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鬼姫 紅の章
作:弐乃菜子



紅の章 04


           2

8月7日。
電車を幾本も乗り継ぎ、一日に一本しかない定期バスに乗り四時間かけて竹達は信州の山奥へとやってきた。
目的地は石間山という名の山の中にある館らしい。
竹たちはバス停の終点「石間山麓前」で降りた。終点といっても巡回バスだったので、バスはそのまま去っていってしまった。
バス停周辺は小さな村になっていたが、バスから降りた三人は村へは寄らずに山道を歩いきはじめた。
山の中は蝉の鳴き声が都会よりも一層煩い。
綺麗な空気と清々しい山道。
山男でなくとも会話の弾みそうな状況に置かれていたが、なぜか三人は無言で黙々と歩いていた。
饒舌な松田すら無言である。
その原因は怜にあった。
怜は電車に乗ってからここまでの間、周囲から瞭然とわかるくらい不機嫌だった。
その理由を、タバコが吸えなかったからだろう、と竹は判断した。
その理由を、電車とバスで乗り物酔いしたのだろう、と松田は判断した。
だが竹と松田の判断は大外れであった。
怜は今から三時間と少し前、電車内で自らの自宅の異変に気付き、不機嫌になっていたのだった。まあタバコが吸えないことと、多少乗り物酔いしたこともある程度手伝った事は確かだが。
ともあれ竹も松田も怜が不機嫌であった事と、避暑地とはいえ真夏の暑さも手伝って、無言で怜の後にくっついて目的地まで歩いた。
そして怜の不機嫌さは、今回の目的地である秋野家に到着したところで吹っ飛んだ。
今度はその建物を目の前にして竹の機嫌が悪くなった。
洋館には結界が張られているのは一目瞭然だった。
それはこの館が普通ではないということ。
つまりはこれから確実に何か起こるという明確な標識であった。
しかし竹は若干不機嫌ではあるものの、この建物を前にしては不機嫌に徹し切れなかった。
それほどにこの建物は圧倒的で、とても美しかった。
建物の外観は中世の物語に出てくる洋館そのものであった。
洋と和の違いはあれど、竹が以前訪れた耶麻寺の屋敷と同じくらいこの館も長い歴史を感じる。
耶麻寺の屋敷も大きいと思ったが、ここはそれ以上に大きかった。大きいというより馬鹿でかいといった感じ。
館自体もそうなのだが、敷地が広いらしく、敷地の全体像は正面から見ただけでは把握しきれない。
さすが田舎。
竹は無意味に関心した。
仰々しい時代掛かった呼び鈴を押すと、これまた時代がかった和装をした、女性が出てきた。
使用人だろうか。
この洋館のお化けには使用人の一人や二人いてもおかしくない。
むしろ使用人がいなければ掃除などが行渡らないだろう。
しかし、女性は使用人にしては、綺麗な和服を着ていた。
もしかしたらこのくらい大きな屋敷になると使用人まで綺麗な格好をするのだろうか。
耶麻寺の屋敷の使用人とは大きく差が開いていた。ざっと十馬身ほど。
長い黒髪で穏やかそうな顔立ちだが、どこか厳格な印象を持たされる女性だった。少し深翠に似ている。まだ二〜三十代に見だろうか、美人と言ってなんら差し障りない容姿を持っていた。
現に竹の隣にいた松田が竹を肘でつついていた。多分、「美人じゃね?」の意思表示だろう。竹は内心で同意しつつそれを無視した。
「黒澤様でございますね?」女性は出てくると頭を下げ、おっとりとした口調で言う。こちらがまだ名乗っていないにも関わらず怜を黒澤と判断した様だった。竹は多少疑問に思ったが、怜はその事に何の疑問も抱いていないようだった。応募した時に写真でも送っていたのだろうか。
「ええ、そうです」
怜が答えると女性は竹と松に視線を移した。
「そちらは同行者の方ですか?」
「はい、招待状には同行者数名の許可が書いてありましたので」怜は普段と変わらない冷淡な声で答える。愛想笑いの一つもない。
招待された立場であるにも関わらず、この態度はどうかと竹は思った。
怜は相手を使用人だと判断したのだろう。
「はいはい、承知しております」女性は今度は二人に向けて頭を下げた。竹と松もつられて会釈した。
「それではまず、お部屋の方へご案内しますのでお入り下さい」女性はそう言うと玄関から歩きだした。
 竹と松田は「おじゃましまーす」と小さく言ってから、怜は無言のまま館に上がり(洋風なので土足)女性の後を歩き始めた。
女性の後ろを歩いてすぐに、松田は華やかで歴史を感じさせる館内の調度品や内装に目を奪われていた。竹も松田もこういう歴史的建造物っぽいものが好きだった。
本当は竹も松田と一緒になって色々と見てみたかったのだが、少なくとも今日はこの貴族の屋敷のような洋館に泊まるのだから、焦る事はないととりあえず我慢した。
それよりも今は怜に聞きたい事があったので、竹は怜に話しかけた。
「どうしてあの人は、名乗ってないのに怜さんを黒澤だと判断できたんですか?」当の女性が目の前を歩いているので少し小声になる。
竹の質問に怜は階段を上がりながら意地悪そうに答えた。部屋は2階になるらしい。
「どうしてか、わかっているんだろう? わかっている事を人に聞くな」
「所詮予想ですから。わかっているわけじゃありません」竹は少しムッとして言う。
「なら君の予想通りだ。そもそも竹、君の予想は――いや、まあ良いか」怜はつまらなそうに言った。
「オレの予想はなんなんですか? ……って聞いても君の予想通りだって答えるんでしょうね」竹は苦笑いした。
鼻で笑うような怜の声が聞こえたが、並んで歩いていたので竹には怜の表情は見えなかった。
松田は相変わらず後ろできょろきょろとしている。
「それで、その応募には顔写真の他にどこまでの情報を与えているんですか?」
「私の事はほぼ全部だ」
「全部?」
「そうだ」
「まさか魔法使いって書いたんですか?」竹は冗談半分で言ったつもりだった。
全部とは言ってもまさかそこまでは書かないだろう。せいぜいスリーサイズくらいか、などと茶化して思っていたら違った。
「書いたよ」怜は耳を疑うような事を疑う余地もないくらい簡潔に言った。
「は? 書いた?」竹はその場に立ち止まってしまった。
「ああ、もう『黒の教団』は崩壊しているしね。必要だと判断すれば隠さず言うさ」竹が止まったので怜も立ち止まった。松田はまだ少し後方にいる。煌びやかで荘厳な館内を見る事に熱中しているようで、二人が止まった事に気付いていないだろう。
「本当…いや本気ですか? というかそんな事を向こう……というかここの館の人間は信じた
んですか?」
 もしそうだとしたら、少なくとも通常ではない。
 異常だ。
竹はやはり何かこれから問題が起こるのではないかと不安になった。
「信じたか、信じてないかは、この場合関係ない」怜は竹の抱いている不安など微塵も抱いていないかのように断言した。
「関係、ない?」更に嫌な予感がした。
少し前の方を歩いていた、和装の女性は客人達が立ち止まった事に今気付いたようで、後ろを振り向き立ち止まって首をかしげている。
あの女性は怜が魔法使いであるという事を知っているというのだろうか。
そして信じているのだろうか。
「だからその考え方は無駄だよ。ああ、君たちの事は何も書いてないから一応安心しろ。とりあえず君たち二人はただの同行者だ。いやただの魔法使いの同行者という事になるのかな」怜が竹の心の中を見透かしたように言う。「それよりも早く部屋に案内してもらうぞ。無駄話はその後付き合ってやる」怜は冷淡に聞こえる声で言うと歩きだした。
廊下に敷かれた毛の長い絨毯は、怜の冷たい足音をかき消し、竹の不安はかき消してくれなかった。
前方で止まっていた女性は怜が歩きだしたのを確認して、ゆっくりと歩きだした。
竹は怜と女性が歩き出したのは確認出来たが、まだ歩きだせなかった。
そこに松田が追いついた。正確には竹の背中にぶつかった。
前方不注意。
「何、立ち止まってんの? 早く行かないとどこが部屋かわからなくなるやん」松田はなぜかエセ関西弁を使用した。この館に圧倒されて興奮状態にあったのかもしれない。
確かにこの館はそれだけの部屋数と面積を有しているから、下手すると迷子になりそうだが、今まで内装に目を奪われていた男には言われたくない台詞だった。
ともすれど松田が言ったことは一応正論だったので、竹は前の二人を追って少し早足で歩きだした。
松田はまた内装を眺めながら歩きだす。
前を歩く二人を眺めながら、竹の胸の奥で嫌な予感が広がっていった。

「こちらがお部屋になります」和装の女性は二階の一番東側の部屋を示した。「申し訳ないのですが、部屋は塞がっておりまして、一部屋は相部屋になってしまうのですが――」使用人の女性(竹は漸くそう判断した)は本当に申し訳なさそうに言って、誰が相部屋になるのか確認するような視線を三人に向けた。
竹はその視線を受け止めながら考える。

これだけの部屋数があって他の部屋が塞がっているというのは、どういう事だろうか。今のところそんな気配は感じないが、この洋館にはそれだけの人数がいるのだろうか。聞かされていなかったが、もしかしたら自分たち以外にも、お披露目に来る人間がいるのかもしれなかった。
そういえば自分たちは、『赤き秘宝』のお披露目のために来たのだという事をすっかり忘れていた。豪華な装飾には忘却作用でもあるのだろうか。
だが今再確認できた事は幸いだったかも知れない。
誰にとっての幸いかはわからないけれど。

当然竹と松田が相部屋なった。
「館の中は自由に歩きまわってもらっても構いません。ただお部屋には許可なしには入らないでください。プライベートな場所も多々にございますのでご容赦願います。それと夕食の席でもお伝えしますが、『彼のもの』のお披露目は今日の深夜0時以降となっております。その際はお呼びいたしますので」使用人の女性はそれぞれの部屋の鍵を竹と怜に渡すとまた頭を下げた。
「わかりました。私たちは夕食まで自由にして良いという事ですか? 当主の方にご挨拶はしなくても?」怜は敬語を使ってはいるが、やはり使用人相手という事もあってつっけんどんな言い方だった。
「私がこの館の当主です」先ほどまで案内をしてくれていた、和装の女性はそう言って頭を下げた。
「え?」それに怜は驚いた声を出した。今まで使用人だと思っていた人物が使用人ではなく、それを雇用する立場で、怜を招いた本人であるこの館の当主だったのだから。竹と、それに松も同じ気持ちだった。
「あなたが……当主?」
「はい。まだ言っておりませんでしたね。私がこの館の現当主、秋野菊代と申します」女性は柔らかに微笑んだ。
「いや、しかし……」怜はそれでも納得していなかった。
「調べていた事と違う、ですか? ここに来た皆様そう驚かれますね。調べた結果は秋野家の当主は秋野宗一郎という男性になっていましたのでしょう?」和装の女性は楽しそうに微笑んだ。
「……ええ、失礼かと思ったのですが、秋野家について一通りは調べました。そして秋野菊代なんて名前はありませんでした」怜はとりあえず彼女が使用人でない事がわかり、言葉の端々が柔らかくなっていた。それともただ驚いているだけなのかも知れない。
「失礼などではありません。こちらもあなたの事は調べさせてもらっていますから。それに『赤き秘宝』のお披露目会に招待する条件の一つに、『秋野宗一郎が当主である』というところまで調べる事が出来た者、という項目もありますから。秋野宗一郎は前代の当主で、私の夫でした。夫とは五年ほど前に死別しています。それからは私が当主です」黒髪の女性は穏やかに言った。
「しかし……」怜はまだ何か納得していないようだった。
「信じるか、信じないかは、この場合関係ありませんよ」秋野家の当主は静かに、何か含みを持たせるように薄く笑って言った。
怜は小さくため息をついた。
「ここに来た皆様、という事はもう既に何組か来訪している、という事でしょうか?」怜は完全に気持ちを切り替えたようだった。
そんな怜の質問と態度に秋野菊代は満足気に頷いた。
「調べた通り聡明な方ですね。これ以上当主が誰か、などという質問に意味がないと判断するとすぐに思考を切り替える事が出来る。素晴らしいことですね」
「ありがとうございます。それで質問の答えは、どうなのでしょうか?」怜は頭を下げた。
「あなたの予測している通りです。もう既にこの館には四組のお客様がいらっしゃっています。まだ全員揃ってはいませんが夕食の際には出会うことになるでしょう」
「あと何組の来訪が?」
「残り一組です。しかし、その方は確実にいらっしゃるかどうかわかりません」
「わかりました。最後に一つ、どうしてあなたが直々に案内を? この館の使用人は何をしているのでしょうか? 調べでは十数名がこの館で働いているはずですが」
「今、この当家の敷地内にいる人間(・・・・・・・・)は私とあとは使用人が二人です。それ以外の使用人は全て暇を出しました。お披露目の際は極力人数を減らす事になっておりますから」当主は初めて当主らしい毅然とした態度を見せた。
「え? じゃあどうして」今まで会話を聞くだけだった松田が久しぶりになる発言をした。
「二人使用人が残っているのに、私が案内したのか?」秋野菊代は松田の方を見てどこか子供染みた表情で微笑んだ。「それは私が悪戯が好きだからです」
「悪戯?」思わず松田は声を出してしまった。
松田は横にいた怜の顔を見た。
怜は下らないとつまらないの中間のような顔をしていた。
竹にとっては見慣れたものだが、松田にとっては初めてみる怜の表情である。
「あとで説明してやる」怜は松田が顔をのぞきこんでいた事に気付くと、松田に向かっていった。
松田一人に言ったところをみると、竹は悪戯が何なのかわかっているようだった。
「それでは私はこれで失礼します。夕食の際は本物の使用人が迎えにきますので」菊代は言うと頭を下げて元来た廊下を歩いていった。


お読み頂きありがとうございます。今回の舞台に到着したわけですが、駆け足で書いてしまった為、作中に変なところがあったら申し訳ないです。発見しましたらご是非一報を。











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