三十九幕、特級任務・ライニール王女護衛10……サグバールの謀略
「……それは真、か……」
「は……あの暗黒騎士が言うには……ロベリア殿も救出に向かっております」
そこはライニール王城の謁見の間である。
Kの報せを受け、ラディッシュから速馬をとばして僅か半日余りでライニールに到着した若い護衛騎士は、自身も息を切らせつつライニール王に事を報告していた。
ちょうど同じ案配に、シャイナの護衛団も城へ帰還していた。彼等が寒村ラディッシュまでの報告を行おうとした、正にその矢先に飛び込んできた凶報であった。
「……そんな……私がまだ代わりになっていれば……」
影武者の意味も虚しく王女ローゼニアが連れ去られたと聞いた時、シャイナは愕然と青ざめた。ライニール王や大臣フィレルスも、同じくこれ以上ないという程に苦い顔をした。
「……なんっ……ということか……」
「申し訳ありません王……私の責任です、もっと厳重に計画を練っていれば――」
「それはもうよい……直ちにサグバールに、特使と捜索隊を派遣してくれ、今すぐに……!」
ライニール王は額に手を当て、搾り出すような声で命令した。大臣は重々しく頷き、兵士達に合図を送った。
「陛下、我々も参ります。必ずローゼニア様を……」
「頼むぞ……」
シャイナの護衛団だった騎士達も立ち上がり、謁見の間にいた沢山の兵士や騎士が次々にサグバールへと向かった。
「お父様……ローゼニア様は……大丈夫、なんですか」
慌ただしく張り詰めた雰囲気の中、シャイナは震える声でフィレルス大臣に尋ねた。大臣は彼女の顔を窺い、あくまで冷静に答えた。
「……さらわれた、というならば命の危険はないのだろう。謀略に利用されるまでは、少なくとも……」
「……あぁ……」
しかしその口調は徐々に悪い状況をシャイナに実感させた。シャイナは小さな悲鳴を漏らして腰を抜かしへたれこんでしまった。また王座でも、彼女と同じように苦悶を浮かべうなだれる王の姿があった。
「ロベリアと……あの暗黒騎士を信じるしかないな……」
………
時同じくして、サグバールの王城でも国王が困惑していた。
予てより予定していた、ライニールの王女との婚礼式は明日執り行われるはずだった。しかし、その王女が未だサグバールに到着していないのである。
先日突然来訪したロベリアの話もあり、誰もが王女ローゼニアに事件が起きたことを予想していた。王城には不安に切迫した雰囲気が満ちていた。
「一体どういうことだ……!? トールよ、まさか……」
「さて……理由など私の知り得ぬことにございます」
ライニールのそれより一回り広い謁見の間で、サグバール王は不安な顔付きで大臣トールに助言を求めた。だがトールは取り合う気のない口調でさらりとそれに応える。
「し、しかしロベリアの言っていたことは……」
「王。よもや貴方は家臣を疑い、あの他国の下賎な女の言うことを信じるわけではありますまい?」
大臣トールに強く睨まれると、サグバール王はますます支配者らしからぬオドオドした様子を見せ始めた。そしてその隣にいる王子ヴィラもアワアワと父の顔を窺った。
「ち、父上……やっぱりローゼに何かあったんじゃ……」
「う、うむ……そうだ! トール大臣、もう一度ロベリアを連れてくるのだ! もう一度彼女の話を……」
「――生憎と」
王が名案とばかりに命じても、大臣は再び鋭い目で主に向く。
「あの聖騎士は捕らえた後すぐに脱走致しました。そのような者をここに連れて来たところで、誠実な回答は得られんでしょうな」
「な……なんだと? あのロベリアが、そんなはずは……」
「そ、そうだよ! ロベリアがローゼを危ない目に会わすわけがないよ!」
大臣の言葉に、ロベリアを良く知る王族二人が抗議する。しかしどこかなよなよしいその声は大臣の叫びに遮られた。
「誰が何をしてこうなっているかは問題ではない。王、これは貴方の責任を問われることなのですぞ!」
「う……!?」
サグバール王がビクリと怯むと、大臣トールは王に詰め寄るように近づいた。
「共和国代々より続いているライニール王家との婚礼を失敗するなど、我が国の歴史に泥を塗る行為に相違ない! このままもし王女が行方不明になっていれば、貴方にはそれなりの責任を取って貰わねばならないのですぞ!」
「そ、そんな……ならばどうすればよいのだ……!?」
もはや混乱の域に達しつつある王の弱り具合を見て、大臣トールはまた冷静な表情に戻った。
「そんなことは御自分でお考えなさい。こちらの方からライニールの王女を迎えに行けば良かったというのに……」
「だ、だがその必要がないと言ったのはお前じゃないか……」
「あくまで私は家臣の一意見を述べたまでです。王女の身を放任したのは王の責任ですぞ、よく考えなさい……失礼致します」
大臣トールはそう言い放ち、王座から離れた。サグバール王は
「あぁ、待て……!」と彼に手を延ばし、その手でそのまま頭を抱え込んでしまった。
――大臣トールは謁見の間から出ると、自分の部屋へと戻りながら密かにほくそ笑んだ。すると近くから覆面をしたサグバールの騎士が一人、彼に近づいて来て呟いた。
「……王女の身柄は確保致しました。例の場所に隠しております」
「ご苦労」
大臣はさらにニヤリとしながら応えた。
「で……あの逃げた側近はどう致しますか?」
「放っておけ。どうせ一人でどうにか出来るものではあるまい」
「は……」
覆面の騎士は怪しげな連絡を終えると、またコソコソと大臣から離れていった。
「……ふ、ふふふふ……」
胸中に秘めた計画が順調であることを確認したサグバールの大臣は、楽しむように酔狂な笑みをこぼしながら王城内を歩いていった。
………
一方、ロベリアはKと共に情報収集に走り回っていた。
王女ローゼニアが誘拐されていよいよ丸一日以上が経過した夕刻頃、二人はある酒場でようやく光明を見出だそうとしていた。
「本当か!?」
「おぅ。全く隠れ場所にゃもってこいだな、あそこは」
顔を赤くした一人の酔っ払いの男が、暗黒騎士を怖がる様子もなくニヤニヤしながらKに話している。その目はKが情報代として払った金を数えることに集中していたが、Kは彼の話に食いついていた。酒場の他の者に尋ねていたロベリアも、Kの感嘆を聞いて後ろにやってきていた。
「それで、その場所とはどこなのだ?」
「この街のもうちょっと向こうによ、昔ここらの盗賊共が使ってたアジトの跡があンだよ……んぐっ。人目につかねぇ微妙な山ン中にあるからなぁ、知ってる奴じゃなきゃ余程見つからんよ」
男は一度酒をあおりながら、ちょいちょいと宙に人差し指をふらつかせた。
「その場所を知っているのか? 教えてくれ」
「まぁそう焦るなや、ひぃふぅ……」
Kがもう一度尋ねると、男はまた手元の金を数え出した。
するとその金の置かれた男の机に、いきなり
「ガンッ!」と手がたたき付けられた。その拍子に男の飲んでいた酒瓶が床に落ちて割れ、酒場の注目が一気にそこに集まり静まり返った。
「……場所を教えなさい。今すぐに」
「ぅ、ぃ……わ、わかったよ」
「……」
恐ろしく冷たい声を発したロベリアが机から手を離すと、男は酔いが覚めたのか、ビクつきながらも説明した。
「こ、この街を一回西側から出たらよ……ちっちぇえ森があんだよ。他所の国のでかい森じゃねぇ、出てすぐのところだ。その中に廃墟みてぇな場所ががあるって話なんだ」
「ふむ……西の森だな」
「森のどこにあるのですか?」
ロベリアが再び威圧的な声色でさらに問い詰めると、男はぶんぶんと手を振って必死に答えた。
「し、知らねぇんだよ、本当だ。俺だって昔聞いたことがあるだけなんだよ」
「……そうですか。ご協力ありがとうございます」
ロベリアは納得したのか、静かにそう言って酔っ払いの男から離れた。酒場が再び騒がしくなってきた中、Kがその様子を見つつ彼女に声をかける。
「行ってみるか?」
「可能性は低くありません……行くべきでしょう」
Kはうむと頷き、早歩きのロベリアに続いて酒場を出た。二人の後ろ姿を酒場の客は珍しそうに目で追っていた。
Kは彼女に追い付くと歩きながら話しかけた。
「随分激しいな」
「時間がないのです。無駄な問答は必要ありません」
「ん、そうだな。……っと!」
ロベリアは口早にそう返し、さらに脚を早めてサグバールの街中を走り出した。Kも慌ててそれを追い、カシャカシャと甲冑を鳴らしながら街の西へ向かった。
………
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