ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
紅の章 09

怜と部屋の前で別れて、竹と松田は自室に戻った。
二人はそれぞれベッドに腰掛けて、話をする。
「さて、どうするよ?」竹が憂鬱そうに松田に聞いた。
「怜さんは?」
「何か、これからやることがあるから夕食まで面会謝絶だってさ」
「うーん。てか何であんな奴がいるの? 超最悪なんだけど」松田が顔を歪める。
「オレに聞かれても知らん。本人に聞いてみたら?」
「絶対無理。それ無茶振りだから」
「だよな。オレもあまり関わりたくないからな。まあ今のところは無視の方向で。とりあえずオレ等は怜さんの付き添いってだけだし。最悪、怜さんに全てを押し付けて逃げよう」そんな事が出来るなどとは全く思っていなかったが、竹は希望を込めて言ってみた。
「それはないっしょ。その逆はありそうだけど」
「言わないようにしたんだから言うなよ……」
「あ、わりぃ」松田は何かを諦めたような半笑いで謝る。
竹はため息をつく。
「まあ流れに身を任せよう」竹は最悪に繋がる可能性が一番高い選択をした。
あまり考えたところで、どうせ最悪か最低かのどちらかになるのだから。これ以上考えるのは面倒だった。
「……了解っす」松田は一瞬躊躇しつつも頷いた。
「じゃあこれからどうする?」
「竹、決めて良いよ」
「……この館を見て回るか。部屋には入れないけど」
 竹がニヤリと笑うと松田もそれに答える。
「それ、間違いない。まだ見てないとこ色々あるしな」
 二人ともテンションが上がる。
「おう。それで館見て時間あったら、少し外に出よう。この山の敷地は秋野家の所有地らしいし。庭っぽいのもあったろ」
「じゃ、まったりといきますか」
「のんびりといこう」
二人は部屋を出た。
竹が鍵を閉める。
「鍵持っておいて。オレだとなくしそうだから」
「うい」松田は竹から鍵をもらう。
「二階から攻める?」
「そうしよう」
そして二人で一時間ほどかけて館の内部を見て回った。
二人して人に使われていなそうな部屋に無断で入ったりして、ちょっとした探検気分だった。
探検気分にしてくれるだけの規模と魅力がこの館にはあった。
中世の外国の館のようで、どこか日本的な情緒を備えた不思議な空間に二人はとても好感を持った。
一通り館の内部を観て回ったので、今度は外を見る為に玄関へと向かう。
「家建てるならこういうのも良いよな」竹がのんびりとした口調で言う。
「うん。良いねぇ。それ間違いないわ」松田もまったりとした口調で答える。
「でも一人で住むには寂し過ぎるか」
話ながら玄関へ到着。
重い扉を開けて、外へ出る。
日が傾き始め、何か焦るような夏の空気を吸いながら、二人の足は自然と庭園のある館の裏へと向いていた。
「じゃあ皆で一緒に住むとかどう?」
松田の提案に、「それは嫌だな」と竹は即答した。
「なんで? ……ああ、そっち系? そっち系かー」松田はなにやらニヤニヤしながら竹を見た。
「何だよ?」そんな松田の態度に竹は眉間に皺を寄せる。一応聞き返してみたものの、松田が何を考えているかわかりきっていた。
 付き合いが長いと考えている事は大体わかる。というかどこかで似たような考え方をしていたりするのだった。
「こういう家建てて、ハーレムを作る気だ」松田がエロ顔で言う。
「はぁ? どういう事さ?」竹は事前に用意しておいた対応を取った。
すると予想通りといっても良いくらい、何か間違っている答えが返ってきた。
「だからこういう家建てて、大神さんとか山吹さんを囲うつもりだろ」
何かが違う。と思いつつも参考までに話を進める。
「その二人だけ?」
「いや、それに怜さんもプラスで」
ありえない話しになってきたので、とりあえず間違いを正す。
「三人くらいじゃハーレムって呼ばないだろ」
どこかの国のエンディングでは、それをハーレムルートと呼ぶかもしれないが、竹の中で三人くらいではハーレムと呼ばない。
「鬼かあんたは。あんな美人たちなら二〜三人いるだけで十分ハーレムだろ! むしろ一人いただけで十分満足っしょ!」
松田は力の入った口調になって言う。
どうやら松田の中でハーレムルートは美人に限って二〜三人かららしい。
「いや、まあ三人が美人だって事は認めるけど。でもそれはありえないだろう」
「何で?」松田はどこか不服そうに聞く。
「オレにその気がないし。いや、ハーレムには憧れるけどね。でもそれとは別の話で、そもそもあいつらがオレと一緒に住むわけがないだろ」
「はい? 何言ってんの?」
「何って、事実だろ?」
「そんな事実ないから。ないから。怜さんはわからないけど、あの二人は君にぞっこんやん。凄え主人公補正かかってるじゃん」
「うーん。どうだろうなぁ。って主人公補正って何だよ」
「それはアレですよ」
「あれか」
 二人は何かを納得したように頷き合う。
「まあ、とにかく二人が竹に惚れてるのは間違いないから。それは決定してっから」
「何。それって君が決定するの?」
「何なら聞いてみようか?」
「誰に?」
「本人」松田はポケットから携帯電話を取り出した。
「やめてくれ。それに今あいつ等とは連絡取らない事にしてるから」
「どうして」
「秘密」
「どうして」
「秘密」竹は皮肉に口元をゆがめた。
「……わかったよ」松田は困惑に眉をゆがめた。
そんな会話をしていると館の裏へと到着した。
そこには綺麗としか表現できないような、見事な庭園が広がっていた。
青々とした木々で囲まれ、色とりどりの花が行儀良く整然と並んでいる。
「やばいな」
「凄っ」
二人は会話を中断して、蝉の合唱をBGMにして美しい庭園に見蕩れた。
無言のまま、その庭園へと足を踏み入れる。
観れば観るほどに見事なものだった。
庭園も館の内部と同じで、洋風の豪華さの中に和風の情緒感が取り巻く、実に不思議で心地の良い空間が作られていた。
作られた美の頂点とも言えるほどに、その庭園は美しかった。
ただ横で一緒に歩いているのが髭を生やしたB系の男という事で、その情緒感を耐震偽装されたマンションが直下型地震を受けた程度にぶち壊していた。
これが美人の女性だったのなら、そんな事もなかっただろう。と竹はため息をついた。
竹のため息に松田が反応した。
「今、一緒に歩いているのが美人の女だったら良かったのに。とか思ったっしょ」松田がニヤリと笑った。「どっちが良いと思ったん?」
「どっちって?」竹は惚けた振りをする。内心は松田がこのような絡め手で来たことに大いに狼狽していた。
いつの間にこんな技術を……
「決まってるじゃん。大神さんか山吹さんか、どっちかってこと」松田はニヤニヤしながら竹に問う。
「どっちでもない。でもまあ、一緒に歩いているのが、美人な女性だったら良かったのに、とは思ったけど」竹は庭園の花を見ながら、微妙にはぐらかして答えた。
「それは俺も思った。でもどっちでもないって贅沢だな、竹は」
「何が贅沢なんだよ」
「だってどっちでもないって事は、二人をゲットしつつも別の女ってことでしょ?」
「はぁ? どういう考え方したらそうなるんだよ。ぶっ飛んだ意見は本だけで十分だぞ?」竹は腰掛けるのに丁度良い岩を見つけて、そこに座りながら言った。
一人分しかスペースがなかったので、松田は立ったままである。
「……ていうか本当にわかってないの?」松田は信じられないと、大丈夫かこいつの中間の顔をして座っている竹を上から見る。
竹はとりあえず無関心そうに言う。
「心配しなくても大丈夫。そのことには触れるな」竹は当然、深翠と蒼香の二人の気持ちに気付いている。
もし本当に気付いていなかったら救いようのない阿呆だ。
「じゃあどうして?」
どうして解っていない振りをするのか。
どうして解っていて何もしないのか。
どうしてお前はいつもそうなのか。
松田の『どうして』には、色々な想いが詰め込まれているように竹には聞こえた。
「そんなにいっぺんに聞くなよ」竹は苦笑いした。
「?」言った本人はわかっていないようだった。
竹は構わず一つだけ答えた。
「オレは誰も選ぶつもりはないよ」
「何で?」
「さあ? それが説明できたら苦労しないだろ」
「意味わかんね」
「大丈夫。オレもわかってないから」
「何だよそれ。答えになってないじゃん」
「いや、これが答えだ。松が解らないだけ」
「意味不明だわ」
「別に良いだろ」
「良くない」
「オレは解ってるから良い」
「最悪だわ、この人」
「そうかもな」
人の核心を付いておいて解っていないお前よりはマシだけどな。と竹は思った。
「でも、そんなのと一緒にいる俺も似たようなものってことか」
それでも自分だけ解った振りをして、苦しんでいるお前よりはマシだけど。と松田は思った。
「……」
「……」
一瞬、花の庭園には似合わない沈黙と静寂が、和洋の庭園を包み込んだ。
だがその不似合いなものは、すぐにどこかにいった。
「なあ、松」沈黙を破ったのは竹だった。松田に顎であちらを見てみろという意思表示をする。
「どうしたん? って何あれ」静寂を崩したのは松田だった。竹が示した方を向いて驚いている。

四つの瞳が見る先には、真っ赤な着物を着た銀髪の鬼が陽炎のように立っていた。

二人は目を凝らして、遠くにいるはずのそれをよく確認する。
思い出したように吹きつけた一陣の風が、乾いた土埃を舞い上げ、二人の視界を一瞬遮った。
青々とした木々がざわめく。
二人がもう一度見ると、それがいた場所には誰もいなくなっていた。
「……確かにいたよな?」竹が困ったような、苦笑いのような表情で松田に聞く。
「うん。いた」松田が目を見開いて答える。
「幽霊? こんなところで幽霊見ましたなんてベタな展開、恥ずかしくて誰にも話せないぞ」
「……まさか。幽霊なんていないから」
 竹は「だよなぁ」と呟いて急に昔の事を思い出した。
「UFOはいたけどな。10歳くらいの時だっけ?」
「ああ、あれはすごかった! 絶対本物! マジ上見上げたらいたからねー」
「……で、あれは何だったんだろ? 帰った4人のうちの誰かとか?」話題が逸れそうだったので方向修正。
「どうかな。でもどことなく当主の人と似ている感じだったから、血縁者とか?」
「そう? よく見えたな」
「あのくらいの距離なら見えるっしょ……もしかしてまた目、悪くなった?」
「少しね……でも今この館にいるのって、当主さんと使用人2人だけって言ってたろ?」
「あー、言ってたね」
「だろ。まあ良いや。夕飯の時にでも当主さんに聞いてみよう。他に人がいるかどうか」
「そうしよっか。でもそれでさっきのが、誰かわからなかったら?」
「幽霊だろ」竹は肩をすくめる仕草をして答えた。
「土産話にはならないっぽいね」松田は顎髭を撫でながら言った。
「どっかのマイナーな怪しい雑誌に投稿するとか」
「何て?」
「信州の山奥。古びた洋館の庭園で、着物を着た幽霊を見た! とか」
「……長くね?」
「正直も最悪だった。言って後悔した」
「でも、稲川淳二あたりなら使いそうなネタかも」松田がケラケラ笑いながら言った。
「……知らん」
二人ともさっき見えたものを追う気はさらさらなく、竹は岩に座ったまま、松はその横で突っ立ったまま、先ほど見えたものをくだらない会話のネタにしていた。

          *

どんな怪奇が起ころうと、二人が興味を抱くことなんて殆どない。
例えばそれが、幽霊でなく。
真性の鬼だとしても。
彼らは自ら歴史に登場しようとは思わない。
どうせそのうち。
登場しなければならないのだから。
焦る必要はない。
慌てる必要もない。
どんなに急いだところで、時には勝てない。
喩え、十三の夜であろうとも、
喩え、魔法使いであろうとも、
喩え、騎士たちであろうとも、
所詮は盤上で音を奏でるだけの演奏者。
所詮は舞台で踊らされているだけの駒。
歴史を変えることなど出来はしない。
誰も歴史書には逆らえない。
誰も歴史の筆記者には逆らえない。

歴史に逆らう事が、正解にして間違いなのだから。

          *

二人は殆どその場から動かずに、小一時間ばかり話しこんでいた。
途中から竹が少し詰めて、松田も岩に座っている。
「そういえば、ここにきたときに当主さんが言ってた悪戯ってどういう意味?」
「くだらない話だよ?」
 それでも説明するのか、と竹が目で聞くと松田は、それでも説明してくれ、という視線を送った。
 竹は溜息をついて説明を始めた。
「だから、あれは客に自分が使用人だと思わせておいて、後で自分が当主でしたって驚かせたかったってこと」
「え? それだけ?」松田が意外そうに聞いた。
「それだけだろ。他になんか意味があると思う?」
「……ないわ」
「だろ」
「何だー。何かもっと凄い事があるのかと思ってた」竹の隣に座っていた松田が、吸っていたタバコの火を足元で消した。
「ないだろ、普通に。あったら驚きだ」竹がつまらない事を説明させられて、下がったテンションで言った。 
それからすぐ、長時間硬い岩に座っていて尻部が痛くなってきた事と、そろそろ陽が落ちるということもあって、館に戻ろうということになった。
「じゃあ戻るか」
「うぃ」
二人は腰掛けていた岩から立ち上がり、館に向けて歩きだした。
夏特有のやや湿った風が、額に浮き出た汗を凪ぐのが非常に心地よい。
竹のタイムテーブルでは、館から庭園に来たルートを逆に辿って、このまま自室へと戻れるはずだった。
しかし、途中で思わぬ人物と遭遇した。
それはこの館で一番会いたくない人物。
食堂でも関わらないように避けていた、アレクサンドラ・ワーナーだった。
彼女は館の玄関の扉の前で、誰かを待っているように立っている。
避けては通れない道だった。
というかこれは遭遇したというよりは、完全に待ち伏せされたといった方が正しい。
その証拠にアレクサンドラは二人が戻ってきた姿を確認するや、二人の元へとやってきて「おかえりなさい。待っていたわ」と声をかけてきた。
竹と松田は同時に。
オレ(俺)は待ってないから。と心の中で嘆きとも突っ込みとも取れない、叫び声を上げた。
アレクサンドラはそんな二人の内心を知るはずもなく(例え知っていたとしても)構わず言葉を続ける。
「少しお話しても良いかしら」
アレクサンドラは極上の微笑みを浮かべた。
竹は美少女の微笑みに思わず、頷いてしまいそうになった。が理性と知性をフル動員して辛うじて踏みとどまった。
しかし、「よっし。話そう話そう」と理性も知性もフル動員出来ず、満面の笑みを浮かべている同行者によって、竹の努力は水の泡にされた。
竹はここにきて初めて、同行者の選択ミスに気付いた。
松田とアレクサンドラ・ワーナー(美少女)を、色んな意味で二人きりにするわけにはいかなくなった。
なので竹は腹をくくって「じゃあどこで話す?」とアレクサンドラに聞いてみた。
ここで良識のある人間なら部屋に行こうなどとは決して言わない。いくら自分たちの天敵である危険人物とはいえ、男の部屋にこんな美少女を誘ってはならないのだ。
だが「俺らの部屋で良くね?」と非常識同行者は口走った。
竹は馬鹿かこいつと思ったのだが、
「ええ、それが良いわ。もう外は暑くて。早いところ行きましょう。悪い魔女が来る前に」
なんとアレクサンドラ(美少女)が同意してしまった。
竹の気遣いはゴミ箱の方向で落ち着いた。
松田はアレクサンドラが同意したので、「確かに外はあっちぃよねー。まあ地元よりは涼しいけど」と幸せそうに鼻の下を伸ばしながら、さっさと玄関の扉を開けて館の中に戻る。
アレクサンドラも「ええ、こっちは高地だし、あなたたちの住んでいるところより多少は涼しいかもしれないわね。でも私の故郷はもっと涼しいから、正直ここの暑さは厳しいわ」なんていきなりフレンドリーな会話をさらりと交わしながら、松田が開け放しにしておいた玄関から館に入っていく。
竹は開け放しにされた玄関を呆然と見ながら一人その場に佇む。
もしかして自分は今まで間違っていたのだろうか?
まさかただの自意識過剰野郎?
もしそうだったとしたら、
それは、また、最悪だ……
竹は自己嫌悪&羞恥の気持ちでいっぱいになる。
傾いた陽の光が、茜色に立ち尽くす彼を染めた。
開け放しにされた玄関からアレクサンドラが顔を出して「行かないの?」と声をかけてくれた。
強い日差しを浴びて、呆然とする竹に声をかけてくれたのは長年の友人ではなく、天敵だけど美少女なアレクサンドラだった。
「あ、ああ……今行くよ」と我を取り戻しつつ、竹も館の中にゆっくりと戻る。
竹はこれから少し、考えを改めた方が良いのかもしれないと思った。
まず初めに友人について。
そして次に男女関係について。
最後に美少女の取り扱いについて。
松田が開け放しにしておいた重い玄関の扉を、竹がゆっくりと閉めた。
茜色の世界が名残惜しそうに、照らす対象を竹から重厚な扉へと変えた。
お読み頂きありがとうございます。物語はほぼ折り返し点に到達しました。もう半分お付き合い下さい。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。