蒼いラビリンス : 番外編(6/6)PDFで表示縦書き表示RDF


蒼いラビリンス : 番外編
作:水樹裕



短 編 : 決意


 私は、今まで自分が特別だなんて思っていなかった。

 パパもママも、私が小さい頃、飛行機の墜落事故で死んでしまった。
 だから、私には、パパに肩車された記憶も、ママに抱き締められた記憶もない。

 でも、それを寂しいと思ったことは無かった。

 だって、私には大好きな「妹」がいた。
 大好きな、「おじいさま」がいた。
 お母さんのような、優しい世話係の「前田さん」がいた。

 そして、大好きな、「柏木先生」がいた――

 研究所で暮らす私と妹にとっては前田さんが、「お母さん」

 料理も、お裁縫も、ついでに行儀見習いも、ホントは「ママ」に教わるはずだった事を、たくさんたくさん教えてくれた。
 最初に教わった料理は、バレンタインで柏木先生にプレゼントした「ハートのチョコレート」!
 あれは、柏木先生がこの研究所に来た最初のバレンタインデー。

 私も妹も、まだ5歳。
 はっきり言って、おままごとの延長だった。
 全身チョコレートまみれになってやっと出来上がったときには、もう先生は仕事を終えて自分の部屋に戻ってしまっていた。

「先生、今日はお仕事早く終わったの?いつも、”藍たちがおやすみするまで、お仕事だ” って言ってるのに……」

そう言う私たちに、前田さんは、ちょっと哀しい顔をして、
「藍ちゃん達。このチョコレート、柏木先生に、お部屋まで持って行ってあげなさい」と言った。

「えっ?いいのー? いつもは”お部屋には、行っちゃダメ”って……」

「今日は、良いのよ。せっか頑張って作ったんですもの。行ってらっしゃい」
「お部屋に入るときは、ノックをするのよ」

「は〜〜い!」

 そして、前田さんに言われた通り、私と妹は、「ノックをして」先生の部屋に入った。
 ただ、ノックをしただけで、返事を待たなかったけれど。

 だって、まだ5歳だったんだもの。

 がちゃり。

 開けたドアの向こうには、大きな本棚の前で何かビンのようなモノを握りしめて、先生が、泣いていた――

 いつも優しい先生が、泣いていた――

「ゴミが入っただけだよ」
 そう先生は言ったけど、あれはうそ。

先生は、泣いていた。

後で前田さんにそのことを伝えると、
「柏木先生の、先生が亡くなったの。ええとね。死んでしまったのよ」 そう教えてくれた。

「死んでしまった?」
 幼い私たちには、まだ「死」というモノがなんなのか、良く分からなかった。

「大好きな人が、もう会えない遠い所に行ってしまって、先生は悲しかったのよ。人はね、そう言うとき、悲しくて泣いてしまうものなのよ」

 私と妹は、前田さんの話に、わんわん泣いてしまった。

「大好きな人に、もう会えない」

 その言葉が、幼心にとてもショックだったから。


 今にして思えば、あれがきっかけだったのかも知れない。
 私は、先生のあの涙を見て、先生を好きになったんだと思う。

 5歳の初恋。

 その気持ちは、18歳になった今も変わらない。
 先生は、私にとっては、一番大切な人。

 例え、自分が不治の病で二十歳まで生きられなくても。
 妹が、実は私の臓器移植用にられたクローンでも。

 私が「生きたい」と言えば、多分先生は迷うことなく、妹からの臓器移植をするだろう――
 そして、そのことに一生苦しむ。

 それが分かっているから。

 コールド・スリープなんかしたくない。
 このまま死んでも、最後まで先生と一緒にいたい。
 
 そう言えば、きっと先生は苦しむ。

 きっと。

 だから私は、笑うんだ。

「まるで、眠り姫みたいね。ロマンチックで素敵ね」

 それは、私の精一杯の強がり。

 私を「好き」と言ってくれた、先生の為に。
 
 大人だけど、不器用な先生の為に。

 大好きな、先生の為に。


 私は、強くなる。















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