紅の章 10
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「それで? 話しって?」
竹と松田の部屋。
松田は自分のベッドに胡坐をかいて座っている。
竹は先ほど怜が使っていた椅子に反対向きに座って、背もたれに肘をついて顎を乗せていた。
竹も本当ならふかふかのベッドに座りたかったのだが、竹のベッドはアレクサンドラが先に座ってしまったので座れなかった。
ほぼ初対面の美少女に「どいてくれ」と言えるほど竹の度量は大きくない。
竹の問いかけにアレクサンドラは答えず、ベッドに座りながら部屋を見回したり、竹と松田をジロジロ見たり落ち着きがない。
竹は問いかけを無視されたことにややイラっとした。それに加えて、さっさと話しを終わらせて部屋から出ていって欲しい事もあり、
「……話しって何?」とやや強めに、もう一度アレクサンドラに問うた。
アレクサンドラは竹の問いに対して、
「全くせっかちね。時間なら嫌になるほどあると言うのに。そんなに私に出て行ってほしいの?」と答えを出さずに逆に疑問系で返してきた。
「そんな事ないっしょ」聞かれてもいない松田が色々な意味でとれそうな返答をした。
「……突っ込まないぞ。とりあえず、オレ等からは話すことはないから、話があるならさっさとしてくれ、そして部屋から出て行ってくれ」竹は分厚い壁で遮られた隣の部屋を気にしながら言う。
「クロサワなら気にしなくても大丈夫よ。さっき少し話して、あなたたちと話す事は言っておいたから」アレクサンドラはしれっとした表情で言った。
「……マジ?」松田が驚きを隠さずに呟く。
松田の疑念は当然だろう。
黒澤怜と『騎士団』は、
「黒澤怜が『騎士団』の仕事に協力をしている間は、騎士団は黒澤怜に危害を加えない」という条件で、とりあえずの休戦協定を結んでいるものの、彼女は魔法使いで組織された『黒の教団』の生き残り。
この世の秩序を乱すものを許さない『騎士団』にとっては、魔法使いなんて存在、そこらの犯罪者よりも忌む対象である。
つまり表向きには休戦を取っているものの、当代一の魔女、黒澤怜を『騎士団』は隙あらば殺してやろうと思っているのである。
怜もそれがわかっているので、『騎士団』の事をかなり良く思っておらず、手を貸す時は直接『騎士団』の人間とは取引は行わず、誰かを仲介して仕事をこなすほどの徹底振りである。
そんな怜が『騎士団』の大本、ヴィンセント・ワーナー伯爵の娘と進んで会話をするなどと思えない。
いや、ありえない。
だから先ほどの昼食の場で同席しただけでも奇跡なのだ。
まあ、あの時は自らの蒐集癖が嫌悪感に勝ったのだろう。
ある意味さすがだった。
しかしそういう特殊な状況でなければ、怜が『騎士団』と同じ場所にいるなんてありえない。
更に話しをするなんて、上京したての狢が都会に染まった狐に化かされるくらいありえない。
「本当よ。まあ話したって言っても私が直接会ったわけじゃないけどね。それに彼女は何か取り込んでたみたいだから、対応がかなりおざなりだったけど」アレクサンドラは意味深な微笑みを浮かべた。
アレクサンドラは昼食の時と話し方や印象が随分違った。
先ほどの昼食の時はなんとなく近寄りがたいお嬢様風だったが、今はとてもフランクだ。こちらが本来の彼女なのかもしれない、と竹は思った。
「直接話したわけじゃないって?」松田が反射的に聞いた。
竹がそんな松田を嫌そうな顔をして見た。
松田の悪いところは疑問に思った事を自らで考えず、すぐに口に出して聞く事だ。
もしかしたらそれは別に悪い事ではないのかもしれないが、竹は松田のそういうところが嫌だった。
何か嫌いになる事が極端に少ない竹だが、そういう細かいところが気になったりする。
木目の細かい神経質な男なのだ。
というかそういう奴が松田だけならまだ許容できるのだが、『十三夜』にはそんな輩が約半分を占めている。
その分、竹が彼らの分を考えなければならない。
だからこそ嫌になるのだった。
本当はその辺は甲斐輝明の領分なのだが、彼は基本的に連絡が付かない場合の方が圧倒的に多い。
秒刻みで仕事が入っているらしい。常に労働過多なのだ。たまに連絡がついた場合も基本的には竹の意見に頷くだけだったりする。
他の面々も似たようなもので、労働過多だったり所在不明だったり、更に最悪な奴は全くやる気がなかったりする。それに彼らは例え何か考えがあったとしても、口にしない場合もある。
全てが片付いた頃に「そういえば……」なんて与太話にするのだ。
つまり『十三夜』は勝手な連中の集まりだった。
『十三夜』の半分、ちゃんと考えてくれる奴等に限って勝手に行動していて、竹のイエスマン。
そしてもう半分、竹に自分の意見を言ってくれて、勝手に行動しない奴等は、考えなし。
『十三夜』は最高の戦力と最悪のバランスで保たれているわけだ。
組織としては最低である。
竹はそれに耐え切れなくなり、たまに胃薬を服用している。
閑話休題。
松田の考えなしの問いかけにアレクサンドラは、「それは秘密」と可愛らしい声と笑顔で答える。
「普通、自分の能力は秘密にしておくべきものでしょ。あなたたちみたいに名が売れてしまえば、あまり意味のないことだけど、それだってまだ世間に知られていない能力を持っているんでしょ? それに私はまだ新米だし。あ、でも名前だけは売れているのかしら。だったら困ったものね。まあそれでも、とりあえず用心だけはしておいて悪いことはないじゃない?」笑顔のままアレクサンドラは話す。
首を少しだけ横に傾けるところがポイントだ。
まさに花が咲いたような、という形容に相応しい笑顔だった。
危うくアレクサンドラの可愛らしさに見惚れるところだった竹だが、「まあそうだろうな」と他人用のクールな対応をすることが出来た。
「じゃあ、先にこっちから質問させてくれ」竹は意識して少し硬い声で言う。
「何?」アレクサンドラはなぜか期待に満ちた顔をする。
すぐさまアレクサンドラの横で、
「彼氏っているの?」と松田が嬉しそうに言ったが、竹もアレクサンドラも無視した。
しかしそんな事でへこたれる松田ではなかった。
「じゃあ何カップ? てか歳いくつ?」などと際どい発言を連発している。こういう質問がスラスラと出来るのは、そうそういない。ある意味貴重な人材だった。
しかし、この場では竹もアレクサンドラも無視を決め込んだ。本音を言えば竹はそっちの話題に乗りたかったようではあったが。
「……じゃあ交換条件で。私が質問に答えたら、あなたたちも話に付き合ってね」
竹は思案顔をして「……わかった」と了承する。
思案顔をしたのはとりあえず、というか建前上の演技だった。そのくらいの等価は予想していた。
「『十三夜の零』に何を質問されるのかしら? 楽しみだわ」アレクサンドラは両手をパチン、と胸の前で合わせて期待に満ちた表情を浮かべた。
「どうしてここに君が?」竹は色々考えた末、一番初めに抱いた疑問を口にした。
「うーん。まあ父からの試験みたいなものかしら。一人でここに行って『赤き秘宝』が何なのか、そしてそれは『騎士団』の破壊対象になるのか、を見極めて来いってさ」アレクサンドラは天井を眺めるように上を向きながら答えた。
「……なんでここなんだ? 他にもそういうところはあるだろ?」
「あまり危険のないところだと判断したんじゃね? こんな列島の山奥だし」先ほど無視された松田が、一切ダメージなど受けていない風に自分の意見を口にする。
こういう点では松田は、底知れない精神力の持ち主だった。
「いいえ、その逆よ。多分父は、今『他のどの国のどの場所よりも、ここが危険地帯である』と判断したからこそ私をこの地へ向かわせたのよ。そういう酷い人なの、あの人は」アレクサンドラはやれやれだわ、と肩をすくめた。
「ああ、だからあんなに賞金首が集まっていたにも関わらず、君以外に他の賞金稼ぎがいなかったのか」竹はなるほどと頷いたが、内心はサンドラの話を全て信用して聞いているわけではない。
「そういう事。仲間のいない一人の状況でなきゃ意味がないから、って今回ここに賞金稼ぎが寄り付かないようにしたんでしょう。それに今この国には騎士は一人もいないし、試験としては絶好の国ってわけね。ていうかありえないよね。こんなにも戦力の集中している国に秩序の守り手たる騎士が一人もいないだなんて。まあそもそも、そんな国に六番なんて中途半端な奴を送り込んでしまった、こちら側のミスでもあるんだけど」
竹は五月初めの事件を思い出す。
騎士団の六番を壊滅させたのは、『無音の凶刃』と『真なる天使』との娘。
殺戮の天使たる山吹蒼香である。
それを知っているものは少ない。
とりあえず表向き(表向きといっても裏の話だが)六番は賞金首たちに襲撃され死亡したことになっている。
竹が蒼香を守るために、その情報を徹底的に封鎖、改竄したのだ。
とはいえ、その対処が六番目が死亡してから、少し時間が経ってからだったので、『騎士団』がその情報を掴んでいる可能性は高かった。
というかほぼ間違いなく、『騎士団』は真実を掴んでいるだろう。
そして同時に、竹が蒼香を保護している事も『騎士団』には知れているはずだ。
しかし、今のところ『騎士団』からそのことについて何も話が来ていないし、動きも見られない。
アレクサンドラも今そのことに触れるつもりはないようだった。
アレクサンドラはベッドから下ろしていた足をぶらぶらさせて、どうでもよさそうに言った。
「それにしても……あの人たち、別に逃げる必要なんてなかったのにねー。私には父のようにあなたたちと戦えるだけの戦闘力は持ち合わせていない。多分逃げ去った人たちよりも格段に劣っているんじゃないかしら。もっとよく私を見て考えたらあわよくば、私を殺して『騎士団』を根元から解体できたかもしれなかったのに」
「……お前を殺せても、そいつは間違いなく残りの『騎士団』に逆に解体される。それがわかっているから皆お前に手を出さないんだろ」竹は冷たい表情でアレクサンドラを見た。
「うーん。喜んでいいんだか微妙なところね」アレクサンドラは困ったような表情で微笑んだ。
ブロンドの髪と橙色の瞳を持った異国の美少女の微笑に竹は、本気でドキッとした。
「……それで、次の騎士はいつ来る?」竹は内心を悟られないように話題を微妙に逸らす。
「うーん。本当は誰にも言っちゃいけないんだけど、あなたたちに隠してもしょうがないしね」何がしょうがないのか、という質問はしなかった。
「次の騎士は近々送り込むと思うわ。この夏が終わるくらいか、遅くとも9月の初めかな。今はその最終選考中なの」
「候補は?」
「それはまだ秘密。少なくとも六番目よりは上の人になるわ」
「まさかヴィンセントが来たり、サンドラちゃんが残ったりしたりしてね」松田が冗談半分に言った。いつの間にか呼び方がサンドラちゃんになっていた。
「それはありえないだろ。てか伯爵なんかが来たら即効でこの国は戦場になるぞ。あの戦闘大好きの変態には二度と会いたくない」
「だよなー。多分あれは世界一の変態だからなぁ」松田と竹は同意を求めるように、アレクサンドラの方を向いた。
「……」アレクサンドラは沈黙で答えた。
「……何その沈黙は」
「えっと……まさか?」
二人は急激に異常なほど汗を掻き始めた。
「……今は何も言えません。ですが今のお二人の発言は、父に一字一句違わず報告しておきます」サンドラは今までのフレンドリーな口調から、昼食の時と同じ事務的な口調に戻って言った。
これが、『騎士団』としての彼女なのだろう。
「……詰みかな?」竹はだらだらと珠のような汗を掻きながら松田に問う。
「……まだじゃね?」楽観的な松田は竹の期待通り、羅漢的な答えを出した。
「いいえ、今の発言はチェックメイトです。油断は禁物ですよ。私はまだ騎士団ではないとはいえ、次期騎士団の主になるのですから」サンドラは竹と松田に向けて、宣戦布告ともとれなくもない、笑顔を浮かべた。
夏の終わり。
騎士団の主。
征服の名を持つヴィンセント・ワーナー伯爵が、
秩序の騎士達を連れて、最悪の国へと来ることが決まった。
それはこの国が近くに戦場へと変わることへのカウントダウンが始まったことを意味する。
歴史は終末へと向かってゆく。
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