【21話(閑話)】 “その頃の《俺様男 真山 朋樹》…”
「ふぅ…」
むぅ〜。
洋輔に『ちょっと出てくるわ。』って言ったものの…、広すぎだろ、この船。
おかげで、すっかり迷子になっちまったぜ。
うーん、どうする俺。
あっ!そういや、今日って拓海とあのお嬢様の結婚式だっけ。
拓海があれだけぎゃんぎゃん吼えてたってことは、時間は俺たちの取引と同じくらいってことだよな、たぶん。
…ってことは…、むふっ。
捜せば、あのお嬢様と会えるってことじゃん。
途端に軽やかな足取りになった俺は、スタスタと目的のものを捜す旅に出た。
何処にいるのかな〜、美人人妻♪
拓海一人で独占なんていけないよなぁ。やっぱそういうのは、共有しなくちゃ。
くくくっ。
ふらふらとあてもなく捜していると、見つけたのはチャペル。
おっ!人が集まってるじゃねえか。っつーことは、やっぱこの時間だったか。
目を凝らしてきょろきょろ捜してみるが、どうも主役の二人はまだいないらしい。
おや、いない…ってことは、まだ控え室か?
ひひひっ。
チャペルを離れて船内に戻ると、早速探索開始。
「こう同じドアの部屋がいっぱいだと、ちっとも分かんねえぞ。」
きょろきょろウロウロと不審者の如く歩いていた矢先、向かいから歩いて来た黒服の男が、俺を見るなり駆けて来た。
むむ?
「沢村様!ご用はお済ですか??お済でしたら、そろそろお着替えをお願いします。」
俺の傍に来るなりそう言った男。
は?
沢村様?用事?
……。
なるほど。この男、今夜の挙式スタッフか。でもって、俺と拓海を間違えてやがるのか。
即座に状況を把握した俺は、にまりと笑いを零してしまった。
いいところに使えるカモが来たじゃん。
こいつに、あのお嬢様の控え室まで案内させることにしよう。
「すみません。お待たせしてしまって。すぐ着がえます。あ、でもその前に妻に話があるんですが、妻の控え室をもう一度教えてもらえませんか?こう広くて同じ部屋ばかりだと、すぐに忘れてしまって。」
にこりと笑って(?)告げた俺に、黒服男は『あ、はい。こちらです。』と何やらビクビクした様子で前を歩き出す。
……?
何ビクついていやがるんだ?こいつ。
俺、ちゃんと笑顔で言ったつもりなんだが…。
まぁ、いいか。こいつには案内させるだけだし。
☆
しばらく無言で男の後をついて行くと、ようやく立ち止まったひとつの部屋の前。
ここか…。
くくくっ。拓海、悪く思うなよ。
「ここでございます。」
そう言ってドアをノックしようとした男の手を、俺はすかさず掴んで止めた。
「結構です、あとは自分で。」
「さ、さようですか?で、では、御用が済まれましたら、早急にお着替えをお願い致します。みなさまお待ちかねですので。」
俺の笑顔に、やはり何故かビクつく男は、そう言い残すとパタパタと足早に行ってしまった。
……。
やっぱ、気に入らねえ。何で俺の笑顔見て怯えるんだ、あの野郎。…っと、そんなことより、早速美人人妻とご対面せねば♪
きひひひ。
…とその前に!
拓海の奴、近くにいねえよな??それと、あの“クソガキ”と“猫”!!
念入りに周囲を窺ったあと、扉にピタリと耳を当てた。
中にもいねえよな??
神経を研ぎ澄まして部屋の中の音を聴くが、男の声らしきものも子供と猫らしき声も聞こえない。
よしよし、誰もいねえな。
安全を十分に確認してから軽くドアを叩くと、それはかなり勢いよく開かれた。
ぎゃっ!!
「拓海くん!?輝見つかった!?」
ドアを開けたと同時にそう叫んだのは、純白のウエディングドレスに身を包んだ最高に美人な女。
うほぉっ!!これが拓海の嫁さんかよ。
テレビで観るよりはるかに美人じゃん♪でもって、俺好み♪ふふふん。…っと、浮かれてる場合じゃないな。
「あ、ごめん。それが、捜してるけどまだ見つからないんだよ。」
バレないだろうと高をくくり、拓海になりきって会話合わせの台詞を吐くと、俺をじっと見上げた彼女は一言『あなた、誰?』と明らかに不審者を見るような目つきで俺に尋ねかけた。
…むむっ。
やっぱ他の野郎は騙せても、嫁さんはダメか…。
ちぇっ、つまんねぇの。
「へぇ、やっぱ旦那の顔は見間違えないんだ。まぁ、当然か。…俺は真山 朋樹。拓海の幼馴染だ。名前くらい聞いたことあんじゃねえの?」
言ってポケットから取り出した煙草を一本銜えたところで、彼女がそれを奪い取った。
あっ…
「何すんだよ。」
「拓海くんの幼馴染は涼太さんだけです。あなたの名前なんて聞いたことないし、それ以前にここは煙草禁止です!」
ぎろりと睨みつけて言った俺に対し、怯むどころか逆に睨み返してきた彼女。
美人でか弱そうな外見からは想像出来ない意外な反応が妙に可笑しくて、思わず『くくくっ』と笑いを零してしまった。
財閥のお嬢さんだから落とすのは軽いかと思ったが、案外いい度胸してるじゃねえか、この女。
面白れぇ、ますますコレクションに加えたくなったぜ。
「ちょっと!何が可笑しいんですか!?」
含み笑う俺に向かって、眉間に皺を寄せムッとした顔で声を荒げた彼女。
その身体を片手でバンッと扉に押し当てると、さすがに驚いた…いやビビったのか、彼女は声を震わせた。
「きゃっ、な、何す…」
「いいね、その顔。そそるよ。それにその姿も、めちゃくちゃにしたくなる。どう?拓海は拓海で置いておいて、俺とも愉し…」
彼女の顎に手を添え、そこまで言いかけたところで、一つの声が割り込んだ。
「あ―っっ!!またでたな、くそじじ―っっ、ぼくのママにさわるな―っっ!!」
ぎくっ。
あ、あの声は…
聞き慣れた嫌な声にそろそろと顔を向けると、見えたのは圭介さんに抱っこされた状態でこっちにやって来る拓海ジュニアの姿。
うがっ。
やっぱりあいつかよ…。何てタイミングで出て来やがるんだよ。
「あっ!!輝〜〜っっ!良かったぁ、見つかって。もう、何処行ってたの。ママ、凄く心配したんだからね。……って、輝…あの人のこと知ってるの?」
俺の手から離れ、パタパタとドレス姿でクソガキのもとへ駆けて行った嫁さんは、圭介さんからクソガキを受け取り抱きながら、不思議そうに質問を飛ばした。
「うん。あいつ、ママにへんなことする“えろじじー”なんだ!!パパがいってたもん!!」
抱っこされつつ、ハッキリキッパリ俺をエロじじい呼ばわりしたクソガキ。
むかっ。
誰がエロじじいじゃ、クソガキ!!
くそぉ、拓海め〜〜、ガキに変なこと吹き込みやがって!!…って、ちょっと待て!!あのクソガキがいるってことは、まさか…“あれ”も…
ひぃぃ〜〜!!嘘だろ!!冗談じゃねえぞ!!
慌てて視線を落とし辺りをキョロキョロ探すが、あの物腰の柔らかい、シッポをくにゃんくにゃん揺らめかせた爪の鋭い獣の姿は見当たらない。
ふぅ…、さすがに結婚式には連れて来ない…か。
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、クソガキの目がキランと悪戯っぽく光った。
びくっ。
な、何だあの目は。…と思った次の瞬間、圭介さんの背後からちらりと顔を覗かせたのは、あの獣。
はうっ!!で、出たぁぁ!!
無意識にじりっと半歩後退した刹那―…
「いけーっ!!ほし!!あいつをひっかいちゃえ!!」
俺に向かってビシッと指差し命令したクソガキ。すると…
「うにゃーっっ!!」
いつぞやの如く、まるで命令に従うように鳴いた獣が、俺に向かって猛ダッシュしてきた。
ひぃぃぃ〜〜っっ!!また来たぁぁ―っっ!!
「ぎゃーっっ!!く、来るなぁぁ―っっ!!」
逃げればいいものを、そんなことなど欠片も思いつかず、咄嗟に盾になるものを探したが時既に遅し…。
俺の手前1mでジャンプした獣が、キッと鋭い爪を向け、俺の顔目掛けて飛びかかって来た。
「うぎゃあああああぁぁ―っっ!!」
叫んだと同時に顔にくっついてきた毛だらけの獣。しかも、顔中に走った焼けるような痛み。
「いでででで――っっ!ぎゃーっ!!だ、誰か助けてくれぇぇ―っっ!!って、うぎゃぁ―っっ!!鼻を噛むなぁぁ―っっ!!」
この世の物とは思えない痛みと視界を全て遮られたせいで、ドスンとその場に尻餅をついた俺。
その直後…、誰かによって俺の顔から獣がバリバリと引き剥がされた。
い、痛ぇぇ。
ヒリヒリする顔を押さえ苦しんでいると、どうやら俺から獣を剥がしたのは圭介さんだった。
「こら、星、輝に言われたからって悪さするんじゃない。まったく。大丈夫か?朋樹……って、全然大丈夫そうじゃないみたいだな。」
俺を見下ろし聞いておきながら返事も待たず、自己完結した圭介さんは苦笑顔。
……。
あんた、実はちょっと面白がってるだろ。
無言を返してのろのろと立ち上がった矢先、俺たちの間に割り入った新たな声。
「おーい、圭介―っっ!!拓海に似た奴見かけなかったか―っっ!?」
言いながら駆けて来たのは、テレビでよく見かける沢村の後継者。
つまり、この嫁さんの兄貴。
ヒリヒリした顔のまま見遣った俺を見て、男の足がピタリと止まったかと思うと、途端に顔をサーッと青ざめた。
そして―…
「ぎゃーっっ!!で、出たぁぁ―っっ!!」
こっちを指差し大声で叫んだかと思うと、傍にあった柱に身を隠した後継の男。
……。
おい、人のこと化け物見たみたいに言うんじゃねえよ。
更に不機嫌になった俺を見て、圭介さんが可笑しそうに笑う。
むかっ。
笑うな。
「悠斗、たぶんお前の捜してる奴はこいつだと思うぞ。」
くすくす笑いながら俺を指差し、教えた圭介さん。
一方教えられた沢村の後継は、『そいつ?』とちらりと顔を覗かせてこっちを見遣った。
じっと俺を見る二つの瞳。…と、その数秒後『うぎゃっ!!ほんとだ!!拓海のクローンだ!!』とかなりマジに驚いた様子で大声をあげられた。
ク、クローンって…
誰がクローンじゃ!!それを言うなら拓海が俺のクローンだろうが!!
こいつ、マジでムカつく。
今すぐ首絞めてやりてぇ…。
拳を握って震わせながら、ギリギリと後継の男を睨みつけていると、突然俺の前に差し出されたのは真っ白いハンカチ。
え…。
驚いて視線を動かすと、ハンカチを持つ細くしなやかな手の先にあったのは、拓海の嫁さんの姿。
「これ、使ってください。水で少し湿らせて来ましたから、綺麗に血も落ちると思います。ごめんなさい、うちの子のせいで…。」
そう言って最後に申し訳無さそうに謝った嫁さんへ、俺はハンカチを押し返した。
「いらない。別に、あんたのせいじゃ無いから…。……それより、そこでまだ柱に隠れてるあんた、俺に何か用かよ。」
嫁さんに冷たく言い返してから、後継の男を睨みつけ声をかけた次の瞬間、いきなりぐいっと腕を引っ張られた。
ぎゃっ!
「うわっ!何しやがる、てめえ!!」
「ダメです!ちゃんと拭かないと!!」
瞬時に吼えた俺へぴしゃりと一言きつく言い放った彼女は、そのままズルズルと俺を引きずり、室内へ。
何なんだよ、この女。
抵抗する間すら与えてくれず、あっと言う間に室内のソファに俺を座らせた彼女は、一変…優しい表情で俺の顔にそっと濡れたハンカチを当てた。
ドキッ。
ドクン…ドクン…ドクン…
な、何だ俺。ど、どうしたんだ。
何か、身体の奥が変だぞ。すげえ熱い。
「うちの子にもいつも言うんですけど、猫の爪って、案外汚いんですよ。いろんなところで、爪磨いだりしてるから。だから、ちゃんと綺麗にしないと、傷からバイ菌が入って感染でもしたら大変でしょ。」
優しく説教を垂れながら、俺の顔をハンカチで拭く彼女。
その彼女の指が、頬に額に唇に触れるたび、身体の芯がどんどん熱くなるのを感じた。
変だ。変だ、変だ!!
全身が脈打ってるみたいにドクドクする。胸が…苦しい。
「…なれろ……は…はなれろ…俺から離れろ!!」
胸の奥の苦しみに耐えきれず、無意識にバンッと彼女を突き飛ばすと、『きゃっ!!』という悲鳴とともに、後方のクローゼットで『ガンッ』と後頭部を打ちつけ崩れ落ちた彼女。
はっ!!
「くそじじー!!ぼくのママになにするんだ!!」
「こらっ!!朋樹!!相手は女なんだぞ!何てことしやがる!…月華、大丈夫か?」
目を三角にしてきゃんきゃん吼えたクソガキに続いて、もの凄い目つきで俺を叱り飛ばした圭介さんが、彼女に駆け寄り心配そうに声をかけた。
すると彼女は、後頭部を擦りつつ『…大丈夫。髪飾りいっぱい付けてるから、そんなに痛くなかった。』と笑顔を見せた。
…嘘だ。
あんなに凄い音がして、痛くなかったはずがない。
なのに…。
「…あ…す、すまない…。その…あんたが、変なこと…するから…」
立ち尽くしたまま視線を落とし謝ると、圭介さんがふぅっと溜め息をついて口を開いた。
「どうした、朋樹。らしくないぞ。女には暴力振るったことの無いお前がこんなことするなんて。」
「……。」
自分でも何故あんなことをしてしまったのか分からず無言のままでいると、船室の扉にもたれてじっと一部始終を見ていた後継の男が、腕組をし…ぼそりと口を開いた。
「きっと、傷を強く擦られて痛かったからだろう。かなり酷いからな、その顔の傷。」
「あ、そ、そうだったんですか!?ごめんなさい。」
男に言われてハッとした顔で慌てて俺に謝った彼女は、心から申し訳無さそうな顔。
「…べ、別に…」
違う、そうじゃない。傷が痛くて突き飛ばしたんじゃない。
胸の奥が苦しくて…それで…。
胸…。
何であんなに苦しかったんだ…
今もまだ…ドクドクする…。何でだ…。
考えれば考えるほどワケが分からなくて口を噤むと、後継の男が俺の元へ歩み寄り腕を掴んだ。
「ちゃんと医者に手当てしてもらった方がいい。俺が医務室へ連れて行ってやろう。月華の言うとおり、猫の爪ってのは雑菌だらけだからな。圭介、月華と輝を頼む。あと、式はもう少しだけ遅らせると、スタッフに言っておいてくれ。じゃ、行くぞ、拓海クローン。」
言って俺を引っ張り歩き出した男。
連れられるままに部屋から出た俺は、胸の奥のモヤモヤした感情を抱いたままトボトボと足を進めた。
何なんだ、このドクドク…。
全然止まらねえ。
くそ…、あの女、俺に何したんだ。
☆
しばらく無言で歩き続け、部屋からだいぶ離れた場所まで来たところで、男がぼそりと一言囁いた。
「…君には医務室じゃなく、別の場所に同行してもらうぞ。」
え…
「別の場所?」
突飛な台詞に目をしばたかせると、男は『あぁ』と頷き先を続けた。
「あの場では言えなかったが、拓海が君の身代わりに洋輔って男に連れて行かれた。今頃、もう取引が始まっているはずだ。早く行かないと、拓海が君の偽者だとバレて、とんでもなくヤバイ騒動が起こる。」
早足で俺を引っ張りながら真剣な口調で話す男。その横顔は、余裕の無さを物語っていた。
拓海が俺の代わりに連れて行かれた?もう取引が始まってる…?……って、ちょっと待て!!
もうそんな時間なのか!?今何時だよ!!
慌ててポケットからケータイを取り出してみると、いつの間にやらバッテリー切れ。
うぎゃっ!
何てことだ、時間には戻れるようにアラームセットしてたのに〜〜。
「何であんた、それをもっと早く言わねえんだよ!」
男の手を振り解き、今まで以上に歩く速度を速めながら低く吐き捨てると、返ってきたのは『何を言う。そもそも、君が時間を守ればこんなことにはならなかったんだ。他人のせいにするな。』と、何ともご尤もな台詞。
……うぐっ。
く、くそぉ、言い返せねえ。
拳を握り、ムスッと不機嫌なまま足を速めると、同じように足早で隣りを歩く男が、更に俺へ声をかけた。
「あと、これは全然関係無い話だが、月華に惚れたなら諦めた方がいい。」
え…。惚れ…
男の言葉を耳にした瞬間、ドクンドクンと高鳴り出した胸の奥。
な、何だよ。何で…
「はぁ?? んなワケねえだろうが。何ふざけたこと言ってんだよ、あんた。」
きゅーっと苦しくなってきた胸を堪えて、嘲り捨て吐いた俺は、更に増して足を速めた。
何で…。何でこんなに胸の奥が苦しいんだよ。
ちくしょう、ワケ分かんねえ。
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