紅の章 12
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夕食は今夜の『赤き秘宝』への謁見の順序が決められた事以外は、特にイベントらしいイベントもなく、雀の涙程度の会話をしただけで終わった。
かなり退屈な時間だった。
『赤き秘宝』への謁見は、まず最初に秋野菊代が行い。
次に黒澤怜、その次にアレクサンドラ・ワーナー。
最後に天倉竹という順番になった。
松田は『赤き秘宝』への謁見を断った。
その席では、あくまでも自分は付き添いである、なんて尤もらしい理由を話していたが実際は、その時間に今狙っている女の子との電話をするらしい。
竹はせっかく来たんだし、なんとなく面白そうだから謁見してみることにした。
いつもの行動である。
確実に巻き込まれるパターンではあるのだが、その程度の事でわざわざ自分の嗜好を変えるような竹ではない。
それで変えることが出来ていたなら、そもそも竹はこんな事になっていない。
怜曰く、「お前は頭が良いくせに、愚考に走る」だそうだ。
しかし竹自身は、『頭が良いから、愚考に走れるのだ』と思っている――もとい思い込んでいる。
ただの捻くれ者の意見だった。
使用人の二人は謁見には参加しないそうだ。
当然といえば当然かもしれない。
そういえば、夕食での数少ない会話の中で秋野菊代が話していたが、彼女は体が弱いそうだ。
だから基本的に寝たきりらしいのだが、今回はお客が来ているということと、普段より体調が良いこともあって、無理に出張っているらしい。
そして体調の良い今日だからこそ、使用人のフリをしてみたり、昼食の時に客室にいる客を呼んで回ったそうだ。結構アグレッシブでお茶目な人物だった。
別にお客といってもそんな上品な連中ではないので、無理する必要なんてなかったのに、と思った竹だった。
そう思った時、イイトコのお嬢様とプライドの高い女傑が、睨んできた気がしたがビビッて気付いていない風に装った。
それと夕方に庭園で見かけた人物は、やはり秋野家の者ではないらしい。
こちらは竹が食堂に向かう前に廊下で、丁度良く秋野菊代と遭遇して聞いてみたところ、そう言っていた。
それをテーブルに着いた時に松田に報告して、だったらさっき見たのはこの館内にいるうちの誰かだろうか、と言ってみたのだが松田は前菜の後に出された、にんじんのスープを飲みながらそれを否定した。
使用人も含めて、食堂にいる人間で先ほどの見た人間に当てはまる人物はいないそうだ。
それに加えて、アレクサンドラの登場で帰ったはずの『女王蟻』も当てはまらないらしい。
その時初めて知ったが、松田は『女王蟻』ノース・ラブフィールドと面識があるのだそうだ。
なので竹は今のところ夕方に見たのは、幽霊or眼の錯覚、という結論を出した。
マイナー心霊雑誌に投稿する日も近かった。
その時全員の顔を確認するように、食堂を見回した竹は、この館には美人しか寄り付かない結界でも張られているのだろうか、と思えるほどに美人率が高いことに気付いた。
更に、既に帰ったノース・ラブフィールドもまあまあ美人だ、と松田は言っていた。
どこの楽園大奥だ。
もしかしたらここは桃源郷なのか。
すると、もう既に自分は死んでいるのかも知れない。
なんてくだらない事を竹は三番目の皿から夕食が終わるまで考えていた。
それだけ会話のない、暇な晩餐だった。
静かな食事は好きだが、あれだけの人数がいて殆ど会話がなく、あってもほぼ事務的なもの、というのは一種の拷問に近かった。
松田がいてくれたので、多少会話が出来たから良かったものの、もし松田がいなかったと思うとゾっとする状況だった。
ただ、その松田との会話も、庭で見たのが秋野家の者でないという報告以外は、
「この料理上手いね」
「うん」
とか。
「これ何の肉かな?」
「牛豚鳥以外」
とか。
「……きつくね?」
「……」首肯。
とか、かなり、極めて短い会話しか行われなかった。
というかそれが限界だった。
食卓があまりにも静か過ぎるため、更に高級木造建築の絶大な反響性のため、小声の会話でも部屋中に響き渡るのである。
不用意な発言は即、デットエンドに繋がる感じだった。
普段は全くこんな事思わないのだが、せめて料理の解説くらいしてほしいものだった。
しかし、使用人×2は岩の如く押し黙り、無言で料理を運び、それが終わるとまた岩のように押し黙って秋野菊代の後ろに控えるだけであった。
少しだけ、静かな食卓というのが嫌いになった竹であった。
だからといって、賑やかな食卓が好きになるわけではないのだが。
*
拷問のような楽園だった夕食を終えた竹と松田は、部屋に戻って『赤き秘宝』との謁見まで時間を潰していた。
謁見は深夜零時から順々に行われる。
大体一人十五分程度とのことなので、一時前に竹の順番が回ってくる。順番になったら使用人が呼びに来てくれるらしい。
別に普段であれば、その時間まで起きていられるのだが、ここは娯楽の一切見当たらない他人の家である。あてがわれた客室にはテレビも本もチェス盤も置いていない。
昼間であれば、多少館の中を見て回っても良いだろうが、さすがに深夜に徘徊することは出来ない。
そんな暇な状況で、竹は確実に一時まで起きていられる自信がなかった。
なので時間まで、松田に付き合ってもらうことにした。
既に松田は、夕食後すぐに今狙っているというエリちゃんとの電話を終えていたので、特に不満を述べなかった。
松田は本来なら夜半過ぎまで、長電話する予定だったみたいだが早くに電話を終えていた。その理由は、どうやらエリちゃんには彼氏がいるらしく、それを理由に松田には靡かなかったようだ。
横で寝転がりながら、松田が電話しているのをBGMにしていた竹はそう推測した。
恐らくこの推測は正解だろう。
何故なら電話の後、松田が「ぜってー、落とす」と拳を握り締めて燃えていたのが確たる証拠だ。
一時まで時間を潰す、といってもやることがないので、ベッドに座ってひたすら駄弁っていた。
室内には男二人で深夜に語らう、というシュールな光景を形成されていた。
話しの内容は専ら二人が通っている高校の女性についての話だった。
誰が誰と付き合っているだの。
誰が誰の事を好きだの。
大木に彼女が出来ないのはなぜか、だの。
中学生の修学旅行みたいな会話だった。
多少、アングラな話もした。
オランダを見習うべきだ、という話でまとまった。
その時には二人ともベッドに横になって、うつらうつらしていた。
時刻が深夜を回り、そろそろ竹の順番になるかという頃に、松田が今までとは打って変わって真面目な表情を作る。
竹もその表情に気付き、何が言われても良いように気を引き締めた。
「……なあ、ベッド交換しない?」松田は何かを決意したように竹に言った。
「はぁ? 何で?」竹は、松田からの意図の読めない提案に眉間に皴を寄せる。
「え? 特に意味なんてナイヨ」松田はそわそわしている。
「……なぜに片言?」竹は松田をじっと見る。
「そんな事ないから」松田はキョロキョロと、竹と目をあわせないようにしている。
竹は松田の不審な様子を見つつ、なぜ松田がそのような事を提案してきたのか考える。
「……」
そして思い至った。こういう時に疑問を自分で考える普段の苦労が報われる。
「嫌だ」竹は短く拒絶をした。
「えー、どうして? 別に良いやん。まだ寝てないんだから問題ないでしょー」
「確かにそういう問題はないかも知れないけど」
「なら良いやん」
「でも駄目」
「えー? 何でー」
「……説明しようか? 別にオレは説明しても良いけど、その瞬間お前はかなりの変態キャラとして確立するぞ」
既に女たらしキャラは確立されている、という話しは秘密だ。
まあそれは本人も自覚しているだろうけど。
「うっ……」松田がうめき声を上げる。
「まあそういうわけで」竹がニヤニヤしながら言った。
「ううううー」
竹は横で抗議を上げる松田を無視しようとしたが、珍しくそれが出来なかった。
多分、今日のアレクサンドラとの一件での負い目があったのだろう。
「それにしてもさ、まだ駄目駄目だな。オレは」竹は夕食前に起こした自らの行動を恥じるように、ため息をついて言った。
「そうだね。駄目駄目っしょ」松田はどうでもよさそうに、どうでもよくなさそうに言った。
「アレくらいで元に戻るなんて最悪だわ。赤面ですよ赤面」竹は鼻の頭を掻く。
「短気だよなー。手痛いし」松田はいつもの明るい口調で言いながら、ベッドに潜った。
竹は松田がベッドに潜ったのを確認すると、立ち上がって自分の旅行鞄を漁る。
「それはごめん。だけどグッジョブ」竹はあまり反省の色のない声色で話しながら、旅行鞄から薄手のパーカーを一枚取り出した。
松田はその声色こそが、竹が一番反省している時の声だという事を知っていた。
「……まあ良いけど」松田はゴロンと誰もいないベッドの方を向く。
「ありがとう」竹にしては珍しく素直に感謝を述べた。
「あいよー」松田はどこかむず痒そうにして、答えた。
「……んじゃ、おやすみ」竹はそう言うと照明のスイッチを切り部屋の明かりを落とした。
大きな窓から曇った月明かりが、幽かに部屋を映し出す。
「うい。おやすみ」松田が若干眠そうに答えると、コンコンと控えめに部屋をノックする音と、「天倉様、お迎えに上がりました」という控えめな声が分厚い木を通して聞こえてきた。
竹は灰色のパーカーを羽織って、明かりの消えた部屋から出た。
使用人に連れられるままに歩いていくと、館の外に出てしまった。
玄関のところで使用人に質問する。
「えっと、『赤き秘宝』って外にあるんですか? 館の中では?」相手の年齢がいまいちはっきりわからないので、とりあえず敬語で聞いてみた。
使用人は立ち止らずに歩きながら返事をする。
「はい、『赤き秘宝』は館の外に。ですのでもう暫くお付き合い下さい」
「はぁ」まさか館の外にあるとは思っていなかったので、なんとも気の抜けた返事をしてしまった。
使用人は何も言わずにすたすた歩いていく。
もしここで立ち止ったらどうなるのだろうか、と悪戯心が刺激されたがさすがにやめておいた。
夕方に松田と話しこんだ庭園を抜けて、とうとう山の中まで入ってきてしまった。
それも最初はまともな道があったのだが、今は獣道のような辛うじて道と形容できる道幅の狭い、植物に侵食された悪路を歩いていく。
そんな夜の森を歩いているにも関わらず、使用人も竹も明かりの類を持たず手ぶらだった。
人工的な明かりが一切ない中で、迷わずに進めたのは、空から降り注ぐ月の灯と星の瞬きによるものだろう。
さすが田舎。
星の煌きが都会とは比べ物にならない。
それでもこの悪路が暗黒に近いことには変わりない。
しかし、この山一帯が秋野家の所有物であることは知っていたが、まさかこんなところを歩かされるとは思ってもみなかった。
これじゃまるで秘宝を求めた探検家である。微妙に合っているところが性質が悪い。
使用人は何も言わずに真っ暗な道なき道を、ずんずんと進んでいく。
そこかしこに様々な虫が飛び交っているのだが、全く気にする様子はないエプロンドレス。
山奥に住む使用人は強かった。
それからも黙って付いていくと少し開けた場所に、到着した。
そこは行き止まりになっており、目の前に大きな岩山が鎮座していた。
その岩山には注連縄が張られていて、人が入れるくらいの穴が口を開けていた。
一瞬竹は『岩戸』を連想する。
馬鹿馬鹿しい。
竹は首を振って、深呼吸がてらに上を向く。
一度天を仰げば、いつもの月が半分顔を隠して笑っていた。
行くのか?
そう云われている気がした。
竹はその空想を無視して、使用人に問うた。
「ここに『赤き秘宝』が?」
「そうです」
「先に来た人たちは?」
「別のルートで帰られました。天倉様が館から出る頃には菊代様と黒澤様は館に到着しております」
「アレクサンドラさんは?」
「多分、今頃館の方に到着されたかと」
「もう一人の人と一緒に?」
「はい。私は黒澤様と帰りを同道してすぐに、天倉様をお呼びしてこちらに来ました」
「じゃあ当主は行きも帰りも一人だったんですか?」
「そうです。本来ならば私かもう一人が同道するのが常なのですが、今宵、菊代様は一人が良いとの事でしたので」使用人はきちんと受け答えてくれたものの、どうしてそんな質問をされているのかわからない。といった風だった。なので竹は取り繕うように答える。
「いや、なんとなくです。こんな暗いところに入るんで、少しビビってまして」
「ここからだとわかりませんが、洞穴内は蝋燭の明かりが点いているので、足元にさえ気をつけてられていれば平気かと……」
「あ、そうなんですか」竹は言いつつ、明かりがあっても気をつけなきゃ駄目なのかよ、と心の中で突っ込んでおいた。
しかし、明かりがあってもなくても気をつけるのは、当たり前の事だ。
生きていく以上は常に気をつける。
気をつけなくなったら、その時は既に生きてはいない。
そういうモノだ。
「帰りも私が同道しますので、それまでここで待機しています」
「わかりました。もう入っても?」竹は洞穴を指差す。
「どうぞ。それでは謁見は十五分までとさせていただきます。その頃にこちらからお声をかけます」
「こちらからって、ここから?」竹は眉根を寄せる。
「はい。洞穴内部は音が響きますから、大丈夫です」と使用人は無表情ながら自信に満ちた感じで言った。
竹はそれが面白かった。
面白かったので、一つ余計なお世話をした。
「昼の時言っていた事はしなくても良いんですか? 魔力の封印とか、宝具の持ち込み禁止とか」
使用人は少し困った顔をした後に、
「それについては天倉様のみ適用外、と当主から仰せつかっております」無表情に戻って言った。
「え? オレだけ適用外?」どうして? と竹が言う前に。
「それは当主の考えですので、使用人風情の私ではなんとも……」わかりません。と使用人は首を振った。
竹は顔のパーツを中心に集めるようにして、鼻の頭を掻きながら「意味がわからん」とつぶやいた。
「申し訳ございません。何分当主のご指示ですので」と使用人は頭を下げる。
同世代の人間に頭を下げられるのはファミレスくらいで十分な竹は、「まあ良いですよ」と苦笑いして言った。
そして、もう一度だけ余計なお世話をする事にした。
「そういえば寒くないですか?」竹は羽織っていたパーカーを脱ぎ、渡す仕草をして使用人に聞いた。
いくら8月とはいえ、山奥の深夜は多少肌寒い。
そして、使用人の彼女はこれから十五分、肌寒い山中で待つわけである。
今は山中を歩いてきたので、体温は上昇しているが汗が引けば、急激に寒くなるだろうと見越した上での余計なお世話だった。
使用人は少し面食らったようにしつつ、竹がどうしてそのような行動を取ったのか、竹の思考の経路をほぼ正確にトレースしてから、
「いえ、私は大丈夫です。それよりも洞穴の中は気温が低いので天倉様こそ必要かと」と首を横に振った。
本当に余計なお世話になった時ほど、切ないものはなかった。
竹は「ああ、そっか」と少し気まずそうにしてから、差し出していた薄手のパーカーを羽織りなおす。
羽織ながら、目の前にいる使用人の思考速度に感心した。
少なくともこの少女は、自分や怜と同等かそれ以上の思考速度を持っている。
竹はそんな人物に出会えたことに嬉しくなる。
やはりこの世界は面白い。
「じゃあ十五分後に」竹は嬉しさを押し隠せずに、友達以外には見せない本当の笑顔で言った。
使用人の少女はその笑顔を見て、一瞬戸惑ったように硬直したが、彼女の思考速度の賜物かすぐに「……はい」とどこか気恥ずかしそうに小さく頷いた。
竹は使用人の微妙に初々しい対応に満足したように頷き、注連縄を跨いで暗い口を開ける洞穴に足を踏み入れた。
*
使用人の少女、八坂真逆は、何か安心させてくれるような、でもどこか危なっかしく、放っておけないような笑顔を向けてくれた、自分と同い年くらいの少年の後姿を見送った。
羽織り直したパーカーが半分の月に照らされて、あたかも銀色に輝いているように見えた。
銀色が赤い暗黒の中に消えていった。
*
使用人の少女の言った通り、洞穴の中には2メートル間隔くらいで、竹の肩の高さに蝋燭が灯っていた。
だからといって洞穴の中の視界が良好というわけではない、暗闇は深く足元の方になると薄っすらとしか見えない。
光が闇に食われてしまっているかのようだった。
竹はぶるっと体を震わせる。
パーカーを譲渡しないで正解だったと、心から思う。
洞穴は真冬とは言わないまでも、硬質な寒さが漂っていた。
竹は肌に感じるやや強めの寒さを我慢しつつ、洞穴の中を慎重に歩く。
洞穴は緩やかに下っているようで、それに伴い気温が下がり、岩盤が湿り気を帯びている。
竹は転ばぬように、更に慎重に歩く必要があった。
多分5〜60メートル程の距離だったが、かなりゆっくりと歩いたので3分ほどかかって、一際明るい開けた場所に到達した。
開けた場所といっても三メートル四方程度の広さである。
どうやらそこでこの洞穴は行き止まり。
天倉竹は『赤き秘宝』と対面した。
鬼殺しの一族に代々伝えられた秘宝と、
神殺しの複製品との定められた邂逅。
運命の風車は規則正しく、カラカラと回る。
お読み頂きありがとうございます。ついに、というかやっと竹君が『赤き秘宝』と邂逅します。長い前フリでしたが、次話をお待ち下さい。これも前フリですね。
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