【4話】 “俺って親バカ&娘バカ”
途中でお菓子を大量に買い込んで千尋のマンションへとぶっ飛ばした俺は、マンションに到着するなり適当に駐車し、…両手いっぱいにスーパーの袋を下げてダッシュした。
「やばいぞ、早く行かないと!」
はぁはぁと呼吸を乱しエレベーターに乗り込み、最上階で降りたと同時に身体の向きを変えて走り出す。
目指すは、以前俺が住んでいた…そして、千尋と桜さんが結婚生活を送る前は、俺と月華が新婚生活をしていたあの一番端の部屋。
「はぁ…はぁ…、やっと着いた…」
荷物を持ったまましゃがみ込み息を切らしていると、不意に背後から声がした。
「おぅ、拓海やんけ。どねんしてん?」
独特の関西弁に振り返ると、すぐ後ろで俺を見下ろしていたのは千尋。
「…おぉ…千尋…おす…。」
「『おす』…て、お前、何や死にそうな顔してるやんけ。大丈夫か?」
俺からスーパーの袋を奪い取って声をかけた千尋に、のろのろ立ち上がりつつ苦笑した俺。
「はははっ、大丈夫だよ…。ちょっと息が切れただけだ…」
「ほんまかいな。えらい顔色悪いで…。仕事しすぎちゃうか?まぁ、ええわ、桜から話は聞いてるよって、早よ入ろうや。」
言いながらガチャガチャと鍵を開けてドアを開いた千尋は、『入りぃや。』と俺に促した。
「あ、あぁ。」
促されるまま先に部屋へと足を踏み込んだ途端、パタパタと駆けて来た何かが俺に向かって飛んで来た。
ひっ!
「ぎゃ――っっ!!」
「パパぁ〜〜!」
俺の叫び声に被ったのは輝の声。
見ると、俺に飛びついてくっついてるのは輝。
何だ、輝か…。
はぁ…びっくりしたぁ…。
どうも、この部屋の玄関を開けて飛んでくるものって言うと、“涼太”…の印象が…。
はははっ。
「パパ〜、パパ〜、あそぼ〜。」
俺の身体によじ登りながら訴える輝は、何やらすっかりご機嫌な様子。
ん?
何かいいことでもあったのか?電話であんなに怒ってたのに…。
まぁ、機嫌が悪いよりはいいか。
「はいはい。遊ぼうな。」
輝の頭をくしゃっと撫でて、抱っこしたままリビングへ行くと、そこはオモチャでごった返し状態。
むぅ〜…、いつもながら凄い。
「あちゃ〜、ま〜たえらいちらかしてくれたやんけ〜」
後からやって来た千尋が、リビングの光景を見て呆れがちに言った。
それを聞いていた輝が『やんけ〜』とマネて笑っていた。
はははっ、輝の奴すっかり関西弁お気に入りだな。
「あ、お帰り、拓海くん。」
「おかえり、千尋くん。」
俺たちを見て同時に声をかけた月華と桜さんは、キッチンでせっせと夕食の準備中。
どうやら今夜の夕食は、ハンバーグのようだ。
「ただいま〜。めっちゃ腹減ったぁ〜。おっ、今日はハンバーグか〜。美味そうやなぁ〜。」
「ただいま。もしかして、ハンバーグをリクエストしたのって、輝?」
千尋に数秒遅れて挨拶を返し尋ねると、『うん、そう。輝のリクエストなの。もう出来るから座って待ってて』と笑いながら答えた月華。
はははっ、やっぱそうか。
輝の奴、ハンバーグが食えるからご機嫌なんだな。納得。
じゃあ、お菓子は必要無さそうか。
「パパぁ〜〜、はやくあそぼーよぉ!」
俺の服をくいっくいっと引っ張って強請る輝。
「分かった分かった。でも、もうご飯の時間だから、食べてから遊ぼうな。ほら、椅子に座りなさい。」
ダイニングの椅子にストンと輝を下ろして言い聞かせたものの、輝はぶーっと膨れっ面で駄々を捏ねた。
「イヤだぁ!あそぼーよ!」
「ダメだ。ご飯食べてからな。」
「イヤだぁ!そうやって、いっつもパパあそんでくれないじゃん!」
ぴしゃりと叱った俺に、きゃんきゃん吼えて口をへの字に曲げた輝。
うぅ〜〜。
確かに、遊んでやれてないのは事実だけど…。
「なぁ、輝、パパお腹減って力が出ないんだ。だから、ご飯食べて元気になってから遊ぼう。」
輝の傍に屈んで何とか言い諭そうとする俺に、笑顔で輝が口を開いた。
「じゃあ、あ○○んまんにかおをわけてもらったらいいじゃん、パパ!」
うがっ。か、顔って…。
うぅ〜〜。
「はははっ。それもいいけど、パパはハンバーグがいいなぁ。輝もハンバーグ食べたいだろ?」
苦笑まじりに返した俺に、輝は椅子に座ったまま足をぶらぶら揺すって不服そうな顔。
「あ、輝はパパの言うこと聞けない悪い子なんだ??いいんだ、いいんだ。そんな風に言うこと聞かない悪い子のところには、ば○き○まんが来るんだぞ。輝は、大好きなハンバーグ取られちゃってもいいんだな?パパ知らないぞ。助けてやらないからな。」
にんまりと意地悪な顔で言い返してやると、がばっと俺を見返した輝。
「えっ!ほんと!?ほんとにとりにくる!?」
真剣に困った顔で聞き返す輝が可笑しくて、笑い出してしまいそうになったのを必死に堪えた俺は、更に意地悪な顔で口を開いた。
「あぁ、ほんとだとも。さっきパパ、外でば○き○まんと会ったんだ。そしたら、『言うこと聞かない子のハンバーグは取っちゃうぞ!』ってさ〜〜。」
ひひひっと笑いながら言ってやった途端、輝は悲壮な顔で今度は千尋に声をかけた。
「ち〜、ほんと!?ち〜も、ば○き○まんにあった!?」
不安いっぱいな顔で聞く輝に、『おうたで〜。お腹すいたよって、輝のハンバーグ食いに行ったろ〜って言うとったわ。可哀想になぁ、輝。』と同じく意地悪満開な笑顔で答えた千尋。
すると輝は、一気にじわじわと涙を滲ませ、泣きそうな顔に変わった。
はははっ。
相変わらず単純すぎだぜ、輝は。
まぁ、そこが可愛いんだけどさ。ふふっ。
「ほ〜ら、ち〜も見たって言ったろ?輝。だから、取られる前に食べちゃおうぜ。」
輝の頭をくしゃっと撫でて優しく言うと、自分用のフォークを握り締めた輝がこくんと小さく頷いた。
そんな俺と輝と千尋のやり取りを見ていた月華と桜さんが、二人で見合ってクスクスと可笑しそうに笑っていた。
何とか輝を言いくるめた後、いそいそとソファへ移動した俺は、オモチャで遊ぶ楓を抱き上げた。
「楓、ただいまぁ〜。ほ〜らおいで〜。パパとちゅうしよう。ん〜〜、ちゅ〜〜っ。」
楓の頬に長い長いキスをしてからすりすりすると、『きゃっきゃっ』と笑って俺の顔に小さな手をペタペタ当てる楓。
「え?もっと?じゃあ、もう一回しちゃおうかな。」
勝手な解釈でもう一度…今度は口にキスをしてやると、楓はにーっとご満悦。
それが堪らなく可愛くて愛しくて、きゅっと抱きしめた。
あぁ〜〜、何て可愛いんだ、可愛すぎるぞ!楓♪
こんな可愛い子、世界中…いや宇宙の何処探したっていねぇ。
楓は、宇宙一プリティだぁ♪うへへっ。
「ぱ〜…」
「ん?何だい?楓〜。お前は、ほんとにママそっくりで、食べちゃいたいくらい可愛いね。このままカプッて食べちゃおうかなぁ〜」
口を大きく開けて食べるフリをする俺を見て、手足をパタパタ動かし『きゃはきゃは』と笑い喜ぶ楓。
「もう、拓海くんってば。ほんとに食べちゃわないでよ。」
すかさずキッチンから俺に突っ込みを入れた月華が、ふふふっと優しく笑った。
「勿論。でも可愛いから、いっぱいちゅーちゅーしちゃうけど。」
へらへらと笑い返して楓のほっぺにもう一度ちゅうをすると、にこにことご機嫌な顔が俺を見上げていた。
「いいかい?楓。大きくなってママみたいに美人さんになったら、男の子がいっぱい寄って来るだろうけど、彼氏は作っちゃダメだよ?それから、お嫁にも行かなくていいからね。楓は、ずーっとパパの傍にいて欲しいんだ。」
楓の髪を撫でてお願いすると、『お〜め…』と拙い口調で言った楓が、小さな手で俺のネクタイをくいっくいっと引っ張った。
「そうそう、お嫁だよ。楓は、やっぱりお嫁に行きたい?それとも、パパとずっと一緒にいてくれる?」
ちょっぴり寂しげに尋ねる俺をじっと見つめた楓は、一瞬きょとんとした瞳を見せてから『ぱ〜ぱ〜』と言ってにーっと笑った。
おお♪
お前は、何てパパ想いのいい娘なんだ♪
パパは泣けてくるよ。
「そうかぁ、楓は、ずっとパパと一緒にいてくれるかぁ〜。パパは最高に嬉しいよぉ〜〜。」
楓の小さな手を自分の頬に当ててにこにこ笑うと、楓も一緒になってにこにこ笑う。
はぁぁ〜〜、絶対に嫁になんか行かせないからな、楓ぇ。
「ぱ〜あ〜…」
「ん?」
「に〜や…」
フォークを握り締めておりこうにご飯を待ってる輝を指差し、必死に何かを訴える楓。
「ん?あぁ、輝にぃやは、これからまんま食べるんだよ。楓もパパと一緒にまんま食べような。」
楓の頭をよしよしと撫でて優しく言うと、『んま…』と鸚鵡返しをしてにやーっと笑った楓。
うぅっ。
“目に入れても痛くないくらい可愛い”ってのは、きっとこういうのを言うんだ。
「ほんま、拓海て、楓ちゃん生まれてから親バカに磨きかかってんなぁ。見てておもろいわ。はははっ…。なぁ、尋都。楓ちゃんのパパは、デレデレでおもろいなぁ〜。」
俺を見てけらけら笑いながら言った千尋は、カーペットの上でちょこんと座る尋都くんを抱き上げ同意を求めていた。
むっ。
そういう千尋も、親バカでデレデレじゃん。笑えるぜ。
「いいんだよ、親バカに磨きかかってて。だって俺は、世界一の親バカ&娘バカになる予定なんだ。な?楓〜♪」
楓をきゅっと抱きしめて断言すると、千尋は更に呆れたように笑った。
「ははははっ。さよか。けど知ってるか?それって、“娘が大きゅうなったら一番嫌われるパパ像”の典型的なタイプなんやで、拓海。」
ぴくっ。
ぬぁにぃ?一番嫌われるパパ像だと??
「ばーろー。うちは例外なんだ。よそ様と一緒にしないでくれ。第一、楓が俺のこと嫌うワケ無いだろ〜。な?楓。楓は、パパのこと大好きだもんなぁ〜?」
楓のほっぺにすりすりと自分の頬を摺り寄せると、楓は『うきゃうきゃ』と笑って喜んでいた。
ほらみろ、楓はこんなに俺のこと好きなんだぞ。
なのに、嫌うワケねぇだろ。
「阿呆やなぁ、拓海は。娘っちゅうのんは、小さいうちはパパのこと好きでも、大きぃなったら『ウザイ』『臭い』『煩い』『うっとおしい』『嫌い』て言いよんねんで?」
ひらひらと手を振って意地悪に言う千尋に、俺はペロッと舌を出してから言い返した。
「残念でしたぁ。うちの楓は、そんなこと言わねぇよ。俺がずっとカッコいいパパでいるから大丈夫だ。けっけっけ。」
余裕の顔で高笑いを見せる俺に、フッと鼻で笑った千尋はまたもや意地悪満開な顔で喋り出した。
「甘いな、拓海。いくらパパがカッコようても、所詮パパはパパや。現実には、いつか彼氏作って、うちに連れて来よるんやで。ひひひっ。」
はうっ。
か、彼氏…。
楓が彼氏を連れて来る…。
俺の可愛くて大事な楓が…、“俺以外の男”をうちに連れてくる…?
うちに!?
うがぁぁ〜〜、許せん。
断じて許せん!!
俺以外の男が楓に触るなんて!!そのうえ、うちの敷居を跨ぐなんて!
ぜ〜〜ったいに、許さん!!
「そんな奴連れて来たら、俺が追い返して…いや、一発であの世へ送ってやる〜〜!」
メラメラと怒りの炎を燃やして一人熱くなっていると、エプロンを外しながら傍へやって来た月華が、俺からひょいっと楓を取り上げた。
「んもう、まだ一歳なのに今からそんな心配されても困っちゃうよね〜、楓。それにパパだって、怖いヤクザさんだったくせに、ママをおじいちゃんから奪って結婚したのにね。楓のパパは、ほんとに困ったさんだよね〜。」
ちらりと俺を横目に見ながら、ちょっと意地悪に楓へ言い聞かせる月華。
はぅっ。
そ、それを言われると…、何も言い返せません。
「……」
ぶすっと脹れて拗ねていると、月華が可笑しそうに笑いだした。
「あははっ。冗談だよ。ほら、拓海くんも千尋さんも、ご飯の準備出来たから食べましょ。輝は待ちきれなくて、もう先食べちゃってるよ。ほら。」
輝を指差し告げた月華は、楓を抱いて先にトコトコとダイニングへ。
言われてちらりと食卓を見遣ると、口元にいっぱいソースをつけた輝が、一人美味しそうにハンバーグを頬張っていた。
はははっ。ほんとだ。
あいつ、相当我慢出来なかったみたいだな。
何か、行動が涼太に似てるぞ。
笑える。
遅れて千尋とともにダイニングへ移動した俺は、ようやく夕食のハンバーグにありついた―…。 |