婚約破棄は円満に。
今さらですが、流行モノに乗っかってみました。
私には前世の記憶があります。
この世界において、前世の記憶持ちは珍しくありません。一つの町に2人か3人はいます。ただ漠然とした記憶がほとんどで、詳細に覚えているものは殆どいないようです。もっといるのかもしれませんが、口外するものはいないのです。正しい選択だと思います。私も詳細な記憶があるなんて、口にしません。私の前世の記憶は、今の時代から500年くらい先の未来の記憶だから。
前世、私は遠い島国で生まれた学生で歴史を学んでいました。この大陸の歴史を。
今世、私は大陸の三分の一の領土をもつ大国の辺境伯の長女として生まれ、学園に入学して学生となりました。歴史を学んで、前世自分が学んだ大陸の歴史とほぼ同じだということを確認して、現在の国際情勢、年号を考えると、これからも前世の歴史と同じように進む可能性は高いと判断しています。
歴史の改変?そんなものは考えません。この大陸は、これから小競り合いはあっても大戦や大きな飢餓も疫病もなく400年は平和に豊かに発展するはずなのです。私は自分が可愛い人間なので、自分と家族が平和に暮らせたらいいと思っています。
問題は長い歴史でなく、目の前の現実です。
これを乗り越えないと、私は婚約破棄された末に処刑されるというルートに突入する可能性があります。
学園に入学し、婚約者である王太子のとなりにいる少女を見たとき。今、自分のいる現実が、前世でプレイした乙女ゲームにそっくりだと気づきました。配役は、お約束の悪役令嬢。婚約者の王子サマの側にいるヒロインに嫉妬して嫌がらせを繰り返し暗殺まで目論むという…何だか残念な伯爵令嬢。浮気男なんて捨てちゃえばいいし、そもそも歴史の流れによると、辺境伯爵令嬢は王妃にならないはずです。歴史の流れには曖昧なところもあるから、意外となれるのかもしれませんが、なっちゃったら王妃として処刑されます。確定です。
婚約者である王太子サマは、歴史に名前の残っている君主なのです。とても有名です。なんせ王妃が7人もいたから。この国には後宮も側妃制度も存在しないし、国王は宗教上離婚は許されません。在位期間、約二十年の間に彼はすべての妻と死別しました。不義密通で6人の妻を処刑したのです。
彼の愛は、いつも真摯で、愛した女を王妃にせずにはいられませんでした。ただ彼の真実の愛は、複数あったというだけのこと。…なんで自分は、こんな男の婚約者なのでしょう…前世の記憶を思い出したときから、婚約破棄に向けてがんばってきたのに。ここで乙女ゲームの悪役令嬢になんて、なりたくありません!現実は本当に乙女ゲームなのか?これは解りませんが、可能性があるならば、避けるに越したことはないでしょう。
そもそもの乙女ゲームは、歴史を元ネタにしていました。王太子のモデルは若いころからモテていたという妻を6人も処刑した国王だし。ゆえに乙女ゲームのシナリオは完全無視できない。野心家ビッチなヒロインちゃんの思惑通りに進んでいるのを確認してるし。虐めてもないのに、虐めたことになってるって、人のウワサって怖いですね!
しかし私は、このゲームからひいては歴史の舞台から円満に退場したいのです。前世でやりたいことはいっぱいあったけど、途中退場を余儀なくされた身としては、やりたいことをやって、目指せPPK!あ、PPKはピンピンコロリの略称です。
そんなこんなで、クライマックスです。
本日は学園卒業を迎えた者たちのためのプロムっていうか舞踏会。卒業生のお披露目兼公式な社交デビューの場でもあります。ゲームのクライマックス、私は王太子にこの場で婚約を破棄され、ヒロインは王太子とハッピーエンド。
しかし現実はゲームではないので、私は隣に立つエスコート役の父を不安げに見上げてしまいました。父は私を力づけるように微笑むと頷き、私の手をとって進んでいきます。臨席している国王陛下の元へと。
国王陛下の隣には、王太子とヒロインちゃんもいます。進み出てきた私たちに王太子が声をかけるよりも早く、国王陛下が父に声をかけられ、父がそれに答えます。二人の間で、話し合いは終わっており、これは単なる見せ物にすぎません。王太子といえども、国王陛下を無視できるはずもなく、隣でヒロインがやきもきしているのが解ります。分かりやすすぎだろ、ヒロインちゃん…。
そして国王と辺境伯の会話は本題に。
「国王陛下自らが取りはからってくださった、王太子殿下と我が娘の婚約でございますが…この国のため、なかったことにしていただきとうございます」
「そうか…では、申し入れがあったのだな」
国王陛下の静かな声。陛下は、割と演技派だと思います。
「はい。隣国との和睦条件の一つとして、王家の血を継ぐ姫との婚姻が」
父が言うと、会場がざわめきました。王太子の表情が消えます。ヒロインちゃんは首を傾げてます。貴族年鑑は読んでないみたいです。ちなみに私の母は、国王陛下の従姉姫でした。
「今、直系の王族に未婚の姫君はおられません。傍系となりましても、未婚となれば我が娘ひとりです。わが辺境伯一族は、国のために身を捧げる覚悟はできております。私も、娘も」
「…隣国との和睦は、なによりも優先せねばならぬ。婚約をなかったことにするのは、当人たちにとって惨いことだが、これも国のため。王太子もわかっていよう。姫も…かまわぬのだな?」
陛下からのお言葉に、私は緊張で青ざめ震える声でもって答えます。まるで悲しみに打ち震えているかのように。
「はい。国境を守る辺境伯の娘として、また王家の血を継いだ者の義務と心得ております。ただ…王太子殿下にお伝えしたいことがあるのです。お許し願えますか?」
「そなたと王太子が顔を合わすのはこれが最後の機会かもしれぬ。伝えたいことを申すがよかろう」
「ありがとうございます」
優雅な淑女の振る舞いでもって、私は婚約者に向き直ります。隣のヒロインちゃんは無視です。ただ王太子だけを、潤んだ瞳で見つめます。ここが、正念場なのです!
「王太子殿下…いままで至らぬ私がご迷惑をおかけしました。それでも幼い頃から、あなた様は私の光でした。心からお慕い申し上げていました。いえ…物を知らぬ娘の戯言とお忘れください。殿下とこの国の未来のために、私は私の義務を果たします。どうか、良き王となられますよう…」
そのまま俯いた私を、父が優しく抱き止めてくれます。静まりかえった周囲からは、感じやすい淑女たちのすすり泣きが聞こえます。皆さん、流されやすいです。惚れっぽい王太子は、ヒロインちゃんに籠絡されたけどバカではありません。この国がおかれている現状はわかっているはずです。ってか、そうでないと困るのです。ヒロインちゃんは、ぽかーんとアホ面になっていますが。
王太子は、表情を引き締めてゆっくりと言いました。私の悪い噂や、婚約破棄を思っていたことは脳内から飛び去っているようです。今までの軽蔑しきった眼差しは消え去り、なんというか、逃した獲物は大きかった!みたいな熱い視線を感じます…やった!やりました!これを待っていたのです!
「そなたの覚悟と忠義…確かに受け取った。遠く離れても、見ていてくれ。私は、そなたの忠義にふさわしい王となってみせよう」
なおいっそう高まる淑女たちの嘆きを聞きながら、私は身を震わせて父にすがりついていました。傍目には泣いているように見えたに違いありません。実際はやり遂げた喜びに震えていましたが。
そんな訳で、私は隣国に嫁ぎました。結婚相手は隣国の王弟で、堅物な軍人さんでした。細マッチョで魅惑の腹筋!大好物ですよ!性格も真面目で、浮気はしそうもありません。この人となら政略結婚でもがんばれる、と思いました。何年か後に、夫もそう思ったと告げてくれました。夫婦関係は円満です。
さて王太子とヒロインちゃんですが、ヒロインちゃんの逆ハービッチっぷりが王太子にばれて破局しました。哀れヒロインちゃんは不敬罪でもって処刑。なんだか悪魔にとりつかれたように、意味不明のことを口走りながら処刑されたそうですが…ヒロインちゃんも前世もちだったんですかね。
しかし王妃以前の恋人も処刑してたのか…王太子は、新しい恋をして愛する女性を王太子妃にするようですが、犠牲者が増えないことを祈ってます。でも不義密通を理由に王妃を処刑って、ビッチだったヒロインちゃんの悪影響だったのかもしれません。時折くる手紙に、女性を信じたいけど信じることが難しいってありますから。
ああ、王太子とは文通してるんです。っていうか、向こうから手紙がくるから返事をしなければならないのです。そういえば歴史ロマンス小説に「かの妻殺しの王が真実に愛していたのは、隣国に嫁いだ王族の姫君だった!」ってのがありましたね。そのネタ元になったのは、現存していた国王の手紙だったとか何とか。それを狙わなかったとはいいませんが、事実は小説よりも奇なりってとこでしょうか。