三十五幕、特級任務・ライニール王女護衛7……合流、そして
寒村ラディッシュに入った後も、念のため目立たないように注意しながら、シャイナ達と落ち合う宿屋に足を運ぶ。
「あ……馬車が停まってるわ!」
宿屋の前には、影武者隊の馬や車が停められていた。そしてその中に立っている護衛団兵士の一人が俺達に気付き、急いで駆け寄ってきた。
「ご無事でしたか?」
「とっても無事だけど、もうへとへとよっ。シャイナは?」
「は、今お部屋にいらっしゃいます」
ふぅ、どうやら向こうも無事に到着したらしい。
ロベリアもホッとしたように一息つき、その兵士に言った。
「報告は後ほど行いましょう。部屋に案内して下さいますか?」
「わかりました、ご苦労様です。温かい食事も用意させましょう」
「わ、ありがと! 二人共行きましょ!」
四日振りの暖かい宿にすっかり浮かれたローゼ姫は兵士を急かしながら宿へ走って行き、俺達は影武者護衛団一行のいる部屋へと案内された。
「――あ、ローゼニア様!」
「シャイナ! 大丈夫!?」
そして真っ先に部屋に入ると同時に、ローゼ姫は王女の格好をしたシャイナに飛び付いた。
「大丈夫です……皆さんが守ってくれましたから」
「よかったぁ……ありがとうみんな」
兵士一同が見守る中、ローゼ姫は本当に安心した様子でシャイナに抱き着いた。
うーん……本当に仲が良いのだな。たった一人の親友なのだから、当然か。
「……では、道中の経緯を報告願えますか?」
少しの間を空けて、ロベリアが兵士達の方へ近づいた。俺も続き部屋の奥に入る。
するとそこにいた隊長らしき兵士の一人が口を開いた。
「は……貴女方の出発した翌朝から一日目は何もありませんでした。が……二日目の山道に近い場所で襲撃が」
ふむ……やはり襲われたのか。
「サグバールの者はいましたか?」
「いえ……恐らく傭兵の類でしょう。大した腕もない、賊のような奴らでした。しかし一人を捕えて尋問したところ、やはりサグバールの大臣が雇い主であると……」
「むぅ……おおっぴらに国の兵士を遣うわけにもいかないだろうからな。一時の為に雇ったならず者だろう」
俺が口を挟むと、隊長兵士は猜疑の目で俺を見た。……別にもう気にならんがな。
「……その後は追撃もなく、無事にラディッシュに到着しました。二日間、ここにシャイナ様を匿っていたところです」
「……わかりました。特に気付かれた様子はありませんね?」
「はい、シャイナ様の姿は見られておりません。そちらは?」
「異常ありません。襲撃は皆無でした」
ロベリアがローゼ姫のことを報告すると、皆が一斉に安堵の息を吐いた。
……こうして見ると大した忠誠心だな。それほどライニールが安泰の国だということか。王女を見ていてもわかるが。
「では、これで一応作戦は成功ということになるのか?」
「ええ、成功です。後はサグバールの城下町に入るだけですが……」
「ここまで来れば、どんなに手を出しても国が気付きますよ。もう姫は安全です」
兵士の一人が自信を持って言う。確かに、ここから先で王女に手を出すわけにも行くまい。
が、ロベリアだけは任務中の堅い表情を崩していなかった。
「私とケイヴォスは、護衛騎士としてサグバールまで王女に付き添います。貴方がたは引き続きシャイナ様の警護をしつつ、我々の発った翌朝に再び本国へ帰還して下さい」
それを聞いた兵士達は一度頷いたが、一人が腑に落ちないといった顔で口走った。
「は……しかし、暗黒騎士をまだ同行させるのですか?」
「……」
そんな言葉にも、至って普通にロベリアは返答する。
「はい、何も問題はありません。何か?」
ライニールの兵士達は顔を見合わせた。
「……お言葉ですが、その暗黒騎士は信用出来るのですか? 何もなかったから良かったものの……」
「はい、信用出来ます。少なくともローゼ様を放って逃げること等有り得ません」
「……オイオイそれは流石に誰もしないだろう」
俺は苦笑いしながら言った。
――何だろうな。聖騎士から信用出来ると言ってもらえると、なんか嬉しいぞ。やっとロベリアも俺をちゃんと解って……
「このように甘いことを口に出来るほど、彼の危険性は極めて低いですから」
……なかった。
しかも今の弁で何やら納得してしまったのか、兵士達も
「成る程わかりました」と素直に認めたようだ。何だかなぁ……
「ねぇ、食事が出来たみたいだからロベリアとKも食べましょうよっ!」
その時、横からローゼ姫が俺達を呼んだ。
「わかりました、すぐ参ります」
「あ……いや、俺は」
食事は一人で、と俺は言いかけた。しかしロベリアが先にそれを見抜いていたかのように言葉を続ける。
「食事は後々で構いませんから、ローゼ様と一緒にいて下さい」
「……あ、あぁわかった」
なんでわざわざ? とは思ったが俺は聞かなかった。
「では……明日の朝、王女は元に戻り、我々とサグバールへ向かいます。その日はまだここへ残り、翌日シャイナ様とここを出発してください」
「了解です」
隊長兵士が頷くと、
「では少し失礼します」とロベリアは一礼してローゼ姫の所へ行った。俺も彼女に言われたので一緒についていく。
そしてローゼ姫に連れられたシャイナも交えて、俺達は別の部屋に用意されていた食事の席についた。
が、結局俺はシャイナの眼前なので何も食べず、四日振りの温かいスープにローゼ姫がご満悦なのを眺めていただけだった。
さて……これで任務はほぼ完了なのだな。思っていたより随分すんなり行った感じだが……後は本物の王女をサグバールへ送るだけだ。
食事も終わった頃、ロベリアは女の子二人に告げた。
「お二方共お疲れ様でした。明日にはローゼ様には正装に戻っていただき、私達とサグバールに向かいます。シャイナ様も着替えて下さって結構ですよ」
「はい、わかりました」
「思ってたより何もなかったわねぇ……後は王子との婚礼が済んだらおしまいだわ」
すっかり緊張感の抜けた王女は呑気に笑いながら言った。
「今日はゆっくりとお休み下さい。明日の朝も早いですから」
「えー……お城じゃないんだからちょっとはゆっくり寝かせてよっ」
「ふふ……いってらっしゃいませローゼニア様」
そんなのんびりとした談笑をかわし、その日は皆、旅の疲れを癒したのだった。
………
――そして、ラディッシュでの合流の翌日。
俺が一人別室で眠っているところに、不意に部屋の外からロベリアの声が聞こえてきたのだった。
「ケイヴォス――起きてください」
「……んん――?」
今日ばかりは甲冑を外していたため、ベッドの中からもぞもぞと俺は応えた。まだ外はほんのり暗い早朝だ。
「……緊急です。サグバールの特使が宿の前に来ています」
「……本当か?」
聞いた瞬間俺はガバッと起き上がり、顔をピシャリと叩いて目を醒ますと急いで死神の甲冑を身につけ、部屋の扉を開けた。
そこには既に、ドレス姿のローゼ姫が寝ぼけ顔でロベリアの横にいた。
「一体どういうことだ?」
「馬車と数人のサグバール騎士が先程到着しました……宿主が既に王女の所在を話してしまったようです。来て下さい。ローゼ様はここで少しお待ちを」
「うん……」
ロベリアも少し眠気の消えない、しかし張り詰めた表情で言い、ローゼ姫を部屋の前に置いて宿の店先まで歩いて行った。
すると……白く朝もやのかかる村宿の前に、茶色いマントに厚い覆面を着た騎士達が立っていた。
「――ライニールのローゼニア王女はどこですかな?」
「目的は何でしょうか? 王女は我々がサグバールまでお送りするつもりですが」
ロベリアは騎士達の問いには直接答えず、落ち着いた声で逆に尋ねた。
「我々はサグバール王から特命を受けて参りました。急遽、ローゼニア姫を護衛せよと」
厳つい騎士の一人がそう説明する。
……こいつら、まさか大臣の差し金か? いや、それにしてはあまりにも堂々としている……
「何故その必要が?」
「我が国で、大臣による謀反の疑いが発覚致しました。この度の婚礼式には安全を期すよう、王女のお迎えを仰せつかった次第です」
! 大臣の野望が発覚したのか? となればこの騎士達は本物……?
ロベリアも同じく疑わしげな目で彼等を見ていたが、しばらくすると彼女は頷いた。
「……わかりました。少しお待ち下さい」
「早急に王女をお連れ下さい。既に大臣の刺客がここに向かっていますので」
何と……新たな刺客が来ているのか? だとしたらまずいが……
俺とロベリアは騎士達をそのまま待たせ、一度宿に戻った。そして眠っていたライニールの兵士達を起こし、事情を説明した。
「……大臣の罠では?」
寝起きに関わらず、緊急した面持ちで隊長兵士がやはり疑いをかけた。
「可能性はあります」
「しかし新しい刺客が放たれたとなれば……」
ふむ……確かに二度目は強力な刺客を送り込んだ可能性がある。が……
「多少ならば俺とロベリアで相手に出来る。彼等がいなくても護衛は充分可能だが……どうする?」
皆が少し考え込む。
もし罠だとすれば余りに危険……だが刺客が近づいているのが本当なら、グズグズしているわけにもいかない。
「どちらにせよ、追い返すことは出来ないでしょう……あなた方の馬をお借りして、彼等と距離を置いて同行するのが最善かと思います」
ロベリアがそう言うと、俺と兵士達も同調し頷いた。
「そして念のため、どなたか一人だけここに留まっていただけますか? 万一の場合にライニールへ早馬を出せるよう」
「では俺が残ります。貴女方が戻られるまでこの宿に待機していましょう」
若い護衛兵士の一人が立ち上がって言った。
「お願いします」とロベリアは礼をし、俺も続いてまだ部屋の外にいるローゼ姫の下へ戻った。
「ぁ……ねぇ、何だったの?」
「サグバールの騎士が同行することになりました。彼等は大臣の不正に気付いたそうです」
えっ、と驚くローゼ姫。
しかし彼女が何か尋ねようとする前にロベリアはしゃがみ込み、彼女の両肩に手を置いた。
「……今からサグバールに到着するまで、決して私達の傍を離れないで下さい。よろしいですね?」
「う……うん、わかったわ」
王女にも何となく事情がわかったのか、素直に頷いた。
そして俺達三人は装備をしっかりと整え、再び外のサグバールの騎士達の所に出て来た。
マントを着たローゼ姫を後ろに隠しつつ、ロベリアが口を開く。
「我々はあなた方と同行致します。くれぐれも王女に危害の加わらないように願います」
「もちろんです。では我々の馬車へ……」
騎士の一人が俺達を馬車へ誘おうとした。が、ロベリアがそれを遮る。
「いいえ、結構です。王女は私と一緒の馬に乗ることを御所望ですので」
「へ? ぁ、えぇぇ、私ロベリアと一緒がいい……な」
おぉ……なんと即興の茶番。が、確実な理由付けだな。王女の言うことには逆らうまい。
案の定、騎士達は顔をちらりと見合わせたが、やはりこれを承諾したのだった。
彼等は自分達の馬に乗り込み、俺達はライニール護衛団の白馬を拝借した。ロベリアはローゼ姫を庇うように、自身の前に乗せた。
「では我々についてきて下さい……行くぞ!」
そして厳つい騎士の合図で、一行は蹄の音を雪原に向けて鳴らし出した。
………
五分も馬を走らせないうちに、辺りの雪は疎らになってきた。
どうやらサグバール地方に雪はないらしい。気がつけば周りから白さはすっかり消え、緑の植物がちらほらと見え始める土道に出ていた。
今のところ、刺客の襲撃はない。サグバールの騎士達は距離を空けてロベリアの後ろにつき、俺は殿の位置を走っていた。
――ピュッ、ガッ!
その時、突然目の前を何かが掠め、馬達が前足を上げて暴れ出した。
『ブルヒヒヒヒッ!』
「! 来たぞっ!」
俺が叫ぶと同時に、皆は馬を鎮めてすぐに飛び下りた。
近くの地面には、矢が突き刺さっている。どうやらお出ましのようだ。
『――ライニールの姫を渡せェ!』
乱暴な声が聞こえ、汚らしい覆面をした男が近くの岩影から現れた。手に持った弓を引き絞っている。
それに続くように、辺りに潜んでいたらしい何人もの同じ格好の人間が、手に手に無骨な武器を持って姿を現した。
あからさまにどこかの賊……影武者を襲ったのもきっとこいつらの仲間だな。
「命が惜しけりゃそこのガキを渡してもらおうか!? さもねぇと痛い目に会ってもらうぜ!」
何ともベタな口上だ……
俺はサッとロベリア達を見遣った。ローゼ姫が弓の死角に入るようロベリアが守っている。
と、例の厳ついサグバール騎士が弓の男に向かって声を張り上げた。
「貴様らのような賊共に王女を渡すと思うか? 立ち去れ!」
むぅ、敢然たるその雰囲気……やはりこのサグバールの騎士達は本物か?
「ホォ……なら力ずくで奪ってやるまでよ! 行くぞ野郎共ァ!」
『『『オラアァァッ!』』』
「!」
弓の男の合図で、周囲の仲間達が一斉に武器を構えて飛び掛かってきた。
俺はすかさず闇の剣を抜き、構える。
「ぐほっ!」
そして襲ってきた男の武器を払い、腹を蹴り飛ばした。
ふむ、やはりたいしたことのない野良賊だ。
「えぁあっ!」
『ぎゃあっ!』
と、横ではサグバールの騎士達が果敢に応戦して……剣で男達の体を無情に斬りつけている。
くそっ、ローゼ姫は無事か? 俺は素早く二人の所へ駆け寄っていった。
既にロベリアはローゼ姫を背中に庇いつつ、二人を相手にしていた。王女は目の前に飛び散る赤黒い液体に動揺して、ロベリアにしがみついている。
二人の男が同時に武器を振り下ろした――が、ロベリアの白い細身の剣がそれらに打ち当てられた瞬間、無骨な斧や短剣の刃はいきなり砕け散った。
どうやら白魔法で敵の武器を脆くしたらしい。
「むんっ!」
男達が驚愕したその隙に、俺は体当たりをかました。
武器を失った賊は俺達の向けた剣を見て怖じけづき、必死で立ち上がりながら逃げ出した。
そしてその時、俺の甲冑に
「カィンッ!」という金属音が響いた。弓がまだ生きているらしい。
俺は矢の飛んできた方に向き、離れた岩の上にいた弓を持っている男に闇の剣から暗黒を放った。
「! うあぁっ!」
黒い爪は男の腕を切断し、弓を持った手を地面に落とした。
む、少しやり過ぎたか。残りは何人だ?
俺は再び王女達の所を見る。少し落ち着いたローゼ姫が、ロベリアの後ろでキョロキョロしていた。
――と、その後ろの陰に倒れていた男がゆらりと立ち上り、武器を振り上げた!
「王女!」
「!? きゃあっ」
すると瞬時に気付いた厳ついサグバール騎士が、飛び込みながらローゼ姫を抱き込んで庇った。
『ぐふおっ……!』
……そして男が武器を振り下ろした時には、その後ろにいたもう一人のサグバール騎士の剣がその体を貫いていた。
こいつら腕は立つようだが……随分と荒々しい。
「ふぅ……もう敵はいないか?」
俺は辺りを見回しながらロベリアに言った。
しかし、彼女は突然騎士達の方に向かって叫んだ。
「それは何の真似ですか!?」
「ん?……ッッ!?」
……最悪の光景が目に入る。
あの厳ついサグバール騎士が、先程抱え込んだままローゼ姫を捕らえ、その首元に血のついた刃を当てていた。王女は恐怖に怯え、震えながら涙を流している。
「ぇ……ひっ……ひっ……!」
「御神妙に願えますかな。ここで王女の首を飛ばしたくはありませんのでな」
「ぐ……!」
くそ、やはり罠だったのか……!
剣を下ろしたロベリアは眉間にシワを寄せ、非常に歯痒そうに鋭い眼を騎士達に向けていた。
「……大臣の密命ですか?」
「左様。王はこのことを知り得ていません……そしてこの先も、ですが。ご安心を、王女を殺しはしません。大切な道具ですからな……」
厳つい騎士はローゼ姫に剣を当てたままじりじりと後退し、俺達が動けないうちに王女を抱えて馬に乗り上がった。
「……しかし貴女方は別だ。厄介な事を知ってしまった……殺せ!」
「や、やめてっ……ロベリア――!」
「ローゼ様ッ!」
厳つい騎士は残った騎士達に一言命じ、王女を乗せた馬を走らせた。
だがロベリアが一歩出る前に、三人のサグバール騎士が俺達に迫ってきた。
えぇい――こいつらに構うヒマはない!
「どけぇえっ!」
「ぐわぁっ!」
俺は騎士達に向かって闇の剣を一閃し、強力な黒いオーラで彼等を薙ぎ倒した。暗黒に切り裂かれた騎士達は一撃で道に倒れ込んだ。
「はぁ、はぁ……」
「……ケイヴォス!」
体力を失って息を切らせる俺に、強いロベリアの声がかかる。いつもの冷静さは薄れ、彼女は馬に乗りながら大きな声で叫んだ。
「私はローゼ様を追います、ラディッシュに残った兵士に知らせてください!」
そして言い終えると同時に、彼女は白馬を駆り出した。蹄の音に掻き消されながらも俺は叫び返す。
「わかった! 俺もすぐに行く! ……くそっ!」
俺は舌打ちをしながら、散っていた馬を一頭捕まえて急ぎ乗った。そしてすぐさま踵を返し、道を戻ってラディッシュの方角へ馬を走らせた。
何と言うことだ……一刻も早くライニールに伝え、ローゼ姫を救出しに行かねば!
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