私の事を知らないあなたへ―ジェシー視点
この物語は、視点が変わる小説「みつめる先に」の、企画小説です。「グループ小説」「砂漠の薔薇」「見つめる先に」で検索すると他の方々の作品も出てきます。
代打ですが、ジェシー視点。皆様よろしくお願いします。
私立桜花学園高等部。
それなりに有名な進学校だが、四月に入学したばかりの一年生は未だ、のんびりとしたものだった。
やっと高校受験が終わったという開放感が、校舎に漂っているような気がする。
ジェシーがこの高校を選んだのは、表向きは大学受験を見据えての事だったが、家からそんなに離れていないという安易な理由もあった。
通学に電車を乗り換えて一時間とか、考えられない。
ジェシーの両親はアメリカ人。
彼自身は生まれた時から日本に住んでいるので、日本人に対してそんなに偏見はない。逆に「外国人」という偏見を持たれるのが、不思議だった。
日本語だって話せるし、お箸だって普通に使える。
髪の色や目の色がちょっと違うだけだと思う。だが、周りはそうは思わないようだ。
特にこの高校に入ってから、それは顕著だった。
ジェシーが通りかかると、いきなり声をひそめる女の子や、目が合うと「きゃぁ」とか奇声を上げる女の子。
同じ高校生なのに、周りの態度は明らかにジェシーに偏見を持っているようだと、最初は不満に思っていた。
「女の子たちは、照れてるんだよ。ジェシーくんがイケメンだから」
そう教えてくれたのは、同じクラスの早川祐太。
高校に入ってから、友達になった。「良いヤツだけどちょっと天然入っている」というのは、もうひとりの友人、国分元春の言葉だが。
その元春とは、中学生の頃からのつき合いだ。ジェシーが桜花学園を受験することを告げると、「絶対に俺も桜花に行く」と言いだし、猛勉強を始めた。今からでは間に合わないと誰もが思っていたのに、彼は見事に満願を果たしたのだ。
無類の女好き(だと、ジェシーは思っている)の元春がそこまでして入学した桜花学園なのだから、可愛い子が多い事で有名なのかと思ったりもした。入学してみると確かに女子生徒の制服が可愛かったので、改めて納得したものだ。
「これってジェシーの事だよね?」
そう言って、祐太が携帯をジェシーに差し出したのは、夏休みも近づいたある日の放課後。
俗に言う「学園裏サイト」の掲示板が開かれており、そこには「私の事を知らない貴方へ」という書き込みがあった。
『私の事を知らない貴方へ
貴方はきっと、私の名前も知らないでしょう。
それでも、私は貴方のことを見つめています。
貴方の、綺麗な青い瞳が好きです。とても透明で、まるで海の色。
貴方の、声が好きです。貴方の仕草のひとつひとつが好きです。
何より、他のお友達に向けられる貴方の笑顔が、大好きです。
私の事を知らない貴方へ
私は貴方の笑顔を見られるだけで、本当に幸せなんです
こんな私が、あなたを見つめる事だけは、許してください』
その文章に、ジェシーは不快な気分がこみ上げて来るのを自覚した。
気持ち悪いと、素直に思う。
「これはちょっと……引くな」
と、横から携帯を覗いていた元春もまた、少し気持ち悪そうに周りを見回した。
これが本当なら、ここに書かれている「私」は近くに居るはずだ。
ジェシーもちらりと元春の視線を追う。柱の影やロッカーの影に居る女の子が、驚いたように目をそらすのが見えた。
「探してみない? この書き込みをした子」
携帯を返された祐太が、もう一度その文章を読み返してにっこりと笑った。
「面白そうじゃん」
それに対して元春が、「相変わらず、物好きだよな」とぼやいている。
「ばかばかしい」
心の底から、そう思う。
ジェシーの言葉に、祐太は少し意外そうに彼を見た。
「ジェシーくんて、時々だけど、すごくドライだよね」
「ボクは普通のつもりだけど。遠くから見つめているだけの子には、全く興味ないし。それに、これを書いた子ってボクの外見が好きなだけなんだろ?」
瞳の色とか、声だとか、笑顔だとか。
自分はただの高校生であって、アイドルじゃないのだからとジェシーは思う。
「そういう言葉、一生に一度でいいから言ってみたいよなー」
と、元春がわざとらしくため息をつく。
数日前の会話が思い出されて、ジェシーはますます不快な気分になった。
(好きか嫌いか答えられるほど、その子の事知らないし)
そう告げたジェシーに、
(ジェシーくんって、冷たいよね)
そう言って、彼を睨んだ少女。
この高校に入学して、五年ぶりに再会した、彼の幼なじみだった。
友人がジェシーの事を好きなのだけど、ジェシーはその子をどう思っているのかと、彼女は聞いて来たのだ。
そんなの、その子の事もよく知らないのだから答えようがないのに。
その友人とやらはジェシーの隣のクラスの女の子。確か、名前は――。
「あの子じゃないかな」
元春の言葉に、ジェシーは現実に引き戻される。
そしてそれは、あまり有り難くない現実だった。
「隣のクラスの、津田さんって子。よくジェシーを見てるじゃん?」
そうだ、その津田さんだった。幼なじみの彼女が「どう思っているのか?」と聞いた相手は。
「名前も知らないってことは、同じクラスじゃないって事だろ?」
「えー、違うと思う。津田さんとは同じ中学だったけど、こういう事をするタイプじゃないよ」
祐太が即座に否定する。
「って言うか、どうして元春くんは津田さんの名前知ってるの?」
祐太のツッコミに、元春は言葉を失っている。
「もしかして元春くん、また?」
なるほどと、ジェシーも苦笑した。
本当に元春は無類の女好きで――自分のストライクゾーンは、グラウンド全体のようなものだと、自分で公言しているのだから。
「それよりジェシー、ここに書いてあること本当なのか?」
話題を逸らすように、携帯から先刻の学校裏サイトを出す、元春。
「さっき、ちらっと見えたんだけど――ああ、これこれ。ジェシーが小学校の時、女の子にキスしてひっぱたかれたって」
「え?」
慌てて、元春の携帯を奪い取る。
例の書き込みにつけられたレスだ。そして、そこからサイトは大炎上していた。
間違いない。こんな事を書くのは、絶対に彼女だ。もしかしたら、友人を庇うために? だったら、この書き込みはやっぱり?
「慌てる所を見ると、本当なんだ」
面白そうにしている祐太の手を取り、
「違うよ。キスって言ってもこう」
自然な仕草で、その手の甲に口づけた。
祐太が、飛ぶようにジェシーから離れる。
「おまえ、それを女の子にやったのか?」
元春も、一歩、引いている。
「ただの挨拶じゃないか」
やっぱり、日本人はそういう反応なのかと、今更ながらに文化の違いを感じるジェシーだった。
ジェシーが生まれたのは日本だが、両親は共にアメリカ人。こんなの、家では日常茶飯事なのに。
「ちょっと、そこの三人」
突然、背後からかけられた声に振り返ると、隣のクラスの女の子が三人を睨んでいた。
「廊下で広がらないで欲しいんだけど」
「ちょっと、優奈」
その後ろから、別の女の子が出てくる。
さっきの話題に出てきた、津田志保だ。
けっこう可愛い顔立ちをしている。だが、目立つタイプではない。
「ジェシーくんに、何を言うのよ」
「迷惑だから、迷惑だって言っただけでしょ」
と、女生徒は腹立たしげに歩み去る。ジェシー達に小さく会釈した津田志保が、それに続いた。
「なんだ? あの女」
「隣のクラスの子だよね? 名前は、確か……」
「田中優奈」
硬い声で、ジェシーは答えた。
やっぱり、彼女はちょっと苦手だ。
「ジェシーが、よそのクラスの女子の名前を知っているなんて」
驚いたように、裕太が叫んだ。
「もしかしたら、ジェシーの本命?」
「まさか!」
大慌てで、それを否定する。
ただでさえ、彼女には迷惑がられているのだ。そんな噂がたったりしたら、どう思われるか。
そう、田中優奈は小学生の頃に近所に住んでいた幼なじみ。
父親の転勤で、引っ越しす事になった彼女と別れの時、
「see you again」
そう言って、彼女の手の甲に口づけた。頬に衝撃を受けたのは、その直後だ。
(ジェシーくんの、エッチ!)
それが、田中優奈がジェシーに告げた最後の言葉だった。
エッチ? ただの挨拶じゃないか。
憤慨しながら家に帰ったジェシーに、彼のマムが笑いながら言った。
「日本人はね、とってもシャイなのよ」と。
シャイと言われても、ジェシーは未だに納得がいっていない。
シャイな人間が、いきなり他人の顔をひっぱたくだろうか?
その彼女と高校で再会した。彼女は電車とバスを乗り継げば1時間弱の場所にある桜花中学の出身者だ。桜花学園には彼女のように中等部から上がって来た生徒も多い。
「じゃあ、行こうか。祐太」
嬉々として、元春が祐太を振り返る。
「どこにさ?」
「あの書き込みの犯人を見つけるって言い出したのは、お前だろ?」
「だから、彼女じゃないと思うんだけどなぁ」
そう言いながらも、祐太が肩をすくめながら元春についていく。
なんだかんだ言いながら、二人ともあの書き込みは気になっているらしい。
二人に手を振ると、ジェシーは美術室に向かう。
ジェシーは美術部だったが、この学校の美術部はあまり活発とは言えない。試験前から部活動そのものが休止している。
その静かな部屋は、考え事をするには最適だった。
美術室には、先客がいた。
スケッチブックを広げた少女。
中園 詩。不良っぽい女の子たちと一緒に居る事が多いが、本人は真面目な子なのではないかとジェシーは思う。
よほどデッサンに集中しているのだろう。ジェシーが入って来た事にも、気づいていない。
人が居たことに――特に、中園詩が居たことに驚きつつ、邪魔をするのも気が引けるのでジェシーはじっと立ちつくしていた。
そうしているど、どうにも手持ち無沙汰で。意味もなく石膏のアグリッパ像を撫でる。
マルクス・ウィプサニウス・アグリッパ。古代ローマの英雄で、かの有名なジュリアス・シーザーの腹心だったというが、それがどうして普通に美術室のデッサン用石膏になったのかは、知らない。
と、いうかどうでも良い。
ボクは、何をやっているんだろうな。
ジェシーは苦笑した。
「私を知らない貴方へ」という書き込みを思い出し、今の自分と重ねてみる。
ばかばかしい。
日本人がどこまでシャイなのかは知らないけれど、思わせぶりにサイトに書き込むのは、陰湿だとジェシーは思う。
だから。
ジェシーはその人に声をかける事にした。
「こんにちは、中園さん。何を描いているの?」
ようやっとジェシーに気づいた中園が、驚いたようにスケッチブックを閉じた。
「ああ、美術部なのに絵が下手なジェシーくん」
くすっと笑いながら、ジェシーを見上げる。
「まだ、完成していないから、内緒」
彼女の見つめる先――スケッチブックの中身は気になったが、内緒と言われたのでそれはまた、別の機会にしようとジェシーは思う。
少なくとも、彼女は自分の名前を知っている。だったら、次のステップに踏み出すべきだ。
「中園さんって、つき合ってる人、いる?」
中園詩が、再び顔を上げた。
大きな瞳が、ジェシーを見る。ジェシーはその視線を正面から受け止め、そして告げた。
「ボクと、つきあってもらえませんか?」
fin
グループ小説参加の皆様、そして読んで下さった方。
尻切れトンボで申し訳ありません。
この物語は視点が変わる小説「見つめる先に」の原作部分になっています。ですから、ジェシーの恋が成就するのかどうかは中園さんにお任せしたいと思いました。
未熟な原作ですが、宜しくお願い致します。