25.5 野営のリスク
野営のシーン、興味を持って下さった方が居ましたので、新規投稿という形で出してみました。
少し手を加えたら25を超える文章量に。なんとも本末転倒になってしまっているような。
同日中の連続投稿になります。
「25 許可のリスク」と一緒に読んでいただければ幸いです。
雨も雲もない、星が綺麗に見えそうな空だった。
太陽が沈み始め、空全体が赤と群青のグラデーションに彩られ始めている。
空を見て、風を感じて天候の予測がつく人々もいるというが、そのような技能はネフルティスにもサラエントにもない。
まだ暗くはないが、ネフルティスは星の位置を確認しようとした。ポツポツとしか見えない空で、結果は城のゲストルームから眺めた時と同じく、記憶にある星図とはまるで一致しない。
それでも覚えておくことに価値はあるだろうと、覚えておくことにした。
「空を見ているのか」
「ああ。現在地を把握するのに星の位置は役に立つはずだからな。記憶しておいて損はないだろう」
「そのことに文句を言うつもりはないのだがな」
「なんだ?」
「野営の準備はしなくていいのか。今日はそろそろ日も落ちる。この辺りでしておくべきだと思うのだが」
「ふむ。野営か……」
しばし考える。確かに夜に馬を走らせるのは危険だろう。
となると問題は、ネフルティス自身がサバイバル術を知らない、ということだ。
「サラ。やり方を教えて欲しい。この身は自然環境下での野営準備をしたことがない」
「……分かった。なかなか呆れた人だ。私が知らなければどうするつもりだったのだ。まあいい。これから先の旅路でも必要になるだろうしな。常識として覚えておくといいぞ」
やや呆れた顔で告げるサラエント。
確かお前も一国の姫という立場だったはずではないか、とネフルティスは言いたくなったが、そこは堪えた。
教えを請う立場ならば、教官の機嫌を損ねてはならない。騎士達の間では常識らしいことを思い出したのだ。
「数日単位でキャンプを張るならば水源から確保すべきだが、今日は一日だけだ。水は足りているし、火を起こそう。雨露夜風を凌げる場所があればいいのだが……」
チラリとサラエントはネフルティスを見た。
どうやらテストを仕掛けているらしく、答えが返ってくるかどうか試しているようだ。
ネフルティスはそれに応える。
「ならばあの木などはどうだ?」
ネフルティスが指す先には、立派な大木があった。
幹の側にはどうにも竈跡のような物が見えたため、野営する際によく使われているのではないかと推測したためだ。
「“アランディアの木”か。うん、さすがいい目をしているな」
声が弾んでいる。どうやら合格だったらしい。
「有名な木なのか?」
「ああ。人族が土壌改善をしているのは知っているだろう? その後に品種改良し埋めて育てた大木だ。旅人の休憩地として使えるように大きく、虫がつかず、獣が寄りたがらない匂いを発しているという。魔物には効果がないのが残念だが。また、人族がここまで進出したという証でもある。最初に木を造った人の名前を取って“アランディアの木”と呼んでいるのだ」
「この馬達は大丈夫なのか?」
「野生の馬は近寄らないと思うが、軍馬ならば問題ない」
「ならばそこにしよう」
近づくほどに目立つ木だとネフルティスは思った。
周囲の自然とは違う、独特の雰囲気を持った真っ直ぐ一本生えた大木。
一代限り、自然交配することもないこの木は、植林でしか増えないらしい。
常緑樹らしいのだが、周囲の木々も今は青々としているのでそこまでの変化はない。
「竈跡はありがたいな。準備が楽になるぞ」
「何からすればいい?」
「風向きを確かめてから、竈の穴を塞いでほしい。結構重労働になると思うが大丈夫か?」
「その苦労もキャンプの醍醐味だろう。問題はない」
「なら私はその間に馬達の準備をしておこう。では作業開始だ。ああ、危険はまずないと思うが、何かあったら大声で呼んでくれ」
「了解した」
街道から外れ木々が生い茂る中へと入っていくサラエントを見て、ネフルティスは第一王女という在り方に疑問を抱きそうになり、首を振って否定した。
竈は、焼石によって半円に組まれていたようだが、風雨によって崩れていた。
幾つかの焼石は壊れていて、そのままでは竈を再現することは不可能だった。
ネフルティスはどうしたものかと考え、風向きを考えろと言われたことを思い出す。
風を当てないようにするならば、火元の方を掘り下げればいい。
地面を掘り下げ、ひと回り小さくなった竈は十分実用に耐えられそうに思えた。
薪を下ろし、着火用の魔道具を用いて竈に火が入った頃、サラエントが戻ってきた。
「おお。火まで入って立派な竈になっている。本当に初めてなのか」
「見よう見まねというやつだ。それより随分掛かったようだが何をしていたのだ?」
「折角だからな。川魚を獲ってきた。保存食より味も栄養も良いと思って」
「……料理ができるのか」
「今からすることを料理と呼ぶとマイヤが怒り出しそうだが、それとは別に何か失礼なことを言われている気がするな」
「気のせいだろう。それでどうやる?」
「内臓を取り出し、木の串で刺して竈で焼く。味付けは塩を振っておしまいだ」
言いながら手早く下処理を終えていく。
焼かれる魚は見たことがないものだったが、竈で程よく焼けていく匂いは、食欲を駆り立てた。
だが――
「うん。なんというか、やはりサラは“英雄”なのだな」
姫とはとても呼べなかった。
「こんなことで英雄と呼ばれたのは初めてだ」
なんのことかと訝しんだ表情のサラエントだったが、焼け具合を確かめるのに異様に真剣な眼差しを向けていたため、ネフルティスの言葉は右から左へ状態だった。
「ほら、焼けたぞ」
串ごと渡すと、サラエントは躊躇せずに自分の分に齧りついた。さすがに大口を開けて、ということはなかったが。
一方渡された際に魚と目が合ってしまったネフルティスはやや躊躇し、それでも興味深く観察した後に腹の部分へと口を付けた。
じゅわっと肉汁と脂が口いっぱいに広がり、塩が味を乱暴に引き締めた。
齧り付く度に旨みが口に広がり、代わりに味がボケていく。そのボケた舌を塩が引き締め、更に味を鮮烈に感じさせる。
実に乱暴な、それでいて計算され尽くしたバランスだった。0と100を足し、それを2で割ることで最良の50というバランスを生み出すような、そんな感覚。
「――美味い」
「だろう?」
ネフルティスの素直な賞賛に、サラエントは満足な声で返答した。
陽は完全に落ち、空には満点の星空。
辺りは暗闇が覆うかと思いきや、目が慣れれば月明かりが意外と明るい。
シンプルな、されど素晴らしい料理で腹は満ちていた。
自然と感覚は研ぎ澄まされ、周囲の様々な変化を肌で感じ取れるようになっていく。
調和、という言葉が思い出され、ネフルティスはこの世界に来て初めて自分が世界の一部であることを実感していた。
火の番は互いに休みながら行なっていた。
こうして初めての野営は成功に終わった。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
戦闘シーンを期待していた方、すみません。
8月2日 誤字修正
1月21日 誤字修正




