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紅の章 16
            *

 竹と松田は再度来た道を通り、秋野の館に向かった。
 途中に見かけた死体の山はもう確認できなかった。
 松田は山道を歩いている最中メールの本文作りに勤しんでいた。
館に着くまでは電波が届かないので、松田宛の電話の混戦……もとい混線を避けるためにメールを送ることにしたらしい。
いつの間にか、相手は5人に増えていた。
 秋野の館に到着すると玄関で八坂真逆が待っていた。玄関で待つのが秋野の館に来た者の共通のブームなんだろうか。
八坂真逆は「お話しは聞いております」とだけ言って二人を館内に招き入れた。相変わらず竹と眼は合わせてくれなかった。

二人はそのまま食堂へと通された。
食堂の椅子には秋野菊代が優雅に座って、純白のティーカップに入った琥珀色の液体を傾けて待っていた。
その様子は、この状況が予想できていたと暗にいっているようだった。
竹は秋野菊代の正面に座った。竹に遅れて松田も竹の横に座る。
「あなたに聞きたいことがあります」竹は秋野菊代の真正面に立ちそう言った。
「はい。なんでしょう?」秋野菊代は優雅な微笑みを浮かべる。
「なぜオレだけ魔力抑制をしなかったのか、そして『赤き秘宝』とはなんなのか」
「その質問には答えられません。情報を漏らさない、という約束だったでしょう? 貴方の隣にいらっしゃる松田さんは何も知らないのですから」
「あ、じゃあ俺、どっかいってましょうか?」
「行かなくても良いよ」竹がすぐにそれを遮った。
「それって竹が決めることじゃなくね?」松田がどこか呆れたように苦笑いした。
「本来ならそうなんだけど、今はもうそういう状況じゃなくなったからな。この際お前にも話しておく」
「約束を破る、という事でしょうか?」
秋野菊代はそれでも優雅に、全てを受け入れているように言った。
「とりあえず、はそうなるんでしょうね。まあでもそれは貴女も予想していた事でしょう? というよりこの状況が貴女の望んだ状況のはずなんですから」
 竹の台詞に松田が首を傾げて「それってどういうことよ?」と当然の疑問を口にした。
「まあそれは後で説明するから待ってて。それよりもどうなんですか? 秋野菊代(・・・・)さん」
竹は怜のように口元を吊り上げて皮肉に笑った。
 その竹の様子を見て秋野菊代は、
「そう。もう……いや、やっとわかったのね。一つ聞きますけど、それはどの顔でわかったのかしら?」と余裕ともとれる顔で問うた。
「さあ? それは今後の貴女次第でしょう」竹は一層怜のような意地の悪い顔を作った。
「そうですね」
 秋野菊代は一旦言葉を区切り、琥珀色の液体を一口喉に流し込んだ。
 潤った唇が酷く妖艶なものに見えた。
「それでは解決士。あなたに依頼をします」
 秋野菊代は姿勢を正し凛とした口調で、
「『赤き秘宝』、秋野(あきの)紅葉(くれは)を殺して下さい」と言った。
竹は「その依頼承りました」と用意していた台詞で返した。
松田だけが「え? 『赤き秘宝』って人だったの? ってかその依頼何?」と混乱していた。
「決行は午後6時にします。その時間が終わりには相応しいでしょうから」
竹は松田の疑問には答えず秋野菊代にそう告げた。
 秋野菊代はそれに頷いただけで、それ以降何も言わなかった。
 竹は「とりあえずその時間まで部屋にいます」と言って食堂から出た。
 松田がそれに続く。
 部屋を指定されはしなかったので、自然と昼まで使っていた部屋に足を向けた。
「なぁ。どういう事?」と松田が歩きながら問うた。
 竹は今度は無視をせずに「部屋についたら大体の事は話すよ」と平坦に言った。
 館の中を歩き、眼に入る調度品を見ても、もう気分は高揚しなかった。

             *

 竹は部屋につくと、肩にかけていた鞄を床に置いて、昼まで使っていたベッドに寝転がった。
既にシーツが新しいものに変えられていてとても気持ちが良い。
松田も携帯に充電器を差した後に、竹と同じくベッドに寝転がる。
竹はその体勢のまま昨日の夜から起こった事と、さっき光太郎から仕入れた内容をごく簡単に事情を説明した。
『赤き秘宝』が宝具ではなく、ただの人だったこと。
 秋野家の始祖が天岩戸の人間だったこと。
 その秋野神楽が失われた『素戔嗚』の位についていた事。
 そして『秋野の鬼姫』の話。
 竹が説明し終えると松田は、
「まあ所々薄々はわかっていたけどさ。でもそれがどうして『赤き秘宝』、秋野紅葉の殺害に繋がるの? おかしくない?」と首を捻った。
「まあ全部説明したわけじゃないし、それだけ聞いたらおかしいな」
「でしょ」
 松田はしっかりとした説明をしろと竹に促すが、竹は「詳しいことは、説明するの面倒臭いから、全部終わったら納得いくように説明するよ」と拒絶した。
「いやいやいや、それ意味わからないから。そんな大事っぽいこと事後確認とかありえなくね?」
 竹はそれでも「気にするな。まあ悪いようにはしないから」と説明を拒否する。
 松田はこれ以上言っても無駄だと観念したらしく、
「わかったよ。ちゃんと後で聞かせてよ」と渋々引き下がった。
「あ、松にも仕事手伝ってもらうから」
「……だよね。でもそれなら、尚更説明して欲しいところなんだけど」
「それは拒否する」
「ないわー」
竹の自分勝手さに、割と本気でドン引きする松田だった。
「いや、マジで引くのはやめて。心傷つくから」竹は松田が本気で引いたの察知して、言う。
 結構打たれ弱い人物だった。
「じゃあ説明してよ。って言いたいところだけど、仕方ないから別の質問ね」
「あいよ」天井を見ながら竹は頷いた。
「竹さ、いつの間に名前知ったの?」
「名前? 誰の?」
「使用人の人の」メイドという言葉を使うのには抵抗があったらしく、語呂がおかしかった。
「あー、八坂真逆さん? あの人の名前は昨夜の『謁見』の帰りに教えてもらった」
「どうして?」
「どうしてって、使用人さんとか、メイドさんとか言えないだろ」
「んー、まあそれもあるか……」松田は何やら意味深な口調だった。
「何?」竹が若干強めの口調で聞く。
「いやさ、言っちゃうとー。八坂さん? あの人の眼が竹に対して熱っぽい気がしたわけさ。だからこれも主人公補正? てか昨日の夜やっちゃった系?」
「はぁ? 何言って……」
 ブーン・ブーン・ブーン。
竹が抗議しようとしたところで、松田の携帯が着信を告げ、振動した。
松田はディスプレイに表示された名前を見ると、楽しそうに通話し始める。
そして「ういー」という謎の挨拶から「あーい、またねー。お疲れー」までの通話を終えてから松田は竹を見て呆れたように呟いた。
「うわ……最悪だ、この人」
竹は、寝息を立てて寝てしまっていた。
松田は溜息をつき、携帯をマナーモードに切り替えてから、もう一度ベッドに寝転がった。
「……俺も寝よ」
 二人はこれから来る夜に備えた。
お読み頂きありがとうございます。ここが最後の休憩地点です。短い休息の後には、戦いの夜が待っています。


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