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川面の影

作者:キュウ
かるうく読めるミニ小説です。
お茶とかコーヒー片手にごゆるりどうぞ。
内容にさほどごゆるりできないのは愛嬌です。
 幼い弟と一緒に、町外れの道無き道を散歩していた。そこに、その川はあった。
 その川は毎日夕方になると稜線の美しく輝く新緑の山から、町のほうへ流れてきていて、今よりうんと幼い頃の私は、それが家の隣を流れる川だとは気付かなかった。普段目にする川とは違い、随分と自然に溶け込んで、我が家一部のようにも感じていたものだから、あんなに遊びに行っていたのに、すぐに気付かなかった。
 背の低い草むらと、涼しげな風に囲まれたその川は、硝子細工のように奥の方まで透き通っていて、町はずれを散歩する私と弟の足をそこに止めさせた。
 弟は目を輝かせ、その川の水に手で触れた。
 川の水はシンと冷たかったらしく、すぐに手を引っ込め、彼は何が嬉しかったのか分からないが、私に笑みを向けた。勢いよく引っ込めた手につられて、日光を反射した蛍のような水飛沫が、私の方にも飛び散った。
 弟は、ちょっと手を持っててと言って、返事を待たず小さな柔らかい手で私の手を握った。すると冷たい川の中へ自らの足を突っ込みだした。一歩二歩、左足右足と進ませて、顔を微かに強張らせながら、川に入っていた。
 私は唯、それを微笑ましいとばかり思って、悠揚迫らぬ態度で穏やかに眺めていた。
 弟はそれからも私を引き連れて、いやおおよそ私が率いていたようなものだが、その川へ足を運んだ。
 今にして思えば、弟が川への感心を高め、川への興味が増せば増すほど、彼の時間が刻々と減っていたように思える。

 ――その日もまた、私と弟は川へ来ていた。私は家で他にしたいことがあったのだが、弟がどうしてもと言うから、渋面を苦笑で隠しつつ、弟に手を引かれて半ば強引に家を出た。
 この頃弟は、川に対して持っていたわずかな恐怖心を忘れだしていた。川辺に立つ弟の表情には、好奇心しか残っていなかった。
 弟は、握っていた私の手を放して、一人だけで川に入って行った。今まで何度も体験している冷たい水に浸かり、後ろ手を組んで微笑む私にいつもの笑みを向けた。
 腰まで川に浸かった弟は、私に向かって腕を振った。私はそれに小さく手を振って応えた。
 弟の川への興味が増せば増すほど、彼の時間が刻々と減っているとも知らず、私は、彼に言った。
「私は家に帰るから、しばらく一人で遊んでなさい」
 それを聞くと、弟は寂しげな表情を浮かべて私は見つめたが、やがて納得したのかしてないのかは分からないが、軽く俯くと、か細い何とも頼りない声で「うん」と言った。
 それを見ると、私は自分で訊いたにも関わらず少し心配になり、弟にまた訊いた。
「一人で大丈夫?」
 弟は「大丈夫」と答えた。
 そして、身を翻しつつ私が弟に言ったのは、「気を付けなさいね」という一言だけだった。

 ――数時間後。
 騒々しい音が聞こえて私は目を覚まし、ハッと机から顔を上げた。窓の外を見やると、悪の大王が空から飛来したような、思わず身震いするほどの大雨が降っているようだった。
 目の前にはやりかけの編み物と裁縫道具。時間も忘れて作業に没頭しているうちに、いつのまにか眠ってしまったらしい。リビングを見渡し、他の部屋も見たが、弟の姿が無かった。
 私はすぐに家を飛び出して、あの川へ向かおうとした。
 しかし、その必要は無かった。家の前を通る川の前に出来た人だかりに、私は自然と足を止められた。
 瞬間、私の心をよぎった不安が、どこか不気味で冷たい何かを激しく囃し立てた。人混みを掻き分けてその真ん中に向かうと、そこに倒れていた弟の姿を目に留めた。
 私の顔を見た周りの人達が、何やら色々な言葉をかけてくる。三者三様、温かったり冷たかったり、あらゆる感触のするそれらは、私には何を言っているのか分からなかった。雨か言葉か、どちらが私の耳を打つのか、判然としなかった。
 そんな軽薄な心持ちを抱く日々が、何日も続いた。

 ――ある日のこと。
 私はあの川辺に立ち、目の前の荒涼とした川を見つめた。
 一切の曇りない透き通った川の流れは、あの日に比べると随分と強くなっている。私の弟を奪ったにも関わらず、活気付き、力強く流れていた。
 川に対して憎しみを抱いている私に、私自身が呆れた。どれくらいの時間そこでそうしていたのか知れないが、その内私は、自然と何かに優しく手を引かれるかのように、川の中心を目指して歩を進めていた。
 その中途で足を止めて、私は嘲笑うように輝く川面を見つめた。あの子はまだ、そこで笑っている? そこはかとなく揺らぐ虚像が、小さく手を振る。私は、それに応えていいのだろうか。
 川面にうつる顔は、なんとも不細工だ。惨めに涙で濡れて、いつまでもいつまでも止まらない雫が、川の中へと溶けていく。あの子だったら、こんな顔の姉に何て言うだろう。
 ……ああ、もう少しだけ、あの子の返事、考えてもいいのだろうか。
お疲れさまでした♪
HP(→http://kyunote.blog.fc2.com/)にて
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