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最強の天使
作:九条 要



【2話】 “登場!もう一人の幼馴染”


 翌日。
 8月初日――。朝。

 いつものようにスーツに着がえソファで煙草を吸いながら、大事なことを思い出して月華に声をかけた。
「あ、月華ぁ、そう言えば9月のスケジュール決定した?」
「うん、えっとね、何日か休み取れたはずだよ。と言っても、昼からオフの日が多いけど。あ、でも確か12日は一日オフだった気がする。ノートパソコンの横にスケジュール帳あるから見て。」
 楓の服を着がえさせつつテーブルの上を指差した月華。
 言われるままにスケジュール帳を手に取り中を開くと、確かに彼女の言うとおり12日は一日オフ。
 しかも、その日は俺も休みで、尚且つ“大安吉日”。
 おお!何と、絶好のウェディング日和ではないか!
 よし、この日に決定だ!あとは旅行会社に行って、脅してでも都合付けさせるだけだな。
 うほほほっ。
 一応昼からオフの日も紙に控えて胸ポケットに入れたところで、お気に入りの洋服を着た輝がトコトコやって来た。
「パパ〜、どうしたの?にこにこして。」
「ん?何でも無いよ。…って、あれ?何で幼稚園の制服じゃないんだ?輝。今日はお休みなのか?」
 不思議に思って小首を傾げた俺に、輝は『うん。』と返事をしながら俺の膝の上へとよじ登ってきた。
「あのね、きょうはね、ママとかえでといっしょに“ひろとくんち”にあそびにいくんだぁ〜。いいだろ〜。」 
 俺の膝の上にちょこんと座って、足をぶらぶら振りながらご機嫌に話す輝。
 輝の言う“尋都ひろとくん”とは、千尋と桜さんの子供のことだ。
 楓と同じ年で、今1歳なのだ。
「へぇ〜、そっか〜、いいなぁ輝は。今日は尋都くんと遊ぶのかぁ〜。」
 輝の頭をくしゃくしゃっと撫でて羨ましげに言ってやると、月華が横から呆れがちに言葉を挿した。
「桜がね、輝の洋服のお下がりが欲しいって言うから、持って行って来ようと思って。ほんとは楓だけ連れて行こうと思ってたんだけど、輝がどうしても『僕も行く!』って言い張っちゃって…。」
 はははっ。
 つまり幼稚園はサボりな訳か。
「なるほど。あ、じゃあ、俺も今日は昼で上がるから、用事済ませたら千尋んちに行くよ。」
 ちょうど、仕事の件で千尋に話しもあるし。
 煙草を揉み消し笑顔で月華に告げた途端、輝が瞳を煌かせた。
「え!?ほんと?パパもくるの?」
「おぅ。今日はお昼で終わりだからな。パパも尋都くんを見に行くよ。」
「やったぁ〜。ぜったいきてよ、パパ。」
「あぁ。絶対行くよ。」
「ほんとだぞ!おとことおとこのやくそくだからな。わすれんなよ〜。」
 そう言って嬉しそうに笑う輝は、指きりをするべく小さな小指を出してきた。
「はいはい、忘れないよ。」
 にっと笑んで約束の指きりに応じると、輝は何とも上機嫌な顔。
「ほんとに大丈夫なの?拓海くん。そんな約束して。今、仕事忙しいんでしょ?」
 ちょっぴり心配そうに尋ねる月華に『大丈夫さ。』とVサインをしてみせると、彼女は『それならいいけど…』と苦笑していた。
 
  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆  ◆
 
 午後――。
 会社を昼で早退し、早速愛車のベンツでいそいそと出かけ向かった先は、各界セレブ御用達の会員制旅行会社。
 そこは、豪華客船での旅行などを主に取り扱っている店で、俺が銀龍会の7代目だった頃にも、何度か利用したことがあるところだ。
 勿論、沢村財閥がメンバーに入ってるのは言うまでもない。


「あぁ〜、一ヵ月後には、豪華客船で月華との待ちに待ったウェディングかぁ〜。へへ…へへへ。俺の企画、月華喜んでくれるかなぁ〜。そうだ、予約取れたら今夜発表して驚かせちゃおうっと。」
 ひとりにへにへと超ご機嫌で旅行会社の駐車場に到着後――…、車を止め降り立ったところで、何処かで見慣れたBMWを見つけた。
 んん?
 何か、何処かで見たことある車だな…。
 多少不安に駆られつつ店に入ると、出迎えたのは30代半ばだろうと思われる女性店員。

「これは沢村様、いらっしゃいませ。さぁ、奥へどうぞ。」
「あ、あぁ、どうも。」

 先導し奥の個室へ案内する店員の後をついて向かったのは、どうやら特別室。

「どうぞ、おかけ下さい。“早瀬様”の頃より当旅行会社をご贔屓にしていただき、まことにありがとうございます。今回はどういったプランをご用意させていただきましょうか?」
 俺がソファに腰掛けたのを見計らい、遅れて腰を下ろした店員は、そう言って笑顔を向けた。
「あぁ、実は、今日から横浜で停泊してるイギリスの豪華客船で妻との挙式をしたいんだ。それで、出来れば9月12日を何とか空けてもらえれば嬉しいんだが…。もし無理なら、最悪、他の日でも妥協しようとは思っているけど…」
 胸ポケットから一応メモ書きを取り出しつつ言うと、店員は早速ファイルを取って来るなり調べ始めた。
「いえいえ、そんな滅相もございません。沢村様のご希望の日に沿わせていただきますよ。えっと、12日ですよね…。12日…12日…は確か大安でしたよね。その日は…。」
 独り言を呟きながらペラペラと紙を捲り空き状況をチェックしていた店員は、全部捲り終えてからパタンとファイルを閉じた。
 ん?
「ご安心下さい、私が何とかします!一番の上得意様に、妥協などしていただくワケに参りませんからね。」
 そう言って何やら意気込んでソファを立った店員は、『少々お待ち下さい。』とだけ言い残し、駆けて行ってしまった。
 なるほど、予約でいっぱいだったのか…。にしても、“何とか”…って。
 大丈夫なのか?

 15分ほど待たされた後…
 軽い足取りで部屋へ戻って来た店員が、俺に向かって得意げにVサインをし、『取れましたよ。12日♪』と微笑んだ。
 ほえ?
 おお!取れたのか!?
 何と!!どんな手を使ったか知らんが、なかなかやるじゃねぇか、この女。
「ありがとう。助かるよ。チャペルとパーティー会場だけ用意してもらえれば、料理や服やその他諸々はうちで全て準備するから。」
「はい、かしこまりました。では、パーティー会場は貴賓室をご用意させていただきますね。あ、お時間の方はいかがいたしましょう?」
 早速ファイルに書き込みながら尋ねる店員に『18時からでいいよ。』と告げると、彼女は『承知致しました。お任せ下さい。』と最高の営業スマイルを見せた。
 はははっ。面白い女だ。
「あぁ、宜しく頼むよ。」
 う〜ん、ついに決定してしまった。
 9月12日の18時!月華と豪華客船ウェディング♪
 どれだけこの日を待ったことか。
 はぁ〜、月華のドレスは、どんなのがいいかなぁ〜。今夜一緒に決めよ〜っと♪ 
 にひひひ。
 
 浮かれ気分で特別室を後にし店内に戻ると、見慣れた顔を見つけてしまった。
 うぎゃっ!
 ……。
 あの車って、やっぱあいつのだったのかよ。
 思わず声をあげそうになったのを手で押さえて堪えていると、俺に気付いた相手が手を振ってご機嫌に近寄って来た。
「よぉ、拓海じゃないか。久しぶりだな。」
 そう言って親しそうに俺の名を呼んだのは、涼太とは別の…もう一人の俺の幼馴染。

 彼の名は“真山まやま 朋樹ともき”。
 うちの実家(銀龍会)と昔から友好関係にある“北秦会”の6代目。
 年齢は俺と同じ31歳。
 外見は俺とよく似ていて、身長もほとんど大差無く、細身でスーツの着こなしは抜群。そして、端整な顔だちと漆黒の髪の持ち主。
 幾つか違う箇所と挙げるとするなら、朋樹は女関係では絶対セレブな人妻にしか手を出さないのと、片耳にはピアスをしていること、それと…、バカンス焼けした少し浅黒い肌。
 性格は、俺が喜怒哀楽が激しいのに対して、朋樹は俺以外の人間には滅多に喜怒哀楽を見せない。つまり、良く言うなら“クール”。悪く言うなら“無愛想”な奴だ。(本人は、そのつもりは無いのかも知れないが…。)
 まぁ、それはさて置き、女たちは朋樹のそういう外面に惚れる。
 だからこいつには常に女がいるし、“彼女イナイ歴〜年”なんてのは、全く持ってあり得ない不要の言葉なのだ。

「あぁ。久しぶりだな朋樹。3ヶ月ぶり?…いや、4ヶ月ぶり?か。どうしたんだよ?こんなところで…」
「ん?あぁ、ちょっとな。」
 俺の問いに含んだ答えをした朋樹は、場所を移動しようと言いたげに指で店の入り口を指し示した。
 何だよ、これから千尋の家に行かなくちゃいけないってのに。
 渋々それに頷き、店員に『ここでいいよ。』と声をかけると、『かしこまりました。ありがとうございました。』と笑顔で頭を下げた店員は、そのまま奥へと戻って行った――。

 店員の姿が見えなくなってから二人でツカツカ店を出ると、早速朋樹はポケットから煙草を取り出し吸い始めた。
「ぷはぁ〜、美味い。店の中、禁煙なんだもんなぁ。さっきから吸いたくて我慢してたんだよ。」
 へ?
 煙草を我慢…。
「はぁ!?もしかしてお前…、自分が煙草を吸いたかったからって、俺を外に連れ出したのかよ!?」
 冗談じゃねぇぞ、お前の煙草休憩に付き合ってられるか。
 こんなことのせいで、行くの遅れて輝に嫌われたらどうしてくれるんだ!
 ぎろっと鋭く睨んで言い吐いた俺に、朋樹は『はははっ、まさか。』と手をヒラヒラ振って軽く笑い飛ばした。
 むっ。
「じゃあ、連れ出した理由は何だよ。俺は、てめぇみたいに暇人じゃねぇんだ!これから行くところがあるんだから、さっさと用件を言え。」
 スーツの上着から煙草を取り出し、一本銜え少々不機嫌に尋ねたところで、朋樹が俺にライターの火を差し出した。
「まぁまぁ、そう怒るなって拓海。ほら、火」
「…さんきゅ。」
 有り難く火をもらい、煙をふぅ〜っと吐いたのと同じくして、朋樹がライターを仕舞いながら話を始めた。
「拓海、今日から横浜で停泊中の豪華客船知ってるか?」
 え…?
「あぁ、知ってる。イギリスの豪華客船だろ?それがどうかしたのか?…まさか…」
 ピンと来て言いかけた俺に、朋樹が遮るように言葉を被せた。
「そぅ。そのまさか。相変わらず感がいいな、拓海。今度そこで、銃の取引あんだよ。かなりやばいが、とんでもない大金が動く。」
 やっぱり…。
 こいつがここにいる時点で、何となくそんな予感はしてたけど…。
「そうか。まぁ、あの中は日本のサツも手出し出来ねぇし大丈夫だとは思うが、油断はしない方がいいぜ。」
 ふっと薄く笑んで忠告してやると、チラリとこっちを見返した朋樹は、途端ににんまりと笑みを浮かべ俺の肩を掴んだ。
 むむっ、何だ意味深なその笑みは。
 無性に嫌な予感がするぞ。
「おぅよ。でさぁ、取引の後、いつもみたいに最っ高にいい女集めて朝までぱぁ〜っとパーティーしようと思ってんだよね。お前もどうだ?拓海。奥さんとばっかじゃ飽きるだろ?たまには、他の女抱くのもいいぜ?お前と俺で半分ずつってどうだ?」
 ……。
 はははっ。やっぱりその手の話か。相変わらず俺以上に女ったらしな男め。
 ニヤニヤ笑って俺の肩を揉みつつ誘う朋樹に、俺はひとつ溜め息を吐いてから口を開いた。
「悪いが遠慮するよ。俺、妻以外の女に興味無いから。」
 そうだ。月華以外にいい女なんていねぇんだ。この世で一番、月華がいい女なんだから。
 にへへ。
 きっぱり断った俺に、『ちっ』とつまらなさそうに舌打ちした朋樹は、煙草を地面に落とし踏み躙った。
「つまんねーの。ほんっと、あのお嬢様と結婚してから遊ばなくなったよなぁ、お前。あんなに女ったらしで有名だったのに。」
 口を尖らせてぼやいた朋樹は、ちょっぴり寂しげな瞳を空へ向け眩しそうに細めた。
 はははっ。
「ばーろー、俺以上に“女ったらし”の“朋樹くん”に言われたか無いぜ。それに、そんなの何年も前の話しだろ。今は、女遊びに興味は無い。妻のこと世界で一番愛してるし。」
 同じく煙草を踏み消しさらりと返すと、朋樹は両手を頭の後ろで組んでちらりと俺へ視線を向けた。
「でも、ほんと拓海の嫁さんって美人だよなぁ〜。あの沢村のお嬢様で、しかも作家の“東條 翼”だもんな。テレビで観てもあんなに美人なんだし、実物はもっと美人なんだろ?なぁ、今度紹介してくれよ。いいだろ??俺も、直に会ってみたい。」
 視線を細めてニヤリと笑い肘を突いてきた朋樹の頭を、俺はコツンとぐーで殴った。
「お断り。誰がお前なんかに紹介するかってんだ。野獣の前にウサギを放すみたいなもんじゃねぇか。そんな危険極まりないこと出来るか、ボケ。じゃあ、俺用事あるから行くぞ。」
 冗談じゃねぇ。お前が月華に手ぇ出そうって企んでるのは、百も承知なんだよ。
 そんな奴に、俺の愛しい愛しい月華を紹介して堪るか。  
 死んだってお断りだぜ。
 ついっと顔を背け踵を返し去りかけた俺を、朋樹が掴んで引き止めた。
「待てよ、拓海。嫁さんのことはさて置き、今度の取引後のパーティーの件、真剣に考えてくれよ。来て損はさせないからさ。日にちは、9月12日。時間は、夜8時。待ってるよ。」
 俺の肩をぐっと掴んで告げる朋樹に、聞き流すつもりだった俺は、日にちを聞いた途端頭が真っ白になった。
 ちょっと…待て。今…何て…?
 9月…12日?
 9月…っっ!!
「おい!朋樹!!今何て言った!?おい!」
 気のせいだ。聞き間違いだ!9月12日な訳ない!
 だってその日は、俺と月華のハッピーウェディングの日で…。
 大安吉日で…。
 朋樹の両肩を鷲掴んで大きく揺さぶり問いただすと、彼はガクガク揺らされながら『何って…9月12日…。大安だし…やっぱ縁起は担がねぇとな…』と舌を噛みそうになりながら答え返した。
 うがっ!…大安…
 あうぅ…、やっぱ聞き間違いじゃないのか…。っつーか、銃の取引に縁起担いでんじゃねぇよ!
「朋樹!!その取引とパーティー、今すぐ延期しろ!!もしくは、中止しろ!!」
 冗談じゃない。俺と月華の挙式の日に…。
 しかも俺たちの挙式は、ナイトウェディングなんだぞ!!そんな幸せいっぱいの日に、“銃の取引”だの“うはうはハーレムパーティー”だのをされて堪るか!
 朋樹の胸ぐらを掴んで射抜くような目で言い放つと、朋樹はあっさり俺の手を振り払った。
「はぁ!?何言ってんだよ。阿呆か。中止も延期も出来る訳ねぇだろ!」
 むかっ。
 こいつぅ〜〜!
「いいから、延期か中止かどっちかにしろ!でないと、絞め殺すぞ。」
 朋樹の首を鷲掴みどすの利いた声で脅しをかけると、怯むどころか笑い出した朋樹。
「出来るものならやってみな。その代わり、俺を絞め殺して務所行きにでもなってみろ。沢村の名に傷がつくぜ?それでもいいのかぁ〜?」
 うぐぐ…。
「ちっ」
 舌打ちとともに朋樹を突き飛ばし解放した途端、傍にあった木にもたれた朋樹が、ふふふっと笑い口を開いた。
「やっぱお前には、セレブな生き方より、銀龍会7代目の方が似合ってるぜ。」
「煩い。とにかく、12日の取引の件は中止か延期のどちらかにしろ。あと、俺はパーティーには参加しない。それだけだ。じゃあ、俺は急いでるから失礼する。」
 朋樹に背を向け吐き捨てるように言った俺は、そのままベンツに乗り込みイライラしながら旅行会社を後にした――。  












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