紅の章 02
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「『赤き秘宝』、ですか?」
夏休みも中盤を迎え、今がピークであろう太陽の力が列島全体を熱し、皆が快適な室内に引きこもるそんな昼下がり。天倉 竹も当たり前のように冷房のよく効いた、ひんやりとした室内にいた。
不幸な程に快適な部屋から一枚窓を隔てた外からは、微かに残り僅かとなった生を謳歌するように蝉が忙しく鳴いている。
ミンミンゼミ。
アブラゼミ。
ツクツクホウシ。
クマゼミ。
ヒグラシ。
燃えるような暑さの中、風前の灯となった生を謳う。
姿こそ全て把握することは出来ないが、そこには無数の命が鳴いている。
その様を想像するだけで、虚しく悲しく切なくなり。
そして、最後にはどうでもよくなる。
自らの大切でないものの命がいくら失われようと関係ない。
それが天倉竹の唯一の信念だった。
だから今この快適な室内の主である、黒澤 怜が言った言葉にも対して興味はなかった。
ただ、外から聞こえる怨嗟の鳴き声に耳を傾けるよりはマシであろうと判断しての反応だった。
「そうだ。知っているか?」怜はテーブルに頬杖を付き、キビキビとした発音で竹に問う。
テーブルを挟んで見える黒澤怜の姿はいつも通り、アイロンのきいた真っ白いシャツを着て、黒いパンツを履いている。もしこれが彼女の自宅でなく、企業の一室だったら企業面接と間違ってもおかしくないだろう。
だがこれは面接ではない。更には面接官たる彼女は、キビキビとした発言とは裏腹に仏頂面で明らかにやる気のなさそうな態度をしている。
竹は怜の発言を無視してしまおうかと考え直した。
竹の中で何らかの防衛機構が働いたのだろう。
しかし、一度返事をしてしまった以上全く無視するわけにもいかず、竹は渋々答えた。
「さあ? 聞いた事ありませんけど」
竹はこれ以上その話を振らないでくれ、面倒事は御免だ。という精一杯の抵抗を発言と表情に込めたつもりだったが、怜は竹のそんな心情を解っていて軽く無視した。
黒澤怜が相手の心情を考えて行動するなど皆無といっても良い。全て自らのやりたいようにやる。いってみれば究極の我が儘の具現が彼女だった。
竹は深呼吸をするように小さくため息をついた。
これから起こる事への覚悟を決めるかのように。
怜はそんな竹を半目で睨み、どこか満足したように頷く。
「そうか。知らないか。なら話してやろう」
かなり聞きたくなかったが、この家に居させてもらっている手前、聞かないわけにもいかなかった。というかこの時点まで話しが進行していて、聞かないという選択肢はありえなかった。
「『赤き秘宝』、百年の紅玉とも呼ばれるが基本的には前者で通っているそれは、ある一族に伝わる宝だ」
「家宝って事ですか?」
「まあそうだな。それでその宝をだな、その一族は百年に一度だけ一族以外の者に公開するんだ」
「どうしてまたそんな事を?」
「宝のお披露目という話だが、どうだかな。詳しい事はその一族じゃなきゃわからない」
「お披露目って、そんな事する意味無くないですか?」
「うん。そうなんだがな。まあ意味もわからず扉の向こう側を、二千年も信じていた連中だっていたじゃないか」
「……」竹は諸事情から何も言わなかった。
「それでこの行事も二千年とは言わないまでも、八百年ほど続いているらしい」
「八百年、ですか」
「そうだ。驚きだろう?」
「ええ、八百年も意味も無い行事が続いているとは思えませんから何か意味があるんでしょう。けど八百年って……その一族って随分の名家なんですかね?」
「名家といったら名家なんだろな……」怜は少し歯切れ悪く言った。
「何か曰く付きの一族なんですか?」
「いや、話自体眉唾物だから私は信じていない。だから君にも教える気はない。不確定というのは好きじゃないからね」と怜は言った。やはりどこか歯切れが悪かった。
「まあ言いたくないなら良いですけど。それで、その『赤き秘宝』がどうしたんですか?」
怜はニヤリと口元を吊り上げた。
「今年がその『赤き秘宝』のお披露目の年なんだ」
「へぇ。それで怜さんがそのお披露目会に行けるわけなんですね?」
怜は一瞬驚いた顔をした後、形の良い眉を寄せて「なぜわかった?」と若干不機嫌そうに言った。
「そりゃわかりますよ。そのくらいの理由がなければ、怜さんがそんな話振ってこないでしょう」どころかそんな話をされて、気付かない人の方がどうかしていると思う。もしそんな奴がいたらキングオブ鈍感として、ご都合主義なギャルゲーの主人公に推奨したいくらいだ。
「まぁそうなんだが……」怜は自分が言うはずだった事を、先回りされて言われたのが不服だったようだ。
竹はそんな怜の態度を気付かないように振舞う。
ここでそのことに触れれば、どんな仕返しがあるかわかったものではない。
人とは賢い生き物なのだ。
「ってことはその『赤き秘宝』っていうのは宝具なんですか?」
黒澤怜がここまで興味を示すものは、この世に宝具以外皆無である。
「それがわからない」
「わからない……んですか?」今度は竹が驚いた顔をした。
「ああ、さっぱり不確定だ。実に腹立たしい。まあ前回のお披露目があったのが百年前だしな」仕方ないといえば仕方ない、怜は滅多につかないため息をついた。
竹はレアな場面を見れたものだ、と思う反面滅多にとらない行動だっただけに何やら演技臭いというか、胡散臭いなと訝しんだ。
「……百年程度前の事だったら、資料の一つや二つ、普通に残っているんじゃないですか?」
訝しむついでに少しだけ突っついてみる。
いくらその『赤き秘宝』が、ある一族の家宝で百年に一度しかお披露目されない物だとしても、百年くらいの空白で、その『赤き秘宝』とやらの情報が一切絶たれるとは考えにくい。
現代の情報社会であれば尚更だ。
何せ人類誕生どころか、地球誕生まで語るほどに節操なく知りたがる世界だ。たかが百年前の事など朝飯前に、歴史のどこかに記録していることだろう。
現に名前や所有している者たちの記録は、怜が知っているくらいにはちゃんと伝わっている。
ましてや過去にも百年ごとのお披露目が、あったらしいのだから少なくとも情報を後世に残すのに七回はチャンスがあったはずなのだ。
ただし例外がないわけではない。
普通の世界にいる人々の表の歴史では語れず、徹底的に隠蔽された歴史というのが揺ぎ無くこの足元にある地面よりも確実にあるのだ。
しかしだとしても怜はそちら側に踏み込んでいる人物だ。
その怜がわからないという事は、どういうことなのだろうか。
「それが本当に一切情報がないんだ。私も方々を当たってみたんだがね、それでわかったことはせいぜいさっき君に話したことくらいだ」
八百年間、『赤き秘宝』を所有している一族。
百年ごとにお披露目と称した、一族以外のものへの『赤き秘宝』の公開。
確かにこれだけでは、『赤き秘宝』そのものの情報は一切わからない。
ただそれは怜の探索能力の問題なのではないだろうか、と竹は思った。
怜の情報収集能力が低いとは言わないが、世の中にはそれ専門の人物がいるのだ。
例えば十三夜のメンバーである脇 光太郎。
彼に調べてもらえば多分その『赤き秘宝』の情報などいくらでも出るだろう。竹がそう考えていると怜が竹の思考を読んだかの様に発言した。
「脇に仕事を依頼するには君を通さないと駄目だろう」
「あ、ちゃんとルールを守ってくれてるんですね」
十三夜のメンバーへの仕事の依頼は怜に限っては、竹を通さねばしてはいけない契約になっている。
「当たり前だ。私をなんだと思っているんだ」怜は憤慨した様子で言った。
竹は色々と思ったが何も言わなかった。
怜は何も言わなかった竹を半目で睨んだ。
「……どうしてそこで黙る? まぁ良いその話は今度じっくりしよう。それよりも一つ言っておくが、私は脇に『赤き秘宝』の調査は頼まないぞ」
「え? どうしてですか?」
「その必要がないからだ。実は今夜か明日に手紙が届く手はずになっているんだ」
「手紙ですか? 誰から?」
「『赤き秘宝』を所有している一族からだ。所謂招待状だな。私自身が行くのだから脇に調べてもらう必要はないわけだ」
「えっと……怜さんはもう招待されているんじゃないんですか? さっきお披露目に行くって言っていたような……」
「ああ、言ったよ。だけどそれはまだ決定事項ではない」
「は? それってどういう事ですか?」
「うん。実はお披露目会に参加したい者へ募集があってね。それに応募したんだ」
「……募集ってなんて俗物的な」竹は呆れたような声を出す。
「別に雑誌の裏に書いてあったとかじゃないぞ。そんな誰でも応募できるものと違って、それに応募するだけでどれだけ苦労すると思っているんだ……くそっあの爺めっ」怜は何かを思い出したような顔をした。
怜が応募とやらにどれだけの苦労したのだろうかしらないが、その苦労は怜の顔が物語っていた。怜は苦虫を大量に噛み潰したような嫌な顔をしていた。
そんな顔をされるとこっちまで苦虫を噛んだ気分になる。梅干の話をされた時に唾液が出てくる感覚と似ている。
その怜の顔を見て、竹はその苦労話は聞かない事にした。
「でもその募集に応募しただけなら、行けるって決まったわけじゃないんじゃないですか?」
どれだけの人物が『赤き秘宝』について知っているのかは知らないが、それでも百年に一度のお披露目だ、相当の人数が応募したことだろう。
応募して必ずしも当選するとは限らないから応募なのだ。応募者全員サービスなら別だけど。
だが怜はそんな竹の意見を一蹴する。
「何を言っているんだ。この私が応募したんだぞ? 相手が招待しないわけがないだろう?」と怜は自信満々に言った。
「……」
竹は再び色々頭に浮かんだが、結局何も言わなかった。
暫しの沈黙。
「それで、今日もうちに泊まるのか?」怜は竹が何も言ってこなかったので話題を変えた。
「はい。そうさせてもらいます」竹は内心ほっとした。あまりあの手の話題に首を突っ込むのはよろしくないと、今までの経験が言っていた。
「私としては別に構わないが……今日で四日目か? 私の家にお前が泊まる事を翠色のとか蒼色のがよく煩く言わないな」怜は皮肉そうに言った。
「……まあ確かにそうですけど」
竹はここ三日ほど怜の家に泊まっていた。
一人暮らしの年上の女性の自宅に泊まるだなんて、知らない人間が聞いたら何か桃色な事情でもあるのではないかと勘繰るところだが、全くそんな色気のある話ではない。
竹の自宅の冷房器具が軒並み壊れた、もとい破壊されたために竹は怜の自宅に転がり込むハメになっただけだった。
もっと言っておくと、冷房器具どころか部屋自体が崩壊している。
怜の言う翠色と蒼色のというは、大神 深翠と山吹 蒼香のことである。
普段の二人ならそれぞれ竹が、自分以外の女性と話すことすら好ましく思わない。更になぜか怜に対しては親の敵以上に敵意をむき出しにしている。
そんな怜の自宅に竹が何日も泊まる事など、本来の二人なら絶対にどんな手を使っても阻止していただろうが、二人ともそのような行為には及ばなかった。
なぜなら、今回竹が怜の自宅に泊まる事になった原因が、そもそもその二人にあるからである。
お読み頂きありがとうございます。今章は前章とは違い、プロローグ部分を極端に短くすんなり本編に突入させてみました。とはいっても前章と変わらない文量になると思うので、流れが停滞する部分もありますのであしからず。
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