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紅の章 15
           7

そうして竹と怜と松田の三人は秋野の館を後にした。
もう少し引き止められるものだと思っていたが、秋野菊代は案外あっさりと了承してくれた。
見送りの際に八坂真逆が目を合わせてくれなかったので、軽くへこんだ竹だった。
後悔ポイントが1溜まった。
帰り道は終始下りだったので、行きよりも少し短い時間で山道を降りることが出来た。
その途中で数名の焼け焦げた死体を確認したが、松田が一瞬眉を顰めた程度で、あとは別に気にしなかった三人だった。
どうせもう自分達はここから去るのだから、という放り出した考え方をしたのだ。
石間山の麓の村に到着してすぐにバスの時刻を確認すると、バスが来るまであと1時間強も時間が空いていた。というかそれがここの最終バスだった。1日に2本しか通ってないのだ。なので麓の村で時間を潰すことにすることになった。
「とりあえずどっかで飯食いますか」と松田が提案して。
「そうだな。朝から何も食べてないし」竹が了承して。
「それは君たちが起きるのが遅いからだろう」怜が突っ込んだ。
「休日に早起きする気はないですよ」
竹が胸を張って駄目人間発言をした。
「……まあ竹はそうだな」怜はどこか呆れたように言った。
「あー、竹と一緒にされると困りますけど、俺も早起きする気はなかったっすね」
「お前は早く起きろ」竹が冷たく言う。
「何で!?」
(いびき)が煩い」竹が顔のパーツを中心に集めて嫌そうに言った。
「え、マジ? 俺鼾かいてた?」
「がっつりな」
そんなやりとりをしつつ、三人は村で唯一の定食屋へと入った。
そこは定食屋なのか民家なのか判別が付かないほどに、公私が入り乱れている感じだった。
店内には四人掛けの席が二席しかなく、その奥がすぐ居間に繋がっている。
店に入ると居間でテレビを観ていた一人の老婆が、こちらに気付いて一瞬珍しそうな嫌そうな顔をした後応対してくれた。
応対といっても、「そこの席に座って」だとか「お品書きはそこ」だとか言われた程度だ。
田舎は余所者に厳しいのかもしれない。
一応お品書きを見て、注文をしたのだが、
「それは今日やっていない」
「じゃあこれは?」
「それもやっていない」
という問答を三回ほど繰り返して、結局皆がざる蕎麦に落ち着いた。
やはりよそ者には辛く当たるのかもしれない。
怜はタバコを吸おうとしたのだが、店内禁煙という文字が壁際に貼っているのを見て渋々諦めた。
そのまま二十分ほどお品書きを眺めながら待つ。その間に松田に3回電話が掛かってきた。全て別の女性だった。
松田が3回目の「ごめんねー、あとで掛けなおすわー」を言ったところで、注文のざる蕎麦が届いた。
なぜかざる蕎麦が四枚あったのを不思議に思うと、老婆が空いていた怜の隣の席に座り一緒に蕎麦を啜り始めた。
三人はそれに突っ込むことをせず無言で蕎麦を啜ることにした。
蕎麦を食べ終わると怜は「タバコを吸ってくる」といって外に出て行ってしまった。
松田もそれに便乗して外に出る。
電話を掛けなおしに行ったのだろう。そういうところはマメな男だ。
食べるのが遅い竹は、蕎麦がまだ残っていたという事もあって必然的に店に残ることになった。
老婆もまだ蕎麦を啜って席に座っていた。
竹は店の老婆と対面で蕎麦を啜る。
先ほどよりも微妙な空気が、狭い店内に流れた気がした。
竹の蕎麦が残り一口になったところで、竹の携帯が鳴った。
老婆は携帯の音を聞いて顔を顰める。
竹はとりあえず「すみません」と謝りつつ、箸をおいた。
ディスプレイに表示された名前は脇だった。竹はすぐに通話ボタンを押した。
「わかったよ」脇は挨拶もなしにそう言った。
「さすがに早いな」老婆がこちらを見ていたので、一度立ち上がってもう一つのテーブルに座る。
「うん、まあ簡単だったからね」
「それで、どうだった?」老婆の視線を感じたので小声になる。
「駄目」光太郎はどこか投げやりに言った。
「駄目って? え、まさか」
「そのまさか、だよ。『赤き秘宝』そのものについての情報は一切ない。僕が言うんだから間違いないよ」
「マジか? それは参加者に緘口令が引かれていたから?」
「違う違う。緘口令程度の理由だったら、どこかに情報は落っこちているよ」
「……だよな。口約束を守る人間のが少ないか。こちらにデメリットもないし」
現に竹もそのうち、昨夜の話を誰かにしてやろうと思っていたくらいだ。
「そうそう。ましてや八百年間、正体が謎だったものの情報だからね。買う人は高く買うよ。でも情報はどこにも落ちていなかった。その理由は簡単。『赤き秘宝』のお披露目会に参加した人物が、毎回その直後に全て死亡しているからなんだ。だから情報が後世に残らない」
「ん? じゃあ秋野家の者たちはどうなんだ? お披露目会に参加した人物が全員死亡しているなら、秋野家の一族も絶えているはずだろ?」
「そんな焦らないでよ」
「ああ、悪い」
「まあ今の質問の答えはね――ていうか竹君って石間山にいるんだ?」
「そうだけど、言ってなかったっけ?」
「言ってないよ。いきなり調べてくれ、だったじゃん」
「ああ、それは悪い。でも予想は出来てただろ?」
「まあ、いつもの事だからね……それで話しに戻るけど、今までのお披露目会に参加した秋野家の人間も例外なく死亡している」
「え?」
 竹は疑問の声を上げると、ぐるぐると頭の中で問答をした。
 秋野家の人間も死亡している?
 なら、今回参加した秋野菊代も死亡する?
 いや、それよりもお披露目会の度、秋野家の人間が死亡しているのなら、どうして一族が絶えていない?
 その竹の問答は瞬間的なものだった。
 故に疑問の声を上げた直後に答えが聞こえた。
「竹君は前提が間違っているよ。参加した秋野家の人物が例外なく全員死亡したといっても、別に秋野家の人間は一人じゃないからね」
「あ、そうか」
「竹君、今石間山の秋野の館にいるんでしょ? その館にいる秋野の人間って秋野菊代って人だけのはずだから。先入観って奴でしょ」
「……先入観って恐いな」竹は己の間抜けさを恥じながら言った。
「うん。話を続けるよ?」
「どうぞ」
「お披露目会の度、秋野家の人間が死亡しているのは間違いない。でもあくまでこれは、『赤き秘宝』のお披露目会に参加した秋野家の者という話ね。だから秋野家自体は別に途絶えたりしない」
 光太郎は竹に確認するように言って続ける。
「ただここからが面白いんだ。秋野家は百年に一度の『赤き秘宝』のお披露目会の度に、秋野の血筋を一人しか生き残らせていない」
「一人しか生き残らせていない?」
「うん。恐らく『赤き秘宝』の情報――いや、お披露目会の情報かな。それを最小の形にして後世に残したかったんじゃないかな。一子相伝って奴」
「そりゃまた危険な賭けだな。もしその一人が死んでしまったら、その時点で途絶えてしまう」
「そうだね。でも少なくとも八百年の間、途絶えていないことを見ると、何か確固とした自信があったんじゃないかな」
「まあそう考えるのが自然か……あれ?」竹はそこで光太郎の話に違和感を覚えた。
 今、秋野の館にいるのは秋野菊代と使用人の二人だけ。
その中で秋野の血筋を引いているのは、秋野菊代だけじゃなかったか。
 という事は、秋野菊代以外に秋野家の人間がいるのだろうか。
 ここではない、どこかに。
 そうでなければ、光太郎の話とつじつまが合わない。
 竹が自分の判断に納得しかけると、携帯の受話口からそれを否定する声が聞こえた。
「今生きている秋野家の人間は秋野菊代一人だけだよ」
「子供とかは? 秋野菊代には5年前に死別した旦那がいたはずだけど」
「秋野宗一郎? ああ、そんな奴はいないよ。最初調べた時はそんな名前のダミー情報が出てきたけど、秋野宗一郎なんて人間はいないし、秋野菊代に夫もいない。彼女はずっと独り身だよ。子供がいる情報もない。今まで通りだとしたら、秋野家は秋野菊代で途絶える事になるね」
「それは――」
 本当か、言いかけて竹は止めた。
そんな質問、『電子の蜘蛛(マルミグナット)』脇光太郎の前では無意味だ。
 竹は頭をガシガシと掻いて呟く。
「どういう事なんだ? 意味がわからん」
「さあ? 考えるのは僕の仕事じゃないから」
「オレの仕事でもないんだけどな……」
「他に考える人がいないんだからしょうがないんじゃないの?」
「まあなぁ……それで調査結果はそれだけ?」
それだけ、と言ったが、『赤き秘宝』の情報は一切ない、といっておきながらここまで調べた脇はさすがだった。
しかし、『電子の蜘蛛』の凄さはここからだった。
「なわけないじゃん。さっきのもそうだけど、『赤き秘宝』の直接の情報がなかった代わりに、秋野家について詳しく調べてみたんだよ。そうしたら面白い伝承があった」
「伝承? 鬼の話か?」
「あれ? もう知っているの?」
「怜さんに聞いた」
「そっか。もう聞いちゃったのか。『秋野の鬼姫』の話」
光太郎はガッカリしたような声で言ったが、その台詞の中に竹が聞いた事のない単語が混じっていた。
「……鬼姫?」
「うん、そうだよ。あれ? もう聞いたんじゃないの?」
「いやオレが聞いたのは別の話。その話を詳しく聞かせて」
「はいよー」
竹は携帯電話から流れる電波の情報に聴覚を集中させる。
「それじゃ『秋野の鬼姫』の話をする前に確認ね。秋野神楽っていう人物については知っている?」
「石間山を鬼の脅威から救った、って事くらいかな」
「そっか。じゃあ『秋野の鬼姫』の話しをする前に秋野神楽の説明から――結論から言えば秋野神楽は天岩戸の者。今から八百年前の組織の人物だね」
「そうか。八百年前っていうと、まだ天岩戸が表舞台から姿を消していない時期だな」
秋野神楽が都から派遣されてきた、という昔話を聞いた時に、なんとなく気付いていたことだった。
 それを踏まえると、石間山の鬼の話が微妙に違った意味を帯びてくる。
「そうそう。じゃあそれを踏まえて、僕が調べた石間山の鬼の話を聞いてみて」
携帯電話の向こう側から、カチカチと何かを操作する音が聞こえた。
光太郎はコンピューターを操作しながら電話しているのだろう。
「箇条書きをそのまま言うけど、良い?」
「良いよ。わかれば」竹は一人で頷いた。
 光太郎は「うん」と小さく言った後に、本当の石間山の鬼の話を語り始めた。
「八百年前、信州の山奥には鬼が住んでいた。
その鬼を討伐してくれるように、と一人の青年が都に頼みにきた。
普通ならそんな辺鄙な場所から来た村人の話なんて聞かない。その時期の都も結構大変だったからね。それでもその青年は我慢強く待ち、力強く懇願した。
そしてそれが漸く身を結び、話しだけでも聞いてもらえることになった。
青年は信州に住む鬼の話をした。
都の者の多くはそれを鼻で笑ったらしいけど、それを大真面目に捉えた者がいた。
それが秋野神楽。
秋野神楽は天岩戸の引きとめを半ば無視して、信州の山奥へと向かった。
これが、秋野神楽が石間山へ向かうまでの大まかな流れね」
「……」竹は無言で光太郎の話の続きを促す。
「何で秋野神楽がその青年の話しを真に受けたのか、というのは後回しにするよ。それでね、この話に出てくる鬼っていうのは、その辺の人から成った鬼じゃなく、本物の中の本物。向こう側に行きそびれた、数少ない神の一人で間違いない。こちら側に残っていた神は今のところ二とされてたけど、その鬼を入れたら三になるね」
「本当に? でも本当に神なら鬼などとは決して呼ばれないだろ」
「そうだねー。だからこそ、その神は向こう側に行けなかったのか、それとも元々がそういう特性を持っていたのかはわからない」
「堕ちた神か」
「うん。まあ天岩戸としては『堕ちた神』だろうが神は神だからね。でもその時それに気付いたのも、やはり秋野神楽一人だけだったみたいだけど」
 扉の向こう側、神の世界を夢見た『天岩戸』の者からしたら本物の神は貴重な研究材料だ。
「でも、そいつが堕ちていようが、いや堕ちていたからこそ、普通の奴じゃ捕らえられないだろ」
 本物の神を相手にして人間が敵うはずがない。
「そりゃあ本物相手なら、僕らの時の基準で上級の者が少なくとも十人はいないとね」
「でも秋野神楽は一人で石間山に来たんだよな?」
「うん。秋野神楽は完全に一人でそこに出向いたみたいだよ。まあお供に村の青年はいたけど」
「本当に一人?」
「本当に一人。ここでさっきの何故秋野神楽がその青年の話しを真に受けたのか、に繋がるわけ。さてここで問題。天岩戸で八百年前に消えた役職といえば?」光太郎はクイズ番組の司会者のように言った。
「……ああ」竹はそんなテンションにはなれなかった。
「そう、竹君の考えた通り。秋野神楽は『三神』の一つ『素戔嗚(すさのお)』の位を持っていた、大天才。元は『赤』の管理者だったみたいだけど」
「だから天岩戸が引きとめをしたわけだ」
 組織のトップが単身で嘘か真かわからない、四方山話を真に受けて旅に出ようとしたら、当然引き止めるだろう。
「そゆこと。まあ結局『三神』の残り二人の同意が得られたから、無理を通したらしいけど。そして秋野神楽は石間山に乗り込み、そこで鬼を殺した」
「殺した? 殺しちゃったら意味がないだろ。研究材料にするなら生きてないと。遺物のみで神を製造する技術を天岩戸が持つのはまだまだ先の話だぞ」
「いや、それで良かったんだよ。そもそも堕ちた神となった時点で、そんな事してる暇なんかない。既に相手は、人を食べるだけの鬼になっているんだから」
「……まあそうだな。じゃあ秋野神楽はどうしたんだ?」
「鬼を殺して、その血を自らの体内に取り込んだ」
「血を取り込んだ……まさかその力って……」
「言ったでしょ。『赤』の管理者だったって」
「赤の女王の祖か……」
『赤の女王』
天岩戸の最後の赤の位の所持者にして、神の製造法を確立させた大天才。
「うーん。秋野神楽自身は直接の先祖じゃないんだけどね。赤の女王の先祖は秋野神楽の双子の妹だから。こっちは姉と違って天才ではなかったみたいだけど。でもまあ同じ血筋なのは間違いないね」
「搾取の血脈か……」
 竹は他者の血液を搾取し、神格を高め、いつまでも美しい姿でいた女を思い出す。
「しかも極上のね。あの麗しい婆さんの血脈だけあって、秋野神楽は死ぬまで衰えなかったらしいし」
「でもそれだけじゃ、堕ちた神を殺す事はできないだろ?」
搾取だけでは戦いには向かない。
実際『赤の女王』は戦闘には向かないタイプの人間だった。
「うん。だけど言ったでしょ。秋野神楽は『素戔嗚(すさのお)』の位を持った大天才だったって」
「他にも能力を持ってた?」
「いや、能力は一人一つ。それは先天だろうと後天だろうと今と変わらない。他の力を持とうとしても、中途半端に終わっちゃうからね」
「そうだな」
どんな天才、どんな神であろうと持てる能力は一つだけ。
「だけど、秋野神楽は大天才だった。いや、彼女は真の意味でオリジナルだったんだよ。それを考えると、あの『赤の女王』ですら秋野神楽の劣化版とも言える。まあ『赤の女王』は凡才だった秋野神楽の妹の子孫だから、仕方ないのかもしれないけど」
「どういう意味だ?」
「秋野神楽は竹君と、とてもよく似た能力を持っていたんだよ。彼女は搾取した血液の持ち主の寿命、神格以外に、その血液の持ち主の能力を奪い取れた。これが本当の搾取の能力。これは反則だよねー」光太郎は明るい口調で言った。
「……それはオレに対する批判?」
「いやいや、そんな事はないよ。でもこれでわかったでしょ? 秋野神楽が堕ちた神を殺す事が出来た理由が」
「痛いほどに」
 相手の能力を奪い取り、それが自在に使えるのなら、予め戦闘向きの能力を奪い取っておけばよい。
 全てにおいて向きも不向きもなくなる、万能の能力だ。
 確かに竹の『影見』と良く似ていた。
「でも秋野神楽の『搾取』は、『赤の女王』と一緒で相手を殺害しなければならない、という前提だけどね」
「……それで、搾取の能力で、鬼の血を取り込んだ秋野神楽はどうしたんだ?」話しが逸れそうだったので竹は軌道を元に戻した。
「どうも」
「は?」
「だからどうもしていないんだよね。おかしな事だけど、秋野神楽はその後、石間山に留まって子供を産んで普通に死んでいる。『素戔嗚』の地位にあった者が何事もなく組織を抜けてね。それ以来『素戔嗚』は空位のままになっている」
 軌道は元に戻ったが、意味がわからなくなった。
「いや、おかしいだろそれは」
「まあそうだね。調べられてはいないけど、何かしたんだろうね。実際、秋野神楽は神の血の搾取に成功したわけだから、扉を開けようとはしたんじゃないかな」
「でも扉は開いていない」
「そだねー。扉は開いていないんだよ。そこで開けることが出来ていたのなら、僕たちは生まれていないし」
「まあ、そうだな。じゃあ何故、秋野神楽は扉を開けなかったんだろう?」
「何故って、そんなのわかるじゃない。同じ『搾取』持っていた『赤の女王』が、扉を開くことが出来なかったんだから」光太郎は投げやりに言った。
 ああ、そうだった。
扉を開けるには神格をいくら高めても無駄なんだ。
それは『赤の女王』が証明した。
扉を開けるには、初めからそういうものでないと(・・・・・・・・)駄目だという事を。
「そうだったな……でもそれは秋野神楽が組織を抜ける理由にはならない」
「そうだね。まあそっちの原因ははっきりしてるけど」
「それはどんな?」
「秋野神楽は、鬼を殺した後に妹宛に手紙を送ったんだよ」

私は扉を開く方法に至りました。
あなたがどうしてもわからなければ、教えてあげても良いですよ。
天才でないあなたには、いつまでもわからないだろうから。

「こんな感じの」
「性格最悪じゃねえか」
「性格の良い大天才なんていないよ」
「……まあそうか」妙に納得した竹だった。
「んで、妹は姉からの手紙に奮起ってか、ぶちきれて」

そんな必要ありません。
教えていただかなくても、結構です。
そのうち私が至りますからあなたは不要です。

「と返答」
「……仲悪いな」
「そだね」携帯電話のスピーカーから聞こえる光太郎の声は苦笑いしたようだった。
「それで秋野神楽は組織から抜けた」
「うん。面白い、やってみろ凡夫が。くらいの気分だったんじゃないかな。まあ実際妹も大天才ではないにしろ、結構優秀だったみたいだし。秋野神楽がいなくなった後に、赤になっているから。それでも大天才との差は大きかったんだね。結局秋野神楽の位置に妹の方が立つ事はなく、天岩戸が秋野神楽の位置に立てたのが七百年以上経ってからだから」
「それが妹の子孫、赤の女王か」
「うん。どっちにしろ方法を確立するのは、赤だったって事だね」
「そうだな」竹は感慨深げに頷く。
 しかし、次の瞬間に「まあその辺はどうでも良いんだけど」という光太郎の呆気らかんとした発言によって、その感慨は吹っ飛んだ。
「は? なんだそりゃ。じゃあ今までの話って何だよ?」
「『秋野の鬼姫』を話す前フリ」
「あ」
そうだった。
秋野神楽の話しに熱中しすぎて、その事をすっかり忘れていた。
「何? もしかして忘れてた?」光太郎の怪訝そうな声に対して、
「いやいや、覚えてましたよ?」と竹は焦って答えた。
何故か敬語だった。
「ふーん。じゃあこれからが本題になります」光太郎はわざと敬語で言った。
「……はい、どうぞ」竹は突っ込まなかった。

秋野の鬼姫

秋野神楽は鬼を退治した一年後に、村の青年との間に子を授かった。
それは女子の双子だった。
一人は普通の赤子だったが、
もう一人の赤子の髪の毛は銀髪だったそうだ。
その髪は退治したはずの鬼と良く似ていた。
鬼子だった。
英雄の子が鬼子だと知ったら、村人たちの反応がどうなるかわからない。
だから秋野神楽は、その赤子を誰かに見られる前に殺してしまった。
その子を殺める時に一瞬、その銀髪の赤子の瞳が真紅に変わった。

それから百年後、石間山で奇妙な噂が流れた。
秋野神楽が退治したはずの鬼が、復活したというのだ。
それも女の姿で。
鬼の娘が仕返しに来たのだと、村人たちは再び恐怖に震えた。
既にこの世に秋野神楽はいない。
だが、秋野家は石間山の盟主として残っていた。
秋野神楽の死ななかった方の赤子の子孫だ。
その子孫は秋野神楽と違い、鬼を退治する能力を持っていなかったが、富と名声だけは持っていた。
なので子孫たちは、あらゆる手段を用いて強者を秋野の館へ集め、鬼退治を慣行した。
強者が秋野の館へと募った、その日。
石間山に炎が上がった。

 次の日、村の人々が恐る恐る秋野家を訪ねた。
 そこには、何人もいた使用人も、やって来たはずの強者たちも、秋野家の人々も、ましてや鬼もいなかった。
ただ一人、秋野家の当主を除いては。

それ以来、百年に一度の割合で同じことが起こった。
女の鬼が出て、強者が集まり、秋野家の当主だけが生き残る。
いつしか、それを知る村人たちはこう言うようになった。
秋野家は鬼の姫を匿っている、と。

「――以上が『秋野の鬼姫』の話」光太郎は静かに言った。
「……」竹は無言で今の光太郎の話を反芻していた。
「この話しがどこまで本当なのか、僕にはわからない。今の話は石間山に伝わる鬼の伝説にある、秋野神楽の子供は一人、というの部分と真っ向から対立するし、そもそも情報が落ちていた場所が信憑性の低い場所だしね。それに、現在も村の盟主として君臨し続けている秋野家を貶める発言を村人たちが言っている、というのも微妙だしね……」光太郎は一度間を置いてから「でも竹君ならわかるんじゃない? どこからどこまでが本物なのか」と確信的な口調で言った。
 竹は一瞬迷った後に「……全部本当だ」と短く言った。
 受話口の向こうで一瞬息を飲む音が聞こえた後に、
「……天倉竹がそういうならそうなんだろうね」と光太郎は苦笑いしたような口調で言った。
 竹もつられて苦笑いした。
「……とりあえず全部終わったら、酒でも飲みながら話すよ」
「楽しみに待ってるよ」
「じゃあ、また」
「はいはーい」
竹はため息を飲み込んで電話を切った。
 電話を切ったところでタイミングよく怜と松田が戻ってきた。
老婆はすでに居間へ戻っていた。
 竹は飲み込んだため息を吐き出すように「オレと松田はここに残ります」と怜に告げた。
 怜は短く「そうか」と無表情で言い。
財布から万札を三枚ほど竹に渡して、
「これは帰りの交通費だ。秋野家には私から電話して伝えておく」と言い残し自分の鞄を持って定食屋を出て行った。
 松田は目を大きく見開いて、「マジで?」と竹に聞いた。
「マジで。もう一泊する事にした」
「なんで?」松田は意味がわからないという顔を大げさに作る。
「……まあやることが出来たから」竹は歯切れ悪く言った。
 松田はどこか納得いかない顔をした後に「まあ良いけど」と、とりあえず納得した。
 そして「じゃあ俺は先に外に出てるから」と言い鞄を持って定食屋を出て行く。
 携帯片手だったところを見ると、電話をするんだろう。無論女の子。
 竹もそのまま店を出ようとして、あるひとつの事柄に気付く。
 このままじゃ無銭飲食になってしまう事に。
「……お勘定お願いします」竹は納得いかない様子でそう言った。
 勘定をしていると老婆が「秋野のお屋敷へ?」としわがれた声で聞いてきた。
 竹の電話を聞いていたのだろう。
 それともこの店に来る人自体が、そういった人物だけなのかもしれない。
 竹は嘘をつく必要もないので「ええ」とだけ答える。
 老婆は皺だらけで迫力のある顔で竹を睨んで言った。

「鬼姫様に喰われんようにな」

            *

物語の破片は集まった。
だが、一体それに何の意味があろう。
歴史は、
何も
変わらない。
何も
変えられない。

全能たる黄金の瞳が、
無能な銀色を嘲笑った。

お読み頂きありがとうございます。書いてたらいつの間にか長くなり、切りどころもなかったんで、そのまま載せました。あれこれ考えて脳が沸騰しそうでした。というかしました。
そんな状態で書いたので、おかしなところがあったらご指摘下さい。申し訳ないです。
自らの未熟さを再確認させてくれた『紅の章 15』でした。


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