五十九幕、任務・とある教会の秘宝3
――聖神カミディ。何千年の前に実在したと言われる、この世界で最も清らかなる精霊。
今に伝わる姿が真実か定かではないが、カミディ教会に奉られる像は一見人間らしい不思議なカタチをしている。かの精霊は女であると同時に男であり、人類の友であると同時に全ての生命に慈愛と恵みをもたらしたとされる。
教会による伝説では、かつて世界は邪悪なる神によって崩壊の危機に陥ろうとしたという。そのとき精霊カミディは全ての生きとし生けるものの為、自らを邪神と共に封印したのである。世界を救ったその聖なる精神は共和国が誕生する遥か昔より引き継がれ、今の聖カミディ教として多くの人々の心を支えているのだ。
……問題なのは、件の伝説に登場する邪悪なる神こそ。現在のジャシン帝国に伝わる『原初の死神』のことを指しているということだろう。
「まぁーそんな歴史がありゃ当然ケンカになるわな」
「はは……ま、まぁそうですよね……」
小さな教会の聖堂内。その祭壇に奉られている聖神カミディ像は、伝承通りの慈愛に満ちた表情と胸の前に組んだ手で、静かに祈りを捧げている。心なしか顔立ちが女性らしく造られているのは、やはり母性的な優しさを表現するためだろう。
が、女性らしく見えることがいいことばかりではない。
「おーいK、いつまで拗ねてんだこっちきなさいよ」
その像の前にいたジン、ロメオがこちらを向く。カミディ教についての知識に乏しい俺達は、先程まで若き白魔導士から説明を受けていたのだが……
「拗ねてない」
「んじゃ恥ずかしい?」
「恥ずかしくない」
「じゃなんでわざわざんな離れて端っこ行くんだよ。ほれポテチやるから」
ジンはポテチをヒラつかせながら呼び掛けてくる。で、当の俺はややしかめっつらで教会の入口横の壁隅に突っ立っていた。
なぜって?
「Kさん、ホントに僕はなんにも気にしてませんから……ね?」
「……わかっている」
そうロメオに優しく言われると逆に辛いのだが、つい俺の返事は下を向いた小声になってしまう。
だがそもそも俺は暗黒騎士なのだ。ただでさえこんな教会にいると身の狭さが息苦しいというのに、俺の唯一の威厳である死神の甲冑さえ残らず引っぺがされてしまった。
なんというか……付き合いの長いジンはともかく、ロメオや他の人間に対して俺はどう振る舞えばいいのやら……
「ま、しゃあねぇか。大丈夫よ、見た目は女みたいだけど実力はあるからね彼」
「ほっとけ!!」
「ジ、ジンさんそんなわざわざ言わなくても……」
我ながら自分の自信の無さをちょっと情けなく思う……なにせ母親似の美少女顔面のおかげで、兜装着時とのギャップが一段と激しくなるのだから。
ロメオはまだしも先程のファロン神父など、それこそ神の魔術でも目の当たりにしたような顔だったのだぞ? 顔見知りでない人間ならその驚きようはなおのこと酷くなる。
「ええい、それより神父殿はまだなのか?」
「うーん。もう来ると思うんですけどねぇ」
その神父殿は、俺の甲冑を引っぺがした後、教会の用事を済ませてくると言ったっきり俺達をここで待たせている。もう小一時間は経つが、何をしているのか……
「――コラッ、待ちなさいディーノ!」
そんな矢先、教会の外の方から神父殿の怒声が聞こえた。と同時に教会奥に続いている扉が「ドタン!」と開かれたかと思えば、小さな人影が逃げるようにドタバタと走ってきた。
「おぅなんだなんだ?」
「オッチャンどいてッ!」
黒髪の少年らしき声の主は、「オッチャンとな!?」と頭を抱えるジン(ちなみに彼はアラサーである)の横をピゥッとすり抜け、俺のいる教会入口の方へすっ飛んできた。
「だ、誰かその子を捕まえてくれっ!」
「むっ……!?」
続いて少年を追いかけてきたらしいファロン神父が現れ、息を切らせて叫んだ。
ちょうど壁際にいた俺は即座に入口扉の前に踊り出る。
「わわわッ……!」
俺の存在に気づいていなかった少年は慌ててバタバタと急ブレーキをかけるも、止まりきれず俺に向かってぶつかってくる。俺は彼を抱えるようにして受け止め、その勢いで尻餅をついた。
「くそっ、離せよねーちゃん!」
「ぬなっ……俺は女ではn――ぐはッ!!?」
俺がジタバタする少年に一喝をくれようとした瞬間、今度は教会の入口が勢いよく開いたのだ。……もちろんその前にいた俺は後頭部を強打し、俺は思わず頭を抑えながら少年を手放してしまった。
ぬおぉイカン、少年が逃げて……
「――ディーノ。もう逃げ場はありませんよ」
その時、背後から感じた声には聞き覚えのある冷たさがあった。
「うげ……」
「あなたの作戦は失敗です。諦めてそれを神父様に返しなさい」
少年が後退りをすると、後ろからファロン神父のゲンコツが彼の頭に落ちた。
「何度言ったらわかるんだディーノ! 勝手に教会の物を外に持ち出すんじゃない!」
「いってェ! うるさいなクソ親父! ッあだ!!」
口答えをするディーノ少年に再び神父の鉄槌が下る。
……なるほど状況はなんとなく読めたぞ。この悪ガキのおかげで神父殿は走り回っていたわけだ。
「ふぅ……すみません、誰かいるとは思わなかったので。お怪我はありませんか?」
「ん、いや、たいしたことはないさ……」
言いつつ俺は苦笑いを浮かべて、さきほど後頭部に大ダメージをくれた声の主に振り返る。と…………
「「あ」」
互いの顔を視認した瞬間に情けない反応が二つその場に響いた。
ほんの一月ほど会わなかっただけだけだが、なんだか懐かしいものを見た気がする。共和国でも珍しい雪のようにまっ白い髪の毛に、碧の瞳。考えてみればこんな不思議な色をした女性はそうそう見ない。
……聖騎士ロベリアだ。
「あなたは………………もしやロメオとお知り合いだったのですか?」
「ま、まぁ、そんなところだ」
最初は不自然なものを見る顔つきで俺、そしてロメオを見比べたロベリアだが、わずかな間をおいただけで事情を把握したらしい。流石に頭の回転が早い奴である。
と、彼女と俺のやりとりを見たロメオ達もこちらへやってくる。
「こ、こんばんはロベリアさん。実はその……」
「……まさか助っ人というのが……彼だとは思いませんでしたが。こんばんはロメオ」
ロメオが事情を述べる前に、久しぶりに再会した女聖騎士は澄んだ声で淡々と答える。
な、なんだか怒ってるような気がするのはやっぱり気のせいだろうか。相変わらず氷柱のような雰囲気の女だな。
「んーなんかドタバタした自己紹介になっちまうけど、俺はラ・ジン。まぁKのオマケみたいなもんで、ロメオの助っ人二号です。ヨロシクぅ!」
「はじめまして。ロベリア=フューリルです」
ジンはジンで何の気兼ねもなくロベリアと握手してるし。
なぜだかこの場に置いていかれそうな俺は、妙な居辛さを感じつつ後頭部を摩りながらようやく立ち上がると咳ばらいを一つした。
「コホン……とりあえず、これでメンバーは揃ったわけだが……神父殿?」
「全く……あぁ、すまないな長く待たせて。ロメオ、皆を食堂に案内しておいてくれ。私もすぐに行く……さぁ来なさいディーノ!」
「離せよっ、俺は悪いことしてない!」
「まだ言い訳をするか! さぁ今日はそれを返して寝る用意をするんだ!」
「あはは……」
ファロン神父は騒ぎを起こしたディーノ少年を、慣れた様子でぐいぐいと引っ張っていった。どうやら彼は悪戯の常習犯らしいが……
「で、さっきのガキんちょは一体なんだったん?」
「えっと……あの男の子はここに住んでる孤児なんです。一応孤児院でもあるんですよ、この教会」
「ほぅ、それもあの神父殿が?」
ロメオは頷いてみせる。
「子供達の世話は村の人が手伝ってくれたりしてるんですけどね。僕の村、田舎だから親のいない子供が多いんです。それでファロンおじさん……神父様がこの教会に孤児を引き取って育ててるんですよ」
「へぇ〜流石はカミディ教だなぁ」
と、少年魔導士は少し照れたように頭を掻いた。
「かく言う僕も、お父さんが亡くなってからこの教会にお世話になってたんですよ。お母さんは子供の頃に死んじゃったから……だからちょっとこの教会には思い入れがあって」
「そうなのか……」
成る程、彼がこの教会の助けになりたいと思ったのも納得だ。やはり純真な心の持ち主なのだな。
――そして俺達は、教会の奥へ続く扉へと再び案内された。そこからは先程見た教会の隣にあった建物に繋がっており、この棟が孤児院施設となっているそうだ。
その中の食堂(と言ってもさほど広いものではない)に入り、しばらくしてから神父殿がやってきた。
「――待たせてしまったな。とりあえず皆、座ってくれ」
俺達がそれぞれ食堂の長椅子に腰掛けると、神父殿は辺りに人の気配がないか警戒しつつ扉の鍵や部屋窓を閉めきった。食堂独特の豆を煮たような匂いがこもり、明かりは燭台の火と頭上のわずかなランプだけになる。
むぅ、来たときからそうだが随分と慎重だな。一体何をそんなに恐れているのか……
ようやく俺達四人の向かいにファロン神父が腰を下ろし、任務に関する書類を机に並べた。
「まず口説いようだが改めて問う。この任務は極めて重大なものだ。信用ならない人間は決して雇いたくはない。仮に私が不信と判断した場合、任務中であってもその者への依頼を破棄し、報酬を支払わないことも有り得る。そのリスクを背負ってこの危険な任務に就いてくれるか?」
神父殿の言葉に皆が素直に頷く。もちろん俺も。
「特に、暗黒騎士のケイヴォス=ゾ=ディヴィル。ジャシンの王家の人間をそうそう信用するわけにはいかない、というのは当然お解りだな?」
「ぬ……」
が、やはり俺だけは特に訝しげに見られたままだ。仕方ないことだが、こういう時には自分の出生も厄介でしかない。……あと、顔。
「……だが今回はロメオの推しもあって仕方なしに了承した。どうやら他の三人は彼の知り合いのようだから、任務の説明に入る前にこの暗黒騎士が信用に足るかどうか教えてくれないかね」
神父殿がそう言うと、いきなりこの場が魔女裁判にでもなったかのような構図に。いやしかし、逆に三人も弁護人がいるのだからきっと……
「ハイ。この暗黒騎士は自分では気取ってますが、全然暗黒騎士っぽくありません。ワルのオーラなんざこれっぽっちもないヘタレです。あと可愛いです」
ガンッ! と頭に重しが降ってきたようなショックが……いきなり手を挙げたと思ったらジン、何一つフォローする気がないのか貴様は。
「えっと、本当にKさんは暗黒騎士のイメージとは掛け離れてて……いやその悪い意味じゃなくて、強くて優しくてなんとなく抜けてて……あややごめんなさい」
「いやロメオ、的確な分析だぜ」
「…………」
なんだろう。頭の重しが増えただけのような。
ファロン神父はというと、それでも納得がいかないのか唸りながら俺を見定めている。
「……ロベリアはどうだ? 貴女ほどの聖騎士が問題ないとおっしゃるなら……」
ふと彼女の方に注目が集まる。むぅ、流石に聖騎士の名の下に信用が証されてくれれば……
「一口に申し上げて、彼は無害です」
「「「…………」」」
顔色一つ変えずにさらりと流れた言葉に一瞬、一同が固まる。
というか、なんか前にも同じことを言われたような。
「本当に? 裏切るようなこともないかね?」
「彼にそのような甲斐性はまずないと私は見ておりますが」
きっぱりと断言である。
……なんなの? あるいは俺はコケにされているのか?
「……ップク、クハハハハ!! やーお前って奴はどこまでも素晴らしいなオイ!」
とうとう堪え切れなくなったジンがその場で大爆笑をはじめたので、俺まで立ち上がって怒り出した。
「あぁもうやかましいわ! バカにしてるのか貴様!」
「お、久しぶりにやるか?」
「ま、まぁKさん落ち着いて!」
「……と、この様子を見ていただいてもお解りになれるかと」
「…………なるほど、よく、わかった…………とりあえず静かにしなさい」
……結局、やっとこさ任務の説明が始まったのは俺とジンのケンカが収束した十数分後のことであった。
あぁ、俺は何をやってるのだろう……
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