三十四幕、特級任務・ライニール王女護衛6……湯煙? 素っ裸事件
――翌朝、まだ弱い光が森に影を映し始めた時間に俺は目を覚ました。
大した時間も眠っていないが、そのまま頭を醒まし、俯き加減の頭をうっすら上げる。
「……む」
湖の方に体をむけていたので、その向こうから小さく見え出していた太陽の光が目を刺す。
んー……朝日眩しい綺麗な朝だ。
……って、何を俺は朝から暗黒騎士らしからぬほのぼの発言を……
…………ん?
「……」
まだ目がはっきりしてないが……湖に何かいる。
「……?」
「……」
朝日の逆光でさらに虚ろ気に見えるそれ……俺は目を何回かしばたたいてみた。
そして――――目に入ってきたのは、光に照らされた綺麗な白い肌の肉体。そのラインは実に整っており、この雪と氷の朝景色の中でも特に輝いて見えている。
まだぼんやりとした頭でそれに見とれていた俺は、何となく思った。
――あぁ、とても美しいな。
「……って」
「……おはようございます」
俺が釘づけになっていたそれが振り向いて声を出した所で、俺はいきなり覚醒した。
「ッロ、ロロロベリア!」
「何事ですか?」
至って平然と返す、ロベリア。
が……それはこっちの台詞だ!!
「な、何事て、何故お前、は、全裸で、水に!?」
目茶苦茶動揺しながらなんとか言葉を並べる。
そう、俺が寝ぼけて見とれていたのは……ロベリアの裸体だったのだ。
この極寒の中で全く衣服を着ていないばかりか、あまつさえ湖の氷水の中に足を入れて立っているのだ……寝起きにそんなものを見て混乱しないわけがない! ていうか何で全裸!?
「――あぁ。禊ぎの週でしたので」
「み、みそぎ……? っどわぁぃ!」
俺は妙な声をあげて、反射的にロベリアから顔を逸らした。背中を向けていたロベリアがこちらに振り向いたのだ。
「な、何でもいいから服を着てくれ!」
「言われずとも、もう終わりましたから」
頭の後ろで、声と一緒にパシャパシャと水の音がした。
「……さ、寒くなかったのか?」
「えぇ、とても寒かったです」
……オィオィ。
焚火は……あ、まだ点いてるぞ。
「あーあれだ、早く体を温めろ! 風邪をひいてしまうぞ」
俺は何故かやたらと早い心臓の音を意識しながら背後のロベリアに言った。
「……御心配ありがとうございます」
いつもながらの静かな返事が返ってくる……が、さっきからロベリアが着ている服の擦れる音だけが耳に入ってきて仕方ない。我ながら情けなくそわそわしてしまっていた。
「……何をしているのですか?」
「べ、別に何もしていない……」
あれだぞ、別に着替えている姿とか、何も想像してないからな!
「……」
「……」
「……ケイヴォスは助平ですね」
「! なな何を突飛な……ぁやややすまん!」
いきなりとんでもないことを言うので思わず振り返ると、まだ露になっていたロベリアの肌白い腿が目に入ってしまい、また俺は慌てて彼女から顔を背けた。
「ふっ……」
すると、ロベリアが可笑しそうに笑うのが聞こえた。
……ぬぐぅ。俺はからかわれてるのか?
「……ん〜……」
するとこの喧騒に、いつもなら俺達が起こすまでぐっすりのローゼ姫も目を覚まし、荷物から体を起こして目を擦りながら、寝ぼけ声で言った。
「ふぁ――ぁにゅかあっらの……?」
「今、禊ぎの儀を終えた所です。もうすぐ支度を始めますから、ちゃんと目を醒まして下さい」
ロベリアは何一つ動揺している様子もなく、服を再装備してローゼ姫に答えた。
ふぅ、ようやく前が向ける……
「ぇ――禊ぎっ!? あの……Kの横でやったのっ!?」
と、ロベリアの言葉に何か驚いたのか、起きざま唐突にローゼ姫が大きな声をあげた。
どうやら王女も禊ぎの習慣を知っているらしい……いや多分、もっと単純な別の意味で捉えているんだろうが。
「ちょうど終わり掛けにケイヴォスが目を覚ましただけですが。何か?」
「え……いや、何ってだって……」
そして言い辛そうに俺を横目で見……ってなんか汚いものを見る視線!
「い、いや俺は何も見ていませんぞ! ちょうどロベリアが水からあがったところに――」
「や、やっぱり見たんだ!? ロベリアの――」
「ローゼ様、口を御慎み下さい。王族の貴女がそのような破廉恥な事を考えるものではありません」
破廉恥て……
「で、でも……いいの?」
「ケイヴォスは何も見ていないと言いましたよ。私も彼の言葉に甘えて体を温めているのです」
「え……あ、あぁそうですそうです!」
俺は急ぎ同意した。が、ローゼ姫はやはり困惑した顔である。……仕方ないじゃないか、起きたら目の前にいたんだから。
よくは知らないが禊ぎという習慣は多分、カミディ教の儀式的習わしなのだろう。
まぁその内容は……要は素っ裸で水浴びをするのだ。普通限られた、人のない場所でやるものだと思うが……
「今日が週の最後でしたので、仕方なく湖で行ったのです。朝食を摂ったら出発しますよ」
あ、成る程。
……いやしかしちょっと大胆というか度胸があるというか……そもそも何で俺の目を気にしなかったんだこいつは。
お陰で俺はまたロベリアを直視出来なくなってしまった……
………
そんな事が森の湖であったりしてから、俺達は再び日渡り雪の山中を進み続けている。
寒村ゲーレで影武者の隊と別離してから、実に四日が経った。ロベリアによると、シャイナ達と合流する寒村ラディッシュまではもうすぐだ。
「もう無理よ〜……ねぇまだぁ?」
「あと少しですから。根性を出して下さい」
相変わらずキビキビと歩みを停めないロベリアは、ローゼ姫の後ろから背中を押すように言った。
しかし一国の王女に対して根性を出させるというのもなかなか肝が据わっているというか……先日の素っ裸事件やらスパルタ発言やら、ロベリアって一見よりもかなり男気のある聖騎士である気がしてきた。
「脚がもう動かないのよぉ〜……」
「いつもあれだけ元気に遊んでらっしゃるでしょう。あとちょっとですから、しっかり歩いて下さい」
もはや疲労困憊のローゼ姫は、呻きながら助けを求めるように俺の方を見る。
まぁ、王室暮らしの姫には地獄の旅だというのは解るが……あと少しだしな。
「頑張りましょう、もうすぐシャイナ達とも合流出来ます」
俺はローゼ姫の手を取って、くいくいと引いて見せた。すると
「う〜」と言いつつも王女は渋々俺に引っ張られる。
「……」
「?」
ふとその時ロベリアと目が合ったが、俺は流すようにさっと視線を横にずらした。
ホントに全く気にしてないみたいだが……こちとら奴の艶やかな体を隈なく目に入れてしまったのだ。妙にバツが悪くて仕方がない。
だが任務中まで、あからさまにそんな情けない内心を露呈するわけにはいかん。俺は平静を装って、ローゼ姫の手を引いていった。
――そのうちに段々と道が下りがちになっていき、ずっと変わりなかった枯れ木の並ぶ白い景色がうっすらと開けてきた。
「お、見えましたぞ」
「本当?」
そして森を抜けた時、白い平地にある集落が姿を現した。
やっと寒村ラディッシュに到着したらしい。結局、道中全く敵と遭遇することはなかったな……まぁその為にこんな隠れた山道を通って来たんだが。
「あれがラディッシュです。宿屋で影武者の隊と合流する手筈ですが、まだ油断なさらないよう」
「ここまで来たら大丈夫なんでしょ? もう歩きたくないわよ……シャイナ達は無事に着けたのかしら」
「きっと大丈夫ですよ。さっ、早く皆に会いに行きましょう」
たどり着いて気が抜けた様子のローゼ姫の背を叩き、ようやく見えた目的地に俺達三人は向かった。
いよいよ、サグバールまで後一歩だ。
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