【9話】 “おまえなんか大きらいだ! 2 朋樹vs輝。−ママ編−
「おい、拓海、どうする?“これ”。」
足元できゅ〜〜っと伸びている朋樹を指差し、圭兄が苦笑まじりに問いかけた。
『これ』って…、圭兄…それはちょっと可哀想だろ。
う〜ん、でも、どうするか…。
こんな廊下の真ん中で捨て置くのも、通行の邪魔だな。…かと言ってヘタに起こすと五月蝿そうだし…。
むぅ〜〜。
こういう時は…
「このまま放っておこう。そのうち、誰かに踏まれて目が覚めるだろ。」
にまっと笑って答え返した俺に、『そうだな。』と素直に同意した圭兄は『じゃ、行こうか。』と付け加えた。
「おう!行こう行こう!リビング行って、紅茶でも飲もうぜ!輝は、ミックスジュースな。」
ご機嫌に提案して腕の中の輝にも告げると、『おぅ!じゅーすのむ!』とこれまたご機嫌な返事をされた。
「はははっ。分かった。じゃあ、通りがかった誰かに頼むとしよう。」
そうして、星に引っかかれて見るも無残な姿で行き倒れている朋樹を廊下に放置した俺たちは、先に駆けて行った星を追うように早速リビングへと向かった―…。
◆
「あ、そうだ、なぁ圭兄、この間の手紙のことなんだけど…」
輝を抱いて歩きながら、手紙のことを思い出し切り出すと、圭兄は『あぁ、あれか。お前が処分しておいてくれ。』とあっさり返した。
え…。
俺が…?
「え、だって、一応圭兄の手紙だし、処分するなら圭兄が自分でした方が…。」
そうだ、いくら圭兄が『いい』って言っても、他人の手紙を処分するのはちょっと…。
途中で口ごもり躊躇った俺に、圭兄はにっこりと笑いかけた。
「言ったろ。俺の本当の家族はお前たちだけだって。だから、お前の手で処分しておいて欲しいんだ。」
そう言うと、優しくトントンと俺の肩を叩いた圭兄。
圭兄…。
「…そっか。分かった。じゃあ、俺が捨てておくよ。」
素直に応じて笑みを向けた俺に、圭兄は『あぁ、頼む。』と言って笑っていた。
本当の家族…か。
「…なぁ、圭兄…、本当の家族だから聞いていいかな?」
ちらりと窺うようにして質問を投げると、圭兄は『ん?何だ?』と首を傾げた。
「…うん…。優希姉のことなんだけど…、何かあった…?さっき外で、輝に『ゆきちゃんいる?』って聞かれた時、何か様子変だったし…」
気になっていたことをぼそりと突っ込んでみると、圭兄はスッと視線を落とし口を噤んだ。
圭兄…。
やっぱり優希姉と何かあったんだ。
「なぁ…圭兄…、俺たち兄弟だよな?本当の家族だよな?圭兄がそう言ったじゃん。それに圭兄は、俺が月華に片想いしてたとき、いっぱい支えてくれたろ?俺も、圭兄の為に何か出来ないかな?」
いつも圭兄は、大抵のことは自分で解決してしまう。
だから、俺にも親父にも望にも相談しない。この間の手紙のこともそうだ。俺が尾行してなかったら、圭兄は誰にも何も言わなかったに違いない。
それが俺には、やけに切なかったりするんだ。
家族なのに、何だか距離があるみたいで…。
「拓海…」
「な?俺、圭兄みたいにいいアドバイスなんて出来ないかも知れないけど、聞くくらいは出来るからさ。いつでも言ってくれよ。輝だって楓だって、優希姉のこと大好きなんだ。俺も輝も楓も月華も、それに親父だって、圭兄には絶対絶対幸せになって欲しいんだよ。だからさ。な?圭兄。」
真っ直ぐ圭兄の目を見つめて真剣に言うと、『ありがとう、拓海。分かった。今度ちゃんと話すよ。』と小さく返した圭兄の瞳は、薄っすらと涙で揺れていた。
圭兄…。
「うん。圭兄が話してくれるまで、俺、待ってるからさ。だから遠慮するなよな、兄貴。」
両手が塞がってる為、にっと笑顔だけを向けると、輝も俺をマネてにーっと圭兄に笑みを向けていた。
約束だぜ、圭兄。
その後、しばし沈黙のままリビングへと歩いていた最中、報告するべき最も重要なことを思い出し、圭兄に声をかけた。
「あぁ、そうそう圭兄、後で親父にも話すけど、9月12日に豪華客船で俺と月華の挙式をしようと思ってるんだ。だから、その日は空けといてくれよ。な?」
突然話題を変えた俺に、ちょっと驚いた顔を見せた圭兄は、瞬く間に柔らかな笑みを浮かべ口を開いた。
「へぇ、凄いじゃないか。そうか。やっと挙式するのか。おめでとう。勿論、予定を空けておくよ。…あ、でも、俺たちが行ってもいいのか?各界のお偉いさんたちが来るんじゃ?」
「それは大丈夫。身内だけでするから。沢村の会長にも、もう話してあるんだ。だから、心配ご無用。」
ちょっぴり遠慮がちに問う圭兄に笑顔で即答すると、ほっと安堵した圭兄が『そうか。』と言ってから輝に声をかけた。
「輝、良かったな。お前、パパとママの結婚式が見られるなんて、ラッキーなんだぞ。それに、その日は輝のママが一番綺麗な日だから、ちゃんと見てあげなくちゃな。」
「うん!あのね、ぼくもママとおしゃしんとるんだよ!ママがね、『いーよ』っていってくれたんだ♪」
圭兄の言葉に嬉しげに答えた輝。
そんな輝の髪をくしゃっと撫でた圭兄が、『はははっ。そうか。いいなぁ。』と羨ましげに言いながら笑っていた。
と、そこへ――…
不意に後方から聞こえて来た不気味な低い声。
「ほぉ〜〜、結婚式ねぇ…。なるほど。どうりで9月12日の取引を中止しろだの、延期しろだのって言ったワケだ。ようやく謎が解けたぜ。」
ぎくっ。
この声は…。
立ち止まって恐る恐る振り返ると、そこにいたのは―…顔中ダラダラと流血状態で仁王立ちの朋樹。
ひっ!
「うぎゃ―っ!!出た―っっ!!ゾンビ!!」
「パパ〜〜っっ!!怖い!!」
咄嗟に輝をかばおうと抱きしめた俺の横で、圭兄は声も出ず硬直状態。
そんな俺たちに、朋樹がどすの利いた声で言葉を放った。
「誰がゾンビだ、てめえ。」
ひぃぃ〜〜。
ゾンビが喋った。
「はは…はははっ。す、すまん。つい…。いやぁ…、血も滴るいい男だな…朋樹…。似合ってるぞ…。それに、えらくお早いお目覚めじゃねえか…。」
はぁ…、びっくりした。心臓に悪すぎだぞ。
にしても、いつの間にいたんだ。
全然気付かなかったぞ。
「あぁ、顔中痛くて、嫌でも目が覚めたぜ。…まったく、水くさいじゃねえか、拓海。幼馴染の俺に黙ってるなんて。あの豪華客船で結婚式やるならそう言えよ。」
ニヤリと口端を上げ…含み笑いで言い返した朋樹に、『あ、あぁ、身内だけでやるから誰にも言ってねえんだよ。』と苦笑いで答えると、『ふーん』とだけ返されツカツカと歩み寄って来られた。
ひっ。
な、何だよ。
思わず半歩後ずさると、俺をちらりと一瞥した朋樹は喋りかけるワケでもなく、輝へと視線を移し話しかけた。
「よぉ、クソガキ、今日はこのまま許してやる。…が、この落とし前は後日きっちりつけてもらうからな。」
え…。
後日…?
「パパ、おとしまえってなに?」
朋樹の言葉の意味がさっぱり分からず首を傾げて尋ねる輝に、『え、あぁ、悪いことをしたんだから、ごめんなさいをしろってことだよ。』と簡単に説明すると、輝は『ぼくわるくないもん。』と口を尖らせていた。
『後日』ってどういうことだ。輝に何をさせる気だ?
何を企んでるんだ、朋樹の奴。
あれこれと考えを廻らせ頭を悩ませていると、輝に向かって朋樹が更に言葉を放った。
「そう言うと思ったぜ。だから、お前のママに『ごめんなさい』を言ってもらうことにする。」
え…。
月華に…。って、もしや…
「なんでママが、おまえなんかに『ごめんなさい』しなくちゃいけないんだよぉ!」
俺が口を出す前に、キッと目を三角にして言い返した輝。
それを見下ろし『ふっ』と鼻で軽く笑った朋樹は、冷めた口調で言葉を続けた。
「お前が『ごめんなさい』しないからだろ。だから、代わりにママに謝ってもらう。それの何が悪い。」
……。
お前なぁ…。
何が『ママに謝ってもらう』だ!
お前の狙いは“謝罪”じゃなくて、月華を自分の物にして“うはうは”することだろうが。
この下心丸出しのセレブ人妻好き男め!!
お前の考えてることなんざ、お見通しなんだよ!!ボケ。
「悪いな、朋樹。生憎、月華は忙しいんだよ。だから、輝の代わりに父親の俺が謝ってやる。それなら文句無いだろ。」
バカ野郎。
俺の月華に手を出そうったってそうはいかねえぞ!!
真っ直ぐ見据えて朋樹に告げると、ついっと俺から顔を反らした朋樹は、あっさり首を振って拒否をした。
「いやだね。俺は、あの美人のご令嬢に謝ってもらいたいんだ。ってことで、お前の謝罪は受付けねえ。」
そう言って、ひっひっひとイヤらしい笑いをした朋樹。
「てめぇ〜〜」
ムカつく。
ムカつく!すげえムカつく!!
思わず拳をぐぐっと握り締めたものの、輝の前で暴力を振るうワケにも行かず…必死に堪えた俺。
すると、小さな手で朋樹をビシッと指差した輝が、むっとした顔で怒り出した。
「あ――っっ!!おまえ!!ママにへんなことするきだろ!!そんなのぼくがゆるさないからな!!」
鋭い指摘をした輝に、何も返さずにんまりと笑みだけを向けた朋樹は、すっと踵を返して俺たちに手を振った。
「んじゃ、結婚式の日、楽しみにしてるぜ拓海。これで、俺のコレクションに沢村のご令嬢もお仲間入りってか。けっけっけ。早く9月12日にならないかなぁ〜。」
そう言うと、ひとり楽しそうに去って行った朋樹。
あの野郎〜〜!
絶対殺す!
「あ―っっ!!まて――っっ!!にげるな―っっ!!ぼくのママになにかしたら、かみついてやるからな――っっ!!おぼえとけ!!くそじじ―っっ!!」
朋樹の後姿に、必死に文句を言い放った輝。
しかし、そんな輝にまたもや手を振った朋樹は、既にクールさの欠片すらなく『ひゃーっひゃっひゃっひゃ…』と高笑いをしていた。
うぐぐぐ〜〜。
超ムカつく!!いや、この上なく無限にムカつく!!あのバカ笑い!
くそぉ〜〜、輝さえいなけりゃ、今すぐにでも飛び蹴り喰らわして、風呂へ沈めてやるのにっ!!
うき――っっ!!
おのれ、覚えてろよ、朋樹!
月華に何かしやがったら、9月12日をお前の命日にしてやるからな!! |