんないことだらけだよ、ホント──って、うわッ! うわッ! 出したばっかのアレなめてるッ! なんでッ!? なんでッ!? 『綺麗にして』って、そういう意味だったのッ!? うゥゥ~……信じらんない。さっきまで自分の中に入ってたのだよォ。抵抗ないのかなァ。

 でも、男優さん、凄く気持ちよさそう。やってあげたら、翔兄ぃ喜んでくれるかなァ。どん引きされたりしないかなァ。う~ん、う~ん。よしッ! 次回までの努力目標ということにしておこうッ!」

 ……


 そうこうしているうち、隣室で寝ていた娘の琴音がぐずりだしたようだ。

 「いっけなーい、お乳の時間忘れてたァッ!」と声を上げ、あいつはがばっと立ち上がった。

 ばたばたと足音を鳴らし、可愛い愛娘のもとへ駆けていく。

 その間隙を利用して、俺はそっとその場を離れた。

 玄関を来た時とは逆方向に潜り、ふたたび駐車場へと足を運ぶ。

 愛車に乗り込みフルバケットシートに腰を下ろした俺は、心の中で愛しい妻に語りかけた。

 眞琴。

 あのな。

 おまえのその、全力で俺に尽くそうとする態度、はっきり言ってうれしい。

 凄くうれしい。

 涙が出るほどうれしい。

 もしかしたら、その涙が赤色に染まるんじゃないかと思うほどうれしいぞ。

 だが、ひとつだけ思い出してくれ。

 いまの俺はだな、おまえと身体の相性が良すぎて、もうウ○トラマン状態な(三分間しか戦えない)オトコだってことをだ。

 おまえのパワーとテクとに対抗できなくって、初めの一回戦以外はほとんど一方的に攻められまくっている立場だってことをだ。

 それでもまだ、おまえは自分の技術と知識を向上させようっていうのか?

 イジメか?

 いや、そんなわけはないな。

 おまえはいつだって、俺のためだけに自分を磨いていてくれたんだものな。

 しかしな、そんなおまえを見て、俺はつい思い出しちまったよ。

 ライオンってのはウサギを食べる時、「美味しそう、美味しそう」って食べるんじゃないんだってな。

 「愛しい、愛しい」って思いながら食べるんだってな。

 いまのおまえはそれと同じなんだな。

 おまえ、連日連夜、俺のオトコを虐待してる時、きっと「大好き、大好き」って思いながらやってるんだろうな。

 ああ、改めて思い知ったよ。

 おまえ、真性のドSなんだな。

 で、そいつを好ましく思ってたりする俺は言うまでもなく……

 くそッ、なんでこんなことになっちまったんだろうな。

 俺は愛車のインプを発進させると、そのまままっすぐ近くのドラッグストアへと向かった。

 今晩必要となりそうな、とある商品を購入するためだ。

 眞琴──悲壮な覚悟を俺は決めた。

 その対象をがしっと手に取り、力強い足取りでレジに向かう。

 おまえが俺のためにそこまでしてくれるのなら、夫である俺もまた、全力でそれに応えねばなるまいッ!

 夫として、恋人として、そしてひとりのオトコとして、今晩はその気概って奴をおまえの前で見せつけてやらねばなるまいッ!

 店員の前にその商品を──「○ンケルファンティー」二本入り五千八百円余を差し出し俺は、堂々と(眞琴)への宣戦を布告したッッ!!

 覚悟しろ、眞琴ッ!

 今晩は寝かさないからなッ!




 たぶん……




 追伸。

 結局その晩も、俺はたっぷりと絞られてしまった。

 このままじゃ、二人目出来るのも時間の問題だな。

 まる。

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― 新着の感想 ―
[一言] 奥様の可愛らしい努力を覗き見てしまった旦那様の決意が微笑ましかったです。その先を、見てみたくなりました。
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