31.二人のネオロイド
木霊フクロウは、善三の言った通り、しばらくは現れなかった。いや実は新聞記事にもならないほどの身元不明の遺体、通り魔による事件などはモンスターの襲った人間たちだったのである。モンスターの給餌はこうして毎晩のように続いていたのだ。
「私は誰? 暗い、怖い」
うなされる亜矢の声に、二段ベッドの上から、ラビは亜矢を覗き込んだ。亜矢はしかし、すやすやと眠っている。その声は亜矢の体の中の「香矢」に違いない、ラビは何故か安心した。一方シノを狙うZIGは亜矢を連れ去ろうとしている、ひたひたと近づく危険。香矢は少しずつ満ち始めた月から届く「86」を取り込み始めた。
とうとうその夜は訪れる。
「ホウッ、ホウッ」
辺りにこだまするのはこもったフクロウの声、それが屋敷を包み込むように響いた。
「来る、かなり手強い相手ね」
ラビが、床に降り亜矢にキスをした。
「大丈夫、ちゃんと眠っているのよ。もしもの時は……」
「ガシャーン」
寝室の多層ガラスが大音量とともに砕け散った。大きな翼を持つ、木霊フクロウが巨大な丸い目をギョロつかせた。すかさずラビは緑髪に変わりその場で後方宙返りをする、そして「バニーレディ」は進化した新手のモンスターに対峙した。ボデイスーツが輝きを増した。
「レディの寝込みを襲うなんて、最低ね! 相手をしてあげる、そらっ!」
ラビは四つん這いから一気に高く跳び上がり、モンスターの前に両手を着くと充分に縮めた両足を跳ね伸ばした。その強力な一撃は以前経験済みだ、皮膚の強度は増していたしかしそれでもモンスターは受け止めきれなかった。
「グフゥッ」
蹴り飛ばされ、窓から落下するモンスターは、小生意気な相手のその片脚をつかんだ。
「気安く、触らないで!」
ラビはもう一方の脚で相手の顔を蹴りとばし、その手からうまく抜けた。何度か回転をし、着地をするとモンスターの姿はない、ラビはあわてて上空を見上げた。黒い影が上空に浮かんでいた。
「しまった!」
モンスターは、まずラビを外に連れ出そうとしていたのだ。眼下のラビを見てにやりと笑い、木霊フクロウが寝室に消えた。ラビは三段跳びをはじめた、しかしさすがに三階まではすぐには届かない。
「趙、少し待っていて」
ラビは玄関に回る必要があった。相手は翼をもつ、空に上がれば手出しはできない。
「私が、相手をしよう」
亜矢の寝室に再び入り込んだモンスターの前に立っていたのは、物音を聞きつけた趙だった。サングラスを外した彼の片方の目は、赤く輝いている。その瞳が縦に細く変異していく、と同時に衣服はちぎれ、皮膚が鱗状に変異を終えた。スマートな「赤トカゲ」に似た姿だった。
「シャア!」
趙は「ネオロイド」の雄叫びを上げると、木霊フクロウを威嚇した。
「キキッ、もう一匹邪魔者がいたか」
翼を体に吸収し、指の爪をさらに伸ばしたモンスターは縦横に腕を振るった。趙の体から無数のウロコがパラパラと床に落ちる。それは一瞬の攻撃だった、進化したモンスター、「木霊フクロウ」の動きは以前よりも格段にすばやい。趙はしかしひるまなかった、彼は娘の無事を確認した。守るべき相手は亜矢だけになったのだ。