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最強の天使
作:久條 要



【8話】 “おまえなんか大きらいだ! 1 朋樹vs輝。−猫編−”


 翌日―…。夕食後。

 すっかり眠ってしまった楓と、仕事中の月華の邪魔をしないよう、俺は輝を連れて銀龍会へと向かった。

 煙草を吸いながら運転していると、後部座席でチャイルドシートに座っていた輝が、持って来た鞄を徐に開け始めた。
 ん?
 その様子を不思議に思いミラー越しに窺っていると、聞こえてきたのは『みゃ〜』と言う鳴き声。
 は!?
 な、何ぃ?? 
「こらっ!輝!お前まさか、星を連れて来たのか!?」
 驚きのあまり路肩に車を止めて振り返ると、案の定輝の膝の上には星の姿。
 うがっ。やっぱり…。
 星とは、うちにいる月と海の子供。と言っても、もう大人の猫だけど…。
 そして、輝の大の友人?…いや、友猫?なのだ。
「うん。だって、ほしも“ぎんのじじ”のおうちいきたいっていうから。」
 星の頭を撫でながら言い切った輝の顔は、満面の笑み。
 …。
 猫は普通『行きたい』とは言わんだろ。
 いや、待てよ。そういや昔、涼太も月と会話してたっけ?…ってことは、あながち嘘でも無いのか…?輝の言葉は…
 むむぅ〜〜。
 俺にはやっぱ理解不能だ。
 
「分かった、分かった。じゃあ、星も一緒に“ぎんのじじ”のお家に行こう。」
 半分呆れがちに了承してやると、途端に嬉しそうな顔をした輝が、星をぎゅーっと抱きしめた。
「よかったな〜、ほし。おまえもいっしょに“ぎんのじじ”のおうちいくんだぞ。いったら、い〜っぱいごはんくれるからな。あ、でも、いいこにしてないと、また“じじ”におこられちゃうからな。わかったか?」
 猫相手に一生懸命言い聞かせてる輝が妙に可笑しくて、笑いそうになったのを必死に堪えつつ、俺は再び車を走らせた。
 ふふふっ。
 輝はやっぱり面白い。
 
 ちなみに“ぎんのじじ”とは俺の親父のことだ。
 銀龍会にいる爺さんだから、通称『ぎんのじじ』。でもって、この呼び名をつけたのは、輝。
 親父もすっかり気に入ってるようで、呼ばれる度に顔が緩みっ放し。
 それがまた、俺からするとかなり笑えるんだけど…。
 

 
 銀龍会―…。
 いつものように門前に到着後、リモコンひとつで鉄門を開き車を敷地内に乗り入れた。
 すると目の前には、圭兄を筆頭に組員たちの出迎えと、何やら見慣れた車が一台…。
 むむっ、あれは…。
 いや〜な気分になりながらも、ひとまず輝と星を連れて車から降りると、『坊ちゃん、お帰りなさいませ。』という組員達の挨拶のあと、圭兄が俺に声をかけた。
「お帰り、拓海。」
「おぅ、ただいま。なぁ、圭兄…あの車ってまさか…」
 一台の車を指差し小声で聞くと、『あぁ、朋樹が来てる。』とあっさり返されてしまった。
 はははっ。…やっぱり。
 くそぉ、何でいるんだよ。あの野郎…。
「けーちゃん、けーちゃん」
 落胆する俺の横で、何やら必死に圭兄を呼んで服を引っ張る輝。
「ん?何だ?輝。」
 圭兄がしゃがんで聞き返すと、星を抱っこしたままの輝が『ゆきちゃんいる?』と尋ねた。
「え?あぁ…、今日はいないんだ。ごめんな、輝。でも、『輝に会いたいなぁ』って言ってたから、今度一緒に会いに行こうな。」
 そう言って輝の頭を撫でた圭兄は、何やらちょっぴり切なそうな瞳で笑っていた。
 圭兄…。
 優希姉と何かあったのかな…。
「うん。やくそくだよ、けーちゃん。」
「あぁ、約束する。さぁ、“じじ”が待ってるからお家に入ろう、輝。」
 優しく言って輝を抱き上げた圭兄は、俺にも『入ろう。』と顎で合図した。
  
  
 家に入ってリビングに向かう途中、パタパタと言う足音とともに黒スーツ姿で現れたのは、以前下っ端で“掃除・洗濯・炊事・雑用係”だった亮二。
「拓海坊ちゃん!お久しぶりです!」
「おぅ、亮二じゃねえか。久しぶりだな。お前も、もうすっかりレベルアップしたな。似合ってるじゃん。黒スーツ。」
 亮二の頭をくしゃっと撫でて褒めると、『ありがとうございます。』と照れくさそうに笑った亮二は、『そう言えば、月華は元気ですか?仕事、随分忙しくなったんじゃ…』と続けて尋ねかけた。
 亮二と月華は、昔…ワケあって数日間だけだったが、銀龍会で同じ下っ端として働いたことがある。
 それ以来ずっと、二人はまるで“男同士の友情”みたいなもので結ばれている。
 ま、簡単に言えば“友達”よりも“ダチ”だ。
「あぁ、“東條 翼”だって公表してから、もう目が回るぐらい忙しくなってさ。なかなか自由になる時間無いんだよ。でも、今度は連れてくる。彼女もお前に久しぶりに会いたいだろうしな。」
 そう言ってにっと笑んで見せると、亮二も嬉しそうに『はい。』と返事をしていた。
「さぁ、ボスが待ってるから行くぞ?」
 俺と亮二の会話が終わったのを見届けてから口を挟んだ圭兄。
 それと同時に、輝の手から抜け出した星が、ストンと床に飛び降り…トコトコと歩き出した。
「あ〜〜、ほしがぁ〜〜。ほし〜〜!まって!ぼくもいく!!」
「うわっ、暴れるな、輝!うがっ!痛っ!」
 星を捕まえたい一心で圭兄の腕の中で大暴れした輝は、何とか自力で逃げ出すと、早速星を追って駆け出した。
 ぎゃっ!
 あの野郎。
「あっ、待て!!輝!」
「いいよ、圭兄、俺が行く。こらぁっ!!輝っ!!廊下を走るなっ!!転ぶだろうが!!」
 圭兄を制し、いざ追いかけようとした矢先、『ドンッ』と言う音とともに『わぁっ!!』と輝の声が響いた。
 ん?
 何だ、どうした?
 反射的に顔を見合わせた俺と圭兄は、慌てて輝のもとへ駆け出した。
 もしかして、何処かにぶつかったのか!?
 この家、変な物いっぱいあるからな。
  
「輝っ!!だから走るなって言っ…って、朋樹!!」
 駆けつけてみると、尻もちをつく輝の前にはまるで電柱の如く聳え立っている朋樹の姿。
 うぅっ。
 会いたくない奴に合ってしまった…。
「おぅ、拓海じゃん。何かいきなり変な物がぶつかって来たんだけど、“これ”何??お前の知り合い?」
 『これ』呼ばわりした挙句、輝の首根っこを捕まえ持ち上げた朋樹は、じーっと輝の顔を覗き込んだ。
 『これ』って…。
「『これ』じゃねえ。俺の息子だ。」
 不機嫌に答えをくれてやった途端、朋樹は更に穴が開くほど輝の顔を覗き込み…フッと鼻で笑った。
 むっ。
「何だよ。」
「別に。」
 一言返し笑った朋樹は、『ふーん。お前がね〜』と輝の額をピンッと指で弾いて含んだ科白を吐いていた。
 何が『ふーん、お前がね〜』なんだよ。
 言いたいことがあるなら、ハッキリ言えってんだ。
 相変わらず我が幼馴染ながら、いけすかねえ奴。
 ひとり不機嫌になっていると、今だ朋樹によって宙ぶらりんにされたままの輝が吠え出した。

「いてっ!なにすんだよぉ!!なんにもしてないのに、いじめちゃダメなんだぞ!おまえ、そんなのもしらないのか!?ばっかじゃねーの!?」
「はぁ??何もしてない?よく言うぜ。先に俺にぶつかって来たのはお前だろーが。おかげで足が痛ぇんだよ。」
 さらりとクールに言い返した朋樹に、輝が負けじと食って掛かった。
「ちがうやい!おまえがぶつかったんだ!!ぼくはわるくないもん!!だから、はなせよな!くそぉ!はなせっていってんだろー、くそじじー!おまえなんかこうだ!!」

 手足をバタバタさせてきゃんきゃん吼えまくった輝は、両手でガリッと朋樹の顔を引っかいた。
「うわっっ!!」
 引っかかれたと同時に、咄嗟に手で顔を覆った朋樹。
 おおっ!
 良くやった!輝!さすがパパの子だ!
 心の中で密かにガッツポーズした俺をよそに、当の引っかかれた朋樹は射抜くようにギロリと輝を睨みつけた。
「このガキ〜〜、俺様の顔に傷を付けるとは、いい度胸してんじゃねぇか〜〜」
 目じりをピクピクさせながら、4歳の子供相手にどすの利いた声で言い放った朋樹。
 しかし、そんな朋樹を全く恐れることなく、『べろべろべーだ!』と舌を出した輝。
 ひゃひゃひゃっ。
 いいぞ、輝。
 我が子がピンチだというのに、助けるのも忘れて笑っている俺の横で、圭兄も可笑しいのか声を殺して笑っていた。

「〜〜っっ!!こ〜の〜、クソガキぃぃ〜〜っ!!」
「くそがきじゃないぞ!ぼくは“ひかる”だ!!おぼえとけ!くそじじー!!」
 
 完全にブチ切れた朋樹に向かって、かなり偉そうな態度で言い放った輝は『いーだ!』と付け加えてツンと顔を背けた。
 はははっ。最高。
 笑えるぞ。
 あの、凄まじくクールで無愛想な朋樹を、完全に切れさせるとは…。
 輝、お前は将来必ずや大物になるぞ。パパが断言してやろう。
 うんうん。

「この野郎〜〜っっ、ガキだからって容赦しねえ!!お前のようなクソガキは…」
 わなわなと震え怒りに燃えた朋樹がそこまで言いかけた矢先、一つの声が割り込んだ。
「みゃ〜」
 その鳴き声を聞いた途端、サッと顔を蒼白にさせた朋樹は、『ぎゃーっ!!』というもの凄い叫び声とともに豪速球並みに輝を投げ飛ばした。
 ぎぇ―っ!
 てめえ!うちの子に何てことしやがる!!
 飛ばされた輝を追っかけ、何とかキャッチした俺は、はぁ…と安堵の息を吐いた。
 良かった、間に合った。
 それにしても、普通、投げるか!?
 しかも、あんな凄い勢いで…。
 ……あっ…、そっか。
 朋樹の奴、ガキの頃から猫恐怖症だったんだっけ。
 忘れてた。
 はははっ。
 
「な、何でここに猫がいるんだ―っっ!!」
「フー!…フー!」
「ひぃぃ〜〜!あっち行け!!俺に寄るな!!」
 
 “北秦会”の次期頭首だとは思えないほど情けない顔で、威嚇してる星を必死に追い払う朋樹。
 その姿が可笑しすぎて、俺と圭兄は完全にツボにハマッてしまった。
 くっくっく…ははははっ…ぎゃはははっっ。
 朋樹最高!
 そんな朋樹を、俺の腕の中でじっと見ていた輝の目が、一瞬キラリと光った。
 そして、にーっと笑ったかと思うと、朋樹に向かってピッと指差し言葉を放った。
「ほし!いけー!!そいつをやっつけちゃえ!」
「ニャーッ!!」
 輝の言葉に、まるで『合点承知だぜ!』とでも答えたように、朋樹に飛び掛った星。
 うはっ。マジかよ。
 むむぅ。
 やっぱ、輝の友猫だけあるぞ。
 会話が成り立ってる。
 恐るべし、人間と猫の友情。
 
「ぎゃあああぁぁぁ―――っっ!!」

 ひとり感心していた俺の上に降り注いだ朋樹の断末魔―…。
 その叫び声は、家中を震撼させるほど響き渡った。
「ふんっ!ぼくをいじめるからだ!おまえなんか大っきらいだ!!べーだ!」
 トドメの台詞を吐いた輝は、スッキリしたのかとってもご機嫌。
 朋樹…、ご愁傷様。
 ほんの少しだけ同情してやるぜ。
 何せ、我が家の最強天使相手に敵う奴いねえから…。
 苦笑しながらちらりと朋樹を見下ろすと、そこには見るも無残な成れの果てがあった―…。
  












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