紅の章 11
「それじゃ今度はこっちから質問ね」アレクサンドラの口調がまたフレンドリーなものに戻る。
竹と松田もそれに騙されないように、若干警戒しながら「どうぞ」と言った。
「まず、アマクラに対しての質問。あなたはどうして、『十三夜』なんて組織を作ったの?」
「別に、作りたかったから」竹は殆ど無表情で、常に用意している言葉で即答する。
「それは本当の理由なの?」
「何が本当なのか、お前に判断できるのか?」竹が冷たい口調で言う。
「出来ないから聞いているの」アレクサンドラは少し気を悪くしたみたいだった。
「あー、竹。あんまり苛めるなよ」松田が見かねてアレクサンドラに助け舟を出した。
「お前はどっちの味方だよ。って聞くまでもないな」竹は頭をガシガシと掻いて嫌そうな顔をする。
「勿論美人の味方っしょ」松田の声からは、揺ぎ無いものが滲み出ていた。
基本的に『十三夜』のメンバーは、竹を含めて度合いや手段の個人差はあるが美人の味方に付くことが多い。
男だけの集まりだからだろう。
本来なら竹も松田と手段こそ違うが同じくらい美人を重んじる。
ただ、この瞬間、今の質問に対しては、竹はアレクサンドラという美少女の味方に付くことが出来ない。
あまりにも彼女の質問が、ピンポイント過ぎたためである。
「言いたくないなら、別の質問にするけど?」アレクサンドラは竹の表情を伺うように、上目遣いで聞いた。
今の仕草は竹にとってピンポイントだった。
なので、竹はとりあえずアレクサンドラの質問に答えることにした。
やれやれだ。
竹は「いや答えるよ」と一度小さくため息をついた。
「まず誤解を受けているようだけど、別に『十三夜』は組織じゃない。ただの友達の集まりだ」
「……仲間の集まりってこと?」
「仲間……まあそうかな」
「仲間ってか友達っしょ」松が訂正する。
「どっちも同じでしょ?」アレクサンドラが困惑したように言う。
「同じって言えば同じだけど……」今度は松が困惑していた。
「仲間って言う単語はあまり好きじゃないんだよ」仲間という単語に『十三夜』のメンバーはあまり良い印象を持っていない。
昔のことを思い出すから。
自分たちが殺して壊して潰した、組織のことを思い出すから。
だから『十三夜』は組織でなく、仲間でなく、ただの友達の集まりなのだ。
「それに皆勝手に行動している奴らばかりだから、やっぱり仲間って言うよりは友達だな」
普段は別々に行動しても、誰かの危機になれば勝手に皆集まってくる。
誰かが一声掛ければ、全てを投げ出して集まってくる。
そんな連中の集まり。
十三の殺戮の夜を共にした、十二人。
「『十三夜』を作ったの自衛の為だよ。オレが、というかオレ達はあの組織が嫌になった。だから反乱を起こして自由になった。自由になってみたのは良いけど、オレ達には敵が多すぎた。だからとりあえずチームとして固まっておいた方が良いだろう、ってことで作ったんだ。まあ作った結成させた当初は別にして、今は殆どチームとして活動していないけどな。友達の集まりなんてそんなもんだろ」竹は苦笑いしながら言った。
「でも」アレクサンドラが発言する。「それが『十三夜』を作った本当の理由じゃないよね?」
弛緩しかけていた空気が張り詰める。
竹の表情が無表情に凍り付いた。
松田はこの地にきてから、一番険しい顔をしている。
アレクサンドラは駄目を押すように言う。
「アマクラ、もう一度聞くわ。あなたが『十三夜』というわざわざ作らなくても良いような、あやふやで曖昧なもの作った、本当の理由は何だったのかしら? いえ、もっと言ってしまえば、あなたはどうして、わざわざ『天岩戸』を壊滅するような意味のない行為を『十二の夜達』を率いてしたのかしら?」
返答次第では、騎士団は総力を持って『十三夜』を潰しにかかる。
そんな圧力が掛けられているような言葉だった。
「それを知ってどうする?」竹はこの世の全てを威圧するような声で言った。
それは、
解決士でも、
神の複製品でもない。
本来の天倉竹の顔だった。
天岩戸を破壊し尽した、始まりと終わりの夜の顔。
この部屋中に圧倒的な死の香りアレクサンドラを圧迫する。
「それはこれから決めるの」アレクサンドラは毅然とした態度で言う。
その言葉は何も迷わず、何も臆していない者の言葉。
そしてそれは、自らの命をかけた言葉だった。
『答えを得る事で、秩序を守ることが出来るなら、命など必要なものではない。
忘れるな、我らがこの世の秩序の護り手であることを』
数百年続いた、秩序に取り付かれた家系の先端に立つものの、覚悟と重みが彼女の言葉にはあった。
「ならここで、お前の秩序を終わらせてやるよ」
部屋中に散漫していた殺意が、ただ一点に収斂した。
アレクサンドラが感じることが出来たのは、今まで椅子に座っていた、竹から圧倒的な死のイメージを感じたところまで。
そこから彼がいつ椅子から立ち上がったのかもわからなかった。
アレクサンドラ・ワーナーは自らの死すらも感じれぬままに命を落とした。
――はずだった、のだが彼女は死ななかった。
彼女が死の感覚で、弛緩していた思考をまともに働かせることが出来た時、目の前にいたのは、自信の左胸に右手をナイフのように突き出していた竹と、その手刀を手の平で受け止めていた松田の姿だった。
松田の手の平は竹の手刀によって突き破られていたが、辛うじてアレクサンドラの心臓部手前、竹の指先が松田の血で、アレクサンドラの服に一点の染みを作ったところで止まっていた。
「それはなしでしょー」松田が苦笑いしながら言った。
竹はすぐさま松田の手の平に突き刺さっていた、右手を引き抜き「悪い」と短く言った。
手を引き抜く際「いてっいててて」と松田が軽く不満を向けるように叫ぶ。
「男なんだから我慢しろよ」と竹は全く悪びれずに言った。
「反省の色なしっすかっ! それもないから!」松田が顰蹙を表情と口調に込めて、竹に言った。
「反省してるよ」竹はいつも通りの口調で、「かなりね」とどこか呆れたように肩をすくめて言った。
自分の行動。
松田の行動。
その両方に呆れているのだった。
アレクサンドラは呆然と固まったまま動かなかった。
しかし、動く事は出来なかったが、「悪かった」というアレクサンドラに向けた竹の言葉に、一応我を取り戻すことは出来た。
ただアレクサンドラは、それに対する言葉は何も持ち合わせておらず、何も言えなかった。
アレクサンドラがいくら『騎士団』の主の娘とはいえ、まだ十代の少女。
体は今になって死の恐怖に微かに震え、頬に涙がつたう。
竹も松田もそれを見て、何か思わなかったわけでもないのだが、言うべき言葉が見つからず気にしないように振舞うことにした。
そして、松田は何事もなかったことに安堵し、額に流れていた汗を手の平で拭う。
額が赤く染まった。
かなり何事もあった。
竹がそれを見てベッド脇の松田の鞄をそのまま、「洗面所で洗ってこいよ」と渡す。
鞄からタオルを出してあげたかったところだが、人の鞄を漁るのは良くないという建前のもと、やめておいた。本音は面倒だった。
自分のタオルは汚れたら嫌なので渡さなかった。
「ういー」松田は穿たれた穴からぽたぽたと血を流しながら、洗面所へと向かっていった。
部屋には後悔したような顔をしている竹と、涙を必死に押し留めているアレクサンドラだけになった。
竹はとりあえず自分の鞄からタオルを出してから、先ほどまで座っていた椅子に座りなおす。
洗面所の方からじゃぶじゃぶと血を洗う音が聞こえた。
竹は顎を椅子の背もたれに乗せて、とりあえずアレクサンドラが泣き止むのを眼を瞑って待つことにした。
20分ほどすると、アレクサンドラも落ち着き、松田が鞄を持って寝室に戻ってきた。
既にその手からは血は流れていなかった。
それどころか、松田の右手には傷一つなかった。
竹はそれを見て当然のように理解し。
松田はそれについて何も言わなかった。
目蓋を少し赤く腫らしたアレクサンドラだけが、理解できていなかった。
松田が鞄をベッド脇に置くのを確認してから、竹が「松」と呼びかけ持っていたタオルを投げた。
「何?」松田がもう自分にタオルは必要ないのに、と首をひねる。
「これ水で濡らしてきて」竹がアレクサンドラに気付かれないように、アレクサンドラをちらりと見た。
アイコンタクト。
「あー」松田は合点がいったらしく、タオルを濡らそうと洗面所へと向かおうとしたが、「何で俺が……?」と小声で愚痴をこぼした。
すると「お前のが近いだろ」と竹が無駄に地獄耳を発揮して、松田の愚痴を一蹴した。
目は悪いが耳は良いのだ。
「うわー、絶対面倒なだけだし」松田はぶつぶつと文句を言いつつ、タオルを既に傷一つない右手に持って、もう一度洗面所へと向かっていった。
松田が洗面所の扉を開けようとしたところで、コンコンと部屋の扉を叩く音が聞こえた。
松田はタオルと玄関を見比べて、とりあえず玄関を優先することにした。
もう一度コンコンと玄関を叩く音がした。
「ういー」松田は妙な返事をしながら、扉を勢いよく外側に開いた。
あまりに勢い良く、しかも急に扉が開いたので扉をノックしていた人物は、かなりビックリした表情で固まっていた。
当の松田はその人物が、なぜそんなに驚いているのか全くわかっていない。
「あー、どうかしたの?」松田はいつもの陽気な声で聞く。
わかっていない松田としては、どうして訪問してきたのかという質問したつもりだったのだが、訪問者は違った意味でとったようだった。
「あ、申し訳ありません。急に扉が開いたので少々驚いてしまいまして」訪問してきた人物は少し頬を紅潮させつつ頭を下げた。
「ああそっか。ごめんねー」松田もつられて頭を下げる。「それで、どうかしたの?」松田は先ほどと同じ質問を訪問者、秋野家の使用人にした。
昼食時は階段下で案内をしていた使用人の少女は、また頭を下げて、
「夕食の支度が整いましたので、お呼びに参りました」と言った。
夕食の呼びかけは秋野菊代の宣言通りだった。
「おっけいです。隣には声かけした?」
隣とは怜の事である。
「はい。黒澤様は既に食堂へ行かれました。なんでも隣が煩すぎるとか」使用人の少女はそう言った後、余計な発言だった事に気付き「失礼しました」と頭をまた下げた。
頭を下げられまくって、少し微妙な気分になった松田は「じゃあ食堂にいないのは俺らだけって事?」と少し優しく言った。
使用人は恐縮しつつも「いえ、アレクサンドラ・ワーナー様がまだです。部屋にはいらっしゃらなかったので」と答えた。
「あっ、サンドラちゃんならここにいますから、一緒に行くから大丈夫だよ」松田は室内を見ていった。
「解りました。それでは食堂にてお待ちしております」使用人は何度目かの頭を下げて、恭しく食堂の方へ歩いていった。
松田は可愛らしい使用人の、後ろ姿が見えなくなるまで脚を眺めてから扉を閉じて、
「竹ー。夕食だってさ」と竹とアレクサンドラに聞こえるよう大きめの声で言った。
「あいよー」竹が返事をする。
松田は今度こそ、洗面所でタオルを水に濡らしてから寝室に戻り、それをアレクサンドラに渡した。
アレクサンドラは無言でそれを受けとって、やや熱を持った目蓋を冷やす。
受け取る時に、傷のなくなった松田の右手を見定めるように見たが、不審な点は何もなかった。そしてそこが最も不審な点ではあった。
そのまま5分ほど無言の時間を過ごし、
「さて、じゃあ行くか」竹が椅子から立ち上がり、二人に向けてそういった。
「怜さんはもう行ってるってさ」松田は竹に向けて言い、先に部屋から出て行った。
アレクサンドラもタオルを握ったまま、松田に続いて出て行く。
竹もアレクサンドラの後について歩く。
アレクサンドラが扉に手をかけた時に竹はつぶやいた。
「あの時は一緒にすることがあれば、なんでも良かった。それが誰かの思惑通りでも」
アレクサンドラはノブに手をかけたまま一瞬止まり、何も言わずに部屋から出て行った。
竹は鍵を忘れたことに気付いて、寝室に戻った。
ベッドのサイドボードに、先ほどまではなかった折り紙で折られた鶴が置いてあった。
竹がその姿を確認すると、折鶴から声が聞こえた。
「全く……壮大な遊びだな」
その声は食堂にいるはずの魔法使いのものだった。
「面白ければなんでも良いんですよ」
竹は机の上に置いてあった、鍵を手にとる。
「面白かったか?」
「さあ? ただ満足はしていますけど」
「悪趣味な奴だ」
「誰かさんよりはマシでしょう」
「それが本心だとしたら、最悪だな」
「いや――最高ですよ」
竹は折鶴を放置して、部屋を出て行った。
折鶴は竹が部屋の鍵を閉めると、周囲を燃やさずに燃え尽きた。
お読み頂きありがとうございます。時間が夕方から夜へと突入します。秋野家にきてから1日経ってないんだなあ、と自分で驚きました。次話から少しづつ、物語は加速していきそうです。じわじわと。
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