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一葉の年賀状
作:川瀬時彦


  一月一日、私はまさかこのようなものがポストの中に入っているとは思ってもいなかった。

 私はここ十年ほど年賀状というものをもらったことがない。
 もらったことがないというよりは、もらえなかったというのが正解だ。
 去年の正月を私は刑務所で迎えた。
 その前も、その前の年も――
 4年前、私は過ちを犯した。
 警察の捜査によって一日としないうちに私は逮捕された。
 地方裁判所で裁かれ、そのまま刑務所へ。
 私は三年間の禁固刑だった。初めのうちは、呼吸だけをするマリオネットのような状態で過ごしていたが特に苦でもなかった。配給される飯もそれなりに充実しているし、毎日とはいかないが風呂にだって入れた。
 ただ、家族からの連絡は全くなくなった。事実上私は、勘当されたのだった。
 一ヶ月を過ぎたあたりから暇で暇で仕方がなくなった。独房はとてもつらい。起床時間から終身時間までの時をどう過ごそうかといつも頭を悩ませていた。
 私は働きたくなった。なにかをしたくなった。この四畳半の部屋に入る前のあの、毎日を苦しいながらも、もがき苦しみ一生懸命に生きていたあの時のように。
 私は自ら希望して労役を受けることにした。後から聞いてのだが私のように自ら労働を希望するものは多いのだそうだ。
 労役の内容は木材の加工を行うものだった。
 体を使う仕事をしたことがなかったので、初めの頃は少し手間取ったものだった。しかし、一ヶ月もすれば機材の使い方にもなれ、他の人になんとかついていけるぐらいにはなれた。
 そして、一定期間独房だった私も、ついに雑居房へと移ることになった。
 そこは私を加えて6人の部屋であった。
 話を聞いてみるとみなそれぞれ色々な理由でここへ来ていた。
 傷害、放火、脅迫、多種多様だった。しかし、理由やどれだけの被害が出たのかを聞くと、傷害は酔っ払ったときの喧嘩、放火は小火ボヤ、脅迫はお金関係ではなく女性関係と、ここは比較的罪の軽い者が集まる場所のようであった。
 その中でも一人、私とよく話してくれた者が居た。
 彼は窃盗犯だった。
 しかし、理由を聞いてあまり彼を攻める気にはなれなかった。
 彼は生まれてすぐに親を失ったらしく、身寄りがなかったので孤児院で育った。お金はなかったが、国が金利ゼロでお金を貸してくれる援助を受けて高校へはいったらしい。しかし、大学にはそれは利くわけもなく、しかも援助された分は働いて返さなければならず、高卒で就職できる企業は収入が低いためお金に苦しんだのだという。
 生活も苦しくなり、しかたなく借りた消費者金融の借金が膨れ上がり、そして彼は過ちを犯した。
 根は良い人間だった彼は犯行現場で躊躇し、あっさりと警察に現行犯逮捕されたらしい。
「なんとか食いつないでたんだけどな、さすがに持たなくなってきて」
 どうにもやるせない表情で彼は自らが犯行に及ぶ経路を話してくれた。
 私はその雑居房の中でも一番彼と親しくなった。
 毎日働いてはご飯を食べる、そんな基本的な事がとても充実していた。
 そして、私が刑務所に入ってから初めての正月が来た。
 そのときは刑務所内でもお正月ムードが漂う。
 一月一日の朝、雑居房に多くの年賀状が届く。ほとんどの者が夜も深く眠れて居ないようだった。ある者は夜、次の日の年賀状が楽しみで寝ずに過ごしてしまったらしい。
 私と彼以外の人たちは届いた年賀状を一枚一枚に丹念に見ていた。送っていない人が居るのに気付いて、急いで年賀状を書くものもいた。
 私たち二人はなにか仲間意識的なものを持った。
「お前も身内がいないのか?」
「いや、いるにはいるが……いないようなものだな」
「そうか」
 彼はそれ以上は聞かなかった。
 ある時、私たちは出所の年が一緒だということが分かった。
「あと、一年したら俺もここからいなくなるからな」
「あれ? そうなの? 実は自分も――」
「へえ、そりゃ奇遇だ。外に出たらまたどこかで会おうや」
「もちろん」
 そして一年して、私は彼よりも早く刑務所を出ることになった。
 私は彼に絶対に手紙を送るといって、別れを告げた。
 外へ出た私は、手始めに交通整理の仕事をはじめた。最初のうちはネットカフェに寝泊りしていたが、頭金が貯まったところで、ワンルームのオンボロアパートに移り住んだ。
 そして、彼に手紙を書いた。
 なんとか仕事も増え、ほそぼそとだが生活することができるようになった。しかし、いつ周りを見渡しても誰も居ない。ひとりぼっちで私は過ごしていた。
 そんな日々を暮らしていると何のために生きているのか解らなくなった。
 死なないために働き、死なないために食事をして、そこに幸福などというものはひとつも見つけられなかった。
 冬に入り、格安のアパートは身に染みて寒かった。なんとか毛布を買ってしのぐのだがとても寝られたものではない。
 その疲れきった体で今日も交通整理の現場へと足を運ぶ。
 周りの同僚は個人個人楽しんでいるようだった。
 クリスマスの時には、みなで集まってパーティーをする、という内容を携帯で話しているものが居た。
 しかし、私は一人だった。きらびやかなイルミネーションなどない暗い路地道を歩き帰宅、その後は寒さに震えながら寝た。
 一体、何をやっているんだろうか?
 どうやったらこの状況から脱出できるのだ。
 そんなことを考えていた。
 どうせ私にはもう身よりもいないも同然。アルバイトの職場では友達などできるはずもない。
 本当にひとりぼっちだった。

 電球がきれかけている街灯が点滅し、うすい窓から差し込んでくる。
 お金は無駄遣いできないので、部屋の蛍光灯は二つ付けるところを一つだけにしている。
 少し薄暗い部屋の中で年賀状の送り主に目を凝らす。
 彼であった。
 裏には黒のボールペンでこう書かれていた。
『新年あけましておめでとう。』
 私はすぐに近くの文房具屋に出かけボールペンと年賀状を一枚買い、店のレジを使わせてもらって年賀状を書き、すぐにポストに投函した。
 乾いた風が顔を刺す、一月一日の夜であった。


読んでくださった皆さん。
あけましておめでとうございます。
今年も良いお年を――













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