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夏の日の午後
作:夕焼け


「お前から電話してくるなんて珍しいじゃん、どうした?」

俺は電話の向こうの友人に尋ねる。
こいつと電話で話す事自体は珍しいことじゃないけど、
それらはあくまで俺からの一方的なものだ。
こいつから俺に電話がかかって来る事なんて、
それこそ年に1度あるか無いかだ。

「あひゃひゃ。
いや、特に意味はないけどさ。
まあなんつうかさ、夏が近いなと思ってさ」

俺は窓の外に目をやる。
夕暮れ。
アパートの4階にあるこの部屋からは、
西日に暴かれようとしている町が見渡せる。

夜の闇の中では見えない、
日中の太陽光の中では見えない、
そんなものを夕焼けの中にだけ見て取ることが出来る。

「確かに、夏っぽいね。
もう7月入ってるんだし夏っつっても差し支えないかもね」

「んだね」

そして長い沈黙。
こいつとの電話では珍しくない。
何かの距離を物差しで正確に測っているような、
繊細な沈黙だけが空間を支配する。

しばしの沈黙の後、俺はそれとなしに聞いてみる。

「そういや、もうそろそろなんじゃないの?」

一呼吸分の沈黙。

「んー、かもね」

「そっか。
まあだからなんだって話なんだけどね。
あーだこーだ言ってもしょうがないしね。
言うつもりもないし」

「うん」

こいつはいつもこうだ。
ゆるい雰囲気で何でもかんでも曖昧なふうにしてしまう。
そういうのが滅法うまい。
だから俺はこいつに何も言えない。
だからこそ必要以上の事をつい言いたくなってしまう。
そしてその事を多分こいつは知ってる。
ほんとに、つかみ所のないやつだ。

「まあいいや。
明日も作業場の方には来んの?」

「もちろん。
まあ貯金もあるし、わざわざ行かなくてもいいっちゃいいんだけどさ。
俺にとってあれはお金の為とか、やりがいとか、そういうのじゃないからさ」

「うん」

「なんていうか、使命?みたいなさ」

「はは」

「いや、ジョークじゃなくてマジでさ」

「うん、分かってるよ。
その事についてはよく分かってる」

「そっか。
じゃあ、また明日ね」

「うん、また明日」

がちゃんと音を立てて電話が切れる。
その音は携帯電話が主流の今時珍しい。
そしてその「がちゃん」という音はなぜか少し心地いい。

俺はもう一度窓の外に目をやる。
網戸越しの風が、夏の到来を告げている。




++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++



あいつが死んだのは最後の電話から二日後の夜だった。
死ぬ直前に自分で救急車呼んだらしい。
でも救急車があいつんちについた時にはもうすでに心肺停止状態だったそうだ。

死因はなんかよくわかんない病気。
病名は前にあいつ自身から一度聞いたけど、もう思い出せない。
なんかやたら難しい名前だったことだけは覚えてる。

友達が死んでなんでこんなに冷静にいられるのか、自分でも不思議に思う。
その要因は多分いくつかある。
ひとつはまだ「あいつが死んだ」って事についてうまく実感出来てないんだと思う。

もうひとつは死ぬまでのあいつの態度。

ぶっちゃけ、元気だった頃から何一つ変わりはしなかった。
病気の事を俺に打ち明けた時にも、あののらりくらりとした態度だった。



俺、なんか難しい名前の病気になっちゃったんだよね。

ふーん、そう。

病名聞きたい?

んー。

○○○○○○○○○病って言うんだってさ。

へー、なんか随分長ったらしい名前だな。

なんかもう結構進行しちゃってるらしくてさ、
俺もうすぐ死んじゃうらしいよ。

まじで?

うん。まじで。

ジョークじゃなくて?

ジョークじゃなくて。

へーきなの?

んー、まあ、ね。

そっか。

まあ、だからなんだっちゅう話なんだけどね、一応報告しといた。

うん。てか、あとどれくらいもつの?
入院とかしなくていいわけ?

どーだろね。
でも長くても半年はもたないらしいよ。
早いと1ヶ月くらいでぽっくり逝っちゃうってさ。
入院はしてもあんまし意味ないって言ってたから、
そんじゃあ自宅療養でいーかって事になった。

そっか。

ところであのゲームさ、あのグリーンゴブリンのとこ………




あいつのああいう態度が今の俺にもたらす作用。

あいつが死んだ今、俺はとても冷静にこの文章を書いている。

俺も俺なりには考えてたんだ。
人が死ぬって事について。
自分が死ぬって事について。
それがどういうことなのか。

生きてりゃいつか死ぬ。
当たり前のことだ。

いい人生にも、悪い人生にも、
誠実なやつにも、不誠実なやつにも、それは確実に訪れる。

短いやつがいて、長いやつがいる。
それは何も人生の長さだけじゃない。
何もかもだ。

「そこで大事なのは長さじゃなくてどう生きたかだ」ってな事を誰かが言ってた。

充実、大成、幸福、愛、

人はそれらを生きた証として石碑に刻もうとする。

でもあいつは違った。
あいつがそこに刻んだもの。
それはただ生きるって事。

ただ生きる。
ただの自分としてただの日々を生きる。
それには努力も根性も才能もいらない。
いかなる種類の努力も、いかなる種類の根性も、いかなる種類の才能もそれは必要としない。
むしろ、努力と根性と才能の外にあるものが「ただの自分」だ。

「お金の為とか、やりがいとか、そういうのじゃないからさ」

俺はあいつが生きていた事を知っている。
あいつが死んだ事を知っている。
ただのあいつを知っている。
あいつが笑ったこと、あいつが腹を立てたこと、
あいつの優しさ、あいつの傲慢さ。

あいつの全てを知ってる訳じゃないけど、
でも俺の知るあいつの中に「ただのあいつ」はいた。
だから俺はその事をこうしてただ書き記す。
ただの記録。

俺もいつか死ぬ。
いつかは死ぬ。

もし余命を言い渡されたとして、
俺は充実や大成や幸福や愛に対して必要以上に手を伸ばすことはしないだろう。

今日がある。
生きるとか死ぬとかじゃなくて、
ただ今日という日がある。
正しいとか間違いとかじゃなくて、
今日も俺はただここにいる。
正しいこともするし間違ったこともする。
ただの今日を生きる。
優しい気持ちの時もあれば、イライラしてる時もある。
多くを受け入れられる時もあれば、酷く傲慢な時もある。
ただの俺として。
今日が降り積もって、俺の人生になる。
「ただの今日」という日の連続。
それが俺の人生。

だから俺は誰にも、何も偽らない。

思ったこと、感じたこと、やりたいこと、やったこと。
全てで今日を生きる。

そしていつか死ぬ。


これはあいつの死から学んだ事じゃない。
あいつと生きた時間から学んだことだ。

これを読むあんた達に俺が言える事は一つしかない。


「よい夜を」

















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