紅の章 19
*
「――どうして私を殺さなかった?」
土と落ち葉のベッドに仰向けに横たわり、死に体の秋野紅葉は竹に問いかけた。
茜色から薄紫色に変化していく天空では、月が姿を誇示しつつある。
赤い時間が終わろうとしていた。
「気が変わった」
夕方から夜に変わるこの一瞬の時が竹は嫌いだった。
光が闇に飲まれるようで、不安になるのだ。
逆に闇から光が現れる、明け方は好きだった。
同じ紅色に染まるのに。
「……どういうことだ?」
秋野紅葉は首を横に捻り、自分の横で胡坐をかいて座っている竹を、睨みながらつぶやいた。
やはり竹の周りには自分で考えない奴が多すぎる。
その筆頭である松田は、治療の為に既に館に戻っていた。
「お前が言ったんだろ。私を救ってくれって。オレは解決士としてその依頼をこなしただけだ」竹は呆と月を見上げながら言った。
銀髪の少女は抗議しようと傷だらけの体で起き上がろうとしたが、体が言うことを効かず、結局そのままの体勢で言うことにした。
「なんだそれは。君はあの時、断っただろう?」
「ああ、断ったな。でも気が変わった。いや、気が変わったというよりは状況が変わっただけか」
「状況が変わった?」
「ああ、だからお前から受けた依頼と、秋野菊代から受けた依頼を両方こなして、報酬を2倍にすることにした」竹は後ろの地面に片手をついて、疲れた顔で少女を見る。
彼の傍らには役目を終えて元の形に戻った『夜月』が突き立てられていた。
「……なぜだ?」
「腕が取れた。新しい腕を作ってもらうのに金がいる。それに松の『土人形(偽)』が壊れた原因の一端を担っているから、少し弁償しないと悪い」
竹はまだ残っている左肩をすくめて言った。
「……呆れた。金の問題だと? なんて俗物的な」
「切実な問題だよ」
「ふん、しかし私の中であの依頼は、あの時拒否された時点で取り下げていた。だから無効だ」
「む、じゃあどうしろって言うんだ?」
竹が難しい顔をして秋野紅葉に聞いた。
「このまま私を殺せ、解決士」
秋野紅葉は感情を殺した声で言った。
月光が二人を照らす。
――竹はノータイムで紅い眼をした少女に微笑みながら言う。
「嫌だ」
真夏の夜の湿風が焦げ付いた大地の煙を運んでいく。
「――私はとんでもない奴に依頼してしまったみたいだな」
「今更気付いたのか? というか何気に酷い事言ってないか?」
「謝らないぞ。前払いは済ませているからな」
木々の隙間から見える夜空を見上げながら、秋野紅葉は薄く笑った。
「……あ、そういえばそうだったな」
「君はあの約束をした時に、私と会うことはもうないと思っていたのだろうが、私にはわかっていたからな」
「はいはい。ソウデスカ」
「何だ、その言い方は。不愉快だぞ。やめろ」
「OK。ならこれからオレの事を君って言うの禁止な」
「は? 全く話しが繋がっていないぞ」
「話しなんて全部そんなもんだろ」
どこも繋がってない。
どれも繋がってない。
でも明日へは繋がっている。
「……はぐらかされた気がするな」
「気のせいだろ」
「そうか? まあ良い」
銀色の髪をした鬼の姫は紅い瞳で、隣の少年をどこか恥ずかしそうに見る。
「私を救ってもらうぞ……竹」ぶっきらぼうに、どこかむず痒そうに言って、少女の頬が緋色の瞳と同じくらい、朱に染まる。
「任せとけ。オレは無駄に強いしな」
天倉竹は、次に言おうとした言葉を飲み込んだ。
代わりに神の複製品は、銀色の瞳を細めて少女に本当の微笑みを向けた。
秋野紅葉は、その言葉を頼もしく思い。
鬼の姫は、その言葉の後ろにあるものに悲しくなる。
そして一人の少女は、その時の少年の微笑に八百年生きてきて初めての感情が生まれる。
少女はその時の事を心に刻み込む。
ずっと覚えておくために。
たとえ運命を変えられなくとも。
この時の彼の言葉と表情は忘れない。
そうすれば、
何かが変わる。
そんな気がした。
紅い夕陽が堕ちた、薄暗い夏の夜。
こんぺいとみたいな星々と、
パンケーキみたいなまるい月が、
片腕の少年と、
紅色の少女を見守っていた。
*
秋野菊代からの依頼、『赤き秘宝』秋野紅葉を殺す。
秋野紅葉からの依頼、彼女を救う。
二つ両極の依頼。
本来この二つの依頼を同時にこなすことなど不可能。
しかし、竹は二つの依頼に対して、二つの解決をしてみせた。
言ってしまえば自己満足の解決方法。
鬼は主人公に倒されるもの
姫は主人公に助けられるもの。
秋野菊代が殺してもらいたかったもの。
秋野紅葉が救ってほしかったもの。
その本質が何だったかは竹にとって重要ではない。
ただ自分が納得して、相手が納得すれば良い。
少なくとも、この解決方法に異論を唱えるのは、当事者以外の誰かのはずだ。
天倉竹も、
秋野紅葉も、
そして秋野菊代も、
今、この結末を微笑んで受け入れられる。
それ以上の解決などありはしない。
そうだろ?
お読み頂きありがとうございます。
この短さなので、18にくっつけても良かったかな、と今更ながらに思っています。
本編の残りは短めのが2つか3つになります。
人物設定は作りますが、こちらは次の物語を載せる時に一緒に更新しようかと思います。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。